シャワーを浴びてさっぱりした僕は制服に着替えた。
いつもなら登校する直接までは私服なんだけど、今はこれ以外に服が無いからな。
制服に着替えて、スクールバッグとリュックは……って一階においてきちゃったんだったな。忘れてた。
それにしても不思議なものだ。
雛罌粟さんとの接し方やその時の雰囲気なんかは慣れないんだけど、この状況は結構あっさりと受け入れられるんだよね。
起きてから数十分経ってるわけだけども、僕はまだ昨日のことが現実かどうかという実感すらちゃんと持ててないんだよね。何かいつも通りの生活をしているみたいで。
もちろん昨日の気持ちや感触本物なのは分かっている。でもそれが自分のことであるという認識が追いつかない。
それでもこの状況に全く違和感を抱いていない自分がいる。頭がボーッとしてるわけじゃないんだけどな。よく分からないものだ。
しかしこうやってこれまで通り (やっている事は)の生活に戻ってみると、昨日の事が僕にとっていかに非日常的だったかがよく分かる。
そう考えていると昨日の夜の事が頭を過ぎって恥ずかしくなってしまったので、僕は慌てて首を振った。
ダメだ、ふとした瞬間につい昨日の事を思い出してしまう。
でも、この関係が続く限りはこれがこれからの僕の日常になるわけだ。結構生活ルーティン変わるなぁ。
そう思うとすごい恥ずかしい気持ちになった。いや、別にそのためだけの関係じゃないんだけどね。
一階に降りると雛罌粟さんはカウンターにいた。どうやら朝食を作っているみたいだ。
相変わらずエプロン似合うなぁ。見慣れてるからかな。
「シャワー、ありがとうございました」
「うん。あ、朝食もう少しでできるからちょっと待っててね」
え?僕のも作ってくれてるの?僕は適当に外か家に戻って食べるつもりだったのに。何か申し訳ない。
でも雛罌粟さんの料理美味しいからな。ここはご好意に甘えておこう。
というかここまでは一昨日の朝と結構カブるな。これ以降はカブって欲しくないものだ。
「わざわざありがとうございます」
「別にこれくらい何でもないよ」
ただそうなると一旦家に戻る必要が無くなってくるのかな?
授業も今日は主要教科は昨日と同じだし、他の教科は基本的に置き勉してるからな。帰って準備する必要はない。
お昼ごはんはその辺で買っておけばいいし、時間短縮という意味も含めてここから登校しようかな。
それに……これなら雛罌粟さんとの時間をゆっくりと楽しめるからな。とは言わないでおこう。
僕は昨日一階に置いてきたバッグを見つけるとカウンター席に座った。
「はい、どうぞ」
そう言って雛罌粟さんが出してきたのは食パンにハムエッグ、サラダとスープだった。
「あれ?雛罌粟さんは食べないんですか?」
「うーん、私はもうちょっと後で。やりたい事もあるし」
ふーん、大人って大変だねぇ。まぁ僕が気にしても仕方ないか。
「召し上がれ」
「いただきます」
僕はそう言うとまずスープから食べ始めた。
この喫茶店では色んな料理が出されているけど、こういったザ・朝食みたいなメニューは無いからな。ちょっと特別な気分になる。
やっぱり雛罌粟さんの料理は美味しいなぁ。特にこのスープなんて絶品だ。
僕一人の時はこんなにしっかりと朝ご飯作らないからな。本当にしっかりしてるよ。
「ごちそうさまでした」
「お粗末さまでした」
僕は朝食を食べて終わると一つ不思議な事に気がついた。
「あれ?雛罌粟さん、その首どうしたんですか?」
僕は雛罌粟さんの首を指しながら聞いた。
彼女の首には絆創膏が貼ってあった。昨日は無かったと思ったけどな?
すると雛罌粟さんは恥ずかしそうに身をよじっていた。ん?どうしたんだ?
「……君、覚えてない?」
へ?どういう事だ?何、僕の知ってる事なのか?
「ちょっとよく分からないですけど……」
てっきり今日の朝に貼ったと思ってたけど、僕はさっきまでシャワー浴びてたし、その前は寝てたからな。
「そう、なんだ。これ……君のせいなんだけど」
僕のせい?……まさか。
「も、もしかして昨日の夜何か傷つけちゃいましたか⁉︎」
僕は思わず大声をあげてしまった。
昨日は正直完全に理性が飛んでいたからな、自分が何をやったのか細かいところまでは覚えていないんだよね。
特に抵抗される事は無かったのでやめる事は無かったが、もしかしたらどこかで雛罌粟さんを傷つけていたのかもしれない。
どうしよう、僕なんて事を……。
「えっと……別にそんなに酷いわけじゃないから大丈夫なんだけど。……ねぇ、本当に覚えてない?あんなにしてくれたのに」
え?……ダメだ、全く分からない。
「あの、僕何やったんですか?何か傷つけてしまったなら謝ります」
ちょっと聞くのが怖かったけどもそこは聞いておくべきだろう。
「……ふぅ、君って結構暴走するタイプなのね」
暴走って。昨日のアレはごく稀なケースなんだけどなぁ。というかあの状況なら大抵の男性はああなると思うんだけど。
そう言うと雛罌粟さんは恥ずかしそうに首に貼っていた絆創膏を取った。その顔は真っ赤だった。
すると雛罌粟さんの首筋には赤い痕がついていた。ん?何の痕だ?
「その……思い出せない?すごい恥ずかしいんだけど」
「えっと…………あっ!」
しばらく考えてから僕はその痕が何なのかが分かった。
けどその瞬間同時にとてつもない恥ずかしさがこみ上げてきて、僕は雛罌粟さんから顔を逸らした。
ヤバいな……すごい顔が熱いんだけど。
おそらくこの痕は昨日の夜、僕が雛罌粟さんの首筋に吸い付いた事で出来た痕だ。
いわゆるキスマークってやつだ。
昨日の最後でそんな事をした記憶がうっすらとある。
どうしよう、すごい気まずい。朝からこんな気まずくなるなんて。
「ここだけじゃないよ。君他にも色んなにつけちゃうし」
絆創膏を戻すと雛罌粟さんは服を胸辺りまでたくし上げた。ちょ、朝から刺激強いんだけど!
チラリと見えた雛罌粟さんの白い肌には真っ赤な痕がたくさんついていた。
そんな所にまで……ちょっと信じられない。
でも今雛罌粟さんの身体中にあの痕がついていると思うと、ちょっとゾクっとした。何だこの気持ち。
「あのままじゃ人前に立てないし、今も隠してるとはいえすごい恥ずかしいんだから……もう」
雛罌粟さんは僕をジト目で見てボソッと言った。
「その……すみません」
完全に理性飛んでて無理矢理やっちゃったからな。悪い事した。
「別に……私も……その……愛してくれてるって分かって……すごい嬉しかったよ。恥ずかしかったけど」
「え……?」
てっきり嫌がられたのかと思った。
「だから、これからも……シて欲しい、かな」
「そう、ですか……」
僕達はそう言うとお互いに顔を逸らした。恥ずかしくて直視出来ない。
こんな会話をしてしまったからか、しばらく何を話していいか分からずに沈黙が流れた。
どうしよう、重苦しいわけじゃないんだけどなんて話したらいいのか分からない。お互い顔真っ赤だしさ。
そんな事をしている間にもう学校に行く時間になった。逃げるようで悪いけどそろそろ行こう。
「あの……そろそろ時間なので……行ってきます」
「あ……うん」
僕はスクールバッグとリュックを持つと喫茶店を出ようと立ち上がった。そのまま扉に手をかけると
「あの、ちょっと待って」
雛罌粟さんに呼び止められて振り返るとカウンターから出てきた雛罌粟さんが手に持っていたものを差し出してきた。
それは僕のお弁当箱だった。
あれ?リュックに入れてたと思ったんだけどな。そう思って確かめてみるとお弁当箱は無かった。
「その……昨日コーヒー入れてる時に君のバッグに入ってるのが見えて。そのままだとカビちゃうから洗っておいたの」
昨日そんな事してくれたのか。というかあんな空気の中よくやってくれたな。
「それで、今朝ちょっと自分で色々作ってみて詰めておいたから」
え?という事は、今この中には雛罌粟さんの手作り弁当が……。
「その……迷惑だった?」
「い、いえっ!すごい嬉しいです。ありがとうございます!」
僕は心の中でガッツポーズをした。まさかの雛罌粟さんの手作り弁当を食べられるとは。
「そっか、よかった。はい」
雛罌粟さんが差し出してきたお弁当を受け取ると僕はリュックに入れた。
「それじゃ、行ってきます」
「うん、行ってらっしゃい」
僕はそう言うと喫茶店を出て行った。今からお昼が楽しみだなぁ。
その日も学校では特に変わった事は無く、いつも通りの生活が流れていた。
そして四時間目が終わりお昼休みになった。
さてと、雛罌粟さんの手作り弁当を食べるかね。
僕はいつも通りライトノベルとお弁当箱をリュックから取り出すと、周りの音を消すために耳栓をした。
さてと、どんなのかな?
僕は布巾を解くとお弁当箱を開けた。
そこにはご飯とトマト、卵焼きに小さめのハンバーグ、喫茶店で出されているナポリタンにデザートのブドウが入っていた。
すると僕はお弁当箱と布巾の間に紙が挟まってるのが分かった。
何だこれ?雛罌粟さんが入れたのかな?
紙を広げてみると、それは雛罌粟さんからの手紙だった。
『竜胆君へ
お弁当どうかな?久しぶりに作ってみたから後で感想聞かせてね。
本当は朝に色々言うつもりだったんだけど、昨日の事で言いにくかったので手紙にしました。
昨日も話したけど、私は昔にあった事で若い男性と話すのが苦手でした。でも竜胆君のおかげで少し元気が出ました。
それでもまだ苦手意識はあったし、だから竜胆君とこういう関係になれたのはすごく嬉しかったよ。
わたしも頑張ってみるから、もし折れそうになったらまた一緒にいたいな。
ちょっと微妙な関係だけど、私は竜胆君の事大好きだよ。
追伸 竜胆君がよかったらでいいんだけど、これから君のお弁当私に作らせてくれないかな?ちょっと楽しくなっちゃった。
罔象より』
雛罌粟さんの手紙を読んで僕は思わずニヤけてしまった。言葉で言い表せないような感情が溢れてくる。
『大好き』のところが何度も消されて書かれた跡がある。きっと何度も書こうか悩んだんだな。
手紙を閉じると僕はお箸を取り出してまずは卵焼きから食べることにした。
お箸で卵焼きを半分に割ると口に運んだ。その瞬間口の中に卵焼きの甘い味が広がった。
「……美味しいですよ」
僕は誰にも聞こえないほどの小声で呟いた。
最後まで読んでいただきありがとうございました。