りん兄を見送った私は、雛罌粟さんの車の中で復讐屋さんから渡されたタブレットを見た。
敵は今のところ二十人以上、野次馬の中や警察の中に紛れてこちらの状況をテロリストに伝えている。
今何も起きないって事は、りん兄達の侵入は上手くいったという事。
けどりん兄達が分ちゃん達を救うには、どうしてもテロリスト達との正面衝突は避けられない。
その前にここに紛れているテロリストの仲間を倒さないと、バレた瞬間に彼らは自爆する。
つまりりん兄達がテロリストを倒すのに、私が爆弾を持ってる人を倒すのは最低条件なわけで。
一応作戦は立てている。かなり力技ではあるけど、今はこれしかできない。
「何か………すごいね」
すると運転席でバックミラー越しに私を見ていた雛罌粟さんが、ポツリと呟いた。
「え?何がですか?」
「そうやって危険なことでも本気で取り組もうとするところ。私出来なさそうだし」
少しだけ弱々しい声の雛罌粟さんに、私は顔を上げた。
これが危険なこと、もちろんその自覚はある。私が何とかしなければ、ここにいる全ての人が死んでしまうのだ。
ただの高校生である私がそんな重みを背負えるのかと言われれば、正直かなり怖い。タブレットを持つ手は震えている。
それでも………
「そんなこと無いですよ。たぶん、雛罌粟さんも出来ちゃいます」
「でも、私竜胆君みたいに強いわけでも無いし、正直今すぐ逃げたいって気持ちもあるから………」
「でも、家族のために頑張りたい。その気持ちもあるでしょう?」
自分の妹が人質にされているのだ。雛罌粟さんもすごく辛い想いをしているのは、その表情で察せた。
「私も、大切な人のためならどんなことでもするし、そのためならどんな十字架でも背負う。それが私の正義です。誰かのためじゃない、自分のための」
「そっか………やっぱり、東風ちゃんは竜胆君の妹なんだね。そっくりだよ」
「………ありがとうございます」
こんな風に雛罌粟さんと二人きりで話すのも久しぶりだった。一応恋敵なわけだけど、この人だって私にとって大切な人だ。分ちゃんも、りん兄も。
「それに、どんなに怖くても勇気が出る方法があるんですよ」
私は雛罌粟さんをちょいちょいと手招きする。そして彼女の耳にコソッと耳打ちする。
「⁉︎………あぁ、たしかに。そう考えれば頑張れるかも」
「でしょう?」
さてと、そろそろ実行しないと。テロリストの動きが不明な以上、あんまり様子見というわけにもいかない。
とは言ってもこの数を私一人では何とか出来ない。鯨波さんは下手に動くと警察が動いたと見なされて、テロリストが自爆してしまう。
私はバッグの中からスマホを取り出した。
「チッ!クソが!舐めたマネしやがって‼︎」
牛尾菜組の事務所の中。
「また俺達のシマで好き勝手したこと、永遠に後悔させてやる!」
「でもカシラ、そしたら親父が………」
「うるせぇ‼︎んな事分かってんだよ‼︎だから今考えてんだろ‼︎」
「す、スンマセン!」
舎弟に当たり散らしていた冬青はソファーに座った。
「親父………!」
組長である牛尾菜 五十集が警察に連れて行かれて数時間が経過していた。
何とか対処しようとしたが、そもそもが極道者だ。警察には相手にされず、さらには自分達のシマでテロリストが現れた。
これを偶然と捉えるのは無理があるだろう。五十集が予想していた『大きな組織』とはこの事だったのだ。
『Salvation Of Sin』
冬青がこの組織の名前を聞くのは初めてじゃない。かつて日本でも好き勝手して、冬青達牛尾菜組がその一端を潰したこともある。
さらに身内の恥だが、『Salvation Of Sin』にはヤクをシノギにしたりとして、牛尾菜組から破門されたヤクザもいるのだ。
さっきのふざけた犯行声明を見て、冬青ははらわたが煮え繰り返っている。
しかし下手に動けないことも事実だった。
『Salvation Of Sin』と警察は繋がっている。それは彼らと関わった事のある冬青には分かりきっていることだ。
ここで動けば警察に連れて行かれた冬五十集どうなるか。これはある意味脅しでもあるのだ。
だから今にも暴走しそうな舎弟を抑えて、こうして作戦を練っている。本当なら今すぐにでも殴り込みに行きたいのに。
「くっ!………どうすりゃいい………!」
「………しら、カシラ!」
すると自分が呼ばれていることに気がついた。顔を上げると舎弟が冬青の顔を覗き込んでいる。
「んだよ、何かいい案思いついたのか?」
「いえ、カシラのスマホが鳴ってるので………」
「は?」
テーブルに目を向けると、そこに置いた冬青のスマホが震えていた。
画面を開くと、そこには『橡 東風』と書かれている。
「東風?こんな時に何だよ………」
五十集の孫であり、東風と竜胆を両親のように慕っている少女、鴨舌草・グレース・水鶏。
彼女に何かあった時にすぐ連絡が取れるようにと、冬青は東風と連絡先を交換していた。
もちろん普段は連絡を取らないし、東風から連絡を寄越すなんて本来はあり得ないはずだが、十中八九水鶏のことだろう。
冬青はイラつく気持ちを抑えて電話に出た。
「東風か?ワリィ、今ちょっと立て込んでるんだ。水鶏の事なんだろうが後にして………」
『それって、もしかしてデパートの立て篭もり事件の事でですか⁉︎』
やけに焦ったような声の東風に、冬青は思わずスマホから耳を離した。
「分かってんなら電話するんじゃねぇよ。切るぞ?」
『待ってください!その事で、少しお願いがあるんです!舎弟の人達にも聞いて欲しいんですが」
「はぁ?」
首を傾げながらも、冬青は舎弟達を自分の周りに呼ぶとスピーカーをオンにして聞こえるようにする。
「カシラ、誰と話してるんです?」
「前に話したろ、濁酒組の時に水鶏を保護してくれてたヤツだ。んで、何でテロリストのことでお前が俺らにお願いなんてするんだよ?」
『実は………』
東風は手短にさっきまでの事を話した。冬青の眉がどんどん歪んでいく。
「はぁ⁉︎テメェのダチがテロリストに捕まったから、竜胆が復讐屋と一緒にデパートの中に突入しただぁ⁉︎何でそんな面倒なことになってんだよ」
『で、ですよね………』
「けど、それなら問題ねぇだろ。アイツは強ぇし、よく分からねぇけど復讐屋ってのもいるんだろ?」
冬青としてはそれを聞いて安心した。
彼らの強さは認めている。他人に頼るようで申し訳ないが、何とかなるならそれに越した事はない。
『それが、実は警察や野次馬の中にテロリストの仲間がいて、このままだと大変なことになるんです!』
東風はさらに言葉を続けて、現状を話した。
「………なるほどな。つまり、サツが動けばテロリストが自爆するし、人質も助からねぇ。竜胆達のことがバレても同じ、って事か」
『はい。でも、りん兄の話を聞く限り、ちゃんと取引が成立しても人質の安否は………』
「クソが!………相変わらず腐ってやがる………」
『神の名の下に』を免罪符に仲間ですら平気で切り捨てる。一般人を娯楽で殺して楽しむ。
そんなヤツらを思い出すだけで虫唾が走る。
「要はその紛れてるクソ共を俺達に何とかしろ、って事か?」
『はい。この人達が冬青さん達の領地で事件起こしてるの見て、もしかしたら色々対処し慣れてるかもって』
『何でそんなこと知ってるんだ』と言いたいのを堪えて、冬青は考える。
「すまねぇ。俺達としてもソイツらをぶっ殺してやりてぇが、今はそれが出来ねぇんだ」
『何かあったんですか?』
「親父がパクられた。事件が起こるのとほぼ同じタイミングでな」
『牛尾菜さんが⁉︎何かあったんですか⁉︎』
「少なくとも今になってサツの世話になるような事はしてねぇよ」
『なるほど………あ、もしかして』
すると東風から数枚の写真が送られてきた。そこには警察官と思しき人達の名前と顔写真が載っている。復讐屋のタブレットの中に入っているデータの一つだ。
『これ今回のテロリストと繋がりのありそうな人達のリストなんですけど、その捕まえに来た警察官、この中にいますか?』
「お、お前、何でこんなデータ持ってんだよ………まぁいいか」
冬青は半ば呆れながら、そのデータに目を通していく。
「ッ⁉︎ 間違いねぇ、ウチに来たクソ共がいやがる」
『そう、ですか………これって、『下手な事はするな』って事です、よね?』
「だろうな………すまねぇ………!」
つまり牛尾菜組から援助は出来ない、というわけだ。
本当は今すぐにでも助けてやりたいが、家族は切り捨てられない。
『分かりました。牛尾菜さんに何かあったら私も嫌ですし。鯨波さん、りん兄の知り合いの刑事さんと上手くやってみます』
「出来んのか?」
『………正直、自信は無いです。でも、やらないと………私の犠牲で全員が救えるとは思いませんけど………人が死ぬところ、見たくないんですよ。どんな人でも」
その声は弱々しく、自信が無いのが丸分かりだ。
たしかに無謀すぎる、それでもやめるつもりはないんだろう。
周りの人達だけじゃない、テロリスト達も助ける。たとえ死ぬとしても。
東風の言葉に舎弟達は顔を見合わせた。冬青が顔を伏せる。
『それじゃあ、お忙しいところすみませんでした。あ、鯨波さんにも話して牛尾菜さんのこと釈放してもらうように………』
「………二十分だ」
『え?』
東風の言葉を遮った冬青に、みんなの視線が集まった。
「聞こえなかったか?デパートの北側、二つ前の信号のところで二十分待て」
それだけ言うと、冬青は黙って電話を切った。
「鱓」
「は、はい」
「下にいるヤツ全員呼んでこい。ウチのシマ荒らした蛆虫野郎共、まとめて落とし前つけさせに行くぞ」
冬青の放った言葉に、みんなが目を見開いて驚いた。
「か、カシラ、本気ですか⁉︎いや、そりゃあ俺達だって何とかしたいですけど………ヤツらの中には本当にヤバいヤツもいるんですよ⁉︎下手したら親父が………」
「うるせぇ‼︎テメェら今の話聞いてなかったのか⁉︎カタギの女のガキが
「カシラ………」
「世の中に俺ら牛尾菜組は、ガキよりも肝っ玉のちっせぇ、あんなクズ共にビビる腰抜け野郎だって思われてぇのか?」
冬青は立ち上がると舎弟達の方を振り向く。
「それに、俺は親父から組を任された。親父が自分が理由であんなヤツらに好き勝手されたなんて知ったら、どう思う?俺ら全員殺されんぞ」
五十集が冬青に組を任せたのは、このためなんだ。自分がいなくなっても、牛尾菜組として胸を張っていられるように。
「何ボサッとしてやがる!とっとと準備しろ‼︎」
『は、はい‼︎』
大きな声で返事をした舎弟達が散っていった。それを見送った冬青は手にしたスマホを操作して連絡帳を開く。
「念には念を、まぁついでにこっちのことも頼んどくか。アイツに仕事用のスマホ渡して正解だったな」
早る気持ちを抑えて選んだ連絡先に電話をかける。
「ったく、相変わらずすげぇヤツだよな………待ってろよ、東風」
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