「っと………また人がいますね」
「隙を突けば抜けられそうです。倒さなくてもいいでしょう。監視カメラにも映りそうですし」
「ですね」
デパートに突入した僕と復讐屋は様子を確認しながら、順調に上へと進んでいた。
見張りも全員殺せば楽なんだが、ヤツらは常に連絡を取り合っている上に、監視カメラなどの設備は向こうの手の中だ。
極力騒ぎは起こさず、気配を殺しながら進んでいる。敵の人数が人数だけに、その移動は慎重だった。こんなにひっそりと忍び込むのも久しぶりだ。
時たま何回か銃声が聴こえた。人の悲鳴も。おそらく何人か殺されてしまったのだろう。
「それにしても、あなた随分と冷静ですね」
多少余裕が出てきたのか、復讐屋が話しかけてきた。
「慌てた方が良かったですか?」
「その方が面白い、というのは半分冗談で………仮にもご友人が捕まってるんです。少しは焦るかな、と」
「そうですね。焦ってますよ………だから、落ち着けるんです」
「なるほど………そうですね」
焦らせるような事態である。それが事の重大さを伝え、僕により冷静であるべきだと悟らせる。
「そういえば、東風からの話だと、あなたこの立て篭もりが起こるの事前に知ってたんですよね?何でですか?」
僕も『Salvation Of Sin』の情報はよく集めているが、こんな事件を起こすかも、なんて情報知らなかったんだよなぁ。
「あぁ、それですか………」
すると復讐屋は顔を顰めて頭を抱えた。
「何というか、その………まぁ、それを言うのは後で。身内の恥、というか何というか………」
よく分からないけど、何かあまり良くないことがあって知ったのかな?
「おっと、そろそろ目的のフロアに着きますね。っと、あの道塞いでる人、殺しといた方がいいですね。監視カメラにも映らない」
「僕が殺すので、あなたは周りの確認を」
「分かりました」
僕は手にした短刀を構えると、曲がり角の影から飛び出して目の前の男の口を塞いだ。その首に刃を添える。
「グゥッ⁉︎」
それが男の断末魔だった。
人質が集められたフロア。テロリスト達に銃を突きつけられて、みんなが深妙な面持ちで俯いていた。
あんな悲惨な光景を見せられたのだ。アタシもとても強くなんて振る舞えない。
テロリストの何人かは仲間と連絡を取っていて、それをエヴァンに報告していた。
アタシに話しかけてきた謎の青年は、時々あたりを見ながら俯いている。
アタシだけじゃない、竜胆や東風、果てにはこのテロリストのことまで知っていた謎の高校生。
周りの圧に耐えられなかったからか、アタシは気がつけばそっと口を開いていた。
「竜胆………来る、かな」
アイツが来るなんて、アタシの想像でしかない。むしろ今頃お姉ちゃんとのデートを楽しんでるかも。
青年の憶測ではあるけど、このままじゃアタシはどうなったって殺される。きっとさっきの人みたいに撃たれて、笑われながら殺される。
こんな事なら、お姉ちゃんとのデート断らせてでも、アイツと一緒にいたかったなぁ。最後にアイツの顔が見れたら、こんな寂しい思いもしなかったかもしれない。
アイツに言いたいこと、して欲しいこと、いっぱいあったのになぁ。
「来ますよ」
すると後ろからさっきの謎の青年の声がした。振り返ると、青年は俯いたまま呟いた。
「彼は来ます。それで僕達が助かるかどうかは、また別問題ですが」
その怠そうな口調から発せられた言葉には、確信めいたものが含まれていた。
「何で………アンタに分かるの?」
もしかしたら竜胆の知り合いなのだろうか?いや、アイツは同年代の知り合いは少ないって言ってた。
赤の他人なはずなのに、青年は言い切った。
「色々ありますが………そうですね。一番大きな理由は、彼のこだわりでしょう」
「こだわり?」
「そう、彼の
青年の言葉に私は驚いたが、すぐに納得もしてしまった。
コイツが明らかに普通の人じゃないのは、すでに何となく分かっている。ニュースでは聞いた事のないテロリストのことまで知ってるのだから。
竜胆のこと、アイツが殺し屋であることも知っているんだ。
「アンタ、何者なの?」
「言ったでしょう?社会のゴミ、ですよ」
自嘲気味に笑った青年は、同年代で同じ状況に陥っているとは思えないほど落ち着いている。
「アンタも、殺し屋?」
「さぁ、どうでしょう?」
隈のある眠そうな目はそのまま、余裕たっぷりの飄々とした答えが返ってきた。
「アイツのこだわり、ってどういう事?」
「それは………いや、それは言わないでおきますよ。不必要に憶測で話すの、嫌いですので」
自分で考えるか、アイツに聞けってことか。
初めて合ったのに、謎だらけなのに、自然と彼の言葉には説得力があった。
「そうですね、一つヒントです。彼の生きた意味、その価値、なんてどうです?」
まるで楽しんでいるかのような口ぶりだ。
アイツの生きた意味………
母親を尊敬する父親が殺し、その父親を自分の手で殺した。そして周りから『人殺し』と言われて、信じていたもの全てを否定された。
そんなアイツが殺し屋となってまで、犯罪者になってまで生きた意味、そこにあった価値………
「分かんないよ。アタシ、アイツじゃないし」
「そうですか?背負ったものは、割と似たかよったかだと思いますから、ご自分に置き換えればいいかと」
コイツ、アタシの過去も知ってるの?
たしかに、アタシのせいでお父さんは死んだ。アタシが弱かったから、家族を失った。
それは竜胆にも似てるかもしれない。でも………
「うん、分かんない。竜胆は竜胆、アタシにはアタシだから」
他人のことなんて分かり合えない。結局はただの想像で、どんなに仲良くなっても分からない。
それを聞いて、青年は上を向いた。
「いいですねぇ。彼が羨ましい」
「え?」
「信じた道の先にあなたがいる。僕は………いえ、何でもないです」
そう言って青年は黙ってしまった。しかしその拳は強く握られているように見える。
パァンッ‼︎
すると突然銃声がフロアに鳴り響いた。みんながビクッと飛び上がる。
「あ゛ぁぁッ‼︎………え………?い、いだ、い………!やめ、て………!」
反射的に音のした方を向くと、そこには血塗れになった女性が倒れていた。まだ息はあるのか、痛みに必死にうめいている。
アタシは溢れ出す血に頭がクラクラした。
「ボス、警察はまだ来ないんですか?俺早く殺したくて殺したくてたまんねぇよぉ‼︎」
銃を撃った男はそう叫ぶと、瀕死の女性に向けて再び銃を何発も撃った。凄まじい銃声と共に血飛沫が飛び散り、女性は動かなくなる。
一人の男の欲求を満たすために、また一人人が殺された。みんなの顔が真っ青になる。
「ヒャッヒャッヒャアァ‼︎やっぱり人を殺すのは気持ちいい‼︎ボス、もう一人殺していいですよねぇ?」
「いつも言ってるだろう。お前がその時したいこと、それが神のご意志だ。神の赦しだ」
その言葉にみんなが身を震わせた。次は自分が弄ばれて殺されるかもしれないという恐怖がみんなを襲う。
その時
「うわあぁぁぁぁん‼︎」
隣から子供の泣き声がした。一際高いその声にみんなの視線が集まる。
さっきまでの銃声とテロリストの叫び声に耐えられなくなったのだろう。そこには五歳くらいの女の子が泣いていた。
「ちょ、ダメよ!ねぇ、静かにして!」
隣にいる母親は必死に宥めようとするが、子供の泣き声は大きくなる一方だ。
当然テロリスト達もその子供の方を振り向いた。これから起こることを想像して、みんなの顔が引き攣る。
「おいお前、公共の場では静かにしなきゃいけねぇって知らねぇのかよ‼︎」
テロリストは面白がるように叫ぶと、わざと泣かせるかのように銃を乱射した。
周りの商品や棚が壊れて、子供の泣き声もさらに大きくなる。
その瞬間、アタシの頭にまた過去のことが蘇って、目の前の子供と重なった。そしてさっきの青年の言葉が頭を過ぎった。
『彼の生きた意味、その価値』
『背負ったものは、割と似たかよったかだと思いますから、ご自分に置き換えればいいかと』
アイツの生きた意味は分からない。けど、アタシはどうなんだろう。
アタシの生きた意味………アタシは、何で生きてきたんだろう。
友達を殺されて、お父さんも殺されて、絶望したのを覚えてる。
それでもアタシは生きようとした。アタシはその中に、どんな価値があるんだろう。
「ったく、仕方ねぇなぁ。教育のなってねぇ親の代わりに、俺が躾けてやるよ」
するとテロリストの一人が子供に銃を突きつけた。
「お、お願いです!やめてください‼︎」
「うるせぇなぁ‼︎これが俺の、神のご意志なんだよ‼︎」
「きゃあっ!」
子供を庇おうとした母親を、テロリストが蹴り飛ばした。それを見て、周りの仲間がニヤニヤ笑いながら銃を突きつけた。
銃を突きつけて泣き叫ぶ。そんな幼い子供が今殺されようとしている。
アタシはこんな事のために生きてきたのか………こんなクズ達に子供が殺されようとしてるのに、それを見殺しにするために………
違う!アタシが絶望しても生きようと思ったのは………家族が、自分と同じような、守りたい人がいたから!それがアタシの『正義』だから‼︎
それなら、こんなところで震えてる場合じゃない!
立て立て立て‼︎
アタシは、こんな風に怯えるために、今日まで生きてきたんじゃない‼︎
背負うものは全部背負ってやる‼︎ここで動かなきゃ、一生後悔する!
決意と共に体の底から恐怖が湧き上がってくる。無謀なことだと伝えるように、身体の震えが止まらない。
たしかに無謀かもしれない。間違いなく殺されるだろう。みんなを、悲しませるかもしれない。
けど、アタシにはアタシの『正義』があって、それを貫く‼︎動く理由は、それだけで充分だ‼︎
「ねぇ、アンタ………名前は?」
アタシは後ろにいた謎の青年に声をかけた。
「はい?なんでそんな事答えなきゃ………」
「いいから、答えて」
アタシの迫力が伝わったのか、青年は肩をすくめて答えた。
「
「そっか………万年青。竜胆と、連絡取れるんだよね?」
「え?まぁ、やろうと思えば」
「それなら………アタシに何かあったら、自分で勝手にやったことだから気にすんな、ってアイツに伝えといてよ。アイツ、絶対気にしちゃうから。それと、大切なこと気づかせてくれて、ありがとう」
アイツに余計なもの背負って欲しくない。身勝手だけど、これがアタシに出来る最善のことだ。
「ッ⁉︎ ちょ、ちょっと待ってください。何する気ですか⁉︎」
初めて聞いた万年青の慌てた声を無視して、アタシは立ち上がった。集まったみんなの視線の圧を振り切って、大声で叫んだ。
「アンタ達、いい加減にしなさいよ‼︎」
最後まで読んでいただきありがとうございました。
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