「ぐぁっ⁉︎」
「っと………睡眠ガスの手榴弾は、これだけあれば大丈夫ですね」
「えぇ。そろそろ人質のいるフロアに着くはずです」
僕は殺したテロリストの一人の死体を近くの階段の影に隠した。
ほとんど僕が殺してるよな。一応復讐屋もMAC−11とナイフを持っているんだが。
とりあえず僕と復讐屋は着々と上に進んでいた。目的地までもう少しだ。
「ここまでは特に何も無し。強いて言えば、さっきからちょいちょい銃声が聞こえるのが気になりますが」
「そう、ですね………」
不安に駆られながらも、僕は声を絞り出した。おそらく僕達が入ってから何人か殺されているだろう。
その中に
すると、僕のスマホが震えた。
東風が作戦成功したのかと思ったが違った。そもそも来たのはLINEじゃなくてメールだ。アイツはこんな事しない。
何だこのアドレス?見たことな………くないな!
「ん?DEAD SURVIVOR、どうかしましたか?」
「ちょっと気になる人から連絡です」
僕達は止まると、近くに身を潜めた。
「誰かから連絡ですか?」
「はい。ただ………ちょっと嫌な予感が」
「え?」
このアドレス、一度だけ見たことがある。
一年前の文化祭の時だ。東風をイジめてたヤツらのデータを僕に寄越した謎の人物、彼が送ってきたものと同じアドレスだった。
何でこのタイミングで?
僕がメールを開くと、そこには何かの中継映像が見られるようになっていた。鍵がかかっていて、そのコードが下に書かれている。
送られたURLからサイトに飛ぶと、コードを入手した。
それからすぐにノイズの混じった映像が映される。
「なぁッ⁉︎これは………!」
僕と復讐屋はその映像に目を見張った。
そこは僕達が目的地としているデパートのフロアだった。商品の棚などが見える。
何でこの映像が………たまたまなのか?いや、違う。一年前僕にデータを寄越した人物がそこにいるのだ。
するのカメラの向きが変わり、大勢の人が映った。彼らが人質か。
そこからさらにカメラの向きが右に移った。そこに映し出された光景を見て、僕は思わず声を上げた。
「分………⁉︎」
そこには立ち上がってテロリストと向かい合っている分がいた。
まるで噛みつくような姿勢に、大きく叫んだ後のような息の切れ方。どう見ても彼女が自発的に立ち上がって叫んだんだ。
まともな理論すら通じないテロリストに反抗する。そんなの見える未来は一つしかはない。
「アイツ………何してんだ!」
僕は立ち上がると周りも気にせず上に向かおうとした。それを復讐屋が止める。
「ちょっと待ってください!今行ってはならない!何で僕達がコソコソここまで来たのか忘れたんですか⁉︎」
「けど、これはどう見ても分が!」
「だからです。彼女が自発的に彼らに反抗したのなら、まだ余裕があるはずです。慌てるのは今じゃない」
復讐屋の言葉に、僕は彼が何を言いたいのかを察した。
そうだ。彼らは実力はともかくほぼ全員が愉快犯だ。面白半分やくだらない理由で人を痛めつけて殺す。
「彼らは彼女をすぐに殺しはしません。怯えさせたり、痛めつけたり、とにかく今すぐ殺す事はないはずです。焦る必要はない」
「けど………!」
「フロアまではもうすぐです。近くで待機して、様子はこの映像で見る。本当に危なくなった時には突入しましょう」
「………分かりました」
僕は大きく息を吸うと頷いた。ここで焦れば外にいる罔象や東風、鯨波さんの命が危ない。それに人質の人達も。
「急ぎましょう。ここから先の見張りは僕が殺しますので、あなたは様子の確認を」
「お願いします」
僕は軽く頭を下げると、その映像に目を向けた。
「分………!」
「アンタ達、いい加減にしなさいよ‼︎」
子供に向けて銃を向けて嗤うテロリストに、アタシは大声で叫んだ。
「あ?何だぁ?」
エヴァンを含めたテロリストはもちろん、人質全員がアタシの方を振り向いた。
その視線を受け止めて、改めて自分のしたことの重大性がのしかかってくる。
口の中が乾いて、冷や汗が頰をつたって流れていった。脚が震えて、今にもしゃがんでしまいそうになる。
それでも拳を握って、必死に耐えた。隣にいる女の子の腕を引いて自分の後ろに隠す。
「だ、大丈夫だから………そこから、動いちゃダメだよ」
自分でも驚くくらい掠れた声だ。それでも女の子には通じたのか少しだけ泣き止んでくれた。
「んだよ、ガキが。俺の欲望の邪魔すんのか?」
女の子に向いていた銃口がアタシに向いた。昔、銀行強盗にあった時もこんな風に銃口を突きつけられた。
その男の目はどこか虚で、手も震えている。何か薬物をやっているのは明らかだった。
その記憶が意識を蝕むが、全身に力を込めて身体を支える。
ここで折れちゃいけない!自分の正義を、貫く!
「そ、そうよ………こんな、小さな子供が泣くのを、迷惑だって言うなら………まず、アンタ達が大人しくしなさいよ!」
「黙れぇッ‼︎ガキが、神のご意志に背くんじゃねぇッ‼︎」
薬物のせいだろうか、ヒステリックに叫んだ男が引き金を引こうとした。
「まぁ待て」
するとエヴァンが前に出てきて男を止めた。
「面白いじゃねぇか。すぐに殺すこともねぇだろ」
「うるせぇ‼︎俺の欲望を邪魔したんだ!死んで当たりま………ッ‼︎」
男の言葉は最後まで続かなかった。エヴァンが持ってた銃で男の脚を撃ったからだ。
「ギャアァァァァァァッ‼︎い、痛い‼︎やめろ‼︎て、テメェ………何し、ッ⁉︎」
脚を抑えて転げ回る男の頭に数発撃つと、男は動かなくなった。銃声に身体がすくむ。
「ふむ、本当はもう少し痛めつけるのが好きなんだが、まぁいい」
味方を躊躇いなく殺したエヴァンは、今度はアタシに銃を向けた。心臓がギュッと締め付けられる。
「ほら、言いたいことあんだろ?言ってみろよ」
ニヤニヤ笑いながら、エヴァンはアタシに銃口を向ける。
身体中が震えて、目の前がぼーっとする。
それでも息を大きく吸い込むと、震えた声のまま言った。
「あ、アンタ達………何で、こんな事するのよ。これが、アンタ達の、正しいことなの?」
するとエヴァンは小さくため息をついた。
「はぁ………どこ行っても同じこと聞かれるな」
間近に迫った銃口が、アタシの額に触れた。その熱さに身体が跳ねる。
「いいか?人間ってのは誰でも罪を犯すんだよ。罪を犯すのは人の本能だ。んな当たり前のことを、同じ人間が規制するなんて狂ってるだろ?」
そう言われて、アタシの頭の中にお父さんの顔が浮かんだ。アタシが殺してしまった、家族の顔が。
「だからぶっ壊すんだよ。この世から『罪』を!人間を本来あるべき姿に戻す!」
罪を、壊す………
その言葉を聞いて浮かんだのは、竜胆だった。
アイツの背負ってきた罪、それが全て、消える………
「本当は九年くらい前に実現するはずだったんだけどなぁ。うるせぇサツのせいでパァになっちまった。まぁ、サツの仲間と一緒に家族拉致って捕まえて、ヤク漬けにしてやったけどなぁ‼︎」
その瞬間、アタシの記憶の中一部が、エヴァンの言葉に反応した。
九年前………警察官…………拉致、ヤク漬け………
コイツ、まさか………!
「特にしつこかったヤツ!名前何つったっけ?たしか………」
「連枷………扁螺」
「あ!そうそう、ソイツ!んだ、知ってんのか?九年前だぞ?」
エヴァンが意外そうな顔をするが、そんなの気にする余裕も無かった。
「アイツの姿は見ものだったなぁ!面白そうだから家に帰してやったら、愛する妻撃ち殺したんだぜ?」
間違いない、コイツが………コイツが竜胆のお父さんを………
「しかもよぉ、もっと面白れぇのは、その馬鹿なヤツだけが止めたと思う?ソイツのガキが二階から突き落として殺したんだよ‼︎笑えるだろ⁉︎ギャハハハハハッ‼︎」
エヴァンは狂ったように笑い出した。恐怖とは違う、別の何かが身体を震えさせる。
コイツが竜胆を………何年も何年も、今でも苦しめたんだ。自分の快楽のために。
「そのガキも、今頃くだらねぇ罪に悩んでんのかな。まぁ、犯罪者なんてみんな同じようなもんさ。オレもそうだった」
コイツも、かつては罪に悩んでいたのだろうか。それならば、たしかに竜胆のような人達と同じとも言える。けど………
「でも、それも今日までだ。オレ達の神様が、人々を解放する!罪人は消える!」
愉悦に浸った表情で、エヴァンが叫んだ。
「オレ達は神の使徒だ!選ばれた存在なんだよ‼︎神によって全ての罪を許されている‼︎神に代わり、この世界を支配する‼︎」
その瞬間、アタシの中で何かが爆ぜた。
「………ざけんな………ッ!」
「は?聞こえねぇよ。何か言った、ッ⁉︎」
アタシは自分の額に突きつけられた銃口を手で思いっきり払った。
頭の中が真っ赤になった。自分を悩ませていたものが全て赤く染まる。
相手がテロリストなのも、自分が殺されることも、コイツのくだらない妄言も、
「ふざけんな‼︎罪は………罪は、許されるものなんかじゃない‼︎」
アタシは吠えた。自分で自分の言葉とは思えないほどに。
今はっきりとした。コイツと竜胆は違う。今とか昔とか関係ない。竜胆は絶対にこんなヤツみたいにはならない。
「は?んだよ、神がお許しになった事だぞ。罪なんて無くなった方がいい。そんなの誰だって思って………」
「違う‼︎」
竜胆は………アタシが本気で愛してる人は………
「自分が犯した罪は、ずっとずっと自分に斬り刻み続けて、一生背負い続けて、生きなきゃいけないんだ‼︎」
竜胆と初めてちゃんと面向かって話した時、アイツはアタシに言ってくれた。
『罪は償えませんよ。何したって罪は許されない。大切なのはそれを全部背負って幸せに生きていけるか、だと思いますけどね』
今でもちゃんと覚えてる。
アイツは『罪が許される』なんて、そんな甘えた事一度も言ったことがなかった。それが口だけじゃないのも、アタシは知ってる。
だからアタシも、自分の罪を刻みつけながら生きようと思った。罪を一人で背負って、それでも逃げずに自分の正義のために生きようと思った。
「アンタはただ、自分のやってる事から逃げてるだけでしょ。大した覚悟も無しに背負わなきゃいけないものから逃げて、それをみんなに押し付けて!そんな人が救えるほど、世界は甘くない‼︎」
「黙れぇぇぇッ‼︎」
「きゃあッ!」
その瞬間、怒鳴り散らしたエヴァンによって、アタシは蹴り飛ばされた。身体中の息が吐き出されて、目の前が霞む。小さい頃の子供の暴力よりも、何倍も痛い。
それでも、アタシは立ち上がった。恐怖と苦痛で身体がフラついた。
「オレは神の使徒だ‼︎唯一絶対の!ガキが見下しやがって‼︎オレの下す正義が、この世界の全てだぁ‼︎」
「私の正義は違う‼︎あなたとは分かり合えない‼︎」
だから、ぶつかるしかない。たとえどんなに愚かでも、他の誰でもない、自分のために。
エヴァンの目は血走っていた。銃をアタシに向ける。
「だったら、テメェを見せしめにしてやるよ。蜂の巣にして、斬り刻んで、動けなくして、犯して、与えられる苦痛全てを与えて、殺してる‼︎それを全世界にばら撒いて、オレの力を見せつけてやる‼︎」
「………それも神の意思?そんなに力見せつけたいなら、駆けっこでもやれば?逃げる速さなら、誰よりも速いんじゃない?」
「このッ………舐めんじゃねぇぇぇぇッ‼︎」
エヴァンが引き金に指をかけた。自然と恐怖は無くなっていた。
アタシは自分の正義を貫いた。その先に待つのが死だとするのなら、アタシはそれを喜んで受け入れる。
そのためにアタシは今日まで生きてきた。そう胸を張れる。
お姉ちゃん………お母さん………東風………竜胆………みんなに言いたいこと、いっぱいあったのに………
でも………ごめん。それとアタシと生きてくれて、ありがとう。
「テロリスト相手に挑発とか、やっぱりすごいな、分は」
どこからかしてきた小さな声。でもアタシには、その声がはっきりと聞こえた。
そしてその瞬間、アタシ達の周りに何かが投げられた。いくつも投げられたそれは、落ちると同時に煙を発した。
これ………コイツらが使ってた、睡眠ガスの手榴弾?
「ぐっ!んだよ、どうなってる⁉︎」
突然の出来事に、エヴァン達は慌てて後退した。動けない人質達は戸惑っている。
すると一人の人影が煙の中から現れた。その人影はアタシを抱き寄せると、煙から逃れるようにそこから離れる。
煙が少し晴れて、人影の顔がはっきりとしてきた。いや、見える前から、それが誰かなんて分かりきっていた。
「竜胆………!」
込み上げてきた熱い感情を噛み締めて、アタシは目の前にいる愛する人の名前を呼んだ。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
評価、感想等ありましたら、ぜひよろしくお願いします。