デパートの周りを警察が取り囲み、規制線に群がるかのように野次馬達が押し寄せている。
私はそこから少し離れた信号機の付近で、辺りを見渡している。
「というわけで、今のところ牛尾菜組の人達と何とかする予定なので、鯨波さんはテロリストの捕縛に専念してください」
『えぇ………東風ちゃんが何とかするってだけでもビックリだけど、ヤクザと手を組むって………』
電話の向こうでは鯨波さんの呆れたような声が聞こえる。
『まぁ分かったよ。一応色々動けるようにはしとくから、何かあったら言ってね。あ、それとさっきヤツだけど………』
「分かってますよ。回収しました」
『ごめんね、個人的なこと頼んじゃって』
「いえ、元は私が言い出した事ですし」
返事をすると、私は電話を切った。鯨波さんにはちゃんとテロリストの仲間が誰かは教えてある。
「りん兄………分ちゃん」
私は今もテロリストがいるであろうデパートの方を眺めた。
私が野次馬や警察の中にいるテロリストの仲間を何とかしない限り、りん兄達は分ちゃん達を助けられない。
こうしている間にも人が殺されているかもしれないのだ。一分一秒が惜しい。
すると暗がりの路地の方から声が聞こえてきた。
「おい、東風」
声のした方を振り向くと、そこには牛尾菜組若頭の虚宿 冬青さんがいた。
相変わらず威圧感のある出立ちではあるけど、今回の騒動があったからか少しだけ疲れてるようにも見える。
「虚宿さん、無茶な事頼んでしまってすみませんでした。牛尾菜さんの事もあるのに」
「構わねぇよ。俺らもウチのシマで好き勝手されてドタマに来てんだ。それに、あのクソ共ぶちのめせば親父も戻ってくるしな」
今回の立て籠りが起きる少し前、牛尾菜さんは無実の罪で警察に連れて行かれてしまった。
それは警察内部とも繋がりのあるテロリストからの圧力だった。下手に動けば牛尾菜さんが殺されたっておかしくない。
そんな中で虚宿さん達は私のために集まってくれたのだ。
「そんで、これからどうするんだ?一応ウチの中で動けるヤツは全員集めてきた。二十人ちょいくらい向こうに待機させてる」
「はい。一応こう考えてまして………」
私は復讐屋さんから借りたタブレットを見せながら話した。
「私達総出で爆弾を持ってる人を捕まえるんです。状況が状況なので、あまり手の込んだ事は出来ませんし、これが最善手かと」
「なるほど。俺好みの作戦だ、面白れぇじゃねぇか。向こうの人数は?」
「はい。向こうは三十人ほどで、人数的には私達が少し少ないくらいなんですけど………」
「一人ぶっ倒すのも十人ぶっ倒すのも変わんねぇよ。んで、その爆弾持ってるヤツの特定は?」
「既に終わってます。持ってない人でテロリストの人がいるかもしれませんけど、対処した後すぐにりん兄達が突入するので、そこは放置でいいと思います。爆弾の型も特定してありますので」
「は?お前そんな事出来たのか?」
「ま、まぁ………」
昔りん兄から教わってたんだよねぇ。律儀にメモまで残して、それがバックの中に入っていた。
こんなの何の役に立つんだ、って思ったけど、まさかそれが役立つ時が来るとは。無駄な知識って無いんだなぁ。
「状況から考えても、爆弾はある程度なら乱暴に扱っても問題無いと思います。とりあえず彼らから起爆スイッチを奪うのを最優先にしてください」
「分かった。けど、問題はサツの中にいるヤツらだぜ。向こうは正々堂々武装してやがるが、こっちはそうはいかねぇ。下手すりゃ爆弾取る前に撃たれんぞ」
たしかに。野次馬の中にいるテロリストもある程度の武器は持っているだろうが、人が多い以上やれる事は限られてくる。
でも警察の中に紛れてる人達は堂々と武器を持ち、その気になれば大暴れする事だって出来る。いくら爆弾を取れても、それじゃあ意味がない。
「悪いが、サツの中には俺らの顔を知ってるヤツらもいる。行動がバレちゃマズいってんなら、テロリストであろうが無かろうが、目の前に立つのは避けてぇんだよな」
「はい。ですから、虚宿さん達は野次馬の中にいる人達をお願いします。待機する場所とタイミングは私が指示を出しますので」
「って事は………」
「はい。警察の中にいる人達は、私が何とかします!」
『えっと………鮎魚女さん、そこから東の方を向いて緑のパーカーの人、そう、その人です。あ!陸人さん、少し右の人に隠れてください、ターゲットの視界に入ります。鱓さん、野次馬から外れた人達ともう少し距離空けて大丈夫ですよ』
東風は牛尾菜組の仕事用のグループに一時的に登録して、電話を通じて舎弟達に指示を出している。彼らの名前を覚えるのと同時進行で。
「あの、カシラ………」
「んだよ、余計なこと話してんじゃねぇぞ」
冬青の近くで野次馬に紛れていた舎弟の一人がボソッと話しかけた。
「いや、その………嫌じゃないですし、カシラの命令なんで従っちゃいるんですが、敢えて聞きますね。何で俺ら女のガキの命令に唯々諾々と従ってるんすか?」
彼だけではない。冬青以外の舎弟のみんなが抱いている疑問だ。
かつて東風達が牛尾菜組の事務所の突入した時、ほとんどの舎弟が東風の顔を見る事なく倒されている。
つまり彼らは彼女がどんな人物か知らないのだ。
そしてあの一件は若干名の舎弟にとってはトラウマにすらなってるので、冬青は気を利かせて話していない。
彼らも人を見た目で判断するような人達じゃない。しかしいきなり現れたインドア風の女子高生の指示に従えなんて言われれば、疑問の一つも抱くだろう。
「はぁ、そういう質問は終わってからいくらでも聞いてやんよ」
「そ、そうですか………というか、俺らサツに対して何もすんなって話でしたけど、何か策でもあるんすかね?」
「当たり前だろ?たぶんお前ドン引くぞ」
そんな会話もありつつ、みんなが配置についた。
「それでは合図はさっき言った通りですので。皆さん、よろしくお願いします」
東風は牛尾菜組の人達に指示を出し終わると、電話を切った。疲れからため息をつく。
若干疲れた気分を頰を叩いた正すと、東風も野次馬の中に紛れた。
こういう人混みの中でも素早く進む方法も、昔竜胆から教わってる。上手く肩をズラしてスムーズに進む。
予め持ってたマスクをしてベレー帽を目を隠すように被ると、肩を動かしながらテロリストに感づかれないように進んでいく。
こういう時、東風は何となく隠れたい人の意識の波というか、向き方が分かる。だからそれに沿って、後はいつもと変わらず普通に歩いて行った。
竜胆曰く、これを素でやるのが結構すごい事とのこと。本人は自覚していないが。
そんなこんなで特に問題なく規制線ギリギリまで来れた。そこから先は警察の人達が見張っていて進めないようになっている。
東風は小さく息を吐いた。
自然と緊張はしなかった。テスト勉強でもするかのように、計画を淡々とやるだけとも感じる。
そして東風は一人の男の人の前まで来た。ポーチのカバーを開けて、左手を入れる。
「あの」
「ん?」
東風が声をかけると、男の人はこちらを向いた。
「すみません」
東風はそう言って軽く頭を下げると、男の人の手を掴んだ。肩から波を伝えるように掴んだ腕を大きく振るう。
「ガハッ⁉︎」
男の人の首の辺りからグキッと何かが折れる音が聞こえた。骨が折れた音だ。
これをやると腕から肩に、肩から首に波が伝わり骨が折れるとか。
東風はすかさずポーチの中からカランビットナイフを取り出すと、崩れ落ちる男の人の右腕の袖をナイフで斬った。
ブチッと本来するはずのない音がして、袖からスイッチが落ちてきた。やっぱり、爆弾の起爆スイッチだ。その配線を斬ったのだ。この人はテロリストの仲間だ。
何かあったら嫌なので、スイッチをポーチにしまうと東風は身をかがめた。
「ッ⁉︎ 何だ⁉︎」
周りのみんなが驚いて倒れた人の方を向くが、気にせず規制線をくぐり抜けて駆け出した。
規制線の見張りをしている警察官二人に狙いを定める。
かがんだまま、ターゲットの警察官二人のアキレス腱をナイフで斬ると腕を下から振るって制服を裂いた。抱えていた爆弾が露出する。
近くに舎弟達がいるから、この人達は放置だ。
そのまま東風は警察官達の中へと身を躍らせた。
さすがにここまでやれば周りの視線が集まった。警察も取り押さえようとする。
素早く身体を横へズラして迫ってきた警官をかわす。
東風は次々とテロリストの仲間を動けなくすると、爆弾の配線を切った。ここまで来たら、後は鯨波に任せればいい。
すると警察に紛れていたテロリストの仲間が、東風のやりたい事に気がついたのだろう。
自分達の敵であると判断したテロリストは、なりふり構う事なく東風に携帯していた銃を向けた。
「おい!何してるんだ⁉︎」
周りの人の声も無視して、テロリストは東風を撃った。
しかし東風は敢えて彼らに突っ込んだ。
間合いを詰めると身体をズラして、弾を避けた。リボルバーのシリンダーを掴み撃てなくする。
それと同時に銃を奪って、ナイフを振るった。鮮血がパトカーを紅く染めた。
特殊部隊に紛れていた者もライフルを向けてくるが、銃身を掴んで自分から逸らして奪うと、しゃがんでアキレス腱を斬った。怯んだところで野次馬の中にいる牛尾菜組の舎弟の所に捻り飛ばした。
彼らは防刃ベストを着てる上にガッチリ武装してるので、一々解除しながらやってたら捕まってしまう。だから任せた。
その後ろにいる機動隊員が抱えた爆弾で自爆しようとしたのを見ると、その前に足元に転がり込みポシェットを下ろして振り回す。
ポシェットで隊員を殴って怯ませると、スイッチを握る腕を捻ってナイフで斬り落とす。
そのままポシェットの帯で隊員の首を絞めると、銃を構えるテロリストの盾にして間合いを詰める。
警察内にいる全てのテロリストを倒すと、捕まらないように野次馬の中を駆け抜けて近くのビルの物陰に逃げ込んだ。
「なぁッ⁉︎カシラ、ありゃどうなって………」
「言ったろ、驚くって。従うのが嫌なら反発してもいいが、あくまで個人的にやってくれ。組が潰れる」
野次馬に紛れていた牛尾菜組は東風に指示された通り、彼女の突入を合図にテロリストを押さえつけていた。
舎弟が東風を呆然と見る中、冬青は苦笑いした。
「おいテメェら‼︎吹っ飛ばされて死にたくなけりゃ、とっとと道開けろ‼︎」
冬青は叫んで周りの一般人を退がらせると、殴り飛ばしたテロリストから爆弾を回収した。
いきなりの警察襲撃を皮切りに、辺りは騒然としていた。まぁ当たり前だが。
爆弾を奪うと、冬青はテロリストの胸ぐらを掴んだ。
「おい、よくもウチのシマで舐めたことしてくれたじゃねぇか。落とし前はちゃんとつけてもらうぜ」
警察内では鯨波が上手い事周りを仕切って、倒されたテロリスト達を捕らえていた。状況はともかく爆弾を待っていたのだから当たり前だ。
「コイツらは爆弾を持っている!取り押さえろ!」
テロリストでは無い警察官もいきなりの事で驚いているが、そこは上手く鯨波がフォローしている。
爆発する様子もない。成功したのだろう。
すると冬青のスマホが鳴った。物陰に隠れた東風からだ。
「よぉ東風、よくやっ………」
『そ、そ、そ、冬青さぁん‼︎わ、私、ちゃんと出来ましたか⁉︎人殺してませんか⁉︎な、なんか銃向けられてぇ!もう、無我夢中で⁉︎な、ナイフも血塗れでぇ‼︎誰か死んでませんか⁉︎』
思いっきりテンパって叫ぶ東風の声に、冬青は思わずスマホから耳を離した。
どうやらこの一部始終は無我夢中で無意識にやったもののようだ。
「おい落ち着け!誰一人として死んじゃいねぇから。成功だよ」
『よ、よかったですぅ………』
半泣きの声の東風に冬青は顔を顰めた。とてもテロリストを何人も倒したヤツの声じゃない。
東風にやられた何人かは血塗れになっているものの、死者はいなさそうだ。
「いつまでもグズグズ言ってんじゃねぇよ。ほら、早く次行けよ」
『え?冬青さんにはそれ言ってないはずで………』
「言わなくても分かるっての。さっさと行ってこい!」
『は、はい!』
東風は返事をすると電話を切った。
「潜入チームからの通信が途絶えた。牛尾菜組の仕業だ」
「馬鹿なヤツらだ。俺達に歯向かうとは」
デパートから離れた小道。『Salvation Of Sin』のメンバー二人はある少女を尾けていた。
鴨舌草 グレース 水鶏。牛尾菜組組長、牛尾菜 五十集の孫娘だ。友達の家から帰ってるところだ。
「それじゃあ、とっとと捕まえるか」
「なぁ、捕まえたら俺に貸してくれよ。ハーフの幼女とか、たまんねぇよ」
下卑た笑みを浮かべた二人が水鶏の前に現れた。あからさまに物騒な出立ちに水鶏は震え上がる。
「ひぃっ⁉︎な、なに⁉︎」
「そんなに怖がらないでよぉ。ちょっとおじさん達に着いてきてね」
「やぁっ!来ないで!」
「ひっひっひ………その顔、たまんねぇ………!」
テロリストの一人が水鶏に手を伸ばした。
するとそれを止めるように何か小さなものが飛んできた。それは男の腕を軽く切ると地面に落ちる。小さなガラス片だった。
「痛ってぇ!誰だ⁉︎」
二人がガラス片の飛んできた方を見ると、そこには茶色のスタジャンを着て、キャップ帽を被った青年がいる。
ゴールデンウィークに竜胆と東風と一緒に牛尾菜組の事務所に突入した、貧民街のスリだ。
「まったく。暇な時間にのんびりしようと思ったら、まさかロリコンの相手をしなきゃいけないとは」
「なんだテメェ!」
二人は銃を取り出すと、青年に向けて引き金を引く。
青年は弾丸を全て避けると、間合いを詰めて水鶏を抱えた。男達の横を通り過ぎる。
「ちょっと目瞑っててね」
水鶏にそう言って振り向くと同時に、手に持っていたものをテロリストの一人に投げる。それが首に刺さると、男は血を流して倒れた。
「ッ⁉︎ 俺達のナイフ⁉︎」
仲間の首に刺さってるものを見て、もう一人が慌てて懐を見る。そこにはあるはずのナイフが無かった。
青年の手にはもう一本ナイフがある。すれ違いざまにスッたのだ。
「すみませんね。僕、汚いスリなので」
「ガキが、舐めんじゃねぇ!」
男が撃つ前に青年は近くの小石を投げた。それは銃に当たり撃たれた弾丸は見当違いの方に放たれた。
その隙に近づくと、脚を引っ掛けて転ばせた。男は頭を打って倒れた。
気絶した男を見て一息つくと、二人を物陰に隠して青年は水鶏を見た。
「大丈夫?」
青年が駆け寄ると、水鶏は顔を顰めたまま後ずさる。
「茶色のお兄ちゃん………また、攫わない?」
昔冬青の依頼で彼は水鶏を攫おうとした事がある。その後接点が無かったので、警戒心は健在だ。
「一応あの時僕も君を助けたんだけどなぁ………僕は、虚宿 冬青さんに頼まれて来たんだよ」
「冬青お兄ちゃん?」
「ぷっ!冬青お兄ちゃんって………くっくっく」
可愛らしい呼び方に、青年は思わず吹き出した。
東風の所に行く前に、冬青は前もって渡してあった青年の仕事用のスマホに電話した。あれからも彼は牛尾菜組の依頼を受けている。
頼んだのは自分達のを見張ってるテロリストを倒すことと、水鶏の警護だ。
「僕は
害富が水鶏を立たせると、後ろから車がやって来た。こんな細い道に車がで来るヤツはいない。
まさかテロリストの仲間かと思って警戒するが、中に乗ってる人を見て害富が声を上げる。
「あ、あなたは………」
「久しぶり。私こと、覚えててくれてたんだ」
車の窓が開くと、中に乗っていた雛罌粟 罔象が顔を出す。
「東風ちゃんに、君が水鶏ちゃんを保護してるから万が一のためにお迎えを頼まれたの。大丈夫?」
「ほ、本当にあの人が主導してるんだ………まぁ、ちょうど良かったです。彼女は無事ですよ」
害富と水鶏は罔象の車に乗り込んだ。
「水鶏ちゃん、私のこと覚えてる?」
「パパとママのお友だち!」
「そのママのポジションは、本当なら私なんだけどなぁ………」
「雛罌粟さん。馬鹿なこと言ってないでください。これからどうするんですか?」
「いや、結構大事………あ、えっとね。東風ちゃんからは、君の意見に従うようにって言われてるの」
「丸投げかぁ………それじゃあ、警察署に行きますか。彼らが水鶏を捕まえようとしたってことは、虚宿さん達の作戦は成功したようですしね。早いとこ牛尾菜さんを解放しないと」
「おじいちゃんに会いに行くの?」
「うん。あ、でもその前に南の病院に行ってもらっていいですか?一人殺しちゃったんで、死体屋やってる医者に回収してもらいたいんですが」
「こ、殺したの?というかこの街そんな人もいるの………はぁ………まぁ、分かったよ」
罔象が引いて、その光景を見てない水鶏は首を傾げている。そんな三人を乗せて車が走り出す。
色々手回しする必要があるので、害富は冬青に電話をかけた。チラッとデパートのある方を見た。
「さて………後はあなた次第ですよ、DEAD SURVIVOR」
最後まで読んでいただきありがとうございました。
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