「テロリスト相手に挑発とか、やっぱりすごいな、分は」
心の中で呟いていたはずの思いは、自然と言葉になっていた。
あんなに震えて怖がってたのに。きっと何も後先考えずの行動だろう。呆れてものが言えない。
でも………不思議なものだ。
その呆れるような言動が、僕を前に動かした。
『てきた』
東風から送られたメッセージが『出来た』と察した僕と復讐屋は、一斉にフロアに突入した。もうちょっと分かりやすい文にしろよ。
僕と復讐屋はフロアに固まって座っている人質に向けて、テロリストから奪った睡眠ガスの煙幕弾を投げた。
「ッ⁉︎ 何だ⁉︎」
「ぐっ!んだよ、どうなってる⁉︎」
周りが困惑する中、僕は息を止めて迷わず煙の中に飛び込み分を抱き寄せた。素早く煙から離れる。
これからやる事に、万が一にも巻き込まないためだ。
商品棚の陰に飛び込んで、そこで初めて分と目が合った。
「竜胆………」
分の目は怯えているようには見えなかった。あんな事があったのに、ちゃんと真っ直ぐ僕を捉えている。
煙の中から人質やテロリストがパニックになったり咳き込んだりする声が聞こえる。
テロリストに至っては、驚いたからか持っている銃を乱射している音が聞こえる。
コイツら素人かよ。銃声で自分の居場所教えてるようなもんじゃん。
とはいえ、このままってわけにはいかないな。
僕は分をそこに置いていき、ある程度晴れた煙の中に戻っていった。
この状況で立つ人質はいないだろうし、立ってるのがテロリストって事でいいだろう。まぁ確認はするが。
パニックになって乱射してるヤツから短刀で首を斬っていく。人質が巻き込まれて撃たれたらマズいからね。
目の前のヤツから順に殺して、音で狙われたら銃を避けながら少し離れる。ずっと煙の中にいるわけにもいかないし。
そうするとパニック状態のテロリスト達は目の前の空間を乱射する。そうなれば仲間を撃つのなんてすぐに分かるのに。後はガラ空きの背後から襲って殺すだけだ。
分は巻き込まれないような場所に隠れさせたし、復讐屋は上手いことやるだろう。遠慮なくやれるな。
「どこだ⁉︎あ゛ぁッ⁉︎」
「ぐっ⁉︎」
「がぁッ⁉︎」
近くでもテロリスト達の断末魔が聞こえる。復讐屋が殺ってくれてるんだろう。
煙が晴れると、そこには殺したテロリスト達と眠らされた人質達が倒れている。
間違って人質を殺した感じは無いな。よかったぁ。全員眠っている。
しかし人質が固まっていた所には、何人かの一般人の死体がある。状態からしてライフルに撃たれたか、ナイフでメッタ刺しにされたか。
やっぱりコイツらに殺されてた人達がいたか。心の中で彼らの死をそっと悼む。
「う、嘘だろ………一瞬で、半分を殺した、だと………」
すると煙から離れた位置に、エヴァン・ムーアと何人かのテロリストが逃げていた。
「あぁ、やっぱり全員は殺せなかったかぁ。それが出来たらベストだったんだが」
復讐屋が僕の心中を言ってくれた。まぁ逆にこれで全滅したら呆気なさすぎて泣けてくるが。ここまでの苦労返せって話だ。
「お前ら、一体何モンだ!」
銃を構えたテロリストの仲間に守られながら、エヴァンが叫んだ。
まぁ素直に答えるつもりは………
「ボ、ボス!黒のトレンチコートにクラッシュハット、しかも短刀って………まさかアイツ、この辺で殺し屋殺ししてるって言う『Dead Survivor』って殺し屋なんじゃ………」
無かったんだが、アッサリバレてしまった。服装くらい普段着で良かったかも。
「くっくっく………アッサリバレてら………」
復讐屋が笑い声を噛み殺している。僕の特徴広めたのアンタの父親だろうが。
「馬鹿か!そんなヤツがこんな所に来るわけないだろ!それにもし本当にそうなら好都合だ!コイツを殺して、俺達の力を見せてやれ!」
怒鳴るように叫んだエヴァンの声に、何人かのテロリストが持っていたナイフを向けて走ってきた。
応戦しようとする前に、小さな銃声がして前にいたヤツらが倒れていく。その眉間には銃痕がある。
音のした方を見ると、復讐屋がMac11を構えていた。
「一応僕もいますよ」
まぁこうなるわな。何で僕だけ見てるんだよ。
残ったヤツは仲間が殺された事に驚き動きを止めた。その隙に全員首を斬って殺す。
コイツら本当にテロリストか?人が死んで足止めるとか素人以下なんだが。
というかさすがに殺しすぎたか。合計で軽く三十人近くは殺してる。後で絶対鯨波さんに怒られるな。
仲間の死体を目の前に、エヴァン達は目を見開いた。
「お前ら、何でこんな事するんだよ!何が目的だ!」
「あぁ、申し遅れました。私は復讐屋です。依頼に則り、あなた方を殺しに来ました」
復讐屋は丁寧に頭を下げた。
「復讐、だと………」
「あなた方に恨みを持ってる人間、たくさんいますよ。彼らから、あなた方を殺してほしい、とのご依頼がありましたので」
「オレは、オレは何もしてない!これは全て神のご意志だ‼︎神がオレ達を導いた結果だ‼︎オレ達は何もしてない‼︎全ては許されている‼︎」
「神が許しても人が許してないんですよ。そこの彼もね」
そう言って復讐屋は僕を手で示した。
「せっかくです、名乗ったらどうですか?」
そう言って復讐屋はすましたように肩をすくめる。何となく彼の意図は察した。仕方ないな………
「僕は殺し屋のDead Survivor、本名は連枷 竜胆です。あなた方に分かりやすく言えば………あなたが馬鹿だと言った、連枷 扁螺の息子ですよ」
「ッ⁉︎………お前が、あの刑事の………!」
僕が誰なのかを知らされて、エヴァン達は愕然としている。
まぁこれが普通の反応だ。そもそも僕の正体を知ってる復讐屋達が変なんだ。
「というわけです。後はどうなるか、分かりますよね?」
「ぐっ!………だが、まだだ!」
エヴァンは持っているトランシーバーに向けて叫んだ。
「おい、お前ら!自爆しろ‼︎街を火の海にしてやれ‼︎」
しかし外の様子は変わらない。火の海どころか爆音もしない。
「な、何故だ!おい!神のご意志だぞ!早く自爆しろ!死ねよ‼︎」
「無駄ですよ。外の方々、警察に紛れてる人達も含めて、彼の優秀な妹さんが何とかしちゃったみたいですから」
「う、嘘だ!あそこには三十人以上のヤツらが………」
「僕も信じられませんよ。本当にすごいですね」
復讐屋は僕を見て笑った。
まったくだ。本当に何とかしてしまうとは。
「つまり残るはあなた方のみ、ですよ」
「ふ、ふざけるなぁッ‼︎」
「うわっ⁉︎」
エヴァンはヒステリックに叫ぶと、自分を守っていた仲間を僕達の方へと突き飛ばした。手に持ったスイッチを押す。
本能的に危険を感じた僕と復讐屋が避けると同時に、エヴァンを除いた全てのテロリスト達が轟音を立てて爆発した。
「ぐっ!」
「ぐあっ!」
何とか直接的な被害は免れたが、爆風に煽られて僕達は吹き飛ばされる。威力が強く、僕達は武器を落としてしまう。
肉片が辺りに飛び散り、床が焦げと血に塗れる。鼻につく匂いが漂った。
予想外だった。
ヤツらが爆弾を持っているところまでは予想してた。だから分を逃したのだ。しかしまさか自分以外の爆弾を爆発させられるとは。
「これが神のご意志だ!死ね死ね死ねぇッ‼︎」
爆風が収まる前にエヴァンが持っていた銃を乱射した。武器を拾う間も無く、僕達は銃弾を避けた。
エヴァンはもう冷静さを失っている。人質の方に逃げてしまえば、犠牲者が出てしまう。
必然的に商品棚の方へと逃げていった僕達を、エヴァンが発狂して、乱射しながら追いかける。
棚を挟んで銃弾を避けるが、そこでハッとする。
しまった!向こうの方には分がいる!
そう思った時には既に遅く、エヴァンが分を見つけてしまった。
「来い!」
「きゃあっ!」
無理矢理腕を引っ張られ分が捕まってしまった。彼女の頭に銃が突きつけられる。
「止まれ!この女を撃つぞ!」
分を人質に取られて、僕と復讐屋は動きを止めた。
「は、離して!ぐっ!」
「黙れぇ‼︎ガキの分際で、神の遣いであるこのオレを馬鹿にしやがって‼︎お前ら全員、オレが天罰を下してやる‼︎神の名の下に殺してやる‼︎」
「分………!」
反射的に動こうとする足を何とか止めた。
今の僕には武器がない。復讐屋にも。一瞬の隙をついて攻撃する事ができない。
分を逃すつもりが、まさか巻き込んでしまうとは………
「ヒャッヒャッヒャア‼︎大人しくしろよ。お前ら全員殺して、この世界にオレの力を、オレを認めさせてやる‼︎全てを支配できる、オレの力を‼︎」
エヴァンは血走った目で僕達を睨んだ。麻薬をやってるのか、手が震えて錯乱している。
どうする………距離がありすぎて、弾を避けながら分を助けるのは無理だ。その前に分が撃たれる!
そしたらまた………あの時のように………
僕の頭にかつての悪夢が蘇った。大切な家族を、この手で殺す瞬間が………
このままじゃ、父さんの時と同じだ!また、家族を………失うことになる。
そんなことになるくらいなら………自分が死んだ方がいい。
僕は躊躇わず走り出そうとした。
こうすれば絶対エヴァンは僕を撃とうとする。自分が撃たれれば、エヴァンを押さえる隙ができる。
それで分が、家族が助かるなら………!
「死ねぇ──────ッ‼︎」
エヴァンが叫んで引き金に指をかけた。
「分‼︎」
僕は強く踏み込むと駆け出した。
その時、右から何かが飛んできた。
それは真っ直ぐと飛んで、エヴァンの腕に突き刺さる。エヴァンの腕から鮮血が噴き出した。
「ッッッ⁉︎ギャアァァァァ──────ッ‼︎」
エヴァンは自分の腕に突き刺さったものと鮮血、襲いくる痛みに叫んだ。
彼の腕に刺さっているのは、銀色の曲がったナイフ。カランビットナイフだ。
ということは、まさか………⁉︎
「りん兄‼︎」
ナイフの飛んできた方から聞き慣れた声がした。声のする方を見て目を見開く。
「こ、東風⁉︎」
思わず声が裏返った。ナイフを投げてくれたであろう東風が、目の前にいるのだ。
ここにいることももちろん驚きの一つだ。
しかしそれ以上に、目の前にいる東風は驚くべき状態だった。
とにかく血塗れなのだ。カーディガンはもちろん、さっきまではつけてなかったマスクまで血に染まってる。
どこか泣いているような真っ赤な顔の東風が、手に持っている紙袋を僕に放った。
反射的にそれをキャッチすると、袋の中身が弾んで出てきた。
「こ、これは………ッ⁉︎」
その中身に僕は心臓が跳ね上がった。しかし気がつけば僕はそれを手に取り、エヴァンに構えていた。
「お前ぇ………よくもこのオレに傷をつけたなぁッ‼︎神の体を、よくもぉ‼︎ぶっ殺してやる‼︎ッ‼︎」
狂ったエヴァンが東風に銃を向けようとするが、その前に僕の手に握られてるものを見て目を見開く。
それは、父さんが仕事で使っていた拳銃だった。
父さんが殉職するまで使い、母さんを殺した拳銃。
同じ型の銃なら見分けなんてつかないはずなのに、僕は直感でそれが分かった。
その拳銃が僕の手に握られ、エヴァンへと向いている。
冷たい鋼の感触の中に、僅かな温かさを感じた。昔何度も感じた、父さんと母さんの温かさだ。
「お、お前………!」
拳銃を構える僕を見て、エヴァンの体が何かを拒絶するように震えた。首を振って喚く。
「ふざけるな………ふざけるなよ‼︎何で邪魔するんだ‼︎オレのすることだぞ‼︎神の意志なんだぞ‼︎オレは全て許されてるんだ‼︎神によって‼︎神よ!オレに、オレに力を‼︎」
錯乱しているエヴァンは喚きながら分に銃を押し付けた。震える体を隠すように分を盾にする。少しでも外せば、分を傷つけてしまう。
けど、緊張はしなかった。
当たり前だ。その分が僕を真っ直ぐ見ているんだから。恐怖も疑いも無い、信じて僕を見つめている。
「何で上手くいかない‼︎何でみんな邪魔をする‼︎オレの欲望を‼︎オレの正義を‼︎」
「何でって………そりゃ決まってるでしょう」
僕は撃鉄を起こすと引き金に指をかけた。
「それが、僕の正義だからですよ」
引き金を引くと、銃声と共に弾丸が発射された。
あの日母さんを殺してしまった弾丸が、本来届くべき場所へと放たれた。
分の顔のギリギリを通り、エヴァンの眉間に突き刺さる。
「ガッ⁉︎………ア゛ァッ………」
エヴァンの力が抜けて、その場に倒れた。
それと同時に僕は駆け出すと分を抱きしめた。その存在を確かめるように、強く抱きしめる。
「りん、どう………」
「分、もう大丈夫だよ………お疲れ様。それと………ありがとう」
分の身体から力が抜けた。あれだけの恐怖を体験したんだ、当たり前だろう。
身体が震えて、涙の流す音が聞こえる。顔を伏せて僕の胸板に顔を埋めた。
「遅いよぉ………」
「ごめん、遅くなった」
「ばかぁ…………」
上擦った声で泣く分の頭を優しく撫でた。彼女の嗚咽を受け止める。
こうして『Salvation Of Sin』によるデパート立て篭もり事件、そして僕の因縁に決着がついた。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
評価、感想等ありましたら、ぜひよろしくお願いします。