「因幡さん………何で、ここにいるんですか………」
「りん、兄………」
僕は目の前にいる因幡さんと見合って固まっていた。
いつも通り仕事でヤクザの事務所を襲撃した。しかし一人だけ逃してしまい、ようやく森で殺したと思ったら、目の前に因幡さんがいた。
一年間共に過ごしているが、因幡さんに対しては敬語で苗字呼びだ。というか学校でもプライベートでも、 基本的にほとんどの人にはこうしてる。
ここまで動揺したのはいつ振りだろうか。状況に頭が追いつかず目の前がぼやけてくる。
何で彼女がこんな所にいるのだろうか。そんな疑問が頭の中をぐるぐるループしている。
東風の視線は僕の顔と手元を交互に見ていた。僕の手にはさっきヤクザを殺した短刀が握られている。
それを見たせいもあるのだろう。東風の顔色は真っ青だ。寒さと恐怖で息が荒れて身体が震えている。目には涙を溜めて、僕をジッと見ている。
そんな彼女を見て、僕はようやく頭が回転した。ハッとして短刀をしまう。こんなもの見せていいわけない。
未だに状況を理解しきれていない頭で、これからどうするか考える。
…………………よし。
数秒考えた後、僕は東風に手を伸ばした。
「りん兄、あのね、これは………」
「因幡さん、歩けますか?」
「え………?」
「このままだと風邪引くから、一緒にウチに行きますよ。まぁ………あなたがいいなら、ですけど」
あんな光景を見たんだ。一緒にいたくないと思うのが当たり前だからな。
「え、あ………うん、行く」
しかし戸惑いながらも因幡さんは僕の手を取った。その手は驚くほどに冷たく震えている。
おそらく因幡さん自体も混乱してるんだろうが、今は無理矢理でもついてきてもらった方がありがたかった。
僕は因幡さんを立たせると、トレンチコートを脱いで彼女の肩にかける。
「はい、これ。家に着くまで羽織っててください」
「え?でも、これはりん兄の………」
「あなたはそんなガタガタ震えられてるんですから、この方がいいでしょう?」
「あ、ごめんなさい………ありがとう」
「さぁ、行きますよ」
僕は因幡さんを連れて家に帰った。一応二人とも小学生なので、夜中にうろついてるのはマズい。人目につかないように帰らないと。
一応ヤクザの事務所には歩きで行ったから、このまま帰られるからいいけどさぁ。こういう時やっぱり
僕達はお互い話すことなく家に着いた。とても話せる空気じゃない。
「とりあえず、もうお風呂汲めてるので入ってどうぞ」
「え?あ、あの………私は」
「まだ暖房はつけてませんから。そのままだと倒れますよ?話なら………後でもいいでしょう?」
彼女に何があったのか。その辺は別に話さなくてもいいし、話すにしても後でいい。
「別に無理して話さなくてもいいですから。とにかく、今は体調を整えないとですよ」
「あ………うん………」
僕は因幡さんを見送るとスマホを取り出した。さてと………
「あ、あの………お風呂、あがり、ました………」
それからしばらくすると、お風呂からあがった因幡さんがやってきた。服はさっきまで着てたものを着ているが、髪は濡れて艶が増していて肌が上気している。
僕はキッチンで夕ご飯を作っていた。時間も時間だし、軽いものでいいでしょ。
「はい。夕ご飯出汁茶漬けでいいでしょう?」
「は、はい………」
ご飯に出汁注いで、後は………塩昆布と梅干しでも入れておくか。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
そういえば、こんな風に人とご飯食べるのなんて何年振りだろうか。
「「いただきます」」
僕達は席に着くと、手を合わせてご飯を食べ始めた。
その寒い冬の夜に温かい出汁茶漬けはいいねぇ。温まる。
「あ、そういえば、一応因幡さんの家には連絡しておきましたよ」
僕がそう言うと、因幡さんはビクッと身体を跳ねさせた。それから怯えた表情で僕を見る。
「え?あ、あの………それは………」
「電話に出たのは女性の声でしたので、お母さんだと思いますよ。あなたがあそこにいた理由は分からなかったので、適当に遊んで迷子になったと言っておきましたが」
「あ、そう、なんだ…………ごめんなさい、迷惑かけて」
「別に。それより、因幡さんはこの後どうするんですか?僕としては今日はウチにいてくれた方が助かるのですが」
「あ、そ、それは………」
僕が聞くと、因幡さんは食べる手を止めて口籠もってしまった。本人はこれ以上迷惑はかけたくないんだろうけど………やっぱりなぁ。
「まぁ、僕としてもそのまま帰す、ってのはマズいので。出来れば今日はここにいてくださった方がありがたいのですが。よろしいですか?」
「え?えっと………う、うん」
「すみませんね。こちらの都合で」
「いや、うん………私の方こそ、ごめんなさい」
人を泊めるのなんて初めてだし、相手が女子ってのも気が重いんだけどなぁ。このままってわけにはいかない。やや強引だが、ウチにいてもらおう。
気まずい空気のままご飯を食べ終わり片付けを済ませると、因幡さんはリビングでゆっくりさせておいて僕も入浴を済ませた。
正直、色々とありすぎて今すぐにでも寝てしまいたいが、そういうわけにはいかないよなぁ。
はぁ、面倒だ。
髪を拭きながらリビングに戻ると、因幡さんは何をするでもなくソファーの上で縮こまっていた。
「どうですか?少しは落ち着きましたか?」
「あ、いやぁ………」
僕は因幡さんの隣に座ると、一息ついた。隣を見ると、因幡さんも気まずそうに僕を見ている。
「はぁ………あなた、何も聞かないんですね」
「え?」
「僕のこと、さっきのこと。あんな目に遭ったなら、普通は色々と聞きたくなるものでしょう?」
むしろよくここまで何も聞かずにここにいるよな。僕にだって不信感はあるはずなのに。
「それは…………聞いてもいいの、かな?」
「そうですね………まずは何があったのか、教えてもらっていいですか?あなたがあそこでどこまで見たのか、何があったのか。それ以外は話さなくてもいいですから」
「そう、だね………分かった」
それから因幡さんは何があったのかを話し始めた。
これが僕がヤクザを殺したところを見た、だけならまだ良かった。
しかし話を聞く限り、因幡さんは僕達より先にいてヤクザと遭遇。殺されかけたところを、僕が先にヤクザを殺したらしい。
なるほど………あの時ヤクザが木々を見てたのは、因幡さんを殺そうとしてたからなのか。
そういえば、僕に依頼が来たのだってあの組の連中が遊び半分に子供を殺すから、って理由だったしな。快楽で人を殺すようなヤツらだった。
となると………彼女は僕が逃したせいで死にかけちゃったのか。
これで何も言わずに帰すのは、いくらなんでも失礼だよなぁ。少なくとも彼女は知る権利がある。
どうしたもんかなぁ………
「えっと………りん兄?」
頭を抱えた僕を因幡さんが心配するように覗き込む。何で本来心配しなくちゃならない僕が、因幡さんに心配されてるんだろう。
「因幡さんは、知りたいですか?僕のこととか、さっき起きたこととか。一応知る権利はあるんですが」
「わ、私は………」
因幡さんだって馬鹿じゃないし、あんな光景見せられて軽々しく知っていい事じゃないのは分かってるはずだ。
だから決めて欲しい。知るのかどうか。解答によっては………いや、それは今は考えたくない。
「私は………りん兄のこと、ちゃんと知りたいな。だから、教えてほしい。りん兄のこと」
「そうですか………分かりました」
因幡さんがそう言うなら、ちゃんと話してあげるべきだろう。彼女なら大丈夫だ。
「僕にはもう両親がいないと言うのは、前に話したと思います」
「え?あ、うん………初めて会った時に言ってた、よね」
「はい。実は、両親を殺したのは………僕なんですよ」
「え………?」
それから僕は因幡さんに話した。
これまで自分に何があったこと、その結果自分が殺し屋になったこと、今回因幡さんを殺そうとしたヤクザを僕が殺そうとしたこと、全てを話した。
今にして思えば、自分のことを誰かに全て話したのはこの時が初めてだった。鯨波さんにも無かったことだ。
自分でも気がつかないうちに、それだけ彼女のことを受け入れたということだろう。
全て話し終えると、僕は因幡さんの様子を見た。
こうなる事は分かってたが、彼女の顔は真っ青になっている。
まぁこうなるよなぁ………
「因幡さん、大丈夫ですか?」
「え、あ、は、はい…………ちょっと………」
「あぁ、無理しなくていいですよ。とりあえず今日はもう寝ましょう」
「ご、ごめんなさい………自分から聞いておいて………」
いくら覚悟して聞いたからって、辛いものは辛いよな。ありのまま話したのはちょっとマズかったか。
「大丈夫ですよ。寝るなら僕のベッド使ってください」
「え?でも、りん兄はどうするの?」
「僕はこのソファーで寝ますよ。タオルケットもありますし」
「そ、そんな!それなら私がソファーで寝るよ!りん兄のベッドなんだし、りん兄が使わないと!」
「いや、でもこの時期じゃ身体冷やしますよ。ただでさえ因幡さん寒いところにいたんですから」
「で、でも………」
すると因幡さんは何か思いついたように顔を上げた。
「それなら………一緒に、寝よう………」
「それじゃあ、電気消しますよ」
「うん」
部屋の電気を消すと、先にベッドで横になっている因幡さんの隣に寝そべった。
何でこうなるかなぁ………まぁあの場ではこうするのがベストなんだろうけどさぁ。
色々問題のある気がするが、もう気にするのも面倒なので考えないようにしよう。変に緊張するのは仕方ないかなぁ。
「あの、りん兄」
「ん?何ですか?」
「りん兄は、何も聞かないの?何で私がそこにいたのか、とか………」
「聞いて欲しいんですか?」
「い、いえ………それは………」
本当は何となく察せるが、敢えて聞いてみた。予想通り因幡さんは口籠もってしまう。
「僕には関係ない事ですから。まぁ、話したいのなら好きに話してください」
それだけ言って僕は話を打ち切った。
横になってしばらくして、そろそろ因幡さんも寝たかなと思った、その時
柔らかくて温かい感触が、僕の手を包んだ。
一瞬何事かと思い振り払おうとするが、よく考えたらこの状況で考えられる事は少ない。
そう思って手を見てみると、因幡さんが僕の手を握っていた。
「因幡さん?どうかしましたか?」
「え?あ、りん兄………起きてたんだ」
「まぁ………で、どうかしたの?」
僕は握られた手に視線を落としたまま、彼女に尋ねた。
「あ、ごめんなさい!離す?」
「え、いや、まぁいいですけど………因幡さんは、それでいいんですか?」
「? りん兄とこうしてると、すごい落ち着くから………」
因幡さんは僕に身を寄せると、嬉しそうに笑った。少しだけドキドキしなくもないが、それを悟られるのはマズいので表情を隠す。
「あんな話聞いた後でも………まだ僕といるんですか?」
てっきり『二度と近寄りたくない』くらいのことは言われるかと思ったのに。因幡さんは、前と変わらず僕に寄り添ってくる。
「たしかに、さっきの話聞いてりん兄のこと、怖いと思ったよ………どんな人でも、殺すなんていけないことだって、私は思う」
そう言う因幡さんの手は少しだけ震えていた。まださっきの恐怖が残っているのだろう。
「けどね、今りん兄が人を殺してるのが本当なように………りん兄が私に優しくしてくれるのも、本当の事なんだよね」
「⁉︎ 因幡、さん………」
予想外の言葉に僕は言葉を失った。そんな風に言われるなんて思っていなかった。
「りん兄がこれまで一緒にいてくれて、私すごく嬉しかったよ。何の得もない事をしてくれたんだもん。その裏でりん兄が何をしてても、その時してくれたことに、変わりはないでしょ?りん兄は怖い殺し屋だけど………私の友達で、お兄ちゃんだから。これからも一緒にいたい、そばにいたいな」
「………そうですか」
まったく………すごいな、この子は。
「だから………りん兄も、もっと私に近寄って欲しい………」
「はい?」
いきなり何言い出すんだ?というか言ってる意味が分からない。もう結構近寄ってると思うが。
「りん兄、ずっと私のこと苗字で呼ぶし、敬語でしょ?もっとこう………距離を縮めたい、な」
あぁ、そういうことかぁ。
そんなこと言われても、これまで人に気安く接したことなんて無いし。というか僕そういう人嫌いだし。
どんな人間でも同じ距離感で接せれば楽だったから、大人も子供も変わらない接し方をしてきた。鯨波さんは名前呼びだけど。
家族がいればそれに合わせた接し方があったのかもしれないけど、そんな家族は僕にはもういない。
「ダメ、かな………」
けど、彼女なら………
こんな風に一緒にいれて、自分の全てを話せる彼女となら………もしかして………
遠慮がちに僕を見上げる因幡さんに、僕は思わずため息が出た。
「はぁ………分かったよ、東風」
「ッ!………うん!りん兄!」
満面の笑みを浮かべた東風が躊躇いなく僕に抱きついてきた。これには流石に慌てて声をあげた。
「ちょ、おい!いきなり抱きつくヤツがあるか!」
「ん〜〜〜〜〜〜〜!りん兄♪」
よほど嬉しかったのか、東風は無邪気に抱きついたまま頬擦りしてくる。
はぁ………まったく、気にしてるこっちが馬鹿みたいだ。
東風の首筋を優しく撫でてやると、彼女は嬉しそうに目を細める。
そして東風は抱きついたまま寝てしまった。
「ス──………ス──………」
まったく、気持ちよさそうな寝顔しちゃって。ほれ、ほっぺをみょ〜ん、っと。
軽く頰を弄っても起きる気配はない。………仕方ないなぁ。
引き剥がすのも面倒なので、僕のそのまま眠りについた。
その日は不思議と、穏やかな気持ちで寝られた。
「………ということがあったんですね。翌日お母さんが迎えに来てくれて、一緒にりん兄に謝り倒しましたよ。まぁ私が家出した理由は分かってたので、そこまで怒られはしなかったんですけどね」
「へぇ、そんなことがあったんだ。なんかいいね」
「そうですね。殺されかけはしましたけど………私の中では、かけがえのない思い出です」
話を終えた私は机の上に置いてあるチー鱈に手を伸ばす。分ちゃんは微笑ましそうに笑った。
そういえばこの話を誰かにしたのは初めてだな。まぁ普通に話せるような内容じゃないし。
私の中でりん兄との距離が縮まった瞬間の一つ、大切な思い出だ。
「そして、途中から東風しか話してないとは思ってたけど………」
私と分ちゃんが隣を見ると、りん兄がソファーにもたれかかって眠っていた。
「………」
いつもの隙のないりん兄とは思えないほどのだらけた姿である。普段学校じゃ眠そうな素振りすら見せないのに。
「寝かせてあげなよ。竜胆、最近仕事が忙しいらしくてさ。帰ってくるのも夜遅くだし」
「そうだったんですか」
休みの間は一緒に暮らしているので、分ちゃんはりん兄の仕事が忙しいのを分かっているのだろう。
「私達もそろそろ寝ましょうか」
年も越したし、少し話し過ぎた。そろそろ寝ないと明日起きれなくなる。
布団は既に敷いてあるし、あとはテーブルの片付けをするだけだ。
「そうだね………あ!」
すると分ちゃんがパッと顔を上げた。そしてニヤニヤと笑う。
「ん?どうしましたか?」
「ねぇ、せっかくだしさ………」
分ちゃんに手招きされて耳を寄せると、コソッと耳打ちしてきた。その内容に私も思わず笑った。
「ふふっ、いいですね」
「それじゃあ、後片付けしちゃおっか」
「はい」
私達は立ち上がると、りん兄を起こさないように静かに後片付けをした。
翌日
「まったく………電話に出ないと思ったら、何やってんのよ」
日本中が正月気分だろうと、裏社会の仕事に休みはない。鯨波は竜胆に仕事の話があって連絡したのだ。
しかしいくら連絡しても竜胆が出ない。いつもはすぐに出てくれるのに。
そう思って彼の家に行ってみた。一応保護者の鯨波は、竜胆の家の合鍵を持っている。
そしていざ入り一番最初に目に入ってきた光景を見て、鯨波は思わず頭を抱えた。
何となく経緯は察しがつく。どうせ東風と分が勝手にやったことだろう。
それにしたってこの光景を罔象が見たらどう思うか。想像に難くない。
「いくら友達とはいえ、ちょっとは警戒しろっての。ま、面白そうだし撮っとくか」
そう言って鯨波はスマホでその光景を撮った。何かあった時に揶揄えそうだ。
竜胆の両わきに東風と分が抱きつくように身を預けている。二人とも竜胆の肩に頭を乗せてぐっすりと眠っている。
竜胆もまだ寝ているが、二人が竜胆の腕の中に入ったのか二人を抱きしめる形になっている。
三人はソファーにもたれかかり身を寄せ合って、同じタオルケットをかけて眠っていた。
「新年早々、起きた時の竜胆の反応が楽しみだ」
起きた時に慌てふためく竜胆の様子を思い浮かべて、鯨波は思わず笑ってしまった。
そして予想は的中する。
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