「流鏑馬、今月の分だ」
牛尾菜組の事務所、組長である牛尾菜 五十集の部屋へと通された流鏑馬 鯨波は、五十集から分厚い札束の入った封筒を受け取った。
刑事としてヤクザである牛尾菜組を裏から助ける、その報酬だ。
中身を確認して懐にしまう。
「ん、確かに」
「これからも頼むぞ。例のデパートの件で、ウチは良くも悪くも目立ってしまったからな」
「そう思うなら、まずはそちらの
鯨波の言葉に後ろに控えていた舎弟がムッとなるが、それを五十集が目で制する。
「そうマイナスに考えるのは良くないな。考えようによっては、瞬発力があるとも言える」
「それなら金かからない猿雇った方が良さそう………」
牛尾菜組の組員が何か問題を起こしたら、それを丸く収めるのが鯨波の役目だ。
とはいえ、いつもいつもそんな事をしていては、愚痴を言いたくなるのも無理はない。
すると扉が叩かれて開き、舎弟の一人が顔を覗かせた。
「親父、失礼します。カシラがお戻りになられました」
「ん、入って来させろ」
それから少しして若頭である虚宿 冬青が入ってきた。
「よぉ親父。って、んだよ鯨波もいたのか」
「金をもらいにね。アンタは?」
「ハッ、サツに言う義務はねぇな」
「牛尾菜 五十集、理性ついでに謙虚さもつけといて」
「ハッハッハ!極道モンにゃ無理な相談だな。まぁ、冬青も座れよ」
額を押さえる鯨波に、五十集が面白そうに笑った。五十集の隣に冬青が座った。
「それで、冬青。カタはついたのか?」
「元は潰した。ただソイツらの持ってた武器、それを流したクソ共が街の方にいるらしい。後でソイツらもぶっ潰す」
「おいコラ、警察の前で何物騒な事言ってんの」
「うるせぇな。あ、そうだ。おい鯨波。竜胆が、テメェに頼まれてたヤクザ殺し全員終わったって言ってたぜ」
「ん?何でアンタが竜胆から言伝預かってんの?」
「さっきまで一緒にいたからな。ウチでヤク捌いてたクソ共と雇われてた殺し屋潰すのに手借りてたんだ。テメェに任された仕事ついで、つってな」
「いや、聞いてないんだけど」
鯨波はいよいよ頭を抱えそうになる。
「というか、ヤクザ殺し?それ頼んだの昨日だよ?もう終わったの?」
「らしいぜ。そういやアイツ、ここ一ヶ月半くらいやけに仕事熱心じゃねぇか」
正月が明けて一ヶ月と少し、竜胆は前より一層仕事に励んでいた。
「ウチからの依頼も受けてくれるしな。おかげで、身動きが取りづらくなったウチは大助かりだ」
「何やってんのアイツ………」
受験が終わり、華の高校生活もあと僅かだというのに、
「何バカみてぇな顔してんだ?アイツだってガキじゃねぇ。何か考えがあるんじゃねぇの?」
「そうなんだろうけどさぁ………アイツ、たまに真面目になりすぎるからね」
「やっぱり、親としては心配か?」
自分と同じく子供の保護者である五十集は、鯨波の心中を察したようだ。
友達や彼女と遊ぶ時間を必要以上に削ってまで人殺しに励む高校生など、保護者からすれば心配だろう。
その心配で迷惑をかけないように、竜胆は鯨波には黙っている。それくらいは鯨波も分かるつもりだが………
「迷惑がかからないってのも、それはそれで心配になるなぁ………」
「おい、なんで俺を見るんだよ」
「先一ヶ月ブタ箱に入らなかったら謝ってやるよ。それじゃあ、私はこれで」
冬青を適当にあしらうと、鯨波は事務所を出た。車に乗り自分のスマホを見れば、日付は二月十四日となっている。
「竜胆のヤツ………今日バレンタインなの、ちゃんと分かってんのかな」
「顋門さん、頼まれてた依頼終わりましたよ」
「あ、竜胆。もう終わったの?そんなに急ぎの依頼じゃなかったのに。アンタ最近よく働くね」
日も傾きかけてきた頃、僕は仕事の報告をするべく顋門さんのいるガンショップに顔を出していた。
「『Salvation Of Sin』の残党殺し。上手くいけばヤツらの情報も手に入りますし、済ませられるなら早めの方がいいでしょう?」
「まぁね、おかげであらかた片付いたはずだよ。出来る人間が限られるとはいえ、アンタばっかりに頼んで悪いね。大学の準備だってあるのに」
「家庭研修期間なので、その辺の余裕はありますよ」
「そう?それならもう一件依頼あるんだけど、どうする?」
もちろん、そんなの決まってる。
「ごちそうさま。チョコマフィン、美味しかったよ」
「ありがとうございます。よかったらこれ、お子さんにどうぞ。バレンタインのプレゼントです」
「あら、ありがとう。また来るわね」
最後のお客さんを見送った私は、お皿とコーヒーカップを片づけた。そろそろお店閉めるかな。
看板を『close』の方に向けると、お店の掃除をして売り上げを確認する。
いつもならこの後夕ご飯食べてお風呂に入るんだけど………
「これからどうするかなぁ………」
その日はどうするべきか悩んでいた。
私は店の奥にあるカレンダーをチラッと覗いた。今日、二月十四日の所には大きな花丸がついている。
バレンタイン、本当ならこれから竜胆君と会って、短い間だけどデートしたり、チョコを渡したりするんだけど………
「やっぱり無理かなぁ」
というのも、私はここ一ヶ月半近く竜胆君とほとんど会っていない。
帰省した時に竜胆君は『仕事頑張りたいから会えない』と言ってくれたので、分かってはいたことだ。
けど、夜に来てくれる回数も少なくなって、今ではほとんど無い。それでも学校に行く時とかはお弁当取りに来てくれていた。
ただ学校が家庭研修期間に入り、その時間も無くなってしまった。そんなわけで最近はほとんど会えていない。
もちろん竜胆君も自分の目的があっての事で、私もそれは素直に応援している。そもそも珍しいことでも無い。
むしろ私も頑張らないと、と色々お店のサービスやメニューを考えている。
とはいえ………さすがに今日はなぁ………
いやいや、ワガママは言ってられないか。そもそも今から連絡しようにも、私竜胆君の連絡先知らないし。
今日だけ来てくれる、なんてあるわけない………よね。今もお仕事頑張ってるのかな。
一応渡すお菓子もちゃんと作ってあるけど、今日渡した方がいいのかな?
今から竜胆君の家に行って渡そうかな。いなかったらポストにでも入れておいて………
そんな事を考えていると、扉の開く音がした。ありゃ?看板は出しておいたはずなんだけど。
「すみません、今日はもうお店閉めてて………」
そう言って顔を上げると、そこにいる人を見て私は固まった。
「どうも、罔象。こんばんは」
「り、竜胆………君?」
そこにいたのは、来ないと思っていた竜胆君だった。パーカーにコートを着て、軽く頭を下げる。
何でいるの?仕事はいいの?言いたいことは山ほどあったけど、それより先に身体が動いた。
「竜胆君!」
私はカウンターから飛び出すと、竜胆君に飛びついた。
「うわぁ⁉︎っととと!罔象、倒れるって!」
あんまり勢いよく飛びついたからか、竜胆君が倒れそうになりながらもちゃんと支えてくれた。
「竜胆君………!」
私は年甲斐もなく竜胆君にしがみついた。久しぶりに会って嬉しさが止まらなかった。
「罔象………」
竜胆君も嬉しそうに抱き返してくれた。私達は抱き合ってお互いの体温を交換する。
「竜胆君………お仕事、大丈夫なの?」
「ん?まぁ本当は仕事がある予定だったよ」
「え?それじゃあ………」
もしかして私のために来てくれたの?お仕事があるのに、そんなの………
私の表情から心中を察した竜胆君は、ポンポンと背中を軽く叩いてくれた。
「別に無理して仕事休んだわけじゃないよ。先約を優先しただけ」
「え?………それって………」
「去年、約束したからね。来年のバレンタイン、一緒に過ごそう、って」
それを聞いて、私は目頭が熱くなった。心の中が竜胆君の温もりで満たされた。
「竜胆、君………約束、覚えててくれたんだ………」
「もちろん。ずっと、楽しみにしてたからね」
嬉しかった。約束を覚えててくれたことも、来てくれたことも、楽しみにしてくれていたことも。
「本当はもっと早く来たかったんだけど、罔象お店あったし。僕も余ってた仕事片付けてから来たんだ。ちょっと遅くなっちゃったかな」
「ううん………嬉しい………ありがとう」
「僕こそ。ずっと会ってなかったのに、待っててくれてありがとう」
私達はもう一度ギュッと抱き合うと、ゆっくりと身体を離した。額を合わせて手を繋ぐ。
「竜胆君。一日、っては無理だったけど………よかったら、これからどこか出かけない?」
「もちろん、そのつもりだよ」
「ちょっと待っててね。すぐ準備してくるから!」
私は竜胆君から離れると軽くスキップしながら自室へと向かっていった。
顋門さんからの仕事を断って罔象の元にやって来た僕は、店の入り口で彼女を待っていた。
スマホを開いてふとカレンダーを見る。今日の欄には赤く大き文字で『罔象との約束』と書いてある。
去年のバレンタイン終わってすぐにメモしたんだよな。それから今もずっと楽しみだった。
お正月の罔象の帰省が終わってから、ずっと仕事に集中してきた。
罔象と会える時間が少なくなっちゃったけど、それでもこれからの自分のためには、今は少しでも『Salvation Of Sin』の残党を見つけ、殺し、ヤツらの情報が欲しかった。
でも今日だけは、罔象と一緒にいたかった。勝手かもしれないけど、罔象とバレンタインを楽しみたい。
ただ顋門さんにそれを言ったのはマズかったなぁ。めちゃくちゃニヤニヤしてたし。
「竜胆君、お待たせ!」
店の奥の階段から声がして振り向くと、臙脂色のセーターの上から青いコートを着た罔象がやって来た。
「それじゃあ行こうか」
「うん」
僕と罔象は罔象の車に乗って走り出した。いつもの通学路を抜けてお街の方へと出ていく。
罔象と何気ない会話をしながら、ふと彼女の表情を見た。とても嬉しそうで、こんな表情をしてくれる彼女がいるだなんて、未だに実感が湧かない時がある。
そして走り出してから三十分ほどして、僕はふと気がついたことを口にした。
「そういえば、結構遠くまで来たけど、どこか目的地でもあるの?」
すると罔象が近くの駐車場に車を停めた。そして僕を見る。半開きの口が動く。
「ど、どうしよう………お出かけが楽しくて、何も考えてなかった」
ですよね。何も話してなかったもん。
「え、あ、あぁ………竜胆君は、どこか行きたい所あるの?」
「あぁ、そういえば特に考えてなかったなぁ」
何ぶん外でのデート回数が片手で数えられるレベルなので。そんなパッとは思いつかん。
「というか、ここどこ?」
「ここは………街からちょっと外れた所かな。公園とかあって、たまに来るんだ」
「それならいいじゃん。この辺、ちょっと散歩しようよ」
「え?竜胆君、それでいいの?」
「お互い目的地無いんだし、こういう夜の散歩も悪くないかな、って。どうかな?」
「………うん、いいね。それじゃあ行こうか」
改めて近くのコインパーキングに車を停めると、僕達は近くを歩き始めた。
「あ、竜胆君。手、繋がない?」
「あぁ………うん、そうだね」
ちょっと恥ずかしいけど、せっかくのお出かけなんだ。僕だって罔象の近くにいたいし。
僕は優しく罔象の手を握った。すると罔象が僕の手を引き腕を組んできた。指を絡めて身を寄せる。
「え⁉︎あ、罔象?」
「べ、別にカップルならこれくらいは、大丈夫だし………行こうか!」
「え、や、ちょ、罔象⁉︎」
そのまま半ば引っ張られるように僕達は歩き始めた。
周りに人がいる中でここまでくっつくのは未だに慣れないけど、罔象も楽しそうだし、まぁいいかな。
それから僕達は街をぶらぶらと歩きながら、軽めの夕食を済ませて、後は気の向いた場所に足を運んだ。
どこかに入るというよりは、街全体を見ながらその景色と罔象との会話を楽しむ。
少し休憩しようと近くのベンチに座ると、僕はぼんやりと目の前を見ていた。人気が少なく、薄暗い街中に街灯が光っている。
「竜胆君?どうかしたの?」
「ん?あぁ、いや………なんか、僕罔象と付き合ってるんだなぁって思ってさ」
「え?な、何、今更」
罔象が少しだけ顔を赤くさせて目を丸くしている。
「こうやって街を歩いて、ご飯食べて。そういう当たり前の時間に罔象がいると、ちゃんと付き合えてるんだなぁって思う」
「そうだね、私もだよ。だから、今日は竜胆君と一緒にいれて嬉しいな」
「………こんな光景を、僕は後何回見れるのかな?」
その呟きは誰に向けたものだったのだろうか。罔象なのか、はたまた自分なのか。
ありふれた光景、その気になれば明日にだって見れる。それでも僕は………明日、彼女の隣にいられるとは断言出来ない。
僕の表情を見た罔象は、優しく微笑むと僕の肩に頭を乗せた。繋いだ手に少しだけ力がこもる。
「私は、竜胆君とこの景色を見たいな。今は、それでいいんじゃない?」
「罔象………そうだね」
僕も罔象に身を預けた。寒い夜のはずなのに、罔象のおかげでポカポカだ。
「さてと、そろそろ戻るか」
「うん」
僕達はコインパーキングに戻り車に乗ると、『Cafe Red Poppy』へと戻るべく走り出した。
そろそろ大通りも抜けられるかと思ったその時、
とんでもなく大きな音が街中に響き渡った。何かがぶつかる不快な音だ。
「きゃあッ⁉︎」
罔象がすくみ上がって車を急いで停めた。周りのみんなもそうしてくれたようでぶつかったりとかは無かったが、辺り一面が騒然とする。
「ど、どうかしたのかな?」
「罔象はここにいて。僕ちょっと様子見てくる」
僕は車を降りると、渋滞した車と人の間をすり抜けて様子を見た。
そこには既に閉まっていたお店や街灯に突っ込む車があった。
「………うん、うん、なるほどね、ありそう。あぁいや、仕事で近くにいてさ、ちょっと気になっただけ、うん。それじゃあ」
何とかして渋滞を抜ける罔象の横で、僕は鯨波さんに電話をしていた。もちろんデートの事は黙ったけど。
僕は電話を切ってため息をつく。
「鯨波さん、何だって?」
「どうもこの辺で武器の取引してた人達がらしくて、そこに虚宿さん………デパートの一件の時のヤクザが乗り込んだらしいんだけど、逃げ出して。ただ、そこにいた人のほとんどがヤク中らしくて………」
「錯乱してその有様、ってこと?」
「らしいよ。これは鯨波さんの予想。冬青さんがソイツら潰すって言ってたんだと。だから多分虚宿さんもしょっぴかれたかもって」
電話の向こうで鯨波さんのため息が聞こえた。そろそろあの人胃に穴が開くんじゃないか?
「けど問題はこれからどうするかだね。結構時間食っちゃったし、今から回り道するとなると、着くの何時になるかな?」
「これは………どこかに泊まるしかない、かもね」
「そう、だよね………」
運転しながら、罔象はどこな暗い表情になってしまった。まぁこんなんじゃせっかくの気分が台無しだ。
「泊まる場所どうする?」
「仕方ないから、この近くで選ぶしか………あ」
辺りを見渡しながらキョロキョロしていた罔象が、ふと一点を見て固まった。僕も釣られるようにして見て固まる。
「あぁ………泊まる場所、あったね」
「いや、でも………いいの?」
「い、言わないでよ………とにかく、近くにはあそこくらいしか無さそうだし………」
「そ、それも、そうか………」
僕が納得すると、罔象は見つけたホテルに向けて車を走らせた。
煌びやかな光を放つラブホテルへと。
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