「アンタさぁ………」
「んだよ、ジロジロ見てんじゃねぇ!」
とある警察署の留置所。その中にいる冬青を、やってきた鯨波は呆れた様な目で見た。
冬青は一時間ほど前、街で起きた中規模の交通事故の原因として警察に捕まった。
『先一ヶ月ブタ箱に入らなかったから謝ってやる』なんてふざけて言ったのが今日のお昼だ。
もちろん鯨波だって冬青がそれを本気にして、何事も起こさないなんて思ってない。
「だからってその日に入ることも無いでしょ」
「あ?何言ってんだ。早く出せって」
「はいはい。出してやるからこの後飲みに付き合いなさいよ。アンタの奢りで」
「はぁ?………ったく、仕方ねぇなぁ」
「それはこっちのセリフだっての。こっちの署に言いなりになるヤツがいるからいいけど、本来なら管轄外だし、こんな大事故起こしてその日に留置所出れるなんて無いんだからね」
ブツブツ文句を言いながら鯨波は冬青を留置所から出してやった。そのまま外に出て鯨波の車に乗る。
「そういや、今日はやけに来るの早かったじゃねぇか。お前にしちゃ珍しい」
「それが助けてやった人への態度かよ………この辺で交通事故が起きたって、竜胆から連絡があったの。それでアンタが昼間言ってたの思い出して、まさかと思って来てみたの」
「竜胆が?何でアイツがこの辺の事件知ってんだ?」
「仕事で近くにいたんだと。アイツこんな日に何やってんだか」
もちろん竜胆は仕事でこの辺りにいたわけでは無いが、それを知らない鯨波は頭を抱えた。
「まぁ、何であれ早く来たのは褒めてやる」
「そりゃどうも。竜胆にある程度予想は話したけど、まさかここまで的中するとは」
なんだかんだで冬青の問題行為に慣れ始めた自分に呆れながら、鯨波は車を走らせた。
行きつけのバーに向かう途中、交差点で止まった鯨波はバックの中から袋を取り出す。
「そうだ。冬青、これ食べる?」
「あ?何だこれ?クッキー?」
鯨波から渡された袋に入っていたのは、手作りと思われるチョコクッキーだ。
「上枝と爐にあげたんだけど、余ったからさ」
「何でテメェらそんな事してんだ?ガキじゃあるめぇし」
「アンタも今日何か分かってないクチかぁ………」
「ま、腹は減ってたし、ありがたく貰っとくわ」
鯨波から貰ったクッキーを開けようとした冬青はふと外を見た。そんな彼の少し先を見覚えのある顔が通り過ぎる。
(ん?あれは………竜胆じゃねぇか?隣にいるのは、たしか竜胆の女)
そこにいたのは手を繋いで歩く竜胆と、彼の彼女の罔象だ。やけに緊張した表情で歩いている。
彼らの向かっている方向にあったのは………ラブホテルだ。
その光景を見て、冬青は全てを察した。竜胆がこの辺りにいた本当の理由を。
「ん?冬青、どうかした?何かあった?」
「いや、何でもねぇよ。信号青になったぞ、とっとと行こうぜ」
(デパートでの礼だ。鯨波には言わないでおいてやるか)
冬青は肩をすくめると、袋を開けてクッキーを一つ口に放り込んだ。
「お、ウメェな」
「あっそ………よかった」
冬青の感想に鯨波は小さく笑った。最後の感想までは、冬青の耳には届かなかった。
「み、罔象………ちょっと、手の力強くない?」
「し、仕方ないじゃん。こんな所入るの初めてだし………竜胆君は?」
「あるわけないでしょ。近づいたことも無いよ」
「だよねぇ………」
僕と罔象は駐車場に車を停めると、ホテルに入るために歩いていた。お互いガチガチで。
当たり前だけどお互いラブホテルは初めてで、普段は入ることのない煌びやかな建物に圧倒されている。
何だろうね、別に悪いことしてるわけじゃないのに身が縮こまる。
ホテルの中に入り、緊張で震える手でパネルを操作し受付を済ませた。フロント無人だなとか料金高いなとか、気にしてる場合じゃなかった。
鍵を受け取り部屋に向かうべくエレベーターに乗る。恥ずかしさからか、身を寄せ合ってお互い無言だ。
僕達は泊まる所が欲しかっただけで、決してそういう事をするためにここに来たわけじゃない。それでも意識しちゃうって。
隣を見ると、罔象は耳の先まで真っ赤にして僕をチラチラと見ている。僕と視線がぶつかると慌てて逸らした。
部屋に着くと、僕達は身を隠すように部屋に飛び込んだ。
「あ………中は、広いね。綺麗………」
「そりゃ、そういう部屋選んだからね」
もっとファンシーなのとかSM用のとかあったけど、それはやめた。ハードルが高すぎる。今も倒れそうなのに。
荷物をその辺に置くと、僕達は何となくベッドに座った。こんな広いベッド初めてだ。なんか華やかだし。
ど、どうしよう………気まずい………
罔象も同じ事を考えているのか、真っ赤になった顔を俯かせている。
「あ、えっと………て、テレビでも見る?この時間なら、何か面白いものやってるでしょ」
少しでも気分を変えようと、罔象がわざと明るめの声を出す。
「そ、そうだね………」
僕としてもその心意気にはとても賛成なので、目の前にあったリモコンを取ってスイッチを押した。
『あっ♡!あっ♡!イくッ♡!イくうぅぅッ♡‼︎んああぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜ッッッ♡♡♡‼︎』
ブツッ
いつも通りの感覚でつけたテレビからAVが流れてきて、僕はすぐさまテレビを消した。仕事でもこんなに素早く動いた事はない。
隣を見ると、罔象はもう耐えられなくなったのか真っ赤な顔を手で隠して悶えている。指の間から僕を見るが、目が合うと顔を背けた。
か、可愛い………頭撫でていいかな。
とはいえ気まずさは収まるどころか増してしまった。というわけで逃げる。
「お、お風呂先に入るね」
僕はそそくさとお風呂場に向かった。服を脱いで浴室に入る。
うわぁ、お風呂広いし、泡風呂とかあるよ………二人で入ること前提なんだろうな。
こういうのを楽しめる余裕があればなぁ………罔象と色んな事して遊んだり………って、いかんいかん。
あんまり見てると余計な妄想が捗ってしまいそうなので、なるべく見ないようにして体を洗う。
お風呂からあがって着替えを………って、着替えなんて持ってきてないな。さっきまで着てたの使うか?
すると脱衣所にクローゼットを見つけた。お、着替えあるかも。
クローゼットを開けた僕はそこにあるものを見て固まった。
そこにあったのは色んなコスプレ衣装だ。ナース服とか学生服とか色々ある。その隣にはかなり際どい下着もある。
これ、罔象が着たらすごい艶やかなんだろうなぁ。
目の前の衣装を着る罔象が頭に浮かんできたが、我に返り頭を振って煩悩を振り払った。
無難にバスローブ(普通のパジャマがあったら良かった)を引っ張り出して着ると、罔象の分も出してやる。
いや、コスプレも見てみたいけどさ。それはもうちょっと慣れてからで。というか、下着着ないって結構違和感あるね。
「罔象お待たせ………って」
風呂場から出た僕は罔象に声をかけようとするが、ベッドに罔象がいない。
罔象は部屋の中をウロウロしていて色々物色しているようだ。
手には部屋にあった自販機で買ったであろう無線のローターがあり、さっきはテレビの近くに置いておいたはずのテレビのリモコンがベッドにある。
もしかして………テレビつけてた?
「うわぁ………これ、こうして………やっぱり、気持ちいい、のかな………」
しばらくウロウロした後、ベッドの上に登りローターをいじっている罔象は何か見てはいけない気がして、自然と僕は気配を消して罔象に近寄っていた。
当然罔象は僕に気がついていない。僕は彼女の後ろからそっと声をかけた。
「罔象、お風呂いいよ」
そこで初めて僕に気がついた罔象がビクッと身体を跳ねさせた。ぎこちない動きで僕を見る。
元々赤かった顔がさらに茹で上がっていく。
「…………み、見た?」
「あぁ、えっと…………否定的じゃなくて良かった、かな」
それがコミュニケーション能力が低く、且つこんな緊張するような状況で絞り出せた、最大のフォローだ。
しかし罔象は恥ずかしさで目に涙を溜めると
「ふわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ‼︎お、お風呂入ってくる──‼︎」
全速力で風呂場へと逃げていった。
それから僕はベッドに座ってジッとしていた。色んなものがあって珍しいが、かと言ってさっきの罔象を見て色々物色する気にはなれず、こうしてジッとしている。
ふと顔を上げて風呂場を見ると、ドアがガラス張りになっていて浴室の中が見えてしまっている。
湯煙ではっきりとは見えないものの、一糸纏わぬ姿の罔象がシャワーを浴びてる姿が見えて………って、ダメダメダメ!
これじゃ覗きと変わらないじゃないか!
罔象も期待してくれているなら………ちょっとは強気に攻めても大丈夫、かな?
いや、別に僕達はただ寝泊まり出来る場所が欲しかっただけで、そういう事をしたかったわけじゃない。
だから普通に寝ればいいだけの話だ。何なら今すぐ寝たって………
「お、お待たせ………」
部屋の明かりを消して、ベッドの近くの明かりだけをつけた。
ベッドに横になろうかと考えていた僕の後ろから、お風呂からあがってきた罔象が声をかけた。反射的に振り向く。
「おぉ………」
僕の口から思わず声が漏れた。そこにいたバスローブ姿の罔象が、あまりにも艶やかだったからだ。
今まで罔象の色んな姿を見てきたが、ここまで大人っぽい姿は初めて見た。小さな明かりが彼女の姿を照らす。
自分と同じバスローブなはずなんだけど、罔象が着ると全くの別物のようだ。
罔象の艶かしい身体をバスローブ一枚で隠し切れるわけがなく、服の上からでも身体のラインが浮き出ている。
襟から胸元が覗き、裾からはしなやかな脚が伸びている。お風呂上がりで艶の増した黒髪が、白いバスローブでより目立っている。
拭き残した水滴が上気して赤くなっている肌の上を滑り、首筋を通ったそれは胸の谷間へと吸い込まれていく。
罔象の肉体美をフワフワしたバスローブがより引き立てている。僕の視線が気になるのか、裾を伸ばして生脚を隠そうとする。
「あ、うぅ………あんまり、ジッと見ないで………すごい心許ない」
罔象は恥ずかしそうに身体を隠しているが、こんな美しい姿から目を逸らせって方が難しい。
状況的に一緒に寝ることになるので、罔象は僕の隣に座った。雰囲気に飲み込まれそうになりお互い無言で身を縮めている。
僕はさっき罔象が買ったであろうローターを見た。
罔象だって色々期待はしてくれてる、はずなんだ………ちょっとは、攻めてみても………
罔象に手を伸ばそうとした瞬間、僕よりも先に罔象が僕の手を握った。彼女の温もりに胸が高鳴る。
「そ、その………デートの続き、みたいな。いいかな?ラブホテルなんて初めてで緊張するけど、こうしてると落ち着くから」
「うん………僕も、罔象とこうしていたい」
スルスルと僕の方から罔象に近寄ると、彼女が僕に身を預けた。湿った罔象の髪が心地よい。
お互いの鼓動が響き合って伝わってくる。ダメだ………さっきまでの理性が、どんどん削られていく。
自然と身体を擦り合わせて抱き合うような体勢になっていく。手を離さず、離したくないという意思を示した。
「罔象、今日は一緒にいてくれてありがとうね」
「私の方こそ。ちゃんと約束覚えてくれてて、嬉しかったよ。ありがとう」
身体が密着して相手の熱が伝わってくる。鼓動が混ざり合って一つになった。
「ずっと会わないでいてさ、今日だけ会おうとしても無理かなって思ってたから。会えて本当によかった」
「私は君が来なくても、ずっと待ってたよ。だって………」
罔象は僕の首に腕を回すと、軽く触れ合うようにキスをした。唇を離すと額を合わせて微笑む。
「私、竜胆君のこと大好きだもん。バレンタインは、一秒でも大好きな人と過ごしたいからさ」
罔象のストレートな言葉が嬉しくて、僕は彼女を抱き返す。
「ありがとう。僕も罔象のこと………う、うぅ」
つい勢いで言葉が出そうになるが、恥ずかしくなって先が話せない。いつまで経っても慣れないなぁ。
すると罔象はイタズラっぽい笑顔を浮かべて僕の頰を挟み込む。素肌が触れ合ってドキドキする。
「どうしたの?ほら、耳真っ赤にして何言いたかったの?」
こ、こういう時は意地悪になるんだよなぁ………やっぱり、罔象には敵わない。
僕は罔象の手を握って強く抱きしめた。耳元まで口を寄せると小さな声で囁く。
「罔象のこと………だ、大好き、だから………一緒にいたい」
「ふふっ、よく言えました。大好きだよ♡」
罔象は僕の頬に唇を触れさせた。僕もお返しに罔象の頬に唇を触れさせる。
そして想いを囁き合いながら、僕達はさっきまでの緊張も忘れて二人だけの時間に浸り始めた。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
評価、感想等ありましたら、ぜひよろしくお願いします。