そして夜が明けて出かける約束の日曜日。
罔象は待ち合わせ場所である『Cafe Red Poppy』の扉の前で竜胆を待っていた。
待ち合わせ時間にはまだちょっと先だが、罔象は少しソワソワしていた。
「竜胆君、変だと思わないといいな」
彼との初めてのお出かけ、というかいわゆる初デートなわけで。そのために今日はこれまで彼に見せた事のない格好だった。
夏場という事で今日は白いワンピースにしていた。最近買ってみた物で外で着るのは初めてだ。スカートの丈もいつもより少し短い。
少し胸元が見えるような気がしないでもないけど、気にしたらなんか負ける気がした。デートなんだしこのくらいは。
ちょっとでも大人っぽくしようと思って決めた格好だけど、彼はどう思うだろうか?
自分ではいいと思ってても彼にとってはもしかしたらキツいと思われたりしないだろうか。
彼とは一回りくらい年差があるので、どうしてもそこは気にしてしまう。価値観というのは年とともに変わっていくものだ。
それでも無理をしていない事をアピールするために髪型はいつもと同じようにしておいた。
まぁ本音を言えば彼なら『エプロンのままでもいいよ』くらいの事は言いそうなのだが、それは少なくとも今回は無しだ。
彼はなんて事のないように今日のお出かけを了承してくれたけど、罔象としては今日を通して少しでも彼との距離を縮めたい。関係を進展させたい。
だから今回罔象は結構本気になっている。もっともそれが竜胆にしっかりと伝わるかは別の問題だ。今のところ態度で伝えられる気が全くしない。
ここ数日一緒にいて罔象はどうも彼は人の五感でちゃんと感じ取れるものには敏感だけど、その他に関しては結構鈍感なのではと思っている。
だから罔象のちょっとした変化を見抜く事はあっても彼女の心情を態度から分かってくれるかというと難しいところだ。何なら今日のお出かけをデートと認識してるかどうかすら怪しい。
なので色々楽しむのはもちろんだけど、ちゃんと伝える事は伝えたいと思っている。二人きりで丸一日、伝える時間は充分にある。
そろそろ待ち合わせ時間だ。
そう思っていると遠くからこちらに歩いてくる竜胆が見えた。
格好はいつものパーカーだ。こういう時に下手に飾らないのがさすがだと思う。
待ち合わせ時間ジャスト。こういうところはしっかりしてるんだよなぁ。
「竜胆君、おはよ……ってちょっと⁉︎」
彼がこちらへ来たのでちょっと緊張しながらも挨拶しようと思っていたのに、なんと彼は何やらブツブツ呟きながら『Cafe Red Poppy』の前を通り過ぎて行ってしまった。
何か考え事をしていたのだろうが、とりあえず止めないと。
罔象は急いで通り過ぎて行った彼に手を振った。
「ちょっと竜胆君、竜胆君!」
いつもは八時くらいに起きているので今日は少し早めにおきた僕は朝食を食べて準備を済ませると家を出た。
結局昨日無事に今日分のゲームのノルマを達成してその後寝たんだよな。大体〇時くらいに。いつもよりも早く寝たな。
さてと、早速『Cafe Red Poppy』に行くか。
今は大体六時半、今から歩いていけばちょうど待ち合わせ時間の七時だ。
遅刻するのはダメだけど、逆に早すぎるのも失礼だしな。
僕はいつも登下校で歩いている道を歩いて『Cafe Red Poppy』に向かった。
それにしてもこの時間に私服で外を出歩くのって結構違和感あるな。
休日にこんな朝早く外に出るなんて新作ゲームの発売でもなきゃまずやらないからな。
それだってこんな時間に発売されるゲームなんてほとんど無いから違和感しかない。
そういえば今日行く遊園地ってどんな所なんだろうか?無料チケット見せられただけで、他何も知らないからな。
まぁ知らない方が楽しみが増えていいだろうし、たぶんだけど調べても調べなくても結果は変わらない気がする。
そういえば僕は普段とあまり変わらない格好だけど、雛罌粟さんはどんな格好なんだろうな?
さすがにいつものエプロン姿はあり得ないだろうし。いや、むしろやってくれたらかなり面白いけど。
そうなるとエプロンの下に着ているストライプの……でもあれって遠出用の服なのかな?
という事はこれまで見たことない格好って事なのかな?どんなのなんだろう。
なんかちょっと楽しみになってきたな……。
「──う君、竜胆君!」
そんな事を考えていると、後ろから声をかけられていた事にきがついたので振り返ってみた。
するとそこにいたのは準備を終えて『Cafe Red Poppy』の扉の前で待っていたであろう雛罌粟さんだった。僕に向かって手を振っている。
それにハッとして周りを見てみるとそこは『Cafe Red Poppy』の前を少し通り過ぎた歩道だった。
どうやら考え事をしているうちに『Cafe Red Poppy』を通り過ぎてしまったようだ。
いつもの通学路なんで考え事してると当たり前のように通り過ぎちゃうんだよね。
「あ、おはようございます」
「おはようございます、じゃないでしょ?来たと思ったらそのまま通り過ぎて行ったからびっくりしちゃった。どうかしたの?」
雛罌粟さんが呆れながらこっちにやってきた。
「まぁ、ちょっと考え事を……」
さすがにあなたの服装がどんなのか考えてましただなんて言えるはずもないので、適当に濁しておいた。引かれそうだし。
「そう。でも前見て歩かないと怪我するよ?とにかくこっち来て」
僕は雛罌粟さんから連れられて歩道から『Cafe Red Poppy』の扉の前まで移動した。
「さてと、それじゃ仕切り直しって事で。改めておはよう。ちょうど時間ぴったりだね」
「そうですね」
まぁその辺は計算して来てるからな。当然といえば当然だ。
僕はそこでようやく雛罌粟さんの服装をじっくりと見ることが出来た。
今日の雛罌粟さんの格好は白いワンピースに小さなバッグを持っていた。
雛罌粟さんの清楚な印象と相まってとても似合っていた。それでいて雛罌粟さんの整ったスタイルが浮き出ているので結構艶かしい印象も受ける。
いつものハーフアップのサラサラとした長い黒髪が微かに吹いている風に靡いている。
こういう格好って歳をとると共にキツくなっていくと思ってたけど、そんな事は全く無かった。
僕はあまりファッション用語は分からないのでうまく表せないけど、一言で言うならとても似合っていて綺麗だった。
そのせいか僕は少しの間固まって雛罌粟さんに見惚れてしまっていたようだ。
それに気がついた雛罌粟さんが怪訝そうに僕を覗き込んできた。
「竜胆君、どうかしたの?」
その瞬間チラッと雛罌粟さんの胸元が見えたので、ドキッとして目を逸らしてしまった。
「い、いえ!その……服、綺麗だなぁって」
咄嗟に話を振られたので誤魔化すことが出来ずに、つい本音が出てしまった。
「あ、そう……あ、ありがとう」
すると雛罌粟さんは恥ずかしそうに俯いてしまった。
わぁ、可愛いなぁ。思わずギュッと抱きしめたくなった。さすがにこんな人通りの多い所じゃやらないけどさ。
「えっと、それじゃあ行きますか」
ちょっとお互い恥ずかしくなり微妙は空気が流れてきたので僕は手を叩いて言った。
この空気は全く慣れそうに無いんだよな。別に悪い雰囲気でもないし、むしろ好きなんだけど。
「……そうね」
僕達は雛罌粟さんの車に乗ると遊園地に向かって出発した。
もちろん運転するのは雛罌粟さんで僕は助手席に座った。
人の車に乗るのは久しぶり……でもないか。むしろ慣れすぎてるからこそ、雛罌粟さんの場合は新鮮味があるのかな。
「それにしてもまさか私の車の助手席に人が座る時が来るなんてね」
雛罌粟さんがしみじみと呟いた。
「誰かと乗ることはないんですか?」
「まぁたまにこっちに来る妹を迎えに行く時くらいかな。私基本的に一人だし。地元じゃないから友達も多くはないし」
なるほど。たしかに人を車に乗せるなんて親子や恋人でもいなければまずない事なんだな。
というか雛罌粟さん妹いたんだ。僕より歳上なのかな?
それからしばらくは会話のない静かな時間が流れた。
「そういえば竜胆君は今日行く所についてどれくらい知ってるの?」
するといつもの見慣れた道を走りながら雛罌粟さんが聞いてきた。
「ほとんど知らないですね。調べてもないので」
ほとんどとは言ったけど、何ならその場所すら知らないからな。全くと言った方が正しい。
「そっか……」
雛罌粟さんは呟きながら頷いた。
なんかあまり会話が続かないな。気のせいだろうか。
こういう状況ってこれまで全く無かったからな。どういう話をすればいいのか分からない。
まぁそこは無理しても仕方ないか。出来ないならこのままでもいいよね。
そうしてみると意外に悪い気はしなくて結構落ち着けた。無理な事はするもんじゃないって事か。
雛罌粟さんも僕の性格を知っているからかそこまで不安そうではない。正直ありがたいな。
しばらくして僕達は高速道路を走っていた。渋滞することはないにせよ、結構車多いなぁ。休日だからかな?
「あ、そろそろ着くよ」
雛罌粟さんに声をかけられて前を見てみると、たしかに遊園地が近いのか大きな観覧車がここから見える。
いよいよ遊園地か。どんな所なのねぇ。ちょっと楽しみになった僕は少しニヤッと笑った。
最後まで読んでいただきありがとうございました。