「あら、流鏑馬さん?」
「こんにちは。朝早くからすみません」
橡 東風の母親、橡 年魚は外からやってくる客を見て声をあげた。外にいた流鏑馬 鯨波は軽く頭を下げる。
今の年魚の格好は、いつもの私服では無い。綺麗なパンツスーツに薄手のコートを羽織っている。
それもそのはずで、今日は東風の卒業式の日だからだ。保護者としてそろそろ家を出ようとしていたところだった。
「東風ちゃんのご卒業、おめでとうございます」
「これはこれは、ありがとうございます。竜胆君も、ご卒業おめでとうございます。それで、どういったご用件でしょうか?」
「あの、東風ちゃんいませんか?まだ学校には行ってないはずなんですが」
そう、鯨波が橡家に来たのは東風に用があったからだ。
「あぁ、すみません。東風は早めに家を出て行ってしまいまして。あ、でも、竜胆君の家に行ったはずですよ。『起こしに行ってくる』とか言ってましたし」
「あ………そうですか、なるほど」
「急ぎの用事でしたら、今すぐ携帯で連絡を取りますが」
「あぁ、竜胆の所に行ったなら大丈夫です。それでは、これで失礼させていただきます」
鯨波はもう一度頭を下げると、橡家から出て行った。
「さすが妹。ちゃんと竜胆がサボろうとするの分かってくれてる。助かるなぁ」
「りん兄ー‼︎いつまで寝てるんですか!」
耳元で聞こえる東風の声に叩き起こされて、僕は布団に包まりながら振り返る。そこには制服姿の東風が立っていた。
「んだよ東風。今何時だと思ってるの?ちょっとは近所迷惑考えろよ」
「りん兄こそ今何時だと思ってるんですか⁉︎何でまだパジャマなんですか!卒業式遅れますよ!」
「別に行く気ないし。卒業証明書は着払いで寄越してもらうから。じゃ、そういう事で」
「そういう事で、じゃないですよ!りん兄の事だからサボろうとするのは分かってましたけど。ほら、最後なんですから学校行きますよ!」
寝直そうと思ったが、東風がベッドに上がってきた布団を引っぺがそうとする。
「やーめーろー!というかどうやって家入ったんだよ!鍵かけてあるはずでしょ!」
「ピッキングで開けました。昔りん兄に教えてもらって、器具も貰ってたので」
僕こういう事させるためにお前にピッキング教えたわけじゃないんだが。ナチュラルに不法侵入するなや。
「大体、昨日の総練習は来ておいて、何で今日の本番はサボるんですか?」
「昨日はついでに学校の非常食が貰えたからね。おやつ欲しかったし」
昨日貰った水はお湯にして、叩いた梅干しを種と一緒に入れて、塩昆布を足し混ぜた。これ中々美味いんだよ。
あと缶パンね。これは氷砂糖を取り除いてから、缶の中にごま油とハーブソルトかけて蓋をして振ると、いい香りと塩気がついて美味い。氷砂糖と一緒に食べて、甘さとしょっぱさを交互に楽しめる。
「それが無いなら、まだ冷える中わざわざ行くメリットは無いね。時間取られるし、むしろデメリットが多い」
「そんな事だろうと思いました!帰りに何か奢ってあげますから、ほら行きます、よッ‼︎」
「ぐふっ!」
東風が肩甲骨を使って引っ張り、僕は布団と一緒にベッドから転げ落ちた。
はぁ………仕方ないなぁ………
『皆さん、ご卒業おめでとうございます』
僕は教室で担任の先生からの言葉を適当に聴き流しながら、座って仕事のことを考えていた。
もっとも、聴き流してるとは言っても僕は耳栓をしてるから、担任の言葉は入ってこないが。唇の動きで何となく分かるけどさ。
ついさっき卒業式を終えた僕達は、教室で最後のSHRを行っていた。
あぁ………さっさと帰りたい。
無駄に長い校長や来賓の言葉、何回やるんだってくらいやる写真撮影、校章と校舎が描かれて持ち歩きにくい卒業祝い品、し担任にプレゼントするからって割といい額払わされたし、最後のSHRはみんなズビズビ泣いて話が前に進まないし。
とっとと終わってくんないかなぁ。下校時刻すぎるよ?
それに僕には今日、仕事とは別にやりたい事もあるんだけど。
僕はバッグの中にある封筒を取り出した。
さてと………こっちはどうしたものか。
『うっ、うぅ………』
ちなみに隣にいる東風もさっきから泣きっぱなしである。
想いを示すのは大切だし、やるなとは言わないけどさ………今のところ来たメリット何も無いし、本当に疲れた。これなら仕事入れれば良かったな。
せっかく忙しかった仕事があらかた片付いて余裕できたから、少しだけ休もうとしたのが仇となったか。
『それでは皆さん、新たな進路でも頑張って、辛くなったらいつでもこの学校に帰ってきてくださいね!』
いや、そんなことしたら先生の迷惑になるだろ。
僕が心の中でそんなツッコミとすると同時にSHRが終わった。ようやく終わったぁ………
さてと、それじゃあ帰るか。
『あの、りん兄』
とっとと教室を出ようとすると、隣から東風が声をかけてきた。唇の動きで内容を読み取る。
「どうしたの?」
『この後ちょっとだけ時間ありますか?卒業式の看板の前で一緒に写真撮りたくて』
「えぇ………」
僕は渋い顔をして教室の時計を見た。12時15分、か………
今帰っても特にやる事ないからなぁ。今日は仕事入れてないし、この後東風におやつ買ってもらう約束もある。
ここまで時間取られたし、こうなったらヤケだ。最後まで付き合ってやるか。
「いいよ。けど、手短に済ませてね」
『やったぁ!それじゃあ、お母さん外にいるので行きましょう!』
僕は東風に連れられて校舎を出ると、看板の方にいた年魚さんと合流した。
「竜胆君、卒業おめでとう」
「ありがとうございます」
それから同じ目的で並んでいる列でしばらく待ち、ようやく僕達の番が来た。
「二人とも撮るよ。はい、チーズ」
僕達が看板の右隣に立つと、年魚さんが写真を撮ってくれる。
ただ………
「ちょ、東風。い、一応周りに人もいるんだし、あんまりくっつくなって」
「いいじゃないですか。もっとぎゅーってしたいんです。それに、こうすると温かいでしょう?」
「それはそうだけど、お前なぁ………」
僕の腕に抱きついた東風が、手を繋いで嬉しそうに微笑む。水鶏の一件から本当に遠慮無くなったなぁ。
たしかに温かいんだけど、色々当たってるんだよ。年魚さんも微笑ましそうに見てないで止めてくれ。
そんな事がありながらも撮影を終えると、東風のスマホのバイブが鳴った。
「ん?あ、分ちゃんから電話だ」
分から?そういえば分も今日が卒業式だとか言ってたな。
『もしもし分ちゃん、どうかしたの?………うん、この後時間はあるけど………りん兄?隣にいるけど………うん、分かった。りん兄、ちょっといいですか?』
頷いた東風は、僕を手招きしてスピーカーをオンにした。人気のない所に移動して耳栓を外す。ノイズの後に分の声がした。
『おーい、竜胆聞こえる?こっちはちょうど卒業式終わったところなんだけど、そっちも卒業式終わったの?』
「まぁね。それで、何の用?」
『いや、せっかくだからさ。これからアタシ達三人で、どこか外でご飯食べないかな、って思って』
「はぁ?いきなりだな………まぁ、特に予定は無いけど」
『それじゃあ東風も大丈夫そうだし、そういう事で。アタシがそっちの学校の近くの駅に行くから。また後でね!』
そう言うと分は電話を切った。嵐のような電話だったな。
「との事だけど、どうする?」
『私は挨拶するべき人にはし終えたので、今から行っても構いませんよ。お母さんに話だけしておきますから」
「分かった」
それから僕達は学校を出ると、駅の方へと向かった。その道すがら………
「おっ!竜胆に東風!」
前からやって来た人が僕に声をかけた。そこには声の主の他にも二人の青年がいる。
「虚宿さん!
そこにいたのは牛尾菜組の若頭・虚宿 冬青さんとスリの鱏棘 害富さん、復讐屋の鼠牙 冷さんだ。
それにしても革ジャンの男の隣に、スタジャンにキャップの青年と黒いパーカーの青年って結構異色だな。
「お二人共、お久しぶりです………って、連枷さんはそうでも無いですね」
「仕事で何度かお会いしてますからね」
鱏棘さんの言葉に僕は肩をすくめた。
別にこの二人に積極的に馴れ合い、協力するようになったわけではない。
ただ鱏棘さんは牛尾菜組に雇われていて、牛尾菜組は『Salvation Of Sin』を追っている。
そして僕も鼠牙さんも、依頼で『Salvation Of Sin』を狙うことが多い。必然的に手を組むことが多いのだ。顔見知りって事もあるし。
「今日は卒業式だったんですね。おめでとうございます」
「あぁ、ありがとうございます。三人はこれからお仕事ですか?」
「それもあるが、実はテメェらに用があんだよ。ほら」
そう言って虚宿さんは懐から細い包みを二つ取り出した。それを僕達に手渡す。
「何ですかこれ?ボールペンですか?」
包みを開けた東風が、中身のボールペン首を傾げた。
「いや、これただのペンじゃないな。銃になってる」
「えぇっ⁉︎」
「おっ!さすがDEAD SURVIVOR。分かりますか」
目を見開いて驚く東風を横目に鼠牙さんがケタケタ笑った。
ノックするボタンが外れるようになっていて、そこから弾丸を入れるのかな。下の芯を外して使うのか。よくできてる。
しかも取り外した下の方も細いナイフが展開するようになっていて、接近戦も出来るのか。
しかもインクは少ないけど、ちゃんと書けるようになってるし。
「あ、あの、これ持ってて大丈夫なんですか?色々と問題あるような………」
「ポシェットにカランビット入れてた人に言われたかないですよ」
「まぁそれもそうですね。けど、何故私達に?」
「上枝と冷が作ったんだよ、テメェらのためにな。ま、牛尾菜組とコイツら二人からの卒業祝いってヤツだ」
「へぇ、鼠牙さんこんな事出来るんですね」
「まぁ趣味程度ですから、顋門さんほどではありませんがね。虚宿さんから話があったので」
えぇ、卒業祝いのためにわざわざ作ってくれたのか。しかも結構ちゃんとした作りしてて、暗器にぴったりだ。
「ウチの組は、テメェらに返しても返し切れねぇほどの恩があるからな。『世話になったヤツの祝いの門出は、ちゃんと祝ってやれ』って親父がな」
「そうですか。ありがとうございます!」
「本当は水鶏も会って祝いたかったらしいんだが、平日だから学校があってな。学校の図工の時間にお前らのために栞作ったって言ってたから、それも一緒に入れておいた」
おぉ、本当だ。
ボールペンの入っている袋の中には、栞が一枚入っていた。
『パパへ、本たくさんよんでね』と書いてあり、桜と可愛らしい鳥が描かれている。水鶏が書いてくれたのか。
罔象からクリスマスの時に栞付きのブックカバー貰ったけど、それに入らない本を読む時は、この栞を使わせてもらおう。
虚宿さん達と別れると僕達は駅に到着した。電車が到着すると、駅のホームからこちらへ分が駆けてくる。
「竜胆〜!卒業おっめでとう〜!」
「ぐふっ!」
「りん兄⁉︎」
走ってきた分が、遠慮無くタックルして抱きついてきた。耐えられずに後ろに倒れてしまった。
「おい………出会い頭にタックルって、小学生、か………!ぐっ!」
「ん?あ、ごめんごめん。いやぁ、卒業式がすごい良くて、テンション収まらなくてさ!たった三年だけど、卒業式の感動ってハンパないよね!」
いかにも学校行事に燃えそうな分は、それはそれは感動したようだ。よくそんなにテンション高くいられるな。
「それにしても二人の制服姿初めて見たよ」
「まぁ何か自然に会ってるけど、学校帰りで会うのは初めてだからね。分の制服も………いや、一回あるか」
分が受験の時に一回だけ見たわ。
「そういえば二人は卒業祝い品何だった?アタシ卒業証書のケースでさぁ………」
「はいはい。とりあえず駅出るよ、話はそこから。東風が奢ってくれるから」
「おっ!マジで⁉︎ご馳走さまでーす!」
「えぇっ⁉︎りん兄!私そんな事言ってないんですけど!」
「帰りに何か奢ってくれるって言ったじゃん。ほら、行くよ」
「いや、言いましたけど………って、ちょっと待ってって!」
何やかんやありながら、僕達は駅を出てどこかご飯が食べられる所を探した。
その頃、『Cafe Red Poppy』では
「はい、ナポリタンです」
「ありがとうございます」
罔象はお客さんのテーブルにナポリタンを置くと、カウンターの方へと戻っていった。
この時間帯はお客さんも多いので、罔象はテキパキと働いている。
「今頃、竜胆君達は卒業式かぁ」
罔象はふと竜胆の学校がある方を見た。
大切な恋人の祝いの日。今夜は家に招いて、一緒に夕食を食べることになっている。
そして………
「これも………いいタイミング、だよね」
罔象はカウンターの奥の棚に置いてある小さな箱を見ると仕事に戻った。
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