時は今年の正月、鯨波達が食事をした後まで遡る。
「さてと、それじゃあ私も帰って………」
「おい爐、テメェはもうちょっと俺に付き合え」
「ん〜?何かご用?」
「あぁ、テメェに話っつーか、相談っつーか………頼み、かな」
歯切れの悪い返事をした冬青に爐が首を傾げた。
「おや、冬青が頼みとは珍しい。何なの?」
「いや、俺自身の頼みじゃねぇんだ。実はな………お前の所で雇って欲しいヤツがいんだよ」
「はぁ?」
いきなりすぎる話に爐は首を傾げた。
爐の病院に勤めているほとんどは裏社会に関わりのある人間で、様々な事情があって身を寄せている。
だから誰かの紹介で雇うことはほとんど無いし、その紹介をするのが冬青というのも驚きだ。
頭の中が真っ白になりハテナが浮かぶが、爐はそれをなんとか飲み込む。
「うーんと………色々ツッコみたいことはあるんだけど、一から説明してくれない?どういう経緯?」
「俺の知り合いがお前みたいなところ、要は闇医者だな。そこで働きたいって相談されたんだよ。俺が知ってんのはお前だけだし、ソイツもお前のこと知ってるみたいだったぞ。だから紹介した」
「うん、なんか疑問が増えた気がするな。まぁいいや、ウチが何してるかは知ってるのね。それで、どんな人なの?」
「あぁ、それなんだけどな。さっき鯨波が竜胆の写真、そこで竜胆の隣に女が二人いたろ?その右の方だ」
「えっ⁉︎この子?」
爐は貰ったばかりの写真を見て確認した。竜胆の右で身を寄せて寝ている東風を指差す。
「おぅ、ソイツ東風って言うんだけどな。お前の所で働きたいんだと。まぁ大学生だからバイトって形だけど」
「ウチバイト雇ってないんだけどなぁ。それに、この子
「知るか。コイツには色々借りがあってな、それで頼まれたんだ。俺は紹介するだけだ、後はお前たちで話つけろ。ほら、連絡先」
冬青が差し出した紙切れには、東風の携帯番号が書かれている。
「っつーわけだ。じゃあな」
「いやいやいや!そんな勝手に決められても困るんだけど!」
「ワリィな、何せ話があったのがブタ箱ぶち込まれるちょい前だったんだよ。そんじゃ」
それだけ言って冬青は帰っていった。その後ろ姿を爐は呆然と眺める。
「あの冬青が相談されてすぐに言う。それだけの価値はある、って事か」
そこから時は進み、卒業式が終わって数時間後の廂間外科クリニック。
「ふぅ、診察もひと段落したし、ちょっと休もうかな」
診察室である程度の患者の診察を終えた爐がくたぁっとしていると、扉がノックされて看護師の一人が入ってくる。
「先生、休憩中すみません。例のバイト志望の方がいらっしゃっています」
「ん〜?あぁ、そういえば冬青の言ってた子の面接、今日だっけねぇ」
東風は卒業するまで高校生としてバイトが出来なかった。だから卒業式の終わった日に面接を入れたのだ。
「仕事もある程度片付いたし、こっち来させてよ」
「分かりました」
それからしばらくして再び診察室の扉がノックされた。
「ん、どうぞ〜」
「し、失礼します!」
ガチガチに緊張した声と共に扉が開かれて、学生服を着た東風が入ってきた。
「君が冬青が紹介してくれた子だよね?廂間 爐だよ」
「は、はい!今日蘖高校を卒業しました、橡 東風です!よろしくお願いします!」
緊張で身体が強張った東風が深く頭を下げる。
「こんにちは、というかこんばんはか。まぁそこ座ってよ」
「はい、失礼します」
東風は患者の座る椅子に腰掛けた。
「えっと………ウチはバイトどころかこうやって正式な手順踏んで入ってくる子ってほとんどいないから。私も面接不慣れだけど、そこは勘弁してね」
「は、はい………」
「それじゃあ早速自己紹介を、と言いたいところなんだけど。それ以前に君には色々質問があるから、面接らしいことはその後ね。まず、君はウチが何してるかは知ってるんだよね?」
「はい。普通の患者さんはもちろんですが、裏社会の人や世間体の面から公の病院にかかれない人を扱っていて、さらには殺し屋の人達が殺した死体を処分する『死体屋』ですよね?」
緊張故にぎこちなくはあったが、ここがどういうところかはちゃんと知っているようだ。
「君は裏社会の人間じゃないんだよね?何でそれ知ってるの?冬青の話だと、私のことも知ってるみたいだけど」
「え、えっと………覚えてませんか?私、以前この病院に入院していたことがあるんですが」
「入院?君が?」
爐はためつすがめつ東風をジロジロと見た。それから首を傾げる。
「うーん………この顔で、橡 東風でしょ?そんな子入院してたっけ?」
「あ、最近じゃないです。六年半くらい前で、苗字も『橡』じゃなくて『因幡』なんですが。りん兄、じゃなくて………連枷 竜胆さんと一緒に入院したんですが………」
「竜胆と?………って、あぁッ‼︎君かぁ!鯨波が竜胆と一緒に運んできた血まみれの女の子!」
過去の事を爐は手を打って声をあげた。
「はいはいはい、思い出したよ。鯨波から引っ越したって聞いてたけど、戻ってきたんだ。変わりすぎてて分からなかった、大きくなったね」
「おかげさまで。あの時はありがとうございました」
「いやいや、私の方こそ。君と竜胆のおかげで、今もこうして病院を続けられてるわけだし」
大きな疑問が解けて爐は一息ついた。
「なるほどねぇ、それでウチのこと知ってたのかぁ。それで、何でウチで働きたいの?というか、そもそもウチバイト募集してないんだけど」
「え、あぁ、無理を言ってしまってすみませんでした。この街に戻ってきたら、ここで働きたいって思ってたんです」
「そこまでウチのこと理解してて働きたいってことは、
若干語気を強めて爐が尋ねた。
ストレートで重要な質問に東風は少し俯いたが、すぐに真っ直ぐ顔を上げる。
「私、ここに入院した時りん兄も含めて、色んな殺し屋の方々と出会いました。皆さん色々事情があって、犯罪の道に進む人がいて………だから、そういう人達を少しでも支えてあげられたらって思ってます」
「そんな周到なものでもないけどねぇ。ただ汚い世界で、血で汚れた人の後始末をするだけだよ」
「どんなに最悪な形でも、前に進んでる人がいるなら助けたいんです。あの時からずっとずっと、そう思ってきたんです」
まだ緊張しているからか少し声は震えているが、それでもその目は真っ直ぐと爐に向いている。
「ですから私、四月から大学の看護学科に入るつもりで、卒業後も最終的にはここで働きたいと思っています。私に出来ることならなんでもやります!だから、ここで働かせてください!」
深く頭を下げる東風を見て、爐は困ったように頰を掻いた。
「あ、いや、そんなに熱烈に希望されてもなぁ………それに、冬青が紹介してきた時点で、君にそれなりの覚悟があるのは分かってたんだけどね」
「え?そう、だったんですか?」
「まぁねぇ、アイツとの付き合いも長いから。アイツが人からの頼み事聞くだけでも珍しいけど、あれだけ急いで伝えたってだけで、君への信用は分かってるつもり。ただねぇ………」
爐は佇まいを直すと、小さくため息をついた。
「ふぅ、君家族は?お父さんは竜胆と鯨波が何とかしたって聞いてるけど」
「は、はい。ですから、母が一人います」
「竜胆は?」
「え?それは、はい………大切な、お兄ちゃんです」
「そっか………相変わらずだね」
爐の質問に東風が照れながら答えた。昔と変わらずで爐の頰が緩む。
「まぁそれは置いといて、そのお母さんにウチで働くことは話してあるの?」
「え?あぁ………一応、病院で働くかも、とは言ってあります」
「そこが闇医者のいる所ってのは?」
「………い、言ってません」
「だよねぇ」
爐は東風が入院した時に母親である年魚と何度か会っている。だから彼女が裏社会とか無縁の存在なのも知っている。
「この仕事が危険で、命に関わるのは君も身をもって知ってるよね?それを一緒に住んでる親に言わないのはマズいんじゃない?」
「うぅ………」
もっとも言ってたら言ってたで問題なのだが、何も言わないのも問題だろう。
「そういえば、今回は冬青の紹介だったけどさ。何で竜胆じゃなかったの?まさか竜胆にも話してない?」
「は、はい。この世界に入るなら、自分の力で入りたかったんです。りん兄がそうだったみたいに………」
だからこそ東風は冬青に借りを返すという形で頼んだのだ。自分の積み上げたもので勝負するために。
「なるほどね。その心意気は素晴らしいと思うし、君が強いのも知ってるよ。けど、もし万が一のことがあったら、一番悲しむのはその家族じゃないの?」
「そ、そう、ですよね………」
「ウチも人手は欲しいけど、さすがに君を雇うのは無理かな」
「………はい、分かりました………お時間とらせてしまって、すみませんでした」
東風はガクッと項垂れて身を縮めた。
思ったよりもヘコんでしまった東風に爐は慌ててフォローする。
「ま、まぁ、病院でバイトしたいなら、いくつか紹介できるしさ。その時は相談してよ。ほら、連絡先」
あからさますぎる気休めだが、せっかくの好意を無碍にすることは出来ない。
連絡先の書かれた紙を受け取って、それを財布の適当なカード入れに入れようと………
「ん?ちょっと待った」
その様子を見ていた爐が手を出して東風を止める。
「な、何ですか?」
「君、それ何?」
「え?ただのお財布ですが………」
「違う、そのカード入れの中にあるヤツ。一緒に何か入ってるよね?」
「あぁ、これですか?」
東風は、カード入れからプラスチックケースに入った名刺と大きめのコインを取り出す。
「それどうしたの?何で君が持ってるの?」
「えっと、これは友達、というか知り合いの人から貰った、というより押しつけられたものなんですよ。いらないとはいえ捨てるのも悪い気がしたので、こうやって持ってるんです。けどこのコインは綺麗だから、持ってたら愛着湧いちゃって」
東風は恥ずかしそうに微笑んでいるが、爐の顔は対称的に引き攣っている。
「ちょ、ちょっと、それ見せてくれない?」
「え?こ、これですか?まぁ、どうぞ」
グイッと迫られて東風は身を引くが、おずおずと名刺とコインを渡す。
それを受け取って、爐は机の上にあったライターを取った。火をつけて名刺を炙る。
そして今度はコインをケースから取り出して全体をじっくりと観察する。
名刺とコインをケースに戻すと、爐は頭を抱えた。
「はぁ───────────」
「え?ど、どうかしましたか?」
東風はいきなり疲れたように頭を抱えた爐を覗き込む。
「………………明後日かな」
「はい?」
「君を雇うかどうか。明後日追って伝える」
「えッ⁉︎で、でも、さっき雇えないって………」
「さっきまではね。これ見せられちゃったらなぁ………さすがに即決は出来ないよ」
「ん?あ、あの、これ何なんですか?」
「あぁ…………ごめん。気持ちは分かるけど、今日はもう暗いし一旦帰ってくれないかな?ちょっとやる事できたから」
「え、あ、はい、そうですか………それでは、失礼しました」
東風はわけが分からず首を傾げながら診察室を後にした。
それを見送って爐は机に突っ伏した。
「はぁ………アイツはぁ………あんな子になんて物渡してんだよぅ………」
爐は弱々しく呟くとスマホを取り出した。
「それでそれから二日後に廂間さんから雇ってくれるって連絡貰って、こうしてバイトとして働いてるわけです」
「これでも結構優秀な子だよ。主に事務関係だけど、助かってることも多い」
「は、はぁ………」
東風が闇医者の元で雇われた経緯を話されて、僕は生返事を返した。
概要は分かったが重要なことがぼんやりしたままだ。
「それで、その名刺とコインって何なの?」
「あぁ、それね………東風ちゃん、見せてあげな」
「はい。そういえば、結局これが何か聞けてませんでしたね」
東風は診察室を出て自分の荷物の所に行くと、すぐに帰ってきた。
「これですよ」
財布から取り出した物を受け取って中身を取り出した。
たしかに日本の硬貨よりも大きめのコインと一枚の名刺が入っていた。紅い鼠の骨のようなロゴが描かれている。
「おいおいおい、嘘だろ………」
物凄い嫌な予感がして、僕は名刺を捲った。
炙り出しなので詳しいことはそのままでは見れないが、名前はちゃんと見える。
『鼠牙 冷』
それが書いてあった名前だ。
あの復讐屋かぁ………
「東風、これどうやって手に入れた?」
「あぁ、前にSalvation Of Sinの立て篭もり事件があったじゃないですか。あの後鼠牙さんに家まで送ってもらったんですよ。そしたら別れ際にこれを渡されて、というか押しつけられまして」
「なるほどね………」
僕は隣にいる廂間さんをチラッと見た。心底疲れたような顔だ。
「あ、あの、結局これ何なんですか?名刺はともかく、このコインは持ってて大丈夫なものなんですか?」
「うーん、っとねぇ………直接は問題ない。ただ間接的には、ある意味ヤバいかも。というか、今まで何だと思ってたの?」
「え?ただの何かの記念コインかと」
そんなもの名刺と一緒に渡すヤツがどこにいる。
「それは『デスコイン』ってものだよ」
「ですこいん?」
「簡単に言うと裏社会の中で『信用』を通貨にするためのコインだよ。認めた証、みたいな感じ」
「えぇッ⁉︎何でそんなもの渡されたんですか⁉︎」
「お前が立て篭もり事件の時にやりたい放題やったから、気に入られたんじゃないかな?」
「そんな理由で渡されても困るんですけど!」
まぁそれも理由の一つだが、一番の理由は………大体察しがつく。
僕は廂間さんに顔を寄せると、そっと耳打ちした。
「いくらデスコインがあるとはいえ、何で採用したりなんかしたんですか?というかデスコインってそういうものじゃないでしょう」
「あぁ、竜胆はそういうの積極的に調べないと思うけど、冷って結構有名な復讐屋なんだよ。彼のデスコインはこの世に一つ、あれしか存在しないの」
「それ持ってるから雇ったと?表社会の就活じゃないんですよ。希少性の高い称号持ってればいいってものでもないでしょう」
「まぁ、それもあるんだけどさ、昔にちょっと色々あってね。冷には逆らえないんだよ。それに、面接の後冷に連絡取ったんだけど、あんな事言われたらなぁ」
「何と言ってたんですか?」
「君に向けても言ってたことだけど、『誰も彼女を求めないなら、僕が貰う』だとさ」
やっぱり狙いはそれか。
東風との繋がりを作っておいて、いずれは自分の右腕として仕事を手伝わせる。それが彼女にデスコインを渡した一番の理由だろう。
それほどまでに東風には裏社会に生きる者としての才能がある。
鼠牙さんも悪い人じゃないんだが、色々ヤバい人ではあるからな。そんな人に預けるくらいなら、ここにいた方が安心だ。
けど、ここも危険なことに変わりはない。そんな所にいさせていいものか………
「東風」
僕は東風の肩に手を置くと、真っ直ぐ彼女と目線を合わせる。
「この世界に入ったら、もう二度と後戻りは出来ない。大切なものを全部失うかもしれない。それでもここで働くのか?」
「りん兄………」
東風だって、この世界に足を踏み入れることがどういうことかは分かっているだろう。
それでも彼女が選んだ道をちゃんと自分の耳で聞きたかった。
「私は、りん兄がいてくれたおかげで、こうやって生きて自分の正義を見つけられました。だから私もそうなりたいんです。たとえどんな人でも、その人の命を助けて正義を支えたい。それが今の私の『正義』です。だから私は、ここで働きます。それで大切なものを失うなら、何をしてでも私が守ります」
「………そっか、分かったよ」
僕は立ち上がると廂間さんの方を向いて頭を下げた。
「廂間さん、東風のことよろしくお願いします」
「いいの?引き戻すなら、これが最後のチャンスだよ?」
「これは東風の問題です。東風が自分で答えを出したなら、僕から言うことは何もありません」
「そう、分かったよ。任せて」
「ありがとうございます。それでは僕はこれで」
ただの武器の配達のつもりが長居してしまった。これ以上は顋門さんに怒られる。
「あの、りん兄!」
診察室を出ようとすると、東風に呼び止められた。振り向くと東風が力強い笑顔を向けた。
「ウチの患者さん、殺さないでくださいね」
「そう言われてもなぁ、依頼されたら殺さざるを得ないよ」
「そしたら………私と戦うことになりますよ」
「………昔ここで言ったはずだよ、今度は負けない」
僕が頭を優しく撫でると東風は頰を緩ませた。
「それじゃあ、学校で。バイトの時はカランビット持っときな」
「はい!」
僕は病院を出ると、振り向いて病院を見上げた。
「私の『正義』かぁ………頼もしくなっちゃって」
誰にも聞こえない声で呟くと、僕は自転車に乗って走り出した。
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