「ふぅ、よいしょっと」
業務スーパーを出た私は、大きな買い物袋を肩にかけて歩き出した。
今日は『Cafe Red Poppy』はお休みなので、お店で使う食品の買い出しに行っていた。
少しだけで済ませるつもりだったけど、買い物の途中で新メニューを思いつきその材料も購入。結局大荷物となってしまった。
これなら車で来ればよかったなぁ。もしくは
この春に分は大学生になり、バイトも出来るようになった。そして彼女が最初にアテにしたのがウチだった。
仕事内容がよく分かっているのと、私一人ではお店が大変なのを見抜いてのことらしい。
たしかに私一人だとお昼時は大変なこともあるし、分がいてくれれば楽には楽なので採用した。
今日は平日だから、今頃分は大学だろう。東風ちゃんや竜胆君も。
竜胆君達も新しい場所で頑張っている、私もお仕事頑張らないと。
あ、そうだ。思いついた新メニュー、デートの時に竜胆君に試食してもらおうかな。
明日からはゴールデンウィーク、その間のどこかで二人でお出かけしようってことになっている。
どんな所に行こうかなぁ。お店のこともあるし旅行とかは難しいかもしれないけど、遠出の日帰りとかならアリだよね。
「ふふっ…………」
色んなデートプランが思い浮かんできてつい頬が緩む。
こういう時のための『竜胆君ノート』だし、竜胆君と一緒に今夜にでも考えようかな。
「それにしても、さすがに買いすぎちゃったなぁ」
そろそろ肩が疲れてきた。どこかで休憩でもしようかな。
「あれ?雛罌粟さんじゃないですか!」
すると前から大きな声で名前を呼ばれた気がした。顔を上げると、目の前に見知った人がいる。
ガタイのいい体に少し派手めのシャツにジーパンを着て、髪型はツーブロックの二十代半ばの男性。若干強面に見えるが、接客業してれば慣れたものだ。
「あ、
「こんにちは、こんな所で奇遇ですね」
鶤鶏さんは『Cafe Red Poppy』の常連さんだ。
お仕事が忙しいのか去年くらいから来る回数は減っていたが、それでもたまに来てくれる。よく話しかけてくれるので、話しやすい人なんだよね。
「お店の買い物ですか?随分と大荷物ですね」
「えぇ、ちょっと買いすぎちゃいまして」
「それでしたら、俺が店まで運ぶの手伝いますよ!」
「え?いや、それはさすがに………鶤鶏さんに悪いですよ」
こんな平日に出歩いてるってことはお仕事の可能性だってある。というかこれも仕事だし、人に頼むのはちょっとね。
「大丈夫ッスよ。俺今時間ありますし、力には自信ありますから!雛罌粟さんに無理はさせられませんよ!」
張り切って答える鶤鶏さんに、私はどうしたものかと悩む。
人に荷物運びをやらせるようで悪いけど、本人がここまで張り切ってるのに断るのも、それはそれで申し訳ないかな。
何となく強引な気もするけど、大変なのも事実だし頼もうかな。
「それじゃあ、お願いします」
「任せてください!」
そう言って鶤鶏さんは、私の抱えていた大きな荷物を軽々と持ち上げた。力あるんだなぁ。
私も小さい方の荷物を抱えて揃って歩き出した。私の歩幅に合わせてくれているのか距離は近い。
「本当にありがとうございます。おかげで助かりました」
「ハッハッハ!雛罌粟さんが困ってるの見たら、放っておけませんよ」
照れ隠しするように頭を掻く鶤鶏さんを見て、思わず笑みが溢れた。
「お優しいんですね。今度来ていただいた時、サービスさせてください」
「い、いやぁ、これくらい全然いいッスよ。いつも美味しいコーヒー飲ませてもらってるんで、そのお礼ッス!」
力強い言葉の中に優しさを感じた。それに自分の出してるコーヒーが褒められて嬉しい。
鶤鶏さんは歩いている間に色んなことを話してくれた。家のことだったり今日あったことだったり。
そういえばお店に来てくれた時も、鶤鶏さんって結構私に話しかけてくれるっけ。
こういう話を聞くのも接客業をしていて楽しいところでもある。色んな人のことを知れるからかな。
二人で街の通りを歩きながら私は上を向いて空を眺めた。
春になって温かい時間が増えてきたなぁ。上着を着ているとちょっと汗ばむくらいだ。
私の変化を素早く見つけたのか、鶤鶏さんが私の顔を覗き込む。
「あ、すみません。歩くの速かったッスか?」
「いえ、少し暑くて」
「それじゃあ………あのお店で休みますか?」
鶤鶏さんが指差す方にはレストランがあった。言われてみればそろそろお昼時だ。
「自分が奢りますから、どうですか?」
「い、いえ、さすがにそこまでしてもらうわけには………」
「けど、このままじゃ暑いでしょうし。ここのハンバーグ美味しいんスよ」
鶤鶏さんが距離を詰めて誘ってくる。
な、なんかさっきから思ってたけど、鶤鶏さん何故かグイグイ来るな。
何となく危ない気がしたので、どうやって断ろうかと考えていると
「罔象………!」
自分の真後ろから少しだけ硬質だったが、聞き慣れた声に呼ばれた。私は驚いて後ろを振り向く。
「ッ⁉︎………り、竜胆君」
数時間前
大学生になってあと少しで一ヶ月となる頃、新しい生活にも段々と馴染めてきた。
「おーい、竜胆!」
「ん?あぁ、分」
講義室から外に出て一息ついていると、向こうから分が走ってきた。
「アンタこの後授業は?」
「僕は今日は二限までだからもう終わり」
「だったら中庭でお昼ご飯にしない?東風もいるんだけど」
「まぁこの後は特に予定無いし、構わないけど」
同じ大学に入学した東風と分とは学部が違うので予定が噛み合いづらいが、たまにこうして一緒にお昼を食べている。
中庭に行くと、先に席を取っておいてくれていた東風がいた。
「あ、りん兄!」
「どうも」
東風とも合流して僕達はお昼ご飯にした。リュックの中から罔象の作ってくれたお弁当を取り出す。
「って、あれ?りん兄耳栓つけてないですけど、大丈夫ですか?」
「大学は広いからかな、結構大丈夫なんだよ。高校みたいに猿並みの人達も少ないからな」
休み時間とかはつけてることもあるけど、授業中やこうした中庭にいる時は耳栓は外すようにしている。
いつまでも耳栓したままじゃ、社会に出てやっていけないからな。
たまにうるさいヤツがいると気分が悪くなるが、その時はすぐに離れるか耳栓をつけて対処してる。
「高校より大学の方が快適ですか?」
「図書館にラノベがほとんど無いのと、建物から建物の移動を休み時間の十分でやるってところ以外はね」
あれは本当に疲れるから勘弁してほしい。ラノベに関しては購買の隣で売ってたからまだいいけど。
僕は肩をすくめてお弁当箱の包みを開けた。
今日のメニューは、っと………卵サンドに茹で鶏とサラダ、野菜たっぷりのトマトスープにデザートのイチゴだ。
おぉ、今日も美味しそう。ちょうど卵サンド食べたかったし、今夜会ったらお礼言わないと。
「りん兄は相変わらず雛罌粟さんの愛妻弁当ですか」
「毎度毎度懲りずによくやるわね」
「おい言い方」
たしかに罔象と関係を持つようになってから、お昼ご飯の必要な時はほとんどお弁当を作ってもらっている。
罔象には苦労をかけてしまっているかもしれないが、僕としては本当に嬉しいのでありがたい。
僕の好きなものを入れながら栄養のある罔象のお弁当は、僕の学校での楽しみの一つだ。
「そういえば、りん兄はゴールデンウィーク何か用事とかありますか?」
「え?うーん………仕事?」
「学生から出る言葉じゃないですね」
「
裏社会ってのは仕事内容的にも労働時間的にもブラックなんだよ。まぁ慣れてるからいいけど。
「あ、でもどこかで罔象お出かけしようって事にはなってる」
「あぁ、お姉ちゃんが昨日そんな事言ってたっけね」
「そういえば、分ちゃんは雛罌粟さんのところでバイトしてるんでしたっけ」
「うん。子供の頃見てた仕事だから懐かしいよ」
罔象も人が増えたから助かるとか言ってたな。やっぱりずっと一人は厳しかったみたい。
「それにしても、本当にアンタら仲良いわね」
「そりゃあまぁ………付き合ってるわけだし」
仲良くないなら付き合ったりしないって。僕の中では割と当たり前だと思うけど。
「それでもだよ。喧嘩してるところとかも見た事ないし」
「あぁ………言われてみれば」
あんまり気にした事なかったけど、そういえばそうだね。何となくその辺は上手いこと折り合いつけてたからな。
僕と分の会話を聞いていた東風が、自分のお弁当を食べながら呟いた。
「………それはそれで心配ですけどね」
「え?何で?」
「いや………まぁりん兄がそれでいいならいいんですけど」
どういうことだ?
東風の意味深な言葉に首を傾げながらも、お昼ご飯を食べ終わった僕は大学を出た。
さてと、これからどうしようかな。仕事は………今は特に無いよな。
っと、そうだ。たしか今日はお店がお休みだったはずだし、罔象もしかしたら時間あるかも。
ゴールデンウィークの予定も立てたいし、早めに会いに行こうかな。
というわけで、罔象がいるであろう『Cafe Red Poppy』に向かって歩き出した。
春とはいえ強い日差しが照りつけて目を細める。この辺人多いなぁ。
その疲れを抑え込みながら、罔象の元へと向かっている。
「それじゃあ、お願いします」
断片的ではあるが、どこからか聞き慣れた声が聞こえた。
これって………罔象の声、だよな?
そう思って辺りをキョロキョロとすると、交差点の辺りで買い物袋を抱えている罔象を見つけた。
あぁ、お店の買い物にでも行ってのかな?随分と大きな荷物だけど、休日まで頑張ってるなぁ。というか何で車使ってないんだ?
あの量を一人で運ぶのは大変そうだ。手伝おうと僕は罔象に向かって歩き出そうとした。
しかし次の瞬間、僕は立ち止まった。いや、自然と足が止まったのだ。
罔象は自分の持っていた大きな荷物を、隣にいた男性に渡した。屈強な見た目をしていて、僕の知らない人だ。
「本当にありがとうございます。おかげで助かりました」
「ハッハッハ!雛罌粟さんが困ってるの見たら、放っておけませんよ」
呆然とした僕に気がつくことなく、二人は青くなった信号を見て横断歩道を渡った。
距離があって会話は完璧には聞けないが、唇の動きで何となく何を話してるかは分かった。
罔象が嫌がっているなら今すぐに飛び出して、即あの男の心臓を止めつもりだった。仕事道具は持ち歩いてるし、無くなってできる。
しかし男の隣を歩いている罔象は、むしろ楽しそうにまで見える。笑って彼の隣を歩いている。
その事実が僕の心に突き刺さった。仕事でもこんな痛みに襲われたことはない。
知り合い、なのかな?
別におかしなことじゃない。罔象の仕事の関係者、見知ったお客さん、プライベートで付き合いのある人、いくらでも可能性は思いつく。
まだ罔象と関係を持つ前、働いている罔象は楽しそうにお客さんと話しているのを何度も見てた。それと何も変わらない。
別に変なことなんて何も無い………何も、無いんだ。
いくらそう言い聞かせても突き刺さった事実は晴れず、ドロドロに溶けて心の中へと溜まっていく。
「お優しいんですね。今度来ていただいた時、サービスさせてください」
「い、いやぁ、これくらい全然いいッスよ。いつも美味しいコーヒー飲ませてもらってるんで、そのお礼ッス!」
これは、何だ………怒り?悲しみ?
違う、そんなんじゃない。そんなものであってはいけない。それはあまりにも理不尽すぎるから。
………ダメだ、これ以上ここにいちゃいけない。どうかなりそうだ。
僕はその場から立ち去ろうとするが、楽しそうに話す罔象から目が離せず、僕の中で何かがフツフツと沸き上がってくる。
二人の距離が近く、それなりに親しいのが伝わってくる。
それを見て、心の中に溜まってるものが爆発しそうなほどに茹だった。
気がつけば、僕は罔象の方へと歩いていた。
離れないとと思ってても心の中がぐちゃぐちゃで、思うように体が動かない。
僕が近づいても二人は僕に気がつくことがなかった。
「それじゃあ………あのお店で休みますか?自分が奢りますから、どうですか?」
「い、いえ、さすがにそこまでしてもらうわけには………」
「けど、このままじゃ暑いでしょうし。ここのハンバーグ美味しいんスよ」
二人に近づくと、男が罔象を食事に誘っているのが分かった。
僕は込み上げてくる熱を抑え込むように、彼女の名前を呼んだ。
「罔象………!」
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