※この作品はR-18です。

どことなく壊れていて、どことなく甘い生活   作:MC RAT

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第221話 暴走

「罔象………!」

 僕は罔象の真後ろで止まると名前を呼んだ。罔象も一緒にいる男性も、僕が現れたことに驚いている。

 罔象はともかく、彼女と向かい合っていた男性にとっては僕は目の前にいたはずだ。それでも彼は気がつくことなく、僕に驚いて目を見開いている。

「り、竜胆君………びっくりしたぁ、何してるの?」

 いきなり現れたのが僕であることを知って、罔象はホッと息を吐いた。

 特に彼と一緒にいることに関して、後ろめたさは感じていないようだ。

「今日はもう授業終わったから、帰ってきたの」

 僕は短く答えた。それ以上答えてしまうと、言っていけないことも言ってしまいそうだ。

「………あの、今から罔象の所行ってもいいかな?その………ゴールデンウィークのこととか、話したいし」

 そんな言い訳をして、僕は罔象の左手を握った。軽く僕の元に引き寄せる。一秒でも早くこの場を離れようとする。

 本音はこれ以上ここにいたくなかった。罔象と彼を一緒にいさせたくない。

「え?あぁ、うん、いいけど………」

 戸惑いながら頷いた罔象を見て、罔象に近づいていた男がハッとした。

「お、おい、ちょっと待てよ!何だよお前⁉︎罔象さんは今俺と一緒に食事しようとしてんのに、何強引なことしてんだよ!」

 罔象を連れていく僕を止めるように、男が僕達の前に立ち塞がった。大柄な身体で行く道を妨げ、ドスの効いた声で怒鳴る。

 もうこの人とは話したくないのに………話したら、何するか分からないから………

 僕は罔象の手を握ったまま男に詰め寄った。頭の中が仕事をする時の気持ちがいっぱいで、自然と足音が消える。

 握った罔象の手を男に見せつけて小声で、それでもしっかりと聞こえるように短く言い放つ。

「僕の妻に、何か用ですか?」

「ッ⁉︎」

 僕の言葉を受けて男の顔が引き攣った。

 それは罔象が僕のあげた婚約指輪を見てのことか、僕の全身から溢れる殺気を感じ取ってのことか、それは分からないしどうでもいい。

 抑えなければいけないのに、いつもなら出来るはずなのに、殺気が抑えきれずに自分でも分かるほどに体から漏れ出ている。

 自分では抑えられないソレを、罔象に気取られないように全て目の前の男のみにぶつける。

「荷物、こちらに渡してください」

「ひ、ひぃ………ッ!」

 男は怯えた声をあげて、荷物を持っていた手の力をすぐに緩めた。僕は素早く取り上げる。結構重いが、今はそんなことどうでもよかった。

「罔象、行こう」

 僕は膝の震える男を置いて罔象の手を引く。

「え、あ、うん………それじゃあ、鶤鶏さん。またお店来てくださいね」

 罔象は状況が分からないのに律儀に男に挨拶をすると、僕と手を繋いだままついて来る。

 そこから『Cafe Red Poppy』に着くまで、どんな風に歩いたかは覚えてない。ただ必死に心の中に巣食うものと戦っていた。

『Cafe Red Poppy』に着くと、僕は罔象の手を離した。

「罔象、これ」

「あぁ、ありがとうね。重たくなかった?」

「まぁ、ちょっと」

 罔象は僕から買い物の荷物を受け取ると、それをキッチンの冷蔵庫にしまいに行く。

「それにしても、いきなり現れるからびっくりしちゃったよ。東風ちゃんや分は?一緒じゃないの?」

 罔象は特に僕の心情を察することなく話しかけてくる。罔象にとって、さっきまでの事はその程度のことでしか無いのだろうか。

「まだ、授業あるみたい」

 何とか感情を抑え込もうとすると、どうしても言葉が少なくなってしまう。

「そうだ、今のうちにお弁当箱受け取っとくよ」

「うん。ありがとう」

 僕はリュックの中からお弁当箱を取り出すと、キッチンから顔を覗かせた罔象に手渡す。

「コーヒーでも飲む?そろそろオヤツの時間だし、何か作るよ?」

「あ、いや、その………」

「ん?どうかしたの?今日は随分と静かだけど」

 僕の様子がおかしい事に気がついた罔象が、カウンターから出てきて僕の顔を覗き込む。

「………さ、さっきの人、って」

 聞いたら失礼かもしれない、それでも聞かずにはいられなかった。

「あぁ、鶤鶏さん?ウチの常連さんだよ。ここ一年そんなに来てなかったけど、たまたまスーパーの前で会ったんだ。買いすぎた荷物持ってくれてたの」

 罔象の言葉からは、さっきまでのことを悪びれる様子は見受けられない。

 そりゃ当たり前だ、相手はただの常連でたまたま会っただけ。そこに後ろめたさなんて感じるわけもない。

 きっと罔象にとっては助けてもらっただけで、彼女に非があるわけもない。

 けど………

「何で、一緒にいたの?」

「え?だから、買ったものを持ってくれてて………」

「それはッ………そうなんだろうけど………!」

 いっそのこと心の内を全て曝け出してしまおうか。いや、そんな事はできない。それはあまりにも勝手で理不尽だ。

 それでも分かってほしい。僕がどう思ってるのか………

 それこそ勝手なのは分かってても、自分の気持ちを抑えることが出来ない。

「えっと………どうかした?気分悪いなら、ちょっとここで休んでいってもいいんだよ?」

 僕の事を心配してくれた罔象の言葉が、僕の感情を堰き止めていたものを壊した。

「分からない、よね………」

 僕は罔象の方を振り向くと、お店の壁まで追い詰める。これまでこんな事をした事が無く、罔象も驚いて後ずさった。

「ッ⁉︎竜胆く………」

 

 

 僕は罔象を強く抱きしめて、彼女の言葉を遮る。

 

 

「罔象………ッ!」

「キャッ⁉︎」

 いきなり抱きしめられて罔象の身体がビクッと跳ねる。それを止めるように全身を密着させた。

 罔象の熱が僕の体に染み込んできた。心がさらにその温もりを求める。

「罔象………罔象ッ!」

「痛ッ!ちょ、ちょっと竜胆君⁉︎どうしたの⁉︎」

 あまりにも強く抱きしめたからか、罔象は痛みに顔を歪める。それでも構わず罔象を自分の体で縛りつけた。

 坂から転げ落ちるように、一度溢れでた想いは止められずに僕の体を突き動かす。

「竜胆君、落ち着いてって!痛いよ!何かあったの⁉︎」

「罔象ッ………僕、僕は………罔象と………!」

 想いだけは止めどなく溢れ出るのに、それを言葉にすることができない。体ばっかりが動いて罔象に押しつけている。

 自分でも自分が何をしているのかが、ぼんやりとしか分からない。

 目頭が熱くなり耳の奥が痛い。息が荒くなり体中が震えている。

 

 

「り、竜胆君………」

 

 

 そんな僕の熱を奪ったのは、罔象の震えた声だ。彼女の怯えた声が冷水のように僕に浴びせられる。

「ッ………!」

 その勢いで体から力が抜けて、僕は罔象を解放した。

 罔象は壁にもたれると怯えるように蹲り、その目からは涙が流れていた。

 彼女を見た瞬間僕の体を支配していた熱が一気に冷めて、僕は自分が何をしてしまったのかを理解する。

 ぼ、僕は………なんて事を………

 自分のしてしまった現実が、僕の心臓を締めつけて頭の中がパニックになる。

 大切にしようと思った人を傷つけて、一方的に気持ちを押しつけて、僕は………最低だ。

「み、罔象………ごめんッ」

 僕はそれ以上何も言えなかった。その場にいる事すらも耐えられなくなり、僕はその場から逃げるように駆け出した。

 

 

 

「コンビニで何かオヤツでも買って行こうかな」

「いいですね。私もちょうど買ってみたいお菓子があるので」

 三限までの大学の授業を終えた二人は、揃って駅まで歩いていた。東風は別に電車に乗る必要はないが、どの道駅からでも帰れるのでついでだ。

「あ、そういえば。ちょっと気になってたんだけど」

「何ですか?」

「昼ごはんの時、竜胆がお姉ちゃんと喧嘩しないって言ったらさ『それはそれでどうかと思う』って言ってたじゃん?あれってどういう事?」

「あぁ、あれですか?何というか、ただの私の勘なんですけど………」

「あれ?東風ちゃんに分ちゃん!」

 すると少し前の方から名前を呼ばれた気がした。声のする方に顔を向けると、そこにいたのは車から出てきた刑事の鯨波だった。

「鯨波さん!こんにちは」

「こんにちは、二人とも大学の授業終わったところ?」

「はい。鯨波さんはお仕事中ですか?」

「まぁね。というか、本当は今日は早くあがれる予定だったんだけど………」

「どうかしたんですか?」

 東風達が首を傾げると、鯨波は呆れたように自分の車の中を指差した。

 指差す方を覗き込んで、少なくとも東風は何があったのか大体察しがついた。

「あ、虚宿さん………」

「ん?おぉ、東風じゃねぇか!そっちは………分だったか?こんなとこで何してんだ?」

 車の助手席にいたのはヤクザの虚宿 冬青だった。車内にも関わらずタバコを吸っている。

 こんな昼間に知り合いとはいえ刑事の車に乗ってる時点で、あまりいい事があったとは思えない。

「私達は学校帰りですよ。………一応聞きますけど、何があったんですか?」

「ヘッ、ウチのシマでシノギやってた半グレ共がいたから、ちっとヤキ入れてやったんだよ。そしたらサツのヤツらが俺までパクりやがったから、あくせく働くそこのポリ公に出させた」

 概ね東風の予想通りだった。分に関しては軽く引いている。

「虚宿さん、あまり鯨波さんに無理させちゃダメですよ?」

「何言ってんだよ、これもアイツの仕事だっての。ちゃんと勤務時間内に呼んでやったんだぜ?優しさ以外の何者でもねぇだろ」

「鯨波さん、胃薬買うならそこに薬局ありますよ」

「ありがとう分ちゃん。このバカ送ったらすぐ買うわ」

「誰かバカだっての………って、ん?」

 鯨波の車に乗っていた冬青が、道路の奥を見て目を細めた。車から出て声をあげる。

「あそこにいるのって………おーい!」

 冬青に呼ばれて、道をトボトボと歩いていた男性が顔を上げる。

 屈強で派手めなシャツにジーパン。髪型をツーブロックにした若い男だった。

「あっ!兄貴!それに流鏑馬さんに、橡さんまで!こんちわッス!」

 男は冬青達を見ると深々と頭を下げた。

「えっと、あなたは………鶤鶏さん、でしたっけ?」

「はい!お久しぶりです、橡さん!」

 記憶の中から名前を引っ張り出した東風に、鶤鶏と呼ばれた男はお辞儀をする。それに目を細めたのは(くまり)だ。

「あの………この人………」

「ん?あぁ、そういやテメェは知らねぇのか。コイツは鶤鶏、ウチの舎弟だ」

「いや、『兄貴』って呼んだ時点でそれは分かってたんだけど………何で東風にこんなぺこぺこしてるのかな、って」

「あぁ、それか。ウチの舎弟のほとんどは、東風にはこんな態度だよ」

「私はやめてほしいんですが………」

 丁寧に頭を下げる鶤鶏に、東風が顔を引き攣らせる。

『Salvation Of Sin』がデパートを襲い、分達を人質にした時。東風は人質を救うために、外にいた『Salvation Of Sin』のメンバーを牛尾菜組の面々と倒した。

 その時に実力を見せる事になった東風は、牛尾菜組の舎弟達の本能に『彼女に逆らってはいけない』という恐怖を植え付けた。

 そしてその結果こうなっている。

「…………ヤクザをビビらせた女、か」

「あんまりこういう事は言いたくないですけど、誰を助けるためにこうなったのか考えてくださいね!」

 別に東風は実力を見せつけようとしたわけではなく、危機的状況に陥りパニック状態になっていただけだ。結果的にテロリスト達を殺しかけたが。

「つーか、鶤鶏。テメェ何この世の終わりみてぇな情けねぇツラしてんだよ。何かあったのか?」

「は、はぁ………とある男に殺されかけたと言いますか、脅されたと言いますか………」

「あぁ?筋モンがそんなくだらねぇ事でビビってんじゃねぇよ!」

「そ、そうッスよね………」

「? どうかしたんですか?」

 明らかに様子のおかしい鶤鶏に、東風は首を傾げた。

「じ、実は………前から狙ってた女がいまして。それで今日たまたま道端で会ったんスよ。それで色々あって一緒にいられるようになって、メシにでも誘おうと思ったら、彼女の夫だってヤツが現れて………」

「人妻に手出そうとしたの?そりゃ殺されかけるでしょ」

「結婚してたって知らなかったんスよ!そんで、ソイツにガン飛ばされて………」

「ビビって逃げてきたってか?テメェ、んな肝っ玉ちっせぇヤツじゃねぇだろ。その男ってのはどんなヤツなんだ?まさかと思うが、どっかの組のヤツらとかじゃねぇだろうな?」

「そんな風には見えなかったッスよ。橡さんよりちょっと背が高めの、目の死んだひょろいガキでした」

 そんなヤツにビビらされたのかと冬青は呆れるが、鶤鶏を怯えさせるほどの人間というのに興味を持った。

「んじゃあ、お前の狙ってる女ってのは、どこのどいつだ?」

「兄貴が教えてくれた喫茶店のマスターッスよ。ここ一年近く会えてなかったんで、ラッキーだと思ったんスけどね」

「あ?おれテメェに喫茶店なんか紹介したか?」

 

 

「昔よく行ってたとか言って紹介してくれたじゃないッスか。『Cafe Red Poppy』ですよ」

「「「「あっ…………」」」」

 

 

 鶤鶏の言葉に、四人が同時に声を漏らした。それから顔を見合わせる。

 それと同時に納得してしまった。彼、竜胆ならば、鶤鶏を怯えさせるに充分な殺気を放ってもおかしくない。

 もっとも鶤鶏は何も知らずに惚れた女性にアピールしようとしただけだし、竜胆もそんな鶤鶏を見て止めに入っただけだ。どちらが悪いとは決め難い。

「えっと………鶤鶏。テメェ『Salvation Of Sin』が立てこもり事件起こした時どうしてた?」

「はい?そりゃあ兄貴と一緒にアイツらシメに行きましたよ。まぁ、その後すぐに警察に引っ張られて事情聞かれてましたが」

「あぁ………」

 それなら解決した後に合流した竜胆の顔は知らないはずだ。牛尾菜組の組員は、冬青以外そこまで竜胆と会うことはないのだから。

「ん?どうかしたんスか?」

「いや、その………あれだ、手ェ出す人間は選べよ」

 ついさっきまで『情けない』とまで言っていた冬青も、こればっかりはこう助言するしかなかった。

「そうッスね。それじゃあ、これで失礼します」

 鶤鶏はそう言って頭を下げると冬青達と別れた。彼を見送って、東風はポツリと呟いた。

「りん兄………暴走してないといいけどなぁ」




 最後まで読んでいただきありがとうございました。
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