「ッ!ふっ!くっ!」
「ぐっ!きゃっ!ッ!」
私とりん兄は間合いを取りながら、相手の隙を狙っては武器を振るい攻撃を繰り出す。すでにお互いの身体は切り傷だらけだ。
本気の殺意が伝わってきて、周りには刃を振るい擦れ合う音以外は、私からは足音すらもしない。
お互い時々攻撃が当たりはするが、決定打にはならず膠着状態になっている。
「ッ!」
りん兄は短刀を構えて強く踏み出した。腕をくねらせて短刀の軌道を読みにくくしつつ、私の喉元を狙う。
「ひぃッ!」
私は反射的に正中線をずらして避けると、ナイフの沿った刃を利用してりん兄の腕に引っ掛ける。
身体の重心を変えて関節を捻ろうとするが、その前にりん兄が短刀を放って持つ手を入れ替えた。自由な腕を使って私の眼球に刃を向ける。
自分の目に刃が刺さる前に、私はりん兄の腕を離して避けた。ナイフを回して刃を見えなくしてから、りん兄の腕を狙う。
腕を捻って短刀を奪おうとするが、それを読んだりん兄が逆に私の腕を掴んだ。
足を払ってバランスを崩させると、私を大木に叩きつけた。肺の中の息が吐き出される。
「ぐはっ!」
りん兄は私の首を押さえて掻き切ろうとするが、その前に肩甲骨を柔らかく動かして拘束から脱出する。
「ふっ!」
横にずれてからナイフのグリップでりん兄の首と腹を素早く突くと、膝裏を蹴って膝をつかせた。
「がっ!」
それから首を狙うつもりでナイフを振るったが、りん兄が避けたことにより彼の右頬に傷をつけただけとなる。
「ぐぁっ!このッ!」
「きゃっ!」
りん兄に腹を蹴り飛ばされて、私は大きく後退した。痛みに耐えてすぐに立ち上がると、ナイフを構える。
「くっ!………相変わらず、テンパると馬鹿みたいに強くなるな………」
「そう、かな………」
カランビットナイフの使い方を教えてもらったのはだいぶ前だけど、自然と身体が覚えていた。
これだけじゃない。これまでりん兄に教えてもらったこと、普段は人を傷つけるようなことはしたくないから、全部使うことはない。
それでも自分の身に危険が迫ると、その危機から反射的に身体が動いてしまう。今だってそうだ。
自然と足音が消えて、自然と相手を殺そうとする。考えてるわけじゃなく、身体が覚えたことを実行しているのだ。
二人とも武器を構えて突きつけあっている。横に進みながら木を挟んで隙を狙う。
りん兄は瞬間的に木に姿を隠しながら間合いを詰めてきた。私は左へ曲がり、別の木の後ろに隠れて間合いを取る。
これ以上睨み合っていても埒があかないと思ったのか、りん兄が地面を蹴り上げた。土が目の前まで舞い上がり、一瞬視界が奪われる。
その隙にりん兄は私との距離を縮めた。刃が空気を切る音がする。
それを音で感じて、私はナイフを振るった。予想通り振るわれた短刀を弾く事に成功する。
何とか一撃死は避けたものの、もう私達の間に遮蔽物は無い。
すぐに攻めの好機と悟ったりん兄は、身を低くして一瞬私の視界から消えると、近くの木に身を隠しながら私の真後ろまで肉薄する。
左手で私の首を絞め上げて拘束した。動脈と静脈を指圧されて息が止まる。
「かはッ!」
危機を察して私はナイフを振るうが、それより先にりん兄に腕を押さえられてしまった。腕を蹴られてナイフを落としてしまう。
すかさずりん兄が私の首を掻き切ろうとする。
痛みで痺れる手で私は刀を掴んで押さえた。そして刀を握る右腕に噛み付く。
「ぐあぁッ!」
「フ──ッ!フ──ッ!」
必死に噛み付いたからか、りん兄の腕の皮膚が食いちぎられた。彼の血が口の中に流れ込んでくる。
首を指圧する力が弱まり、息ができるようになる。でもそれでなんとかなるりん兄じゃない。
私を押さえつけるのをやめて、私の髪を掴んだ。自分の腕ごと大木に打ちつける。
頭を強く打たれて、私はりん兄の腕を離した。額が切れて血が流れてくる。
「ッ!」
一瞬だった。振るわれた短刀が私のお腹に突き刺さる。
「ぐふッ⁉︎」
刃物がお腹に入ってきた異物感と痛み、思考がぐちゃぐちゃになり倒れそうになる。
しかし地面に落ちているカランビットナイフを見て、薄れそうになった意識が戻った。
肩甲骨を回すと、その力を乗せて拳を繰り出す。その拳はりん兄の左目に命中し、私は解放される。
「ぐっ‼︎」
短刀がお腹に刺さったまま、私はカランビットナイフを拾った。
身を低くして、彼の左脚の内股にナイフを突き刺す。すぐ引き抜きクルッと回してから、右脚の内股も切り裂いた。
脚を狙うなら内股かアキレス腱、服装においてより無防備になりやすいのは内股。りん兄に教えてもらった事だ。
「があぁッ⁉︎はぁッ‼︎」
バランスを崩して倒れそうになる前に、りん兄の股関節が柔らかく動いた。
勢いを乗せた全力の蹴りが放たれて、身を低くしていた私の顔面にめり込んだ。
「ぎゃあッ⁉︎」
歯が折れて鼻血が出た。膝を折り怯んだところに、りん兄がトドメを刺しにくる。
その時、私は地面についた手に変わった感触があることに気がついた。瞬時にその正体を察するとそれを握る。
りん兄が私のお腹から短刀を引き抜いて、胸に突き刺し心臓を貫こうとする。
その前に私はさっき同じように肩甲骨を回して、握ったものには力を込めた。
それは太めの木の枝だ。幸運なことに枝の端は鋭く尖っている。
ここ数日雨は降っておらず、この近くに川はない。感触からしても濡れておらず、程よく乾燥している。
本当ならこういう枝からナイフを作ったりする。前に一回りん兄と作ったことがあった。
単なる木の枝でも、使い方によっては凶器になる。りん兄がナイフを作りながら教えてくれた。
私の振るった木の枝は見事にりん兄のお腹に突き刺さった。
「がはッ⁉︎くッ!」
状況からすれば五分五分になったわけだが、刺されたくらいで怯むりん兄じゃない。
枝を掴んでいた私の腕を掴むと私の動きを組み込みつつ引っ張った。私が引き寄せられると、お腹を膝蹴りした。
「ぐふッ⁉︎」
刀を構えて突きを放つが、私はそれを左腕で防いだ。短刀が腕に刺さるが心臓は無事だ。
左腕に力が入らなくなるが、これでいい。
短刀ごとりん兄を突き飛ばすと、ナイフを持つ手をくねらせて連撃を繰り出す。
右腕の二の腕に二発、脇腹に三発深い傷を負わせて、次に首を狙う。
タイミングは完璧だった。
しかしりん兄はあろうことか、振るったナイフの刃を素手で掴んだ。手が切れて血が流れる。
刀の柄で私の額を殴り飛ばすと間合いを取った。
「はぁっ、はぁっ………ゲホッ!ぐっ………!」
「ぐぅッ!かはッ!………フ──ッ!フ──ッ!」
よろめきながら対峙して、私達はトドメを刺すタイミングを狙う。
よく見たら、私達はすっかり血塗れになっていた。もうまともに戦える力は残っていない。
これで、最期だ。
「あ゛ぁぁぁッ‼︎」
「やあぁぁぁッ‼︎」
私達は同時に吠えて、ぶつかり合った。
振るった刃が擦れ合った。火花を散らしながら、お互いの首筋に触れ合う。
冷たい短刀の刃を押しつけられて、私の心も冷えていく。
ナイフを通して、りん兄の肌の感触が伝わってきた。ギリギリまで近づき、額が重なる。
私達の視線が一瞬混じり合い、りん兄と見つめ合った。殺し合って、初めてちゃんと彼の顔を見た。
そして見つめ合った私達は………笑っていた。
本気で殺し合って、刃が突きつけられているのに、お互い自然と頰が緩んでいる。
それをしっかりと見届けると、私はカランビットナイフを持つ手に力を込めた。りん兄も短刀を握りしめる。
そして触れ合った刃が力強く首筋を切り裂いた。鮮血が噴き出して私達の手を赤黒く染める。
「「ごふっ!がはぁッ‼︎」」
鋭い熱と痛みが駆け巡り、私達は吐血して倒れた。血塗れになった武器が地面に落ちる。
手で押さえていてもお互いの首筋から止めどなく血が流れ出ており、地面を汚していく。
身体中に浴びた血の熱と失われていく身体の熱、そして今になって蝕む痛みと遠のく意識。全部が入り混じって身体を地面に縫い付ける。
「くっ!………はぁっ、はぁっ………まだ、まだだ………まだ、終わりじゃ………」
りん兄は短刀に手を伸ばすが、それよりも前に体の力が抜けたのか地面に突っ伏した。
「ダメだ………動けない………」
私ももう武器を掴む力すら残っていない。目に入る景色がぼやけて、血の感覚だけが身体を巡る。
これだけ傷だらけになっているというのに、痛みは思ったよりも感じない。
本当に死ぬ時って、痛みそんなに感じないんだなぁ………
身体が冷たくなっていくように感じ、眠い時とはまた違う脱力感が身体を襲う。
私はすぐ隣で倒れるりん兄に目を向けた。重くなっていく身体を振るわせて口を開く。
「りん、兄………」
「………何だ?」
「ありがとう、ね………私のために………」
「別に………自分のため、だよ………」
りん兄の顔色もみるみるうちに青白くなっていく。演技なんかじゃない、本当の死が迫っているんだ。
私、人生の最期で初めて人を殺すことになる、のかな………
今でも人を殺すことは悪いことだと思ってるし、自分も死ぬから許されるなんて思ってない。
けど、不思議な気持ちだ。
今目の前で私が手をかけた人が死にかけているのに、自然と罪悪感は感じない。
ただ彼と一緒にいれることの心地よさをいつものように、いや、いつも以上に感じる。
隣にいてくれるのが嬉しくて、もっと一緒にいたいと願う気持ち。
こんなに………温かいものだったんだ。もっと、たくさん感じていたかったな。
身体は冷たくなっているはずなのに、目だけ熱くなっている。涙が流れているからだ。
いよいよ意識が閉ざされそうになったその瞬間、空から甲高い音がなった。
少しの間の後、弾けるような明るい音と眩い光が伝わり、僅かに意識が回復する。
首だけを動かすと空には大きな光の花が咲き誇っていた。
「あぁ………もう、花火が打ち上がる時間、か………」
りん兄も空を眺めて呟いた。
たくさんの花火が空に打ち上がり私達を照らしてくれる。
花火なんてこれまで何回も見てきたのに、まるで初めて見たような新鮮味を感じる。
「りん兄………私達、死ぬ、のかな………」
「このままなら間違いなく、死ぬね………これなら………ちゃんと、仕事片付けてこれば、よかったな」
「終わらせて、なかったんだ………ちょっと、意外かも」
「あぁ………殺し屋失格、だな」
戯けたようにりん兄が笑った。
私達は死ぬ。それなら、これが人生で見る最後の花火になる。
血の匂いに包まれながら、私は何とか意識を保とうと身体に力を入れた。この景色を少しでも長く目に焼きつけたい。
でもそんな気力も残り僅かだ。ぼんやりとした視界で空を見つめる。
ぎゅっ
すると何かが私の手を包み込んだ気がした。少し温かくて、優しい手だ。
「りん兄………」
誰が何してくれてるかなんて、見えなくても分かった。
「綺麗だなぁ………美しい」
それは花火の感想だろうか。
目の前が暗くなってきて、りん兄の目線がどこに向いているのか見えない。だからその言葉が何に対してなのかは分からない。
何か返そうと思ったが、もう言葉を発する力も無くなってきている。
私、本当に死ぬんだ………
ちゃんと頭で理解していても、不思議と恐怖は感じない。
繋いだ手から、りん兄が冷たくなっていくのが伝わってくる。花火の音と光が遠のいていく。
私の人生はこれで幕を閉じる。何の価値もなく、何も誇れる人生にもならず、終わってしまう。
それでも………
「りん兄………大好き………」
大切な家族の隣で、愛した人の生きる意味となって死ねるなら………こんな私が生きた意味も、少しはあったかもしれない。
ほんの少しだけ胸に灯った想いを抱いて、私の意識は暗闇に沈んだ。
どこかスッキリとした匂いの中に、少しだけ薬品のような匂いが混じっている。
それが私が最初に感じたことだった。
次に感じたのは賑やかな人の声。何人かの人が私の周りにいるんだ。
固まっていた身体に少しずつ力が伝わって、指先や瞼が動くようになる。
自然と私の目が開いていった。
その瞬間に眩しい光が差し込み、思わず目を閉じそうになるが、ゆっくりと目を開いていく。
目の前に広がるのは一面真っ白な天井だ。しかしそこに一人の人影が入り込んでくる。
「お、お母、さん………?」
「東風?東風‼︎目が覚めたのね!」
私の顔を覗き込んでいたのはお母さんだった。目を開いた私を見て喜びに涙を流している。
「よかった、よかったわ………!森で倒れてるって聞いた時は、もうダメかと思ったんだからッ………!」
泣きながら手を握ってくれるお母さんを見て、私は現状を理解しようと辺りを見渡す。
ここは………病院だ。ちょっと薄汚れているが、病室なのは見て分かった。私はその中のベッドで横になっていた。
少しだけ大きい入院服の下の私の身体は包帯まみれになっている。
身体に感覚が戻ってきた瞬間に、全身に僅かな痛みが走った。それが私に何があったかを思い出させてくれる。
そうだ………私、森で自殺しようとして、りん兄と殺し合って、それで………死んだはずなのに。
「私、生きてる………?」
「そうよ。竜胆君の保護者の方が、竜胆君と東風をここまで運んでくれたの」
りん兄の保護者……………どういうこと?
いや、今はそんなことどうでもいい。それ以上に大切なことがある。
「りん兄………りん兄はどこ?」
「安心して、あの子も無事よ。隣の病室にいるから」
それを聞いた瞬間、私の本能が身体を前に動かした。しかしそれに身体が追いつかず、私はベッドから落ちてしまう。
全身の傷が開いたのかと思うほどの痛みが身体を襲う。
「ぐッ⁉︎」
「ちょ、東風⁉︎まだ動いちゃダメよ‼︎」
お母さんが私をベッドに戻そうとするが、私はその手を振り払った。無理矢理身体に力を込めると、何とか立ち上がった。
身体が重く自分の身体じゃないみたいだ。それでも私は壁に手をついて、病室の扉を開けた。
「東風!待ちなさい‼︎」
お母さんが追いかけてくるが、待ってる余裕は無い。
私がいたのは角部屋だったようで、隣の部屋は一つしかない。歯を食いしばって痛みに耐えながら、足を前に踏み出す。
痛みでバランスを崩して倒れ込む前に、隣の病室の扉に身体を預けた。取手を掴んで強引にスライドする。
そこには二人の人がいた。
「うわっ⁉︎あれ、君は………」
一人は大人の女性だ。スーツを着ているが、サバサバした印象を受ける。
そしてもう一人は………
「何だ?うるさいなぁ」
私と同じ入院服を着た少年は、手にしている単行本から顔を上げると私の方を見た。
彼もまた全身に包帯を巻いていて重傷なのが分かる。いつも気怠げな目だが、今はさらに磨きがかかって死んだ魚のような目をしている。
「おぉ、東風。ここ病院だからもうちょっと静かにしな」
私が現れても特に感情が動いた様子を感じさせない。淡々と言ってから本に目を戻す。
「り、りん兄………生きてる、んですね………」
「お互い無様に、だけどね」
本から目を離すことなく笑うりん兄を見て、目頭が熱くなり私の頬に涙がつたった。
私はどれだけ泣けば気が済むのか。でも今はそんなことすらも気にならない。
さっきまで私の意識を蝕んでいた痛みも消えて、反比例するように心臓が激しく高鳴った。
心に収まっていた気持ちが膨れ上がり、収まり切らず全身から溢れ出す。その想いは熱となって身体を熱くする。
「りん兄………りん兄‼︎」
私は叫ぶと想いに身を任せて駆け出した。痛みなんてどうでもよくなり、りん兄に抱きつく。
「は?うわぁッ⁉︎ちょ、何して、痛い痛いッ‼︎傷口が開く!」
よく考えたら傷だらけの人に抱きついたら追い討ちしてるようなものだが、私はそんな事も考えられずにりん兄に抱きついて泣きじゃくった。
「りん兄ッ………りん兄ぃぃ………ッ‼︎」
「お、おい!人前で抱きつくヤツがあるか!鯨波さんいるから離れて、あぁ、もう………」
りん兄は顔を真っ赤にしてあたふたしていたが、私が離れないことで引き剥がすのを諦めた。
代わりに優しく抱き返してくれる。いつもと変わらず、私の頭を優しく撫でて囁いた。
「おかえり、東風」
「うんッ………ただいま………」
家族と会えた。言葉にすればそれだけなのに、これほど自分が生きてると実感するのは初めてだ。
私はりん兄と抱き合って、生きている喜びを噛み締めた。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
評価、感想等ありましたら、ぜひよろしくお願いします。