「………とまぁ、こんな感じですね。結局りん兄は私の様子がおかしいって時点で鯨波さんを呼んでいたんですよ。鯨波さんが私とりん兄を廂間さんの病院に運んでくれて、私達は一命を取り留めたんです」
「へ、へぇ………」
「何というか………凄まじい、ね。色んな意味で」
東風の独白に雛罌粟姉妹は顔を引き攣らせた。
大切な友達の自殺を止めた、と言えば聞こえはいい。しかしそのやり方が殺し合いとは。
普通は必死に説得したりするのがセオリーだろう。まさか自殺は止めずに、自分の手で殺そうとするとは。
「アイツらしいといえばらしいけど、いくら何でもちょっとヤバくない?」
「まぁ、そうですね。でも、その殺し合いのおかげで、私は今こうして生きてるんですよ」
昔を思い出して、東風の口元が緩んだ。目を細めて自分の手を見つめる。
「一回死にかけたから、っていうのもあるんですけどね。本当に死んだと思って、今まで見てきたもの全部失うと思って、別にそれを悲しいとは思わなかったんですよ」
元々その覚悟で死ぬつもりだったのだ。死ぬことに対して悲しみどころか恐怖も感じなかった。
むしろ竜胆との殺し合いは、どこか楽しさまで感じていた。本当の彼と向き合えてる気がして、東風にとっては良い思い出だ。
「でも生き延びて、りん兄とまた会えて、すごい嬉しかったんですよ。だから生きようと思ったんです。会いたい人に会えるって、生きてないと出来ないじゃないですか」
朗らかに笑う東風に雛罌粟姉妹は苦笑いするしかなかった。
『自分の関わった人の命は背負わなければいけない』
それが竜胆の正義で、その中で竜胆は自分の想いを最大限に伝えようとした。
そしてその想いは、ちゃんと東風に届いているようだ。
やってる事はどう考えても無茶苦茶だけど、それがこの兄妹の正義であり、お互いへの愛情なんだろう。
「って、そろそろ花火上がる時間じゃない」
「竜胆と水鶏ちゃんは………いないじゃん。花火上がるまでに戻ってって言ったのに、何やってんのよ」
「私連れてきますよ。どこにいるか、大体予想はついてるので」
東風は立ち上がると、森の中へと歩き出した。周りが暗くなり、虫の声がよく聞こえるようになる。
そして三分後
「えっと、ブルーベリーの木があったのって、あっち………いや、こっちだっけ?というか………ここどの辺りだっけ?」
方向音痴の東風はものの見事に迷った。
昔は何度も来た場所ではあるが、その時ですらもよく迷ったのだ。数年経った今、迷わないわけがない。
「しまった、携帯は繋がらないし………どうしよう」
とりあえずどこか一方向に歩けば出られるが、それでは花火の時間に間に合わない。
天を仰いていると、目の前の茂みがガサッと揺れた。
「ひぃッ⁉︎な、何?」
野生動物が出たのかと身構えたが、茂みから現れたのは探していた水鶏だった。
「あっ、ママいた!パパ、ママいたよ!」
「おぉ、そこにいたか。水鶏よくやった」
水鶏の後ろから竜胆がやって来た。手には小さめのビニール袋を提げていて、それなりに膨らんでいる。おそらくブルーベリーが入っているのだろう。
「りん兄、水鶏ちゃん!もう、どこに行ってたんですか?」
「お前こそどこ行ってるんだ。迎えに来たのは結構だけど、僕のいた方向と全く違うよ」
呆れたように竜胆は額を押さえた。
「念のためにお前に発信機つけたから場所分かったけど、あんまり森の中ウロチョロするなよ」
「発信機⁉︎いつの間に?」
「散歩の前。どうせお前が迎えに来て道に迷うと思ったからね。相変わらず警戒心がお留守だな」
そう言って竜胆は東風の浴衣の帯に仕掛けていた発信機を取り外した。
「そもそも、花火上がるまでに戻ってって言ったじゃないですか。何で戻って来ないんですか」
「悪い悪い、ブルーベリー採りながらつまみ食いしてたら、肝心の後で食べる用のが無くなっちゃってね」
「もう………水鶏ちゃんも、みんなとの約束守らなきゃダメでしょ?」
「うぅ、ごめんなさい」
東風は水鶏と目線を合わせてから立ち上がると、外の様子を見る。
「さてと、それじゃあ戻りましょうか。ほら、水鶏ちゃん」
「うん」
竜胆と東風は水鶏を挟んで歩き出した。東風が水鶏の右手を、竜胆が左手を握って森の中を進む。
「りん兄、一応助かったのでとやかく言いませんが、人にホイホイ発信機だの何だのを仕掛けるのはやめた方がいいですよ」
「はいはい、分かったよ。ちなみに、お前に仕掛けてた発信機だけど、スピーカーが内蔵されてるから、盗聴器としても使えるんだよね」
「はぁ………それは昔教えてもらったら知ってますけど………あっ!」
竜胆が何を言いたいのか察した東風は、気まずそうに竜胆から目を逸らした。
発信機を仕掛けたのは竜胆達が散歩に行く前、つまりその後からの東風の会話は全て竜胆に聞こえているのだ。
当然罔象達に話した昔話も、竜胆に筒抜けなわけで。
「はぁ………余計なことベラベラ喋りおって」
「い、いいじゃないですか。減るもの無いんですし」
「だからってあの時のこと話すか?」
東風をジト目で睨むと、竜胆はため息を吐いた。
誰に対しても積極的に自分のことを話そうとしない竜胆にとっては、東風の話した昔話も、あまり話して欲しくないことだったのだろう。
「りん兄。何であの時、鯨波さんをすぐ私達の元に来させなかったんですか?わざと遅れて来させたんですよね?」
「別に。ほら、グダグダ話してると花火見れなくなるよ」
「はぐらかさないでください。こんな時くらいは、素直に答えてくれてもいいじゃないですか」
唇を尖らせる東風に、竜胆はめんどくさそうに頭を掻いた。
「大した意味はない。中途半端なタイミングで来られたら、面倒な事になるって思ったからだよ」
「………そうですか」
それが本当の理由ではないのは何となく分かった。それを言わない理由が東風に対する優しさなのも。
「素直じゃないですね」
「今はなる必要が無い」
「必要とかそういう話じゃないんですけどね」
二人の会話の意味が分からずに水鶏は首を傾げている。
「それじゃあ、質問を変えて………もしあの時共倒れじゃなくて、りん兄だけ生き残ってたら、どうするつもりでした?」
「さぁ?昔のことなんて覚えてないよ」
「もう、ちょっとくらいは素直に答えてくださいよ」
「そうだな………それじゃあ逆に、お前はどうしてた?僕だけが死んで生き残る可能性も充分にあったでしょ?」
「え?そうですね………」
竜胆に聞かれて東風は考える。しかし答えが出るまでにそこまで時間はかからなかった。
「たぶん、すぐに後を追って死んでましたよ………何の心残りもなく」
あの時東風の唯一の心残りは、竜胆ともっと仲良くなれなかったことだった。その竜胆を自分の手で殺したのなら、もう何も思い残す事は無かっただろう。
「そうか………僕は、たぶん生き続けたかな。
「え?」
さっきまでの冗談めかした声とは違う、低いトーンの言葉に東風は思わず眉を顰めた。そんな東風を見て、竜胆はフッと笑う。
「なんてな、冗談だよ。何本気にしてんの」
整えた髪が崩れないようにしながら、竜胆が東風の頭を撫でた。しかし東風は目を細めたままだ。
「りん兄………本当に、冗談ですか?」
その問いに答える事はなく、竜胆は軽く肩をすくめた。
「それよりも、そろそろ戻らないと
「りん兄、さっきから普通に歩いてますけど、分ちゃん達の場所分かるんですか?」
「あぁ、念のために分の帯にも発信機仕込んだからな。場所はすぐに分かるよ」
「分ちゃんにバレたら殴られますよ………というか、もう私に発信機とかつけてないですよね?」
「さぁ、どうだろうな。お前は日常的な場面での警戒心が杜撰だ。せいぜい研ぎ澄ましておきな」
竜胆は揶揄うようにニヤついた。
「ふ〜ん、そうですか………」
少しだけ俯いた東風が足を止めた。自然と手を繋いでいた水鶏と竜胆も足を止める。
「ママ?」
「東風、どうかしたか?」
「いえ、どうせなら………あの時伝えられなかった事、今ここで伝えようかと。前は、はっきりと伝えられなかったので」
「はぁ?何言って──」
東風は、意味が分からず首を傾げる竜胆とグッと距離を縮めた。水鶏と手を繋いでいない右腕で竜胆に抱きつく。
「んっ………」
そして一瞬の隙をついて竜胆と唇を重ね合わせる。
するとまるで図ったかのように花火が打ち上がった。空に上がった花火が咲き誇り、抱き合う二人を照らす。
「ッ⁉︎」
不意を突かれて竜胆の体がピシッと固まる。にゅるんと東風の舌が口腔内に侵入して、竜胆の舌も触れ合う。
「ぷぁっ………花火、上がっちゃいましたね」
「こ、東風………」
唇を離すと東風は竜胆とまっすぐ向き合った。ほんのり赤く染まった顔で見つめ合う。
「りん兄。私は、殺し合ったあの日から………ううん、本当はずっとずっと前から………りん兄のこと、大好きなんだよ」
花火が次々と打ち上がり音と光が辺りに響くが、その中でも東風の言葉ははっきりと竜胆に届いた。
ようやく状況を飲み込み始めて、竜胆の顔がたちまち真っ赤に茹で上がっていく。
「なッ、東風………お前、何して………」
「何って、告白ですよ。あとりん兄が隙だらけだったので、キスもしちゃいました♡」
イタズラっぽく笑うと、東風はもう一度唇を重ねた。困惑した竜胆はどうする事も出来ずに、彼女を受け入れてしまう。
今度は軽く触れ合わせるとすぐに離して、額を合わせた。
「んっ♡………二回もキスされちゃって、警戒心が杜撰なのはどっちでしょうね?」
いつもと変わらない笑顔を向けられて、竜胆はようやく状況に頭が追いついた。慌てて東風から離れる。
「お、お前、何してるんだよ‼︎水鶏がいるんだぞ⁉︎」
慌てふためく竜胆は水鶏に目線を向けた。
二人の間にいた少女は打ち上がった花火に見向きもしないで、彼らをジッと見つめていた。
「ママ………パパにチューッてした?」
「うん。好きな人には、こういうことするんだよ」
「それなら水鶏もパパにチューッてする!」
「ちょ、おい!やめろ水鶏!も、もう戻るぞ!」
竜胆は抱き着こうとする水鶏を抱えたまま足早に歩いて行った。後ろから見える耳の先まで赤くなっている。
それを見て、東風は笑顔で頷いた。
「はい!」
「三人とも遅ーい!花火上がっちゃってるよ!」
「あぁ、悪い」
罔象達の元に戻った竜胆達は、シートに座って空を見上げる。
竜胆の脚の間に水鶏が座り、隣に東風が座った。
「うわぁ!ママ!ドーンッて、すごい綺麗!」
「うん、綺麗だねぇ」
水鶏の頭を撫でて東風は微笑んだ。時折竜胆と水鶏が摘んできたブルーベリーを食べながら花火を楽しんでいる。
「ねぇ、りん兄」
「………んだよ」
「いつまでそんな微妙な顔してるんですか?」
「あのなぁ…………誰のせいだと思ってるんだよ」
さっきの告白が尾を引いている竜胆は、東風の顔がまともに見れなくなり、何とも言えない表情で花火を見ている。
「私は別に、想いに応えて欲しいとか、そういうつもりはありませんよ。ただ、自分の想いはちゃんと伝えたいんです。最後の最後まで全部伝えて、伝えきって………そうじゃなきゃ、諦められないんです」
「東風………それは、ちょっと僕がキツいんだけど」
「私は、それが正しいと思うので」
サラリと言い返す東風に、竜胆は口をつぐんだ。これ以上何を言っても、彼女が止まる事はないだろう。
「そう簡単には、諦められないもの、だよね」
「7年以上の想いですから。諦めたくても、諦められませんよ」
罔象や分には聞こえないような声で二人は語り合う。
「まったく………やっぱりあの時、どっちかがちゃんと死ぬべきだったな」
「それなら、今ここで決着着けますか?」
東風は腕に提げているバッグから、カランビットナイフを覗かせた。竜胆の手も、短刀の入っているリュックの中に潜っている。
しかし二人は、同時に手にした武器を離した。
「やめておこう。またここで殺し合うには、僕達は長く生き過ぎた」
「………そうですね」
竜胆の脚の間で花火を見る水鶏、その隣で話し合っている罔象と分を見て二人の身体から力が抜ける。
空を見上げてから、竜胆が口を開く。
「東風………お前のこと、好きだったよ」
「………遅いですよ、今さら」
目線を合わせる事なく、東風は竜胆に身を寄せた。
そして誰にもバレないように、そっと竜胆の手を握る。
頬をつたって溢れた涙が、花火に照らされて輝いた。
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