6年前
僕と東風が殺し合って目覚めてから、ひとまず僕達は廂間さんの診察を受けて、夏休みの間は入院することになった。
軽く食事を済ませてから、廂間さんの診察を受ける。診察室には僕と東風、それと廂間さんと鯨波さんがいる。
「これでよし、っとぉ。二人共しばらくはウチでゆっくりすること、いいね?」
「はい、ありがとうございます」
「ありがとうございます」
僕は体を軽く動かして傷の具合を確かめる。まだ若干痛むが、だいぶ楽になった。
一方東風は結構ぐったりとしたままだ。寝起き早々動くからそうなるんだよ。
「それじゃあ、診察も終わったしそろそろ聞こうかな」
「ん?何がですか?」
「何がですか、じゃないでしょ。聞きたいことしかないっての」
僕達の後ろで壁にもたれていた鯨波さんがため息をついた。
「アンタに呼ばれて森に行ってみたら、アンタが仕事の格好のまま見たことない同い年の女の子と血塗れで倒れてたんだよ?何がどうしてあんなことになったの?東風ちゃん、だっけ?この子は一体何なの?」
「それは………」
僕は言葉に詰まった。隣を見ると、東風も言いにくそうに俯いている。
この三年近く、僕は鯨波さんに東風のことは言わないでおいた。
とはいえ別に話せない事は何一つない。これまでのことを全て話す事はできる。
しかし今回の経緯を話そうとなると、東風が自殺しようとしたことを話せなければならない。それは東風にとって言いにくいだろう。
しかしこのまま黙っていても仕方ないと思ったのか、東風が口を開く。
「あ、あの。今回のこと、りん兄は悪くないんです!その………私が………」
「東風、それ以上は言わなくていい」
「でも………」
「いいから、ね?」
「………うん」
無理に話させても辛いだけだ。僕は東風を止めると、鯨波さんと向き直る。
「東風はただのその辺の子供です。僕の仕事とは関係ありませんよ」
「でも武器を持ったアンタと一緒にいた。ってことは、少なくともアンタが殺し屋なのは知ってる、そうでしょ?」
「それはそうですけど、今回の一件とは関係ありません。だから彼女に関しては、これ以上の詮索はしないでください」
少しだけ語気を強めて言うと、鯨波さんはめんどくさそうに頭を掻いた。
「はぁ………分かった、聞かないよ。それじゃあ東風ちゃんはもう戻っていいよ。竜胆は残って、話がある」
「分かりました。東風、先に病室戻ってゆっくりしてな」
「は、はい。それじゃあ………」
東風が出て行ったのを見送って、鯨波さんは僕に振り向いた。
「さてと、あの子についてはもういいとして、今度はアンタだ。何で自分の正体が他人に知られたことを私に黙ってたの?アンタが自分で教えたわけじゃないだろうし、事故で見つかってわざと黙ってたでしょ?」
「話す必要が無かった、それだけです」
「必要ないわけないでしょ。アンタはよくても、東風ちゃんに危険なことが起きるかもしれない。それくらい判断できるよね?」
「………」
鯨波さんに責められて、僕は何も言えなかった。
もちろん、僕のことを知ることによって東風が危険な目に遭う可能性は考えていた。
けど………
「まったく………この事話したら、私が東風ちゃんを殺すように言うとでも思った?」
「ッ………!」
心中を見抜かれてつい目を逸らす。
そんな僕を見て鯨波さんは呆れたように頭を抱えた。
「あのねぇ………そりゃ正体がバレたら殺すべきだとは思うけどさ。だからって私からあんな子供を殺せだなんて言うわけないでしょ?その辺はアンタの判断に任せるっての」
「そう、ですか………」
正直、ちょっと意外だった。友達だからという勝手な理由で生かしてることを怒られると思ってたのに。
鯨波さんは僕の肩に手を置いて笑った。
「私は仕事の協力者である前に保護者だ。アンタまだ12歳なんだし、もうちょっと大人を信じる事を学びな」
「………はい」
僕は目を逸らしたまま短く頷いた。
「それにしてもアンタさぁ、何があったかは知らないけど女の子に手をあげるとか何考えてるの?」
「顔は蹴り飛ばされていて、腹は深い刺し傷が複数、首まで斬られてたねぇ………DV?」
「違います‼︎」
廂間さんにあらぬ誤解をされて、僕は声を荒げた。
何でそんな風に思われなきゃいけないんだか。
「僕も同じくらいダメージ負ってるの見れば分かるでしょう?僕も東風にやられてるんです」
「それも疑問だったんだけどさぁ、どんな舐めプしたら竜胆がそこまでの怪我するの?そもそも、何で普通の女の子がカランビットナイフなんて使えるわけ?」
廂間さんはデスクの上に置いてある東風の使ったカランビットナイフを手に取った。その隣には僕の短刀もある。
「舐めてなんかいません、本気で殺すつもりでやっていましたよ」
「それはそれでどうかと思うけどなぁ………」
「いいんですよ。東風がナイフ使えるのは、僕が教えたんです。護身術身につけたいって言われたんで、殺し屋としての技をいくつかね」
「アンタ馬鹿じゃない?小さな女の子に何教えてんの」
そんな事言われてもねぇ。僕にとっちゃ同い年だし。
「大体、教えただけでアンタをそんなボロボロにさせるようになるまでなる?」
「そんなの僕が聞きたいですよ。そろそろ戻ってもいいですか?」
「ん、そうね。私もこの後来客あるから、もう戻っていいよぉ」
「へぇ、ここに来客って珍しいじゃん」
「実はそれでちょっと鯨波に相談あるんだけど、いいかな?」
「いいよ。それじゃあ竜胆、しばらく安静にね」
「分かりましたよ」
僕は立ち上がるとデスクの上に置いてある短刀を持って出て行こうとした。しかしその前に鯨波さんが短刀を取り上げる。
「怪我人は安静に、ね?」
………仕事するな、ってことか。
「………分かりました。それでは」
僕は短刀とカランビットナイフを受け取り、診察室を出て自分の病室へと向かった。
外はすっかり暗くなっていて、良い子はそろそろ寝る時間だ。
途中で東風の病室に通りかかったので顔を覗かせる。病室には東風しかいなかった。
「あっ、りん兄。お話終わったの?」
「あぁ」
「そっか。それなら、一緒にいない?」
「え?いいけど」
特にすることもないので、僕は東風の病室でゆっくりすることにした。
東風と一緒に彼女のベッドに腰掛けるとゆっくりと息を吐き出す。
「あの、そういえば今回のことってお母さんに何て言えば………」
「安心しな。僕の方から二人揃って山道に迷った末の事故ってことで話しといた。東風が方向音痴だから、あっさり信じてくれたよ」
「お母さんに嘘つかないといけないのかぁ………」
「本当のこと言ったらもっと面倒なことになるでしょ?」
いくら肉親とはいえ、娘が自殺を図った末に友達と殺し合って入院しました、なんて言ったら間違いなく面倒事に発展する。
「りん兄、ありがとうね。私のために」
僕の隣で俯いていた東風がポツリと呟いた。
「あぁ、さっきのこと?別にいいよ、あぁやってボカしておかないと下手に言及されて面倒なことになるからね」
「それもそうなんだけどね………死のうとしたこと、止めてくて………」
東風は少しだけ拳を強く握った。
そんな彼女を見て心が強く締めつけられる。
「………別に。ただ、罪悪感でやっただけだし」
「え………?」
言葉の意図が分からず、東風が首を傾げた。
「東風が抱えてる問題、全部分かってたのに何もしなかったからさ。僕が東風を追い詰めたようなものでしょ?」
「りん兄………」
「本当、ごめん………」
気休め程度でしかないが、僕は深く頭を下げた。
東風がずっと苦しんでいたのに、僕は何もしなかった。僕ならいくらでも解決してやれたのに。
その結果彼女を自殺にまで追い込んだのだから、僕が殺そうとしたようなものだ。
最低だな………こんな僕が、東風と一緒にいる資格なんて………
その時、いきなり手が温もりに包まれた。視線を向けると、東風が僕の手を優しく握っている。
「りん兄が何もしなかったのは、自分のせいで私がもっと酷い目に遭わないようにするためだったんでしょ?りん兄の、両親みたいに」
「ッ!………東風」
「何となく、分かってたよ。だから、りん兄にも自分のこと相談しなかったし」
「そうか………」
僕がだらしなく悩んでいるのを分かって、何も言わなかったのか。
ずっと気にかけてるつもりだったけど、本当に気を遣われていたのは僕だったんだな。
「なんか、情けないなぁ」
「ううん、情けなくなんかないよ」
東風は首を振ると、握った手の力を強めた。
「それだけ私のこと考えてくれてたんでしょ?私、すごい嬉しかった。本当の、家族みたいで………」
東風の言葉が詰まったことに違和感を感じて視線を向けると、僕の手を握っている手とは逆の手に何か紙切れのようなものが握られていることに気がついた。何か絵が描いてある。
「東風、それって………」
「え?あっ………」
僕が絵を見てることに気がつき、東風は慌ててそれを隠そうとした。その前に取り上げて紙切れを見る。
これ、前に東風が描いていた絵だ。
東風と年魚さん、そして彼女に暴力を振るっている父親、三人が笑っている絵だ。
今はあり得ないことだけど、東風の夢が詰まった絵。本人に言うつもりはないが、彼女が描いた絵の中で僕が一番好きな絵だった。
そんな絵はビリビリに破かれていて、紙屑へと化している。
東風は絵を破るようなことはしない。つまり、他の誰かに破られたということだ。
「これ………誰にやられたんだ?」
「………同級生の男の子達、だよ。あの日、破かれちゃって」
悲しみを隠すように東風が笑った。あの日とは、自殺しようとした日のことだろう。
東風が転んだ様子があって、それが人為的なものであったことまでは分かっていたけど、まさかこんなことされてたなんて。
破られた絵を見て、東風が呟く。
「本当はね、分かってるんだ。こんなの無理なんだって。お父さんとお母さんと、三人で笑って暮らすなんて、無理なんだって」
東風は声が上ずり、目の端から涙が流れていた。押し寄せる感情に耐える東風を見て、胸が締めつけられる。
家族と一緒にいたい、僕もそう思ったことは何度もある。
でも現実はそれを許さない。
もう家族との生活は送れない。その事実だけを突きつけられて、乾きの潤いを願う間もなく前へ進むことを強いられる。
いくら訴えても分かり合えず、現実が僕達を無理矢理前に押し出す。
それは一見、過去を振り返らず前を向く、素晴らしいことだと思うだろう。でも、素晴らしいからといって、それが全ての人生の正解じゃない。
押し進められる中で過去を振り返って、そこで見つけたものと共に未来へ進みたい人だっている。はるか頭上のありもしないゴールを見据えて、立ち止まって手を伸ばしたい人だっている。
無意味だと分かっていても、全てを背負って、心の底からそれが正しいと思える人だっているんだ。
「私、変なのかな………何もできないのに、叶わないことばっかり願って………ただ、家族で笑って暮らしたいだけなのに………変わんなきゃ、ダメなのかな………」
「そんなことない‼︎」
気がつけば、僕は東風を抱きしめていた。二人揃ってベッドに倒れ込む。
「ッ!………りん兄」
「変わる必要なんてない!それは東風自身の正義だ。周りがどれだけ変わっても、お前が心の底から変わりたいと思わない限り、変わる必要なんてない」
自分の中で爆発した気持ちが、僕の体を動かしていた。
東風に自分の夢を、正義を諦めて欲しくない。どうせ東風のことを理解できない周りの人のために、彼女が苦しむなんてあり得ない。
「東風は、諦めたいのか?自分の夢を」
「私は………諦めたくない!無理だって分かってても………やっぱり、家族みんなで笑っていたい!」
僕の腕の中で、東風が泣いて叫んだ。誰に向けられたものでもない、自分自身の正義を。
「なら、変わらなきゃいけないなんて、二度と言うな。たとえ叶わなくても、思い続けることはできる。その想いをどうするかは、自分で決めな」
「………うん!」
東風は笑って僕に抱きついた。彼女の頭をそっと撫でてやる。東風の温もりが僕の体に染み込んでいく。
「ねぇ、りん兄。今日は………一緒に寝ていい?二人でいたいな」
「え?あぁ………まぁいいよ」
いくら小学生とはいえ、男女が一緒のベッドで寝るのはどうかと思ったが、抱きついてくる東風を見て嫌とは言えなかった。
明日廂間さんに揶揄われそうだけど、まぁいいかな。
部屋の明かりを消して二人で同じベッドに潜り込む。東風が僕の方へと身を寄せて手を繋いだ。
「りん兄、温かいね」
「この時期だと暑苦しくないか?」
「ううん。ポカポカして、もっとこうしてたいって思える」
東風は嬉しそうに笑って頬擦りをする。
「りん兄………一つ、お願いがあるんだけど………」
「ん、何?」
「お父さんのこと………もう、終わりにしたいの。だから、その………りん兄に、手伝って欲しくて」
「警察に突き出したい、ってことか?」
「………うん」
俯き気味だったが、東風はたしかに頷いた。
「いいのか?そうしたら、お前の願いは、もう………」
「分かってる。これで本当に、家族三人でいることは出来なくなちゃうよね」
僕の服をギュッと掴み、東風は目を伏せる。
「でも、これ以上………お父さんに、誰も傷つけて欲しくないの。私一人じゃ無理だけど、りん兄となら………」
「そうか………」
僕に抱きついて震える東風は、目だけをこちらにに向けて僕と見つめ合う。
「ダメ、かな………?」
「そうだな。面倒だし、やっても何のメリットも無いけど………たまには、お兄ちゃんらしいことしてやりたいし。いいよ、手を貸そう」
「りん兄………ありがとう。ありがとうね」
ベッドの中で抱き合い、僕達は温もりで満たされる。東風の温もりと笑顔に、心がざわついた。
「私、もっと強くなる。守られてばっかりじゃ嫌。自分の正義を貫いて、りん兄が安心して一緒にいられるくらい、強く………」
僕達の熱に浮かされたように、東風の顔が赤くなっていく。
「だから、その………もし、りん兄が認めてくれるくらい、強くなれたら………私、私と………」
途中で詰まった言葉は、最後まで言われることはなかった。気がつけば東風はぐっすりと眠っている。
まだ身体のダメージが残ってるのだろう。ゆっくり寝かせてやるか。
東風の顔にかかっていた前髪をどけてやると、心地よさそうな寝顔がはっきりと見えるようになった。
殺し合った日にも見た、晴れ晴れとした笑顔だ。
「本当に、綺麗だな………」
誰にも聞こえない声で呟いて、僕は東風の頭を撫でた。
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