「ありがとうございました。またお越しください」
クリスマスイブの昼頃。
『Cafe Red Poppy』で働いている
「ふぅ、これでお昼のラッシュは終わったね」
「うん、お疲れ様。それじゃあ今の内に軽くお店の掃除しとこうか」
「了解」
お店の奥にある掃除道具を漁りながら、分は姉の方を振り返る。
「それにしても、今日は営業時間いつも通りなんだね。クリスマスイブだし、てっきり早めにお店閉めると思ってた」
たしかに、せっかくのクリスマスイブなのだ。竜胆君と一緒に楽しむということも考えてはいた。
「竜胆君とは明日デートすることになってるの。だから今日はいつも通りだよ」
「そうなの?それなら今日デートに誘えばよかったぁ。てっきりお姉ちゃんといると思ったから誘わなかったのに」
「おーい、何しれっと奪おうとしてるの」
相変わらず油断も隙もない妹だ。大学で竜胆君に何か変なことしてないか気が気じゃない。
その根性と諦めない心は素直に感心するけど、恋人を奪おうとするなら話は別だ。婚約もしてるんだし、そろそろ諦めて欲しい。
「というか、今日は竜胆君誘おうとしても無理だよ。用事入ってるし」
「あぁ、仕事入ってるの?」
「ううん、お出かけだよ。東風ちゃんと水鶏ちゃんと動物園に行くんだって?」
「水鶏ちゃんって………あぁ、あのハーフの子か」
分が水鶏ちゃんと会ったのは立て篭もり事件の時と入学式の時の二回だけだが、何せ特徴的な見た目なのでよく覚えていた。
「うん。水鶏ちゃんがクリスマスイブに二人で出かけたいって言い出したんだって」
「あぁ、やっぱり家族は家族かぁ」
三人の微笑ましい様子を思い浮かべたのか、分はフッと笑った。
竜胆君曰く、水鶏ちゃんはすっかり牛尾菜組での生活に慣れたようだ。
それでも竜胆君と東風ちゃんと一緒に過ごした数日間は、水鶏ちゃんにとって家族と共にいたかけがえのない日々なのだろう。二人に対する思いは変わってないようだ。
「それじゃあ、お昼は東風達と一緒にいて、夕方ぐらいからデート?」
「ううん。そのまま三人で竜胆君の家にお泊まりなんだって」
「へぇ、よくお姉ちゃんそれを良しにしたね。あの二人放っておいていいの?」
分もどうやら私と同じ懸念を抱いていたようだ。
いくら水鶏ちゃんが一緒にいるからとはいえ、横槍の入らない状況で東風ちゃんが竜胆君といて………何もしないわけないよね。
「うーん……… そりゃあ、これが東風ちゃんからの提案なら、さすがに止めたけどさぁ………」
発案者は水鶏ちゃんだし、あの子は純粋に家族との時間を過ごしたいだけだ。
別に東風ちゃんも悪い子ってわけじゃないし………ここで止めたら、私のわがままで家族の時間を邪魔しちゃってるみたいじゃん。
「お姉ちゃんも甘いねぇ」
「それじゃあ分ならどうしてた?」
「さぁ?私には関係ないし」
ひ、他人事だと思って………
「奪われないといいね」
「竜胆君なら大丈夫だよ………大丈夫………」
私は窓の外から差し込む日差しを見上げて呟いた。
「私も一緒に行けばよかった、かな」
「ママ!見て見て!シカさんいる!」
「本当だ、大きいねぇ」
「カッコいい!パパも早く来てよ!」
「はいはい、ちょっと待ってって」
シカのゲージの前にかじりついて目を輝かせている水鶏に呼ばれて、僕は身を縮めながら歩いていった。
水鶏の要望により僕と東風は三人で動物園に来ていた。
この後は三人で僕の家に夕ご飯、そのまま二人はウチにお泊まりとなっている。
本当は夕方ぐらいから罔象と会う予定だったんだけど、水鶏からのお願いって事で相談したら笑顔で送り出してくれた。その分明日は二人での時間を思う存分過ごそう、となっている。
クリスマスイブだからか、園内はクリスマス仕様の飾りつけがされており、家族連れやカップルがたくさん来ている。
僕が言うのもアレだけど、よくこんな寒い中昼間から出かけようも思うよな。こちとら防寒具つけても体が震えるってのに。
「すご〜い!角大きくて硬そう!」
「敵と戦う時は、あの角を使うんだよ」
「えぇ、角ぶつけて痛くないのかな?」
「シカの角には神経が通ってない、つまり痛みは感じないよ。3月くらいに一度取れて生え変わるしね。もっとも、刺された方は重傷だよ」
「硬いから?」
「それもあるけど、シカの角は急所を的確に突けるようになってるからね。武器として使うにはピッタリの素材だ」
「へぇ〜!」
「りん兄、水鶏ちゃんに変なこと教えないでくださいよ」
僕の解説に水鶏は面白そうに頷くが、東風は顔を顰めている。
そうは言われても、僕にとって動物ってのは
「次はどこ行きたい?」
「う〜ん………ウサギさんにエサあげたい!」
「エサやりが出来る場所は………右に行ったところかな?」
「左な、こっちだよ」
相変わらずの方向音痴だな。迷わないようにちゃんと見てないとダメだこりゃ。
「あっちかぁ、ママも行こう!」
水鶏は右手で僕の手を取ると、左手で東風の手を握った。
「うん」
「おい、滑るからあんまり走るなよ」
僕達は水鶏に引っ張られるように園内を回っていった。
「ほら、ご飯だよ〜」
膝の上にウサギを乗せて、水鶏は楽しそうにエサやりをしている。僕と東風も同じようにウサギにエサをあげていた。
「よしよし、可愛いなぁ」
ウサギを撫でながら東風がエサをあげている。相変わらず動物好きだな。
そんな東風を見ながら、僕はふと気になったことを尋ねる。
「ねぇ。そういえば、何で出かける場所を動物園にしたの?遊べる所なら他にも近場にあったでしょ?」
出かけたいと言い出したのは水鶏だけど、行く場所を決めたのはたしか東風だったはずだ。
「私もそうですけど、水鶏ちゃんも動物好きですし。それに、私にとってクリスマスに出かける場所って言ったら動物園ですから」
「何で?」
普通もうちょっとあるでしょ。いやまぁ、クリスマスはロクに出かけたことないから分からないけど。
すると東風は呆れたように笑った。
「りん兄、覚えてないんですか?昔クリスマスイブの日に、動物園に行ったじゃないですか」
「えっ?あぁ………あの時のこと?」
「私にとっては、大切なクリスマスの思い出です」
懐かしむように東風は微笑んだ。
よくもまぁ、あんな昔のことを覚えてるもんだ。てっきり忘れてるかと思ってた。
呆れ半分で僕は水鶏を見た。
「はい、どうぞ。いっぱい食べてね〜」
ウサギの一挙一動に興奮して目を輝かせている。
そういえば………あの時の東風も、こんな風にはしゃいでたっけ。
七年前
「おーい、竜胆いる?」
「ん?あぁ、鯨波さん」
家の顔を出した鯨波さんに、はんてんを着てコタツの中でゲームをしていた僕は、顔だけ向けた。
学校も冬休みに入り、夏休みに比べれば短いとはいえ趣味にどっぷり浸れる時間だ。コタツの上には袋買いしたみかんが置いてあり、一日中ぬくぬく過ごせるようになっている。
「ちょうどよかった。頼まれてた椣組の若頭と雇われてた殺し屋、さっき殺して処分の方は廂間さんにお願いしましたから」
「そうなの?もうちょっとゆっくりでもよかったのに」
「冬休みなんですからのんびりゲームしたいんです。それで、何しに来たんですか?用がないなら帰ってください」
「あぁ、そうだった。はい、これ」
鯨波さんはバッグの中から紙束を取り出すと、僕に手渡した。
「これは………警察官のリスト?」
「『Salvation Of Sin』に手貸してサドイーターの横流ししてる連中。今年中に殺しといて」
「脅して言いなりにはしないんですか?」
「あんな組織に手貸すようなクズ、駒にする価値もない」
「了解。終わったら言いますね」
「うん、お願い。処分はこっちでするから」
そう言って鯨波さんは出て行った。
それなら、ちょっと今日は早めに出て行って、何人か殺しとくか。ただ下手に間を開けると警戒されるし、やるなら出来るだけ早くやりたいなぁ。
そんな事を考えていると、リストの中から二枚の紙切れが落ちてきた。
「ん?何だ?」
拾って見てみると、それは動物園の期間限定ペアチケットだった。
なるほど。そろそろクリスマスだし、家族や恋人と一緒に動物園に行きたいという人もいるだろう。
けど何で鯨波さんの資料の中にこんな物が?あの人こんな所行く趣味あったっけ?
首を傾げていると、またインターホンが鳴った。
鯨波さんが戻ってきたかと思ったが、さっきのようにすぐに入ってこない。宅急便………なわけないか、何も頼んでないし。
となると、アイツか………勝手に入ってもいいとは言ったんだけど、律儀な子だなぁ。
のそのそとコタツから出て家の扉を開けると、そこには予想通りの人がいた。
「こんにちは、東風」
「こんにちは、りん兄。今入ってもいい?」
「いいよ」
いつものように東風を家にあげて、僕はすぐさまコタツに潜り込む。
夏休みに殺し合い、その後僕が手を貸し(というか鯨波さんに丸投げした)、結果的に東風は父親の暴力から解放された。
今では年魚さんと一緒に、少しずつ平和な家庭を取り戻しつつある。そのおかげか、昔よりも少しだけ明るくなった。
「お邪魔します、って………もう引きこもる気満々か」
「引きこもってないよ。さっきも出かけてたし」
「またお仕事?」
「まぁね。それで、何しに来たんだ?」
「あぁ、そうだった。冬休みの宿題で分からないところあったから教えて欲しくて。算数と理科なんだけど」
そう言って、東風は背負っているリュックから算数ドリルと理科のプリントを取り出した。
「えぇ、何でわざわざ教えないといけないの。解説見てやりなよ」
「その解説が分からなくて………」
「はぁ………いいけど、代わりに今度大掃除手伝ってよ」
「うん。ありがとう」
リュックを下ろして、東風もコタツに入って筆箱を取り出した。
「それじゃあ早速………って、りん兄、これ何?」
東風は床に落ちていたペアチケットに気がつき拾った。
「動物園のチケット………へぇ、動物園かぁ」
チケットを眺める彼女の目はとても興味深そうだった。そういえば、東風って動物好きだったっけ。
「動物園、行ってみたいの?」
「行けるなら、ね。行った事ないから」
まぁ、そうだろうな。昔から父親に虐待されてきたんだ。家族でお出かけなんかもした事ないのだろう。
チケットに載っている動物の写真を楽しそうに眺める東風を見ていると、僕のスマホが震えた。
おっ、鯨波さんだ。
「ちょっと失礼」
コタツから出て電話に出た。
仕事の連絡かもしれないし、さすがに東風の近くでするわけにもいかない。
「もしもし、どうかしましたか?」
『あぁ、竜胆。さっき渡したリストの中にさ、動物園のペアチケットとか入ってなかった?後輩の子に貰ったんだけど』
「チケット、ですか………」
間違いなく、今東風が持ってる物がそうなのだろう。
僕が持っていてもただのゴミだし、さっさと渡しちゃった方が………
『どう、あった?』
「………いえ、入っていませんでしたよ」
『そっかぁ、どこかで落としちゃったのかな?冬青でも誘おうと思ったんだけど………まぁいいや、ありがとう」
「それでは」
僕は電話を切ると、東風の所に戻った。
「なぁ、東風。もし暇なら、この動物園行ってみるか?」
「えっ‼︎いいの⁉︎」
僕の提案に東風は目を輝かせて顔を上げた。
「僕が持っててもただのゴミにしかならないし、どうせならさ。まぁ時間があるならで………」
「行く‼︎行きたい!」
興奮気味に腕を振って東風が迫ってきた。彼女と顔が肉薄する。
「ちょっ、ち、近いって………それじゃあ、チケットの期間もあるし、明後日とかどうだ?12月24日」
「うん、いいよ!やったぁ‼︎」
グッと拳を握ってジタバタする東風に、僕はやや引き気味だ。
大袈裟だなぁ………けどまぁ、喜んでるみたいだし、いいか。
それから二日後。
「りん兄、おはよう!」
「はいはい、朝から元気だねぇ」
東風の家に到着すると、既に出かける準備を済ませていた東風と彼女の母親である年魚さんが待っていた。
「竜胆君、おはよう」
「おはようございます、年魚さん。すみません、車出していただいて」
「いいのよ。竜胆君のチケットで行くんだし、これくらいはね」
「よろしくお願いします」
本当は鯨波さんのなんだけどね………
今回は年魚さんが僕達を動物園まで連れて行ってくれるんだそうだ。園内までは来ないそうだが。
正直電車とかでも行けるが、東風が絶対に迷うんだよな。その面倒を考えれば、一直線にいける方が助かる。
年魚さんの車に乗って、僕達は動物園へと向かった。市内にある動物園なので、そこまで時間はかからない。
「竜胆君。それじゃあ、東風のことよろしくね」
「はい」
動物園の前の駐車場で年魚さんと別れた僕達は、ゲートの前でチケットを見せる。
「それでは、行ってらっしゃいませ」
係員に見送られて、僕達は園内へと入っていった。
「うわぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜‼︎」
たくさんの人と動物達で賑わう動物園に、東風ははしゃいで飛び跳ねている。
ここまで楽しそうな東風は初めて見たな。
「ほら、楽しんできな」
僕は東風の背中を軽く押してやった。
あれだけ楽しみにしてたんだ、心ゆくまで満喫すればいい。僕は邪魔しないように後ろで見守ってればいいでしょ。
しかし東風は僕の手を握るとそのまま前へと駆け出した。
「りん兄も一緒に行こう!」
「えっ?ちょ、おい!引っ張るなって!」
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