「それじゃあ、今日はこれまで」
講義が終わり、私は大きく息を吐いた。筆記用具をしまって席を立つ。
二年生に進級し4月も半分が過ぎた頃。
これで三限目が終わり、今日の授業は終わった。
たしかりん兄も三限までだったよね。今日はバイトも無いし、一緒に帰ろうかな。
「ねぇねぇ、東風ちゃん」
「ん?あぁ、
後ろから声をかけられて振り返る。
旼娥さんは学科が同じで、結構授業が被ることがあるため、それなりに話す機会があった。
「どうかしましたか?」
「東風ちゃんって、今日の夜とか時間ある?」
「今日ですか?特に用事はありませんが」
「それならさ、この後合コンあるんだけど、参加してくれないかな?」
「はい?ご、合コン、ですか?」
突拍子のないお願いに首を傾げた。
参ったなぁ、私これまでそういうことは参加したことないんだよね。
だって………りん兄のこと好きだし。
「うん!三年生の先輩が、新入生も含めてやろうって話になってね。今日突然一人来れなくなっちゃって、人数足りなくなっちゃったの」
新歓やったかやってないかくらいのこの時期にやるんだ。その辺の感覚は分からないけど、そこはツッコミ無用かな。
「実は今日の合コンに狙ってる先輩がいてさ、どうしても中止したくないんだよ!お願い出来ないかな?」
「え、えっと………」
うーん………力にはなってあげたいけど、私そういうのはあんまり得意じゃないし。というか、好きな人がいるのに参加するのはなぁ………
でも、困ってる人がいるのに放っておくのは申し訳ないし。他の誰かに押しつけるのは、もっと悪い気がする。
「あっ、もしかして彼氏いるとか?」
「いや、彼氏はいないんですが………」
「だったらお願い!他の友達みんな都合悪くてさ、頼れるの東風ちゃんだけなの!」
いよいよ拝み倒されて、私は目線を逸らす。
とても必死で、どうやら本当に他に当てが無さそうだ。
ど、どうしよう………
夕陽も落ちて辺りが暗くなった頃。
「う〜ん!死体も片付けたから、仕事は終わりかな」
復讐屋の鼠牙 冷はゆっくりと首を回して伸びをする。
仕事を一件片付けたのだが、思ったよりも早く終わり時間に空きができた。
(さてと、これからどうするかな?ゲームイベントはまだまだ後だし、せっかくならどこかで食事でもするのも悪くない)
賑やかな繁華街をフラフラ歩きながら、冷はこれからの予定を考えた。
この辺りには食事ができるところはたくさんあるが、どれもイマイチピンとこない。
まぁ時間はあるのだ。ゆっくり探すことにした。
「ん?あれは………」
ふと目線を前に向けると、そこに見慣れた顔がいた。
「橡さんか」
彼女一人なら声をかけようと思ったが、周りに見たことのない人がいたので踏み留まる。
「大学の友達とお食事ってところか」
しかしその東風があんまり乗り気なように見えない。
いわゆる友達付き合いというヤツだろうか。
「ハッ、ご立派ご立派」
鼻で笑うが、少し気になったのでもう少し観察することにする。
というか周りにいる女子達は派手な容姿で、東風がどうしても浮いている。一体何を考えて彼女を誘ったのか。
何となく事の経緯が気になり、気配を消し近づいて彼女達の話を聞き耳を立てる。
「いやぁ、今日は来てくれてありがとうね、東風ちゃん!」
「ってか、合コン初めてってマジ?」
「まぁ、はい………」
「イイ人達いるし、きっと楽しめるよ!」
盗み聞きをしたおかげで、何となく何があったかは分かった。
大方、合コンに引っ張り込まれて断れなかったのだろう。彼女が自発的に来たようには思えない。
「まぁ、どうでもいいか」
お腹が鳴って、食事をしようとしていたことを思い出し、冷はその場から立ち去った。
「罔象、こんばんは」
「竜胆君、いらっしゃい」
僕が扉を開けると、カウンターから出てきた罔象が出迎えてくれた。店内はまだ店じまいの途中なようだ。
「ごめん、ちょっと早かったかな?」
「ううん、お客さんがさっきまでいただけだよ。それに早く来てって言ったの私だしね」
今日は罔象と一緒にご飯を食べようという事で、いつもより早めに来ていたのだ。
「そうだ。お弁当、今日もありがとうね」
リュックの中から弁当箱を取り出すと、罔象に手渡した。
「お姉ちゃん、食器全部洗い終わったよ………って、竜胆じゃん」
するとカウンターの奥からエプロンを着た分が顔を覗かせた。何気にバイトの時の格好始めて見たな。
「分、まだいたのか」
「まぁね。アンタはお姉ちゃんとイチャつきに来たの?」
「い、言い方………もうちょっとあるでしょうよ」
「間違ってないでしょ?毎日やっててよく飽きないわねぇ」
分が呆れていると、お店の扉が開いた。
そういえばお店の前の看板は『OPEN』になっていたし、まだやってると思って誰か来たのだろうか。
「すみません、今やってますか?」
「いらっしゃいませ、って………君、たしか復讐屋の………」
「お久しぶりです」
入ってきたのは鼠牙さんだった。しかし店の様子を見て、既に営業が終わってるのを察したようだ。
「軽く食事でも、と思って来たんですけど、もう閉店時間ですかね」
「うん。ごめんね、せっかく来てくれたのに」
「いえいえ。しかし、それなら街で食べてこればよかったなぁ」
「なに、アンタ街で遊んでたの?」
「仕事です。死体捨てた帰りに通ったんですよ」
あぁ、そういえば街から少し行った所に死体捨てられる場所があったな。僕も何回か使ってる。
「あっ、そういえば、そこで橡さん見つけましたよ」
「東風?あぁ、買い物か何かでしょう」
「いや、僕もそう思ったんですけどね。どうやら違うみたいで、人と一緒にいたんですけど、合コンがどうのって言ってましたよ」
「「「合コン?」」」
僕達三人共声を揃えて首を傾げた。
アイツそんなのに参加するようなヤツだったか?
「そういや、アタシも誘われたわ。バイトあるからって断ったけど」
どうやら分も声をかけられていたらしい。となると間違い無いな。
「なんか一人ドタキャンされて足りなくなったとか言ってし、東風も数合わせで頼まれたんじゃない?」
「たしかに、あまり乗り気なようには見えませんでしたね」
なるほど。東風のことだ、困った様子で頼まれたら断れるわけがない。
まったく、あのお人好しが………
「でも東風も大学生なんだし、たまにはそういう遊びもいいんじゃない?」
そういうものなのだろうか。正直その感覚は分からないし、分かろうとも思わない。
ただ………
「なぁ分、やっぱりそういうのって彼女作ろうとか、そういう目的の人が来るのか?」
「え?知らないわよ、アタシだって参加したことないもん。でも、そういう人もいるんじゃない。まぁ、人によってはお持ち帰りとか、酷い場合だともうちょいゲスい目的の人もいるって聞くけど」
そういうものか。となると………
「心配ですか?」
「………えぇ」
鼠牙さんは僕の心中を察してくれたようだ。分が頷いて遠い目をする。
「あぁ、東風見た目いいし大人しいからね。グイグイいけばワンチャン、って声かける人がいるかも」
どうしよう、嫌なくらいにその光景が鮮明に浮かんでくる。
「まぁ、そこは別にいいんだよ。東風は自分の身は自分で守れるし」
何のために昔から殺しの技を教えてきたのか。
それに最近はバイトの関係もあって常にカランビットナイフ持ち歩いてるって言ってたし、ゲブラーコードのネックレスやペン型のナイフ銃も持ち歩いてる。
多少強引なことされても切り抜けることはできる。切り抜けるだけならね。
「問題は、ちゃんと手加減してやれるかどうか………」
「やっぱりそこですよねぇ」
ビビリの東風が無理矢理迫られる。そして恐怖に駆られた東風が手加減して対処出来るかと言われれば………たぶん無理だな。
「あぁ、そういや東風ってビビると手出ちゃうんだっけ?相手病院送りにしちゃうとか?」
「その程度で済めば心配はしないよ」
意識刈り取る程度なら全然いいんだけど、病院すっ飛ばしてあの世に送る可能性も否定出来ない………というか、そっちの可能性が高い。
「最悪死人が出るな」
「死人って………私はちゃんと見たことないから分からないけど、東風ちゃんってなんだかんだで殺したことはないんでしょ?それなら………」
「それは、相手が曲がりなりにも戦闘経験のある人だったからね。ど素人相手にそれが通用すればいいけど………」
傭兵、ヤクザ、テロリスト。これまで東風が相手にしてきたのは人殺しの経験があるヤツらだ。
だから虫の息程度で済んだんだけど、一般人相手となると………
まぁ、それはあくまで本能による自衛であって、元々は平和主義のお人好しだ。
理不尽な理由や普通に話しかけられただけじゃ、東風は絶対に手は出さない。というか出せない。
人に手出すんだから、たとえ殺されても自業自得だろう。
ただなぁ………
「はぁ………ダメだ」
「竜胆君?」
まったく、昔のくだらない癖が抜けてないな。
「罔象。夕ご飯一緒に食べるの、また今度でいいかな?」
「えっ?もしかして、東風ちゃんの所行ってくるの?」
「面倒だけど、死人が出るよりマシでしょ?」
たぶん周りの人じゃ止められないし。いや、僕でも止められるか分からないが。
東風も昔とは違うし、今時無理矢理迫るような馬鹿はいないと信じたいけど………何せ相手酔っぱらいだもんな。
「でもアンタ行くって言っても、東風の場所分かるの?たぶん繁華街にいるんだろうけど、あの辺居酒屋だけでも五、六軒はあるよ?」
「たぶん分かる。鼠牙さん、東風見たのってどこで何時くらいでした?」
「16時50分、街の大通りの交差点を南に進んでました」
やっぱり、ちゃんと記憶してたか。
真面目な東風のことだ。店や同席の人の迷惑にならないよう、予約時間ちょうどに来ようとするはず。
街が広いとはいえ30分あれば大通りを端から端まで行くのは余裕。交差点は繁華街の真ん中くらいにある。
つまり予約時間の15分以上前に、東風が交差点にいることはあり得ない。
以上のことを踏まえた上で店の予約が15分刻みで出来ると仮定した場合、予約時間は17時。
つまり東風のいた場所から南に進んで、アイツが徒歩10分で着くと考える場所にいるだろう。
たぶん地図アプリを使って計算したはずだし、これだけでもだいぶ絞られた。
「直前で本当に悪いんだけど、いいかな?」
「………うん、いいよ。いってらっしゃい」
「ありがとう。またどこかで埋め合わせするから」
笑って送り出してくれた罔象に頭を下げると、『Cafe Red Poppy』を飛び出した。
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