※この作品はR-18です。

どことなく壊れていて、どことなく甘い生活   作:MC RAT

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第251話 重ねる肌

「く、(くまり)⁉︎」

 突然お風呂に入ってきた分に驚き、思わず声が裏返ってしまった。

「な、何してるの⁉︎」

「何って、お風呂入るんだけど。アタシまだ入ってないし」

 さも当たり前のように言う分だが、こっちは混乱どころの話じゃない。

 これまでそれなりに二人で過ごしてきたが、もちろんこれまで一緒にお風呂に入ったことなんてない。まぁ、誘われたことはあったが。

 それなのに、何で急に………

 

「だからって………それなら、僕出るからその後に………」

「いいのいいの、アンタはそのまま、ね」

「い、いや、良くないって!」

「何で?」

「何でって、それは………僕には、罔象がいるし」

 

 彼女がいるのに、別の女の子と混浴なんて。一緒に暮らしてるとはいえ、そんな浮気みたいなことがいいわけない。

「いいじゃん、ここにはお姉ちゃんいないんだしさ」

「そんなの理由に………」

「一人でお風呂ってのもつまらないの。たまには付き合いなさい」

 まるで何でもないことかのように言うと、慌てて浴室から出ようとする僕を押し戻した。

 こうなっては出られないので、仕方なく背中を曲げて蹲る。

 罔象以外の人とお風呂に入った記憶は無いから、どうしても分を目線で追ってしまう。

 風呂場にある椅子に座ると、分は僕の方を振り向いた。

 

「なぁに?アタシが身体洗うとこ、見たい?」

 

 ニヤァッと笑うと、見せつけるように身体に巻きついているタオルを緩めた。

 彼女の胸の谷間がチラッと覗き、僕はすぐに後ろを向く。

「ご、ごめん!ボーッとしてて!」

「えぇ?アンタなら、別に見ててもいいよ」

「見ないって!洗うならさっさと洗ってよ」

「あっそ。つまんないの」

 楽しそうに笑うと、タオルが擦れる音がした。背後にいる分の姿が頭に浮かんでしまい、振り払うように頭を振った。

「何してんの?」

「べ、別に………」

 苦し紛れだが誤魔化して、僕は石のように固まり動かない。

 身体を隠していたタオルを外し、シャワーの音がして分が身体を洗い始める。

「アンタのことも、後で洗ってあげよっか?」

「さっき洗ったからいい」

「あらら、それならもっと早く入ればよかったかも」

「勘弁してって………」

 まったく、心臓に悪いんだから。

 これがその辺のどうでもいい女性なら、迫られても無視する。

 でも相手が分だと無視することも、冗談だって一蹴することも出来ないんだよなぁ。

 

 しばらくして水の音が止まり、どうやら身体を洗い終わったようだ。

「さてと。竜胆、アタシも入るからちょっと右寄って」

「あ、あぁ、うん」

 やっぱ逃げられないみたいだ。

 仕方なく右に寄ると、タオルを身につけた分が僕の隣に入った。

 すぐに後ろを向いて、分を視線から外す。

 

「何で後ろ向いちゃうのよ」

「恥ずかしいから」

「このヘタレ〜」

「う、うるさい………」

 

 僕達は背中合わせになって、お互いの体温だけを感じ取る。

 すぐ後ろに分がいることを意識してしまい、どうしても落ち着かない。

「竜胆、いつまで恥ずかしがってんの?」

「そんな事言われても………無理なものは無理だし」

「お姉ちゃんとはいつも一緒にお風呂入ってるのに?」

「それはそれ。というかいつもじゃない」

「ふーん、『ほとんどない』とは言わないんだ?」

「べ、別にいいでしょ」

 クスクス笑う分にペースを乱されて、もはや会話の受け答えをするので精一杯だ。

 それでも不思議なもので、普段よりも話が弾んでいる。

 

「ねぇ分、何で急にこんな事を?」

「こんな事って?」

「惚けないでよ。今まで、一緒にお風呂入ろうなんてしなかったのに」

「どうせ誘ってもアンタ断るでしょ?」

「おい………」

「はいはい、冗談だって。アンタと腹割って話すには、これが一番いいかなって思ったからだよ」

 

 それが何を指すのか、すぐに分かった。

 いや、本当は浴室に入ってきた時から、何となく意図は察していた。

 そしてその意図は、見事なまでに的を得ている。

「アンタ、恥ずかしがってる時が一番素直になるからね」

「………わざわざ話すことは無いから」

「えぇ?またそういう態度?」

 不満そうな声を漏らす分だったが、膝を抱えて僕と背中を合わせた。

「あのさ、竜胆。アタシはアンタが生涯を共にしたい恋人じゃないし、小さい頃から守ってきた妹でもなければ、保護者でも娘でも無い。一番他人なわけだよ。溜め込んだ鬱憤ぶち撒けるには、ちょうどいい相手でしょ?」

「い、いや、別に僕そんな風に思ってるわけじゃ………」

「あぁもう、めんどくさいな!話せって言ってんだから、さっさと話せ〜!」

「ちょッ、痛い痛い!やめてって!」

 後ろから手が伸びて、振り返った分に思いっきり頰を引っ張られた。何でこの姉妹は人の頰を引っ張るんだ。

 何とか引き剥がすが、変に意固地になってもまた迫られるだけだ。

「はぁ………」

 そんな諦めもあってか………いや、それはただの言い訳だ。

 無理矢理でも寄り添おうとしてくれる分に安心感を覚え、僕はため息を吐いて俯きながら話す。

 

「頭の中で、音がするんだ。銃声と人が倒れる音、そしてそれを嗤う声」

「………そう」

「大切な人と一緒にいると、いつも思ってる。今目の前にいる人が死んだら、どうしようって」

「怖いの?人が死ぬことが」

「そうじゃない。僕が怖いのは、大切な人が不幸になること。貶められて、自由を奪われて、傷つけられること。僕はそれが怖い」

 

 父さんがヤク漬けにされて、母さんが殺されて、東風が痛ぶられて、罔象が襲われて、分が殺されかけて。

 自分のことを大事にしてくれたのに、僕はその人のことを大事にしてあげられない。傷つくのをただ見てるだけ。

 そんなの、最低の裏切り行為だ。

 

「罔象はそんな僕でも好きだって言ってくれた。でも………」

「まぁ、怖いものは怖いよね」

「………どうすればいいのかな?」

 

 こんなの、聞いたところでどうにかなるとは思えない。

 人生なんて理不尽の塊だ。

 どんなに善行を積んでも報われるとは限らないし、それどころか不幸のどん底に突き落とされることもある。

 家族のことは信じたい。でも、信じるだけじゃ幸せには出来ない。信頼を上回る悪意なんて、いくらでも転がってるから。

 僕はその悪意から、家族を守り切れる存在なのだろうか。

 また、守れなかったら………

 最近はそんな事ばっかり考えてる。

 

 気がつくと、分は僕の話を静かに聞いていた。

 振り向くと、まるで自分のことのように難しい顔をして俯いている。

 何やってるんだ僕は………こうなるって分かってたから、黙ってたのに。

 

「ま、まぁこんな事聞いても仕方ないよね。ごめん、忘れて………」

「えいっ!」

「はっ?うわぁッ⁉︎」

 

 話を切り上げようとすると、いきなり後ろから分が抱きついてきた。

 それだけでも心臓が飛び出そうになるが、その感触に全身が跳ねる。

 本来だったら僕と分を隔てているはずのタオルの感触がしない。

 タオルの代わりに背中に当たるのは、弾力に富んだ柔らかな二つの膨らみ。

 さらに内に秘めた人肌独特の温もりと、チラッと見えた湯船に浮かぶタオルに、背後の状況が嫌でも頭に浮かんでくる。

 

「やっぱ、ちゃんと触れ合った方が、繋がってるって感じするね」

「く、分!まさか………!」

「どう?温かいでしょ?」

 

 分の顔が僕の隣にあり、熱い吐息が湯気と共に僕の体温を上げる。

 お風呂により湿った柔肌、僕より少し低い背丈、仄かに香るいい匂い、緩やかな身体の起伏。

 罔象と同じようで全く違う。それが分と身体を重ねていることを自覚させる。

「お、おい!いくら何でも、これはダメだって!」

「いいの、アタシから無理矢理やってるんだし。警察のお世話にはならないよ」

「いや、そういう問題じゃ………」

「そういう問題。いいから大人しくして」

 

 慌てふためく僕を宥めるように、そっと肩を撫でてくる。

 緊張と羞恥で体が動かず、振り向いて分の顔を見ることも出来ない。

 そんな様子を後ろから見つつ、分は笑って僕の心音に耳を傾ける。

 

「アンタ、ドキドキしすぎじゃない?お姉ちゃんとは、いつもこうやってベタベタしてるんじゃないの?」

「そ、それは………いや、それより何でこんな事………」

「………昔ね、お姉ちゃんがこうしてくれたの」

「はぁ?」

 言ってる意味がわからない。

 尚も戸惑う僕を抱き締めて、分は続ける。

「小学生の時。木偶に友達も、お婆ちゃんも、お父さんも殺されて。アタシ学校に行かずに、家で塞ぎ込んでて」

 

 初めて聞く話。それなのにその行動には覚えがあった。

 僕も似たようなものだったから。

 家族を奪われて、誰も気持ちを分かってくれなくて、人の感情が渦巻く場所を身体が拒絶するようになった。

 当然学校にも行けなくなって。鯨波さんに殺し屋やる条件として出されなかったら、今も引きこもりだったかも。

 

「そんな時、お姉ちゃんがお風呂に誘ってくれてね。お風呂の中でギュッてしてくれたの」

「罔象らしいな」

「でしょ?お姉ちゃんの方がずっと苦しいはずなのに、『ごめんね、一緒に頑張ろう』って」

 

 顔ははっきり見えないけど、少しだけ笑ってるのが分かる。

 こうして触れ合って話していると、恥ずかしさでむず痒い気持ちが渦巻きながら、身体と共に心も温まる。

 

「まぁ、学校に復帰しても、小学生の大切な時間をすっぽかしちゃったから、素行も成績も悪くなっちゃったんだけどさ」

「それ、あんまり関係無いかと」

「うっさい」

 

 軽口を叩きながら、僕は分を眩しく感じていた。

 きっとこれが、本来の僕のあるべき姿だから。

 どんなに辛くても立ち直って、人として真っ当な道を進む。そして自分と同じように苦しむ人がいたら、手を差し伸べる。

 父さんと母さんは、そういう人達だった。

 でも僕は違う。自分を否定されて、人を殺すことでしか自分の正義を示せない。ただの外道だ。

 

「まぁお姉ちゃんの代わりってほどじゃないかもしれないけどさ、ちょっとは元気になった?」

「ッ⁉︎ま、まさか、そのために?」

「即興で思いついたのがこれしか無くて。どうだった?」

 

 そう聞かれて、僕は目を瞑った。

 

 未だに激しい心音が、耳鳴りのように響いている。

 

「………あぁ、悪くない。でももういいから、早く離れて」

「もうちょっとこのままじゃダメ?これでも、結構勇気出してやってるんだけどなぁ」

 背中に触れる胸の奥からは、僕と同様激しい心音が聞こえてくる。押しつけられた二つの膨らみの先が、固くなって背中に擦れる。

 高まる体温も、ただお風呂に入ってるからだけじゃない。

 そう思うと不思議と胸が高鳴り、自分の体に回された腕に手が伸びる。

 でも、今自分から触れたら、もう戻れなくなる。

 そんな気がして、ただ棒立ちになるしかなかった。

 

「誰にでもこんな事するわけじゃない、というか普段なら絶対にやらないんだけどね。恥ずいし」

「そんなこと無理してやらないでよ」

「アンタならいいの。………大好きだから」

 

 ちゅっ

 耳元で囁かれた直後、頰に柔らかく湿った感触が押しつけられる。

 それがキスだと分かった時には、分は僕から身体を離していた。

「ッ‼︎お、おい、いい加減に………!」

「フフッ。さてと、アタシはそろそろ出ようかな」

 湯船に浮かぶタオルを着直して、分は湯船から出た。

 入ってきた時と違い、濡れたタオルが貼り付き、身体のラインがはっきりと分かる。

「それじゃお先に。着替え覗かないでよ」

「覗かないよ!早く出て!」

「はいは〜い」

 最後の最後で揶揄うと、分は手をヒラヒラと振って浴室を出た。

 

「まったく………」

 ようやく静かになり、僕は一息ついて天井を見上げた。

 相変わらず、分のノリについて行くのは心身共に消耗するなぁ。たった数十分だというのに、何だかえらく疲れた。

 これが分なりの元気付ける、かぁ。

「ハッ………馬鹿らしい」

 

 嫌な記憶はこべりついたまま。でも吐き気がするような重苦しい気分は、いつの間にか和らいでいる。

 罔象の代わりなんかじゃない。分にしかない、彼女だけの温もりが、今も心の奥まで染み込んでいる。

 そんな自分に飽き飽きして、熱くなった顔を手で覆った。

 

「しっかり、慰められちゃったんだよなぁ………」

 

 

 

 分が脱衣所から出たタイミングで僕もお風呂から出て、タオルで適当に髪を拭く。

 リビングに戻ると、分がソファーに座って、ドライヤーで髪を乾かしていた。

「あっ、竜胆。はいこれ」

 僕の方を振り返ると、分は手に持っていた物を投げ渡してくる。

「おっと。えっ、何?」

「見て分かるでしょ、アタシの櫛。髪とかしてよ」

「何で僕が………」

「アンタがアタシとお風呂入ったことお姉ちゃんに言うよ?」

「はっ⁉︎いや、それはそっちが勝手に………!」

 言い返そうとするが、ニヤッと笑う分がスマホを手にしていることに気がついた。画面には罔象の電話番号らしき物が写っている。

 正直対処は出来るが、変に揉めるよりもここは素直に聞いておいた方が良さそうだ。面倒だし。

「ほら、早く〜」

「はいはい、分かったよ」

 

 ソファーに座ると、分が僕の脚の間に座った。彼女の髪を持ち上げてドライヤーで乾かして、それから優しく櫛を通す。

「アンタ随分と手慣れてるわね。お姉ちゃんにもこういうことしてあげてるの?」

「罔象じゃない、東風だよ。昔よくやっての」

 あれから何年も経ってるけど、意外に体は覚えてるものだ。

 

「へぇ。それじゃあ、あのおさげはアンタがセットしてたの?」

「昔はね。髪長いのに結ばないと、どうしても動きにくくなるし」

 小学生の時に殺し屋としての技術を教えるようになって、どうしても髪を結んでないと邪魔になったらしい。

 それで頼まれて、たまにこうして櫛でとかして結んでいたのだ。

「ふーん。でもアンタ、ヘアゴムとかヘアピンとか持ってたの?」

「無いよ。東風も持ってなかったから、その辺に落ちてるヤツ黙って使ってた」

「うわっ、サイテー」

「ちゃんと洗ったし、輪ゴムとクリップでやるよりはマシでしょ?」

 ヘアゴムとヘアピンって、落とし物の多さの中でもトップに入ると思う。大抵の落とし物置き場にはあるし。

 

「ほら、これでどう?」

「おぉ、いい感じじゃん!ありがとう」

 髪を乾かし終えると、分は確認して笑った。

 しかしすぐに退くかと思いきや、そのまま脚を伸ばして僕に身を委ねる。

 

「ちょッ、何してるの。もう終わったんだから退いてって………」

「いいじゃん。このままゆっくりしたいの」

「それなら布団敷いてゆっくりしなよ。ほら、離れて」

「嫌」

 

 きっぱりと言うと、身体を僕の方に向けた。

 今度は正面から抱きついてきて、僕の胸板に顔を埋める。

 

「離さないで………」

 ようやく気がついた。その声は小さく、震えていることに。

 さっきまで僕を揶揄って笑っていた分の頰には、一筋の涙が流れる。

 吐息と共に言葉を溢しそうになるが、踏みとどまって無理矢理飲み込んだ。そうしなければ、きっと見せていた笑顔が崩れてしまうから。

 

「分………?」

「こんなつもり、無かったんだけどさ………何か、色々思い出して、頭の中ぐちゃぐちゃになっちゃって」

「もしかして、分も昔のことを………?」

「時々………いや、しょっちゅう夢に見る。忘れられるわけ、ないよ」

 分は僕の方に身体を向けると、胸元に顔を埋める。

 一緒に暮らしていたのに、全く気がつけなかった。分のこと。

 自分のせいで、大切な家族を失った。その怒りと後悔は一生消えない。何度も何度も蘇って、心を抉ってくる。

 分の気持ちが、必ずしも僕と同じかどうかは分からない。

 でももし、僕と同じように苦しんでるなら、僕といる時だけ大丈夫なんてわけない。

 それをずっと隠してたんだ。

 

「ご、ごめん。僕、嫌なこと思い出させちゃったか?」

「いいよ、色々やったのはアタシだから。でも、今だけは、こうしてたいな。何されても、誰にも言わないから」

 表情を見せまいと、分は顔を上げようとしない。そんな彼女を前に、自然と体が動いていた。

 この時間は、僕達二人だけの秘密。それなら………

 

「………分かった」

「えっ?何、きゃっ⁉︎」

 

 子供のように背中を丸める分を、僕は後ろから抱き締めた。さっき分からしてくれたように、力強く。

 罔象の顔が頭に浮かび、心がチクッと痛んだ。それでも離れる事なく抱き締める。

 

「竜胆………?」

「このままでいよう」

 

 こんなこと、絶対に許されない。そんなこと分かってるのに、身体が動かない。

 心の内から溢れ出る想いは、罔象に向けるものと何も変わらないものだ。

 見方によれば、分の好意を利用してるのかもしれない。けど、例えそうでも離したくない。

 驚いていた分は、僕の手をそっと握る。

 

「いいの?お姉ちゃんがいるんでしょ」

「えっと………こ、ここには………い、いない、し」

「………バーカ、そんなこと思ってないクセに。ありがとね、ちょー嬉しい」

「こっちこそ、ありがとう」

 

 分は身を委ねて、僕は抱き締めて、感謝の言葉を交わす。

 いつしか僕達は目を閉じて、二人で夢の中に旅立った。




 最後まで読んでいただきありがとうございました。
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