「「頭痛い………」」
翌日起きて、二人揃って第一声はこれだった。
「竜胆君、昨日のことは………」
「ちゃんと覚えてるよ」
お互いやや顔が赤くなりながら,裸のまま身を寄せ合う。
どうやら酔ってても記憶は飛ばさなかったみたいだ。ついでに吐き気もしないから多少はマシか。
ぐわんぐわん揺れている感覚に苛まれながら、とりあえず身体は動かせた。
服はベッドの周りに脱ぎ散らかされていて、テーブルには昨日飲み食いしたカップやらお皿やらが残っている。
昨日交わった後、そのまま寝てしまった証拠だ。
「これ、あんまり良くない酔い方ってヤツかな」
「うん。竜胆君も人前で飲む時はセーブした方がいいかもね」
そういえば、父さんってお酒を飲む頻度は少なかった気がする。
あんまり強くなかったのかもしれないなぁ。その遺伝か。
昔の事を思い出していると、罔象が毛布の中で手を握った。
「でも………すっごい気持ちよかった」
「………僕も」
いつもの興奮とは少し違う。
理性の根本が緩くなったというか、沸き上がった感情がそのまま表に出る感じ。
剥き出しになった心が繋がったような気がして嬉しかった。
その高揚が快楽に繋がって、思い返すだけで胸が高鳴って堪らない。
その胸中を知ってか知らずか、双丘で僕の腕を挟んで抱きつき、耳元で囁いた。
「また一緒に飲もうね」
「罔象………」
耳に侵入してきた艶やかな声が、寝ぼけていた本能を刺激する。
一瞬で湧き上がった衝動に、体が突き動かされた。
繋いだ手を引いて、罔象の上に覆い被さる。彼女の二の腕に手を這わせて、チロッと耳を舐める。
「んっ!………竜胆君、スるの?」
「触れてたい………それだけで、いいから」
耳から首筋へ、首筋から胸元へ、唇を触れさせた。
罔象の体が震えて、熱い吐息が溢れる。
「あっ、あぁっ!………竜胆、君………」
僕の名前を呼んで、そっと頬を撫でる。
それだけで一緒にいるって実感できて、温もりで心が満たされる。
だから、もっと一緒に………
「っと………」
「うわっ!」
それでも酔いが残ったままの寝起きの体を動かせる程、僕はお酒に慣れていなかった。
フラついた体を罔象が咄嗟に受け止めてくれる。
「大丈夫?もう、酔い抜けてないんだから、寝ぼけて無理しないの。朝風呂でも入って、そこでいっぱい抱き合おう」
「………うん」
それしか言えなかった。
パシャンッ
「あぁ〜………」
「どう?多少は良くなった?」
「まぁ、さっきよりは」
湯船の中で大きく伸びをする。
顔も含めて身体を洗ったら、お酒も抜けてだいぶさっぱりした。目も冴えたし、ついでに冷えた体が温まって心地よい。
足の間に罔象が腰掛け、彼女の腰に腕を回して密着すると、僕に背中を預けてくれる。
自然と首筋に顔を埋める様な体勢になり、甘い香りに少し背筋が震えた。
もっと確かに罔象を感じられる様に、後ろからギュッと抱き締める。
「ねぇ、竜胆君って匂いフェチ?」
「えっ?何で急に?」
「昨日ずっと匂い嗅いでたから」
そう、だったか………そうだったな。
ちゃんと記憶はあるんだけど、興奮しすぎていた時だとちょっと曖昧なのはいつものことだ。
「フェチってわけじゃないけど。ごめん、気持ち悪かった?」
「ううん、可愛かったよ」
クスクス笑うと、罔象は僕の鼻先をちょんちょんと突く。
可愛いって………反応に困るなぁ。
罔象が自分の腰に回された手を握り、身体の上を滑らせた。
「竜胆君って酔うとあんな風になるんだね」
「あんまり思い出して欲しくないんだけど」
自分でもかなり変になっていた記憶はあるので、出来れば掘り返されたくないんだが。
「いいじゃんいいじゃん。いっぱいキスしてくれたし、いっぱいハグしてくれたし、いっぱい愛してくれたし、私は嬉しかったよ」
昨日のことを思い出してか、振り返って頬にキスしてくれた。
脚を伸ばして、パシャパシャと軽く水を蹴る。
「何というか………竜胆君って、私のこと好きなんだなぁって思った」
「えっ、普段伝わってない?」
これでも最近は、しっかり想い伝える様にしてるはずなんだけど。伝わりにくかった?
「うーん、そうじゃないけどさ………一緒にいて楽しいって、改めて思ったかな」
「あぁ………」
嬉しいことではあるが、ふと思い出した事と結びついてしまい、中途半端な返事が漏れてしまった。
一緒に、ねぇ………
それは僕だって同じだ。同じだから………
頭に浮かんだ思考を受け止める様に、腕の中にいる罔象を強く抱き締める。
一応昨日とは違い、力加減は出来てるはずだ。
「竜胆君?」
「嫌じゃなかったら、いいかな?」
罔象は目を丸くしたが、僕の目を見て何かを察した様だ。
腕の中でこちらを振り返り、身を預けてくる。
「せっかくなら、向き合ってしようよ」
「………うん」
微笑んだ罔象が僕の身体に腕を回してくれて、向かい合って抱き合う。
お風呂で同じくらい温まって湿った肌が重なり、これだけで繋がったように感じる。心地よくて力が抜ける。
罔象が僕の足の上に座ってる事で、胸元に顔を埋める形になった。
温かい弾力に包まれて、体温がより一層高まるのを感じる。
「頭撫でてあげようか?好きなんでしょ?」
「し、シラフの時は恥ずかしいからいいよ」
さすがにそこまで甘えられるほどの胆力はない。
それでもこうして罔象に身を任せるのは心地よかった。確かに僕達が共にいられてると実感できるから。
胸が高鳴って、安心して、瞼が重くなって………
「………寝るかも」
「えっ⁉︎ちょっと、お風呂で寝ちゃダメだって!ほら、もうあがろう」
そのまま持ち上げられる様にして、僕は罔象とお風呂を出た。
「「ごちそうさまでした」」
お風呂から上がった僕達は、朝ご飯を食べ終わり食器をシンクへと持っていく。
「食器洗っておくよ」
「いいの?」
「お弁当作ってくれてるんだし、これくらいはね」
僕が食器を洗っている隣で、エプロンを着た罔象がお弁当を作ってくれている。
その様子を横目で見ながら、僕は深呼吸して口を開く。
「あのさ、罔象………」
「ん、どうしたの?まだ頭痛い?」
「いや、そうじゃなくて………」
さっきまで普通に話していたはずなのに、いざとなると言葉が出てこない。
チラッと隣を見ると、罔象は手を動かしながら目を丸くしてこちらを見ている。
最後のお皿を洗い終わると、カウンターの席に置いてあるリュックから一枚の封筒を取り出す。
封を開けると中身を取り出して、罔象に差し出した。
「これ、なんだけど………」
「えっと、鍵?」
さすがにこれだけだと何がなんだか分からないようで、罔象は首を傾げた。
本当はこれで察して欲しいんだけど、しっかり言うしかないよなぁ。
「これ、ウチの鍵で………その、罔象に渡したくて………」
「……………えっ?」
そこで僕の意図に気がついたのか、目を見開いて固まる。
「その………一緒に住まない?」
罔象の手が止まった。
僕を見て、鍵を見て、そしてもう一度僕を見る。
突然のことだったからか、ゆっくりと僕の言葉を咀嚼して声を絞り出す。
「えっと、それって……………同棲って、こと?」
「…………まぁ、うん」
それしか言えなかった。俯いたままそっと頷く。
本来なら高校を卒業してしようと思っていた提案で、あの時は自信がなくてできなかった。
それを間違っていたとは思ってない。未熟なまま一緒になっても、お互いに苦しいだけだから。
でも昨日鯨波さんに『これからのことも考えろ』と言われて、自分なりに考えてみた。
成人になったとは言っても僕はまだ学生で、定職にも着いていない。周りから見ればその辺の子供と変わらない。
それでも、やっぱりこれからも罔象と共に過ごしていきたい。
だからたとえ背伸びだとしても、今できることを精一杯やることにした。そのための一歩だ。
「………これから人生どうなるかは分からないし、殺し屋辞めるつもりもないけどさ。真っ当な職には就くつもりだし、罔象を不安にさせる事は………は、話し合いたい。だから………どうかな?」
思いついた言いたい事を一気に捲し立てて、ジッと罔象を見つめる。
自分で勝手な事を言ってるのは分かってる。それでも、今の僕に出来るのはこれくらいだから。
罔象も僕の視線を受け止めて、黒い瞳をこちらに向けた。
嬉しそうで、でもどこか不安げで、それでも僕を捉え続けている。
そして微かに微笑んだ。
「竜胆君の事だし、私から言い出さないとダメかなって思ってたけど………そっかぁ、竜胆君も大人になったんだもんね」
独り言の様に呟いて、罔象は鍵を受け取った。
小さな声なのに、周りの全ての音よりもはっきりと心に響く。
「私も変わらないと、かな」
一歩前に踏み出ると、腕を広げて僕を抱き締める。
昨日と変わらず、強く優しく。
「それじゃあ、一緒に暮らそっか」
いつもと変わらない口調で、僕を宥めるように背中を撫でてくれた。
包み込む様な声音と背筋から流れる温かい感触で、緊張が解けて罔象と目が合う。
恥ずかしさが残っていたため、それを誤魔化すようにどちらともなく唇を触れ合わせた。強く抱き合い互いの温もりに酔いしれる。
「………ありがとう、罔象」
「ふふっ、これからもよろしくね」
一人だと難しいかもしれないが、罔象が一緒にいてくれるんだ。
二人なら支え合える。まずはそこから始めよう。
「それにしても、プロポーズの時はなぁなぁにしようとしてたのに。今回は自分から言ってくれるなんて成長したじゃん。嬉しい〜!」
「こんな時に頭撫でないでよ。って、なんか臭わない?」
「えっ?あぁッ!おかず焦げてる!」
そんなこんなで恥ずかしい気持ちは有耶無耶にして、やや焦げたお弁当も受け取り、僕は大学に行く準備を済ませた。
罔象もこれから開店準備があるし、あんまり長居はできない。
「詳しい事は今夜話し合おう」
「そうね。竜胆君、いってらっしゃい」
「いってきます」
罔象に見送られながら、『Cafe Red Poppy』を出て交差点を渡った。
さっきまで抱き合ってあんなにポカポカだったのに、寒さがもう体に染みる。自然というのは何とも残酷だ。
白い吐息を追いかける様にぼんやりと空を見上げながら、さっきまでの時間を思い出す。
一緒に起きて、シャワーを浴びて、ご飯を食べて。
これが日常になる、かぁ………
「いいねぇ」
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