「罔象、この段ボールここに置いとくよ」
「うん、ありがとう」
寒さはすっかり過ぎ去り、温かくなってきた季節。
僕は罔象の車から降ろした荷物を自分の家の中へと運んでいった。
外に出ながらやるから寒い時期にやるのも嫌は嫌だけど、温かくなってからだと汗ばむからそれはそれでキツい。
成人の日に同棲が決まって数ヶ月後。
お互いに仕事の休みを取れるタイミングを見計らって、罔象は我が家にやってきた。
そもそも一通りの家具はあるため、それ以外の罔象の私物を車に乗せて家の中へと運び込む。
今日一日中で終わりそうなのは助かる。
「あぁ〜、これで全部〜」
「お疲れ様」
段ボールを全て運び終わると、罔象が中身を開けて広げて整理していった。僕は部屋の端っこで段ボール畳み係だ。
せっせと作業をしながら、罔象が部屋を見渡す。
「前来た時はあんまり見るタイミングなかったけど、結構広い部屋だね」
「まぁ、父さんと母さんの部屋だし」
ウチはそんなに部屋がないので、リフォームをしないとなると必然的に罔象の部屋は両親の部屋になった。
当たり前だけど、父さん達が亡くなってから一度も使われていない。というか使う気になれなかった。
だから部屋の中の物も基本的にはそのままで、二人用のベッドや大きめのクローゼット、母さんが使って姿見などは未だに残っている。
まぁシーツとかはもう捨ててたから、ある程度は買い揃えたけどさ。
「せめてベッドだけでも一人用にしておくべきだったかな?」
「竜胆君がこっち来てくれてもいいんだよ?」
「それは………まだいい、かな」
揶揄うように微笑む罔象に、僕は目を逸らす。
それは引っ越す前に話したが、部屋も一緒だと色々意識することが多そうなので別々にした。
まぁいずれ………いずれね。機会があれば。
その時、ズボンのポケットに入れていたスマホが震えた。
「ちょっとごめん」
断ってから確かめると、鯨波さんからだ。
今仕事中のはずなんだけど、どうかしたのかな?
「もしもし、どうかしましたか?」
『おぉ、竜胆。いやなに、引越し作業どうかなって。あんまかかるようなら仕事終わってから手伝いに行こうか?』
「あぁ………いえ、今日中にはあらかた終わりそうなので大丈夫です」
当たり前だけど、鯨波さんには同棲のことは話してある。事後報告という形ではあったが。
特に拒否されることなくすんなり受け入れてくれて、こうしてしばらく仕事を休むことが出来た。
一応バイト先である顋門さんにも話しておいた。散々イジられたけど。
『そっか。こっちは今特に動いてもらう事ないから、ちゃんと生活の準備するんだよ』
『はい。すみませんでした、いきなり仕事休んでしまって』
『別に大丈夫。けどそれはそれとして、家の鍵人に渡すなら一言言って欲しかったけど』
「あぁ………ごめんなさい」
高校卒業した時勝手に作った合鍵、色々面倒だったので鯨波さんには黙っていた。
そうなると当然、勢いで決まった同棲の話も事後報告になるわけで。
さすがに保護者に無断は良くなかったか。
『まぁ、これからのことちゃんと考えろって言ったのは私だし。いつかは一緒に住むと思ってたからいいけどさ』
そう言う鯨波さんの口調はいつになく優しくて。こうして気持ちを見透かされて気を遣われる辺り、まだ自分は子供だと再確認する。
『これからは仕事の話はそっちでしないようにする?あんま聞かれたくないでしょ』
「そうですね、よろしくお願いします」
いくら理解があるからとはいえ、
もっとも
『そんじゃ、まぁ上手くやりなさいよ。旦那さん』
「はいはい………」
もうイジりに取り合う体力も削れているので、適当に返して電話を切った。
そんなこんなで作業をしていたら時間はあっという間に過ぎて、辺りも暗くなっていた。
「罔象、ご飯できたよ。降りて来られる?」
「はーい」
罔象は部屋の整理があるので、必然的に夕ご飯は僕が作った。
ご飯、味噌汁、焼き魚、サラダ………なんか朝ご飯っぽいな。
「おぉ〜!竜胆君にご飯作ってもらうの何気に初めてじゃない?」
「たしかに」
二階から降りてきた罔象が目を丸くする。
そういえば、これまで罔象に作ってもらったり一緒に作ったりはあったけど、僕が作るのは初めてだな。改めて感謝だ。
「「いただきます」」
ご飯を食べながら、まだ話せていなかった家事について話し合う。引越し作業でそれどころじゃなかったし。
「これから夕ご飯どうする?当番にした方がいい?」
「先に帰ってきた方とかでいいんじゃない?まぁそうなると基本的に僕になるけど」
いかんせん大学生なモンで、夕方には家にいることが多い。片や罔象は割と遅くまで
まぁ、仕事がある日は罔象に任せることになるだろうが。
他の家事はどうしたものかと考えていると、目の前に座っている罔象がクスクスと笑っていた。
「何?」
「いやぁ、竜胆君とこんな話をする日が来るなんてねぇ、と」
「あぁ………そうね」
当たり前だけど、これまでこんな話したことなかったし。新生活の始まりの自覚が、今になってジワジワと湧き上がってくる。
「これがこれからの日常かぁ………」
「いつまで続けられるやら」
「いつまでも続くよう、お互い努力しようね」
「善処する」
夕食を食べ終わってから、それぞれお風呂に入る。
「あぁ、さっぱりしたぁ」
髪をタオルで拭きながらフラフラとリビングに向かう。
引越し作業で滲んだ汗もしっかり洗い流し、だいぶさっぱりした。
とはいえ、体の節々に疲労は残ってるわけで。明日筋肉痛になるかもなぁ。
「竜胆君、コーヒー飲もう」
「うん」
先にお風呂に入っていたパジャマ姿の罔象が、キッチンから顔を覗かせた。
これまでは罔象の家でしていたことだが、これからはここでできる。
ということで、わざわざ予備のドリップセット一式持ってきたみたいだ。頭が下がります。
リビングのソファーに座って、脚を伸ばしながらコーヒーを飲む。
いつも当たり前のようにしていたことだけど、それが自分の家………いや、二人の家でだと思うと、中々に不思議な気分だ。
「荷物の整理はどう?」
「ほとんど終わったよ」
母さん達の使っていた収納スペースはとりあえず好きにしていいと言ったが、全部収まったようで良かった。
コーヒーを一口飲むと、罔象はリビングを見渡す。
「なんか実感湧かないねぇ。ここが私の新しい家になるなんて」
「無理して慣れようとしなくていいよ。僕も現実味無いし」
これまでたまに罔象の家に泊まったり、ウチに分が泊まりに来たことはあったが、誰かと住むのは何年振りだろう。
父さんと母さんが亡くなってからだから………12,3年ほどか。
度々鯨波さんが出入りすることはあったけど、泊まることなんて無かったからなぁ。
家そのものは変わってないが、むしろ僕の方が慣れるまで時間がかかりそうだ。
「一緒に住むためのルールってあった方がいいのかな?」
「別に改善点があったらその都度でいいでしょ」
大切なのは過ごしやすい生活をすること。ルールなんて予め決めたら、それを守るための生活になりそうだ。
その辺は焦る必要はないだろう。
「そういえばさ、この家ってよく残ったよね。住人が子供一人って色々無理あったでしょ」
「僕がお願いして、鯨波さんが残してくれたの」
元々親戚が引き取らなかった時点で、僕の居場所はここか幼児施設しかなかったけどね。
それでも子供一人が暮らすなら、マンションの部屋とかに引っ越した方が色々といいのは分かってた。
けどそうはしたくなかったから。
「いつでもしっかり思い出せるようにしたかったんだ。いい思い出も、悪い思い出も」
僕はここで生まれ育って、平凡ではあったけど楽しい時間を過ごすことが出来た。
家族三人でご飯を食べて、テレビを見て、勉強教えてもらって。
そして両親との最後の思い出は、二人の死。母さんは今いるリビングのすぐ近くの玄関で撃たれて、父さんは僕の部屋から落ちて死んだ。
こうして家を見渡せば、その全てが鮮明に思い浮かぶ。
「一人で寂しくなかったの?」
「そんなこと気にする資格は、僕には無いよ」
一人になったのは、僕の弱さが招いたこと。
それに嘆いたところで誰かが助けてくれるわけじゃなかった。
それなら全ての記憶を自分に刻み込んで、自分の正義の糧にする。その方がよっぽど有効だ。
「それに、いつの間にか一人の家じゃなくなってたし」
鯨波さんが残してくれて、東風が遊びにくるようになって、分と勉強して、水鶏が泊まりに来て、そして罔象と住むことになった。
一人のはずだったこの家も、知らず知らずのうちに賑やかになっていたものだ。
そしてきっと、これからもっと………
「そっかぁ………よかったね」
ガラにもなく懐かしんでいたが、罔象は微笑んで甘えるように僕の肩に頭を乗せる。
「ねぇ、明日買い物に行かない?一緒で住むために必要なものとか買おうよ」
「別にいいけど、何か必要なものある?今のままで充分だと思うけど」
「それはそうだけど………普通にデートしたいの!」
「あぁ、そういうことね」
それなら大歓迎だ。
引っ越ししてしばらくは生活を安定させるため、お互いに一応休みを長めに取ってある。
最近出来てなかったし、一日ゆっくりデートするのもいいな。
ざっくりと行きたい場所を話してる内に、気がつけば日付もそろそろ変わる時間になっていた。
「それじゃあそろそろ寝るか」
明日出かけるなら、もう寝た方がいいだろう。
使ったカップを片付けて部屋に入ろうとすると、罔象が僕の袖を掴んだ。
「ねぇ。部屋分けておいてアレだけどさ、今日一緒に寝ない?」
「えっ?」
「その………同棲始めた記念、みたいな」
やや恥ずかしそうに身を竦めながらも、罔象は袖を掴む手を滑らせて手を握る。
お風呂から上がってしばらく経ってるはずなのに、その手は熱かった。
「いいかな?」
「まぁ………うん」
せっかくなら広い方で、ということで寝るのは父さん達の部屋、もとい罔象の部屋になった。
「竜胆君は、ここで寝たことあるの?」
「昔何回かあった………はず」
子供の頃に家族三人で寝た記憶があるのだが、まさか恋人と寝る日が来るとはなぁ。
ベッドに入り横になると、妙な緊張感があった。
これまで一緒に寝ることは何度もあったはずなのに。場所の問題だろうか。
そんなことを考えて微睡んでいると、罔象がこちらへ手を伸ばした。
「ねぇ、もっと近く来て寝よう?」
「えっ?いや………それじゃあ広いベッドの意味が………」
「いいじゃん。ほ〜ら」
僕の腕を引くと、罔象は自分の元へと距離を縮めた。
腕を回されて抱きしめられてるおかげで、罔象の柔らかくしなやかな身体の感触と温もり、いい匂いが心をざわつかせる。
「せっかく隣にいるんだもん。近くにいてよ」
「………うん」
耳元で囁かれて、僕も罔象に身を預ける。ベッドの中で脚が絡み合い、お互いの身体に回した手がモゾモゾと動く。
触れ合うことで身体が熱くなるが、隣で横になってることの安心感がそれを和らげる。
「暑苦しくない?」
「全然。竜胆君の身体、ポカポカしてて気持ちいいよ」
軽く唇を触れ合わせると、罔象が子供をあやすように背中を撫でてくれた。
心の底から安心感が滲み出るが、何だかされたままだと甘えんぼみたいで恥ずかしい。
せめてもの抵抗として小さく呟く。
「罔象………改めて、これからよろしく」
「うん、よろしく」
最後まで読んでいただきありがとうございました。
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