罔象と同棲を始めて数ヶ月が経った。
大きく変化した生活にも慣れてきて、今のところは順調と言っていいだろう。
「罔象、おはよー」
「おはよう。竜胆君」
パジャマのままののそのそと部屋を出ると、既に着替えてシャキッとした罔象が顔を出した。
同じ時間に起きていて、この覚醒の違いは何なのだろう。
お互い起きる時間はいつも同じか、罔象が少し早いくらい。
僕は大学が一限から無いなら、もう少しゆっくりしててもいいんだけど、それだと朝の家事を任せっぱなしになるから申し訳ない。
罔象が朝ご飯を作ってくれている間に、僕は洗濯物を干す。ついでにゴミの日でもあるので、ゴミの回収もした。
「ゴミ出し行って来るね」
「待った待った待った」
若干眠い目を擦りながら家を出ようとする前に、罔象に呼び止められた。
「まだ時間あるから、せめて着替えて行きなよ。あとこの寝癖も少しは治そうね」
そう言いながら、僕の頭をくしゃくしゃと撫でて寝癖を治してくれた。
「別にこのままで良くない?」
「今日どうせバイトあるんでしょ?どの道着替えるんだからさ」
「はーい」
ゴミ捨て場はすぐそこなので、そんなに気にしなくてもいいと思うんだが。
とりあえず私服に着替えて、改めて家を出る。ゴミ出しから戻って来る頃には,朝ご飯ができていた。
「「いただきます」」
二人で食卓を挟んで手を合わせる。
ご飯は出来るだけ一緒に食べたい。それは僕達二人とも同じだったので、可能な限り合わせるようにしている。
「竜胆君、今日バイトあるんだっけ?」
「うん。4時くらいには帰るよ」
今日は罔象はお店がお休みなんだと。それでも僕に合わせて起きてくれて、お弁当を作ってくれるので感謝しかない。
「罔象は今日どうするの?」
「午前はお店のメニュー開発。午後はクローゼットの奥にある物置の掃除しようかなって。これから使えた方がいいでしょ?」
「あぁ、たしかに」
罔象はこっちに引っ越してきて、自分が普段使うスペースの整理で精一杯だった。だから自分の部屋も手付かずの所がいくつかある。
けどこれから過ごすなら、ある程度は自分の好きなように整理しておきたいだろう。
「なんかこういう会話も、すっかり日常って感じになってきたね」
「そうね」
最初の方は、新しい生活とこれまでの生活の擦り合わせに戸惑うこともあった。
僕は夜型、罔象は朝型。いかんせんお互い生活のスタイルがバラバラなので。
これだけ長いこと付き合っていても、まだお互いのこと全然知らなかったんだなと、改めて思わされた。
結果としては僕はキチッとした生活習慣になることで、うまいこと収まった気がする。慣れれば大したことない。
「もうちょっと竜胆君グダグダな生活のイメージあったし、私に合わせるの大変だと思ったよ」
「いや、実際グダグダだったって」
起きる時間もまばらで、朝ご飯だって食べるかどうか怪しかったし。
それじゃあ何でこんなに早く順応したかと言うと………
「意外なとこで、
「私としては微妙な気分だけどね」
そう。長期休みの時に過ごした分との生活。それが結構罔象の生活習慣に近かったのだ。
おかげで罔象の生活習慣に難なく順応することが出来た。
まぁ元は同じ家で育ったんだし、似ていても不思議ではないが。
人と暮らすということで、何となく合わせてキチッとした生活を送っていたが、まさかこんな所で役立つとは。
「けど、これでもう分を泊めなくていいでしょ?私が家事するんだし」
「あぁ、そうね………」
そういや、その辺何も考えてなかったや。
でも罔象の言うとおり、家事はもう分担で何とかなってるし、勉強にしたってわざわざ泊めてまで教えるってほどでもない。
断るのも面倒で惰性で続けてたけど、これも考えないとか。
まぁなるようになるかなぁ………
「言っておくけど、竜胆君から言わないとあの子来るよ?」
「だよねぇ」
目を細めた罔象に心を読まれて、頷くしかなかった。
そもそも妹とはいえ、これまで異性を家に泊めてたことを許容されてる時点で寛容だったのだ。
春休みは罔象との生活を整えること優先で断れたが、そろそろ何とかしないとか。
朝ごはんを食べ終わると、二人で後片付けを済ませる。
大学に行く時間なのでリュックを背負って部屋を出ると、罔象がお弁当を渡してくれた。
「はい、竜胆君。お弁当」
「ありがとう。行ってきます」
「いってらっしゃい」
本当はバイトの時間はもっと先なんだが、早く出たのには理由がある。
罔象と住むようになったこともあり、仕事の話し合いはウチでやらなくなった。
これまでだと鯨波さんからの依頼はウチで話すこともあったが、今はまとめて顋門さんが引き受けてバイトの前に話してる。
その話をすることもあるから、バイトの時間よりも少し早めに家を出るのだ。
受けた依頼を確認してから、いつも通り店番をして、少しだけ早く帰ることができた。
「ただいまー」
「あっ、おかえり」
家に帰ると、2階から罔象の声がした。自室にいるのかな。
いつもなら早めに夕ご飯の支度してたり、テレビを見ていたりするので珍しい。
すると、その直後罔象の部屋からガタガタと音がした。こんな夕方に何してるんだ?
「ねぇ、ちょっと来て」
罔象が階段から顔を覗かせて手招きする。
なんだ帰ってきて早々に。
言われるがままに罔象の部屋に入ると、扉のすぐ近くに段ボールがいくつか置いてあった。
薄らと埃を被っており、罔象の物じゃないのは確かだろう。
「これどうしたの?」
「クローゼットの奥掃除してたら置いてあったの。ご両親の物じゃない?」
あぁ、たしかに母さん達の物のいくつかは、亡くなった後まともに整理することもしなかった。というかそんな気も起きなかった。
だからほとんどは捨てて、どうしても残したかった物は、物置に押し込んだ気もする。
「これ何?」
「たぶんこれは………」
段ボールを開けてみると、予想通り。
中身は大量の絵本。昔よく読んでいたものばかりだ。
「すごい、結構あるね」
「半分母さんの趣味だよ。好きな作家さんの絵本とか買ってたから、よく読んでくれてた」
趣味の物と僕に読ませたい物。同じ本棚に置くから、僕も興味本位で読んだりもして。
僕が本をよく読むのも、思い返せば母さんの影響かもしれない。
「懐かしいなぁ」
母さん達が亡くなってから、何となく読む気がなくなって。見ていて昔を思い出す辛さから、物置に押し込んだんだ。
「ねぇ、これ読んでみてもいいかな?」
いくつか絵本を引っ張り出して眺めていると、隣に罔象がしゃがみ込んて振り向く。
読むって、この絵本を?
「えっ、別にいいけど」
「それじゃあ、夕ご飯の後に読もうっと。ほら、手洗っておいで」
罔象もこういう絵本とか好きなのかな?
やや疑問は残りながらも、流されるように洗面所に向かった。
夕ご飯を食べ終わり、先にお風呂に入った罔象は、そのまま自分の部屋に篭った。絵本読んでるのかな。
珍しく夜のコーヒーのない時間だが、まぁたまにはいいだろう。
推しの配信でも見ながらゴロゴロしてようかと立ち上がった時、部屋の扉が叩かれて、罔象が顔を覗かせる。
「竜胆君、今から時間ある?」
「大丈夫だけど、どうかした?」
今からコーヒータイムってわけでもないだろう。
すると罔象が持っていた絵本をこちらに見せた。
「今からさ、読み聞かせしていい?」
「………はっ?」
言ってる意味が分からず、首を傾げた。
読み聞かせ?この歳で?
「何で?」
「面白い本がいっぱいだったから、一緒に読みたいなって。どうかな?」
「えぇ………いいけど」
戸惑ったまま特に断る理由も思いつかず、結果的に受け入れた。
何故だか罔象はウキウキだし、まぁいいか。
「ここでするの?」
「うーん、ベッドとかでいいんじゃない?」
「それじゃあそこか」
僕に聞かれてもさ。
読み聞かせなんて小学生に入る前にしなくなったし、どんな感じだったかも朧げだってのに。
というわけで、罔象が僕のベッドに入った。自分の脚をポンと叩く。
「ほら、おいで」
誘われるがままにベッドに入ると、罔象に抱き寄せられた。脚の間に座らせられて、後ろから腕を回される。
「ちょ、この体勢なの?」
「お母さんが昔読み聞かせしてくれた時、こういう感じだったよ」
「そ、そうかもしれないけど………」
別に辛い体勢ってわけじゃないが、完全に子供扱いじゃないか。
それにこの体勢だと、背中に罔象の柔らかい双丘が押し付けられて、少し恥ずかしい。
たぶん、下着つけてないんだろうなぁ。
「暑苦しくない?」
「大丈夫、だけど………」
「よかった。それじゃあ始まり始まり〜」
内心を悟らせないように目を逸らしていると、罔象が絵本を開いた。
持って来た絵本は『十二支の始まり』。母さんの買ってくれた絵本の中でも、結構古い物の一つだ。
当然話も知ってるから、久しぶりに聴いて懐かしい気もする一方、罔象に読んでもらうことの新鮮味もある。
そんな不思議が感覚に揺られながら、紡がれる物語に耳を傾ける。
「………こうして騙された猫は、ねずみを見るたびに追いかけ回すようになりましたとさ。めでたしめでたし」
「おぉ………」
時折突っかかったりはしたものの、最後まで読んだ罔象は、絵本を閉じた。自然と拍手してしまう。
「どうだった?」
「うーん………読み聞かせって、こんなだったなぁって感じかな」
この独特な空気感は、本だからだろうか。映画とか動画を誰かと観る時とは少しだけ違う。
この空間だからこその、本の楽しみがあった。
「寝る前に、今日はこの本がいいってねだったりとかあったっけ」
「そうそう。途中で母さんが眠くなってさ、早く続き読んでってせがんだりして」
「私もあった気がするなぁ」
これまであんまり気にしてこなかった記憶が、フワッと浮かんでは頭の中に染み込んでいくようだ。
思考に意識が集中して身体が凝りそうだったので、脚をグッと伸ばす。
「ねぇ、竜胆君」
「ん、何?」
振り向こうとする前に、罔象が僕の首筋に顔を埋めた。
ジワッと熱が広がり、小さな声が吐息と共に首筋から全身へと伝播していく。
「話せたらでいいからさ。またご両親の話とか聞かせてよ」
「あぁ………うん」
その一言で、何で罔象がこんなことをしたのか分かった気がした。
身体に回された手をそっと撫でると、罔象の方から握ってくれる。
お互いの手をスリスリと撫でて、程よい温もりと触れ合う心地良さが心を満たす。
罔象に身体を預けて話している内に、段々と眠くなってきた。
「眠くなってきた?」
「………うん」
「このまま寝てもいいよ。私はもうちょっとむぎゅ〜ってしてから寝るから」
そう言って罔象は、僕の背中をポンポンと優しく叩いた。心地よくて、さらに眠気が加速する。
寝るって、ここで寝るのかな?
疑問は湧くが、聞くのも面倒なので、まぁいいやと放棄した。
「うん………おやすみ」
「おやすみ」
最後まで読んでいただきありがとうございました。
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