夏休みの最中、誰かがウチに来ていたので、誰かと思って見てみたらそれは雛罌粟さんだった。
久しぶりに会う雛罌粟さんの格好はいつもの喫茶店で働いている時のエプロン姿ではなく、ラフで動きやすそうなキャミソールにショートパンツだった。手には小さめのバッグを持っている。
この暑い最中のための服装かな?髪型はいつも通りのハーフアップだった。
全てを包み込むような優しい笑顔でどこかの漫画のワンシーンのような事を言ってくれた。人によってはこれ一発で落とされる人もいるだろう。
そんな場面を目の当たりにした僕は────────家のドアを思いっきり閉めた。
「えっ⁉︎ちょ、ちょっと竜胆君⁉︎私、私だよ!罔象だよ‼︎なんでいきなり閉めちゃうの⁉︎」
僕の行動に焦った雛罌粟さんはオロオロしながら、ドアの向こうで叫んでいる。
おっといけない。ついつい。僕は急いでドアを開けた。
「すみません。いきなり非現実的な状況に陥ったので、それに対する拒絶反応とつい美人局かもという疑いで閉めてしまいました」
「もう、失礼ね。いきなり来たのは悪かったけど、そんな閉めなくてもいいでしょ」
「あはは、何ぶん警戒心が強いもので」
頬を膨らませる雛罌粟さんに僕は笑いかけた。いやあんなのいきなり見せられたら誰でもビックリするって。
「久しぶり、ってほどでもないか。とりあえずこんにちは」
「は、はぁ、どうも」
未だによく分からない展開に僕は思わず呆然と変な返事をしてしまった。それから少し深呼吸して落ち着いた。
「雛罌粟さん、突然どうかしたんですか?」
突然の訪問に僕は驚いて尋ねた。なんでここにいるんだ?というか何しに来たんだ?
「あ、うん、ちょっと用があって、ね」
それなら連絡くらいしてくれればいいのに。突然やって来てどこぞの少女漫画のセリフみたいなこと言われたから結構焦ったよ。
「えっと………ここで話すのもアレなんで入ってください」
「え?でも、いいの?勝手に入っちゃって。邪魔にならない?」
「こんな暑い中で話すよりかは全然マシなんで大丈夫です。どうぞ」
正直こうやってちょっと外に出ただけで日光が厳しい。早く部屋の中に戻りたいからな。
「それなら………お邪魔します」
雛罌粟さんは遠慮がちに僕の家に入っていった、というか前に一回入ってるんだからそこまて気にしなくてもよくないか?
玄関からリビングへと移動すると、僕は雛罌粟さんに尋ねた。
「それで何の用ですか?あなたがここに来るなんて珍しいですね」
僕はリビングに雛罌粟さんを招くと早速聞いてみた。僕が雛罌粟さんの所に行くならいつもの事なんだけどな。
「実は昨日まで実家に帰ってたんだけどね。はい、これお土産。よかったらどうぞ」
そう言って雛罌粟さんはバッグの中から何かの箱を取り出すと、それを僕に手渡した。
それはどうやら駅とかで売ってるようなおまんじゅうだった。お〜、おまんじゅうなんて久しぶりに見たな。一人だと食べることもないしね。
「あ、ありがとうございます。でもこの時間にここに来てていいんですか?お店は大丈夫なんですか?」
「お店は明後日まで夏季休業中。だからその間に実家に帰ってたの」
はぁ、なるほどね。まぁお土産はありがたく貰っておこう。今日のおやつにでも食べようかな。
「というかそれなら僕がそっちに行った時に渡せばよかったじゃないですか。わざわざここに来なくても」
『Cafe Red Poppy』からここまで遠くはないにしても、そこまで近いというわけではない。わざわざお土産渡すためだけに来なくてもよかったでしょ。
「それは………ほら、ダメになりやすいから早めに渡したくてさ」
雛罌粟さんは少し目を泳がせた後にそう言った。ん?どうしたんだ?何か聞いちゃマズい事でもあったかな?
「そ、それにしても、君の様子は相変わらずみたいね。すごい生活してるんだね」
少し焦ったような雛罌粟さんが分かりやすく話題を変えてきた。何だったんだ?まぁ面倒だから乗っておくか。
「そんなに変ですか?僕としてはいつも通りなんですけど」
「家中のカーテンを朝から閉めて部屋の明かりを消してるのは普通じゃないと思うよ。少なくとも私の中では」
そういうものなのか?別にウチの電球は白熱灯じゃないから関係ないんだけどさ、どうしても明かりがあると暑く感じてしまう。
これなら少し暑く感じなくなるし、周りとほとんど距離を取ることが出来る。僕はこの環境は結構好きなんだけどなぁ。
「これじゃあ朝か夜かも分かりづらいでしょ?」
「それがいいところなんですよ」
現代の人はどうしても反射的に時間による周りの変化を気にしてしまうからな。
心置きなくゲームを楽しむにはこうやって周りからシャットアウトしてしまうのが一番だ。
「それに君何となく顔色悪そうに見えるけど大丈夫?元々あった隈がより濃くなってるような……」
「まぁ何日か寝てないんでね。それはそうでしょう」
趣味に入り浸る長期休みは寝る時間すらも惜しいのだ。削れる睡眠時間は極力削る。
「寝てないの⁉︎それじゃ身体壊しちゃうよ。ちょっとでもいいからちゃんと寝ないと」
「大丈夫ですよ。人間は本当にシンドくなったら自動的に寝れるように出来てるんですから。知らないんですか?」
「それって寝るんじゃなくて過労によって気絶するって事じゃない?」
僕にとっては同じ事のようなものだ。結果として倒れ込むのは同じなんだから。
大体休みなんだからちょっとくらい身体壊しても問題ないだろ。若いんだからすぐ治るって。
「こういうのはあんまり心配しない方がいいですよ。この季節にはどうしても気分が優れませんからね。一々気にしてたらやってられませんよ」
僕はそう言ってお土産をテーブルの上に置こうとすると、雛罌粟さんに肩を掴まれてグイッと振り向かせられた。
すると雛罌粟さんが僕の頬に手を添えて、至近距離で僕の顔を覗き込んできた。鼻と鼻が触れ合いそうなほど近い距離だった。
思わずたじろいだ僕を気にする事もなく、雛罌粟さんは長いまつ毛の生えた目で僕のことをじっくりと見つめてくる。
「ひ、雛罌粟さん⁉︎ちょ、何やってるんですか⁉︎」
僕はどうする事も出来なくて、ただジッと見てくる雛罌粟さんを見つめていた。
陶磁器のような白い肌、ぱっちりとした両目にスッと整った鼻先。そしてプルプルと柔らかそうな唇。どれもこれも思わず食いつきたくなるようなものばかりだ。
「うん、今のところは何ともないみたいだけど………ってあれ?顔赤くなってるね。夏風邪?」
雛罌粟さんは僕の頬に添えていた右手を僕のおでこに触れさせた。しっとりとした肌の感触がムズムズと伝わってくる。
「だ、大丈夫ですよ、いつも通りです」
僕は雛罌粟さんの手から逃れると答えた。はぁ、恥ずかしかった。
雛罌粟さんは綺麗だからなぁ、つい恥ずかしくなってしまう。それはどんなに関係が変わっても変えられないかもしれない。
雛罌粟さんから逃れると、僕はつい彼女の格好に魅入ってしまう。
暑いからこその格好なんだろうけど、ちょっと肌の露出が多くて目が離せなくなってしまった。
いつもとは違う髪型から覗く生毛の生えたうなじは扇情的で、ショートパンツからはむにむにしてそうな太腿が露わになっている。肩や鎖骨の辺りは剥き出しになっていて、その豊満な胸が服を押し上げているためにその下の胸元がチラッと………
「ちょ、ちょっとどこ見てるのよ……」
僕の視線に気がついた雛罌粟さんは、恥ずかしそうに腕を交差させて胸元を隠した。僕の方をジト目で見てくる。
「あ、す、すみません!あの……その………つい」
僕は急いで謝った。気分悪くさせちゃったな。つい目がそっちに向いてしまう。
「そ、そういうのは……まだ早いよ。………そういうのは夜に……」
「え?」
雛罌粟さんの言った言葉を僕は思わず聞き返してしまった。雛罌粟さんの顔は赤くなったままだ。
しばらくして雛罌粟さんはハッとして慌て始めた。
「あ、あくまでやるならって話ね!別に期待してたとかそういうんじゃなくて!その……そ、そう可能性の話!」
雛罌粟さんはあたふたしながら何とか弁解しようとしている。正直ちょっと可愛いな。
うっすら汗ばんでいるためか肌はしっとりとしていて艶かしい雰囲気があった。それだけでもうっかりしてると雰囲気に飲まれてしまいそうだ。というかもう若干飲まれてる。
「えっと………とりあえずお土産ありがとうございました」
「あ……うん。あ、あのさ、ちょっと相談なんだけどいいかな?」
雛罌粟さんがこちらを向いて尋ねてきた。何だろう?
「いいですけど、何ですか?」
「その……君は、今日一日時間があるの?」
今日一日かぁ。そうだなぁ………
「今のところはそうですね。それがどうかしましたか?一応言っておきますけど、夏場の労働力とかなら期待しない方がいいですよ」
「ち、違うよ。ちょっとお誘いって感じなんだけど………あ!その変な意味じゃないよ!普通のお出かけのね!」
いや、僕何も言ってないんだけどなぁ。まぁちょっと期待してなかったわけでもないけど。
「それで今度はどこですか?こんな外だから日中はご遠慮願いたいところなんですが」
「もちろん分かってるよ。だから………花火大会に行こうよ」
最後まで読んでいただきありがとうございました。