さてと、そろそろ時間かな。
そう思った僕は準備をすると家を出た。向かう先は『Cafe Red Poppy』だ。
雛罌粟さんが出て行ってから思い出したんだが、僕達待ち合わせ時間を決めたのはよかったけど待ち合わせ場所を決めていなかった。
こういうところから僕の人とのお出かけ経験の少なさがバレるなぁ。まぁ気にしてないけど。
とりあえず『Cafe Red Poppy』ならまだ雛罌粟さんがいるだろうと思って、彼女を迎えに行こうというわけだ。
それにしても普段はあんまり人が通らないような所まで結構人がいるな。全員花火大会が目的だろうか。めっちゃいるじゃん。うるさいとか以前に人混みに酔わないか心配だな。
僕はシュッシュッと人混みをかき分けながら『Cafe Red Poppy』を目指した。
ヤバいな、思ったより人が多いから待ち合わせ時間通りに到着出来るか怪しくなってきた。
どうやらこの辺の人達以外にも、他所から来てる人もそれなりにいるみたいだな。何人か道に迷ってるよ。
まぁそんな人達を構ってやれるほど暇ではないので、僕はズンズンと進んでいく。
人混みもちょっとだけど少なくなってきたし、少し走るかな。時間無いし。
そう思って走り出した矢先にドンっと僕は誰かとぶつかった。どうやら女性のようだった。長い黒髪がフワッとなびいた。
「ご、ごめんなさい!大丈夫ですか?」
「まぁ、はい」
女性は慌てたように僕を気遣ってくれたが、初対面の人に陽気に答えられるほど僕のコミュニケーション能力は高くない。つい淡白な口調になってしまった。
といってもこんな所で時間を食ってる暇はないので、無視してさっさと………ってあれ?この声ってもしかして……。
そう思って顔を上げると、目の前には予想通りの人の顔があった。
「雛罌粟さん!」
「え、竜胆君?何でここにいるの?」
いやそれはこっちのセリフなんだけどなぁ。そう言おうとして僕は彼女の姿を見て言葉が出せなかった。
一言で言うならとんでもない美人が目の前にいた。
雛罌粟さんの格好は花火大会にちょうどいい浴衣姿だった。まぁ実際には結構珍しい格好だったけど。
浴衣は水色を主体としていて、紫の朝顔が描かれていた。それは夏のひと時の景色を表しているようだ。それを頭の花の髪飾りがより一層引き立てている。
その姿は艶やかでありつつ、見ているだけで清涼感がある。そしてその雰囲気が雛罌粟さんにとても似合っていた。
髪型はいつものハーフアップではなく、お団子状にまとめてて浴衣に合った髪型だった。艶のある黒髪が浴衣の魅力をより一層引き立てているのは明らかだった。
特に化粧をしているようには見えないけど、その姿はどこかの絵から抜け出してきたかのように美しかった。
手には団扇とシートの入った袋があった。団扇可愛い柄してるな。
その姿に僕は雛罌粟さんに見惚れたまま、しばらく声を出す事が出来ずに棒立ちしていた。
実際のの浴衣姿なんて初めて初めて見たけど、こんなにも映えるものだったんだな。
「えっと………竜胆君?どうかした?」
「え?あ!い、いえ……だ、大丈夫です!」
雛罌粟さんの声にハッとした僕は慌てて答えた。人をジッと見るなんて失礼だったな。というか雛罌粟さんと会うと毎回こんなだ。
「あ、そう?体調悪くなったら言ってね?人が多いから君酔いそうだからね」
よく分かっていらっしゃる。
「まぁ大丈夫ですよ。これくらいなら何とかなる……はずですから」
「確実じゃないんだ。まぁいいや、無理はしないでね。それで、竜胆君はなんでここにいたの?」
雛罌粟さんが呆れながら聞いてきた。気遣いは嬉しいけどなんか情けないな。
「えっと、待ち合わせ場所決めてなかったなって思いまして、雛罌粟さんを迎えに行こうと向かっていたんですが………雛罌粟さんこそなんでここに?」
「私も。さっき思い出して迎えに行こうとしてたところ」
なるほどね。それでばったり出会したわけだ。何という偶然。
まぁ『Cafe Red Poppy』から僕の家への道なんて限られてるから、別に変なことじゃないんだけどさ。
「それにしてもちょうど残念だなぁ。せっかく浴衣着てきたからちゃんとした所で披露したかったのに」
雛罌粟さんが残念そうに呟いた。あ、もしかして……
「昼間に言ってた準備ってそれの事だったんですか?」
「まぁね、着付けがまだちょっと心配で。実家に帰った時に持ってきたんだけど、元々お母さんのものでね。もう使わないから持ってけって」
ふーん、というが今のこのご時世浴衣をちゃんと持っている家ってあるんだな。成人式の着物だってレンタルの時代なのに。
「君に見せたくて着てきたんだけど、ちゃんとした所で見せたかったなぁ」
「別にそんな必要はないですよ。その………すごく綺麗、ですから」
僕がそう言うと雛罌粟さんは顔を耳まで赤くさせて俯いてしまった。ヤバい、つい本音が。
「あ、ありがと……」
「べ、別に本音ですし……」
ちょ、ただでさえ恥ずかしいの我慢してるんだからその反応はやめて欲しいんだけど。
「そ、それじゃあ、このまま行きますか」
これ以上妙な空気になってもやりにくいので僕は話の方向を変えた。やっぱり慣れないんだよなぁ。
僕達はそのまま街の通りを歩いていった。いつもはガランとしている街の通りも今日は人で溢れかえっている。
「えっと……それじゃあこれからどうしますか?」
「そうね……君の連れて行ってくれる場所ってここから遠いの?」
ここからか………どうだったかな?
「たぶんそこまで遠くないですよ。少なくとも今すぐ行く必要はありませんね」
「そっか、それならちょっと出店見ていかない?これも花火大会の醍醐味でしょ?」
それもそうだな。というかそれを考えて今回一緒に行くって決めたわけだし。
「分かりました。それなら……向こうの神社ですね。行きますか」
僕は方向を決めるとそこに向かって歩いていった。そこまで遠くはないはずだ。
僕は人混みの中をすり抜けながら前へと進んでいく。人混みが苦手だからこそ身につけたスキルだ。
あ、でも雛罌粟さんはどうなんだろうか?ちゃんとついて来られてるかな?
そう思って振り返ってみると
「ちょ、竜胆君!置いていかないでよぉ〜!」
バッチリ遅れていた。雛罌粟さんは人混みの中に埋れかかっている。
ヤバッ、置いてきちゃったか。いつもこういう時は自分のペースで進んでいたからな。人に合わせるということをしたことが無い。
仕方ないか。僕は一旦雛罌粟さんの元に向かった。
「君歩くの早いね」
「それはどうも。それより大丈夫ですか?どこか傷ついたりしてませんか?」
これだけの人混みの中にいると浴衣とか傷つけそうで怖いんだけどなぁ。何とかしてあげたい。
「大丈夫みたい。ごめんね、私のせいで遅くなっちゃって」
「いえ、僕も置いて行ってしまってすみません。でも、どうしますかね?このままだと着くのに結構時間かかりますよ」
花火のための移動もあるから早めに屋台に行きたいんだけどなぁ。どうしようか?
「それなら私が君にくっついて行くようにするから大丈夫だよ。気にしないで」
「そうは言ってもこんな所じゃついて行くのも精一杯でしょう?それなら回り道した方が」
ここからならまだ人が通っていない道があったはずだ。神社からは遠くなってしまうが、仕方ないだろう。
「えっと………それなら、さ。これでいい?」
雛罌粟さんはそう言うとギュッと僕の右手を握ってきた。そっと指を絡める。
柔らかくて暖かいものに、手の全体を包み込まれているような感覚になり思わずドキッとしてしまう。
「は、はい」
突然の事に僕が戸惑いながら答えると、雛罌粟さんは恥ずかしそうにしながらも嬉しそうに笑っていた。
これまで僕は二、三回ほど雛罌粟さんと手を繋いだことがあった。でも大体その後にシたり眠ったりと、繋ぐこと自体だけを感じる事は無かった。
もちろん街中でそんな事をするわけはないので、そうなるとしばらくはこのままってわけだ。それなりの時間手を繋ぐのは初めてか。
ちょっと緊張しながらも、これしか方法が無いので仕方がない。僕は恥ずかしいのを耐えながら、雛罌粟さんと一緒に人混みの中を進んで行った。
人混みの中を歩いている間、僕達は特に話したりはしなかった。お互い緊張してしまったな。僕は前を向いてひたすら歩いた。
「きゃっ!」
すると後ろから雛罌粟さんの小さな悲鳴が聞こえた。どうしたんだ?
「どうかしましたか?」
「あ、大丈夫だよ。ちょっと人とぶつかってビックリしただけだから」
僕が振り返って尋ねると、雛罌粟さんは問題無さそうに答えた。これでもやっぱり危険なものは危険かぁ。
「大丈夫ならいいですけど、気をつけてくださいね。僕から離れないでくださいよ」
一応スリとはいる可能性も否定出来ないからな。あんまり離れられるとその辺の注意がしづらくなってしまう。
実を言うと、この辺あんまり治安が良いとは言えないんだよ。
「うん………それなら、こうしようかな」
すると雛罌粟さんは右手を僕の右腕に絡ませてきた。それからギュッと僕の右腕に抱きついてくる。
ふにょんと感じられた柔らかい胸の感触に、思わず顔が熱くなる。
「これなら大丈夫……だよね?」
「まぁ……はい」
僕達はお互いに赤面しながらも人混みの中を進んで行った。
ただ人混みよりも腕の方に意識がいっちゃって何度か転びかけたのは、雛罌粟さんに悟られないようにしたけどね。
最後まで読んでいただきありがとうございました。