次々と打ち上がっていく花火を、僕と雛罌粟さんは並んで眺めていた。様々な色の花火が空で弾けている。
いつもは見ない光景だからかお互い話すことはなく、ただボーッと眺めていた。それでも僕達はちゃんと手を繋いでいた。正直まだ恥ずかしい。
それにしても花火をこうやってジッと見たのは久しぶりだなぁ。大体家でちょっと見るくらいだ。普段学校だと外の景色を見てることが多いんだけどな。
僕はふと隣を見た。そこでは雛罌粟さんが楽しそうに空を見上げていた。
浴衣姿なこともあり、その姿は背景の花火ととても似合っていて画になっていた。
こんな人が僕なんかを好きになってくれたなんて今でも信じられないよなぁ。ちゃんと探せば僕なんかよりも見合った人がいるのに。
いつも僕が喫茶店に行くと笑顔で迎えてくれて、コーヒーを出してくれる。そしてこうやって僕を色んなことに誘ってくれる。
店では大人っぽいけど、こういう時は子供のように楽しんだり甘えたりする。僕を優しく包み込んでくれる時もあれば、縮こまるように恥ずかしがる時もある。
そそっかしいところもあるけど努力を惜しまない。そして上からでも下からでもない。僕と同じ目線で向き合おうとしてくれている。
僕の周りにはいなかったな、こういう人。みんな僕を色眼鏡で見て、腫れ物を扱うようにしてくる。第三者から見たら当たり前なのかもしれないのかな。
まぁ僕の事情を知らないからってのもあるんだろうけどさ。
それでも僕にはそれが嬉しかった。こうやって近くに彼女がいてくれると結構落ち着くんだよな。
何となくだけど僕が求めていた大人ってのはこういう人なんだろうな。だからこうやって一緒にいたいと思う。
大人はもう信じられないと思ってたけど、雛罌粟さんなら信じられるんだよね。それも意識しなくても。
もしかしたら雛罌粟さんも僕と同じように、周りから変な目で見られたことがあったのかな。事情があるのは知ってるけど。
一度そういう目で見られると、それ以降周りの目が全てそういう目に見えてしまう。
だからこそ人と関わるのが面倒になるし、だからこそ一緒にいる人はそんなことにさせたくない。近くで同じ目線でいたい。
その存在を無くしたくない、いつまでもいて欲しいと思う。
それが甘えだの依存だの言うならそれでもいい。僕は雛罌粟さんが拒絶しない限りこの関係を貫きたい。どんなダメで歪な関係でも彼女といたい。
正直初めにこの関係になった時、雛罌粟さんを僕の事情に巻き込んでしまってるように思った。僕の事情はそんな簡単に人を巻き込んでいいものじゃない。
それでも一緒にいるうちにそんなこと気にならなくなっていた。そもそもそれを同一視するのが違ったんだ。
元は同じでも僕の事情と雛罌粟さんは別ものなんだ。
本当に同じなら今この瞬間、雛罌粟さんがこんな笑顔をしているなんてあり得ないだろうからな。
もし僕の事情を雛罌粟さんが知ったらどういう反応するのかな?他の大人みたいに僕を変な人のように扱うのかな?
……いや、それは無いか。雛罌粟さんのそんなところ全く想像出来ないや。そんなこと疑うだけ無駄だ。
きっといつも通り僕を出迎えてくれて、美味しいコーヒーを淹れながら他愛無い話をしてくれるんだろうな。
本当に尊敬出来る人だよ。
何があったか知らないけど雛罌粟さんはちゃんと前を向いているんだもんなぁ。一人で喫茶店を切り盛りしてて人とも関わっている。
僕がアレからやったことなんて、ずっとその場で足掻いているようなもんだ。僕自身納得してるからいいけど、僕がどうしても雛罌粟さんのようにはならなかっただろう。
こうなりたいとは思わないけど、すごい立派なことだと思う。それとも大人ってのはみんなこうなのかな?それなら僕だけじゃなくて
そういえば雛罌粟さんはこの関係の事どう思ってるのかな?面倒だとか思ってないのかな。
僕は笑顔で花火を見ている雛罌粟さんをジッと見た。本当に楽しそうだな。
雛罌粟さんは僕とこんな関係になって、どう思ってるんだろうか。これからも続けてくれるのかな。
………彼女がこの関係をどう思ってるか。そんなこと考えるなんて僕のガラじゃないか。
僕はただ自分の求めるものを掴みにいくだけだ。それに人の意思なんて関係ない。掴めずに落としたらそれまでだ。
僕は僕で行動してればいい。この関係をすぐ終わらせるつもりはないけど、そんなことを気にしてないと成立しない関係に縋るつもりもない。
「? 竜胆君、どうかしたの?」
僕の視線に気がついたのか雛罌粟さんが僕の方を向いてくる。
「あ、いや、その………楽しそうに見てるなぁって」
素直に答えるのも気が引けたので、僕は適当に誤魔化した。
「ふふっ、そうかもね。こうやって誰かと一緒に花火を見るのってすごい久しぶりだったから」
僕と一緒に見てて楽しいのか?イマイチよく分からない。
「ありがとうね、今日来てくれて。迷惑じゃなかった?」
「別に、今日来た理由は話したでしょう?それに暇だったんで大丈夫ですよ」
もっとも学校だと何かに誘われた時は暇でも断ってるけどな。こういうのは雛罌粟さんだからだ。
「あのさ、竜胆君………」
「何ですか?」
「私達のこの関係っていつまで続くのかな?」
雛罌粟さんがしみじみとした口調で聞いてきた。
彼女も分かっていたのだろう。きっと彼女と今の関係でずっとい続けることは出来ない。どんな形であれどこかで終わる時がやってくる。
「そうですね………少なくとも僕は、あなたが求めてくれる限りこの関係を続けたいですよ」
お互いがお互いを頼って気持ちをぶつける関係なら、それは両方が求めてる限り続いていく。
雛罌粟さんはともかく、僕はしばらく頼ることになっちゃいそうだからな。決めるとしたら彼女だろう。
雛罌粟さんが過去のことを乗り越えて、もう僕がいらなくなった時、その時にこの関係は終わる。
「でも、そんなに気にしなくてもいいと思いますよ。どんな人の関係でも終わる時は終わるんです。一々気にしてても仕方ないですよ」
どんなきっかけであれ永遠に続く関係なんてない。疎遠になるなり人の死なりどんな関係もいつかは終わる。それは僕達だって例外じゃない。むしろ、この関係だからこそ終わるのは実は早いのかもしれない。
「そっか、そうだよね。でも………私はやっぱり気にしちゃうな。そんな簡単に終わらせたくないし」
「それに関しては僕も同意見ですかね」
終わらない関係はない。だからこそこの関係を軽んじたくはないし、続けていきたい。
いつか終わってしまう関係なら、それまでは大切にしたい。こんな歪な関係でも僕達の大切な繋がりだから。
これまで人と関わることを避けてきたからよりそう思う。
人間の気持ちを理解し合うのは難しい。あの時、僕の気持ちを分かってくれた人はいなかった。
だから理解なんてしないでただ気持ちをぶつける関係が、今の僕にはちょうどいい。その微妙で歪な関係が今の僕には必要だ。
「こんな関係を続けたいって思うって変、なのかな?だって、その……普通は無いわけだし。周りから変だと思われるのかな?」
「まぁハタから見たら何だそれって感じなんでしょうね。普通はあり得ないですからね」
「そう、だよね………」
雛罌粟さんは少し俯いてしまった。周りとはおかしい自分に嫌悪してしまったのだろう。
「でもそんなこと気にしてたらどうしようもないと思いますよ」
「え………?」
僕の言葉に雛罌粟さんが顔を上げた。
「周りが変だと思うのは僕達の事を知らないからですよ。僕達二人の事情をちゃんと分かってくれる人なんていないでしょうからね」
周りの人間は僕達の事を、気持ちを理解出来ることはない。そもそもしようともしない人だっているだろう。
そんな人達がどうやってこの関係を理解してくれるのだろうか。
「それに、これは僕と雛罌粟さんとの関係ですよ。僕達が良ければ周りがどうとか関係ないですよ。全てを決めるのは僕達の価値観ですからね。壊れてるってならそれでもいいです」
何で僕達の関係に周りがどうこう言う権利があるのか。そんなこと気にする価値なんかない。
僕と雛罌粟さんは今の関係でいたい。それならこの関係でいる理由には充分だ。他の誰かが止めるってなら誰であろうとも潰す。
「なんか、君の意見って感じだね。でもそっか………それなら、気にするやめようかな」
雛罌粟さんはそう言うと打ち上がっている花火を見て、そっと目を瞑った。
「雛罌粟?何してるんですか?」
「お願いしてるんだよ。君との関係がこれからも続きますようにって」
そう言うと雛罌粟さんはそっと目を開けた。
お願いって………この花火にか?
「それは………花火じゃなくて流れ星とか夜空の星にやるべきことなのでは?」
「い、いいの!ほら、同じ光ってるものってことで!」
無茶苦茶だなぁ。でも大体夜空の星って自分から光ってるわけじゃないんだよ?
「この火の粉にそんな力があるとはとは思えないですが、伝わるといいですね」
「そういう夢のない事言わないの!」
頬を膨らませて雛罌粟さんが言った。しかしすぐにフッと笑うと僕に身を預けた。
「それとね、私もう一つお願いしたんだ」
「も、もう一つ、ですか?」
「うん。君と………早く恋人になれますようにって」
雛罌粟さんが耳元でそっと囁いた言葉に、僕は思わずビクッとしてしまった。顔がすごい勢いで熱くなる。
「あ、今照れた!可愛いところあるじゃん」
「か、からかわないでくださいよ!」
僕は恥ずかしくなって雛罌粟さんから目を逸らした。
「からかってないって。お願いしたのは本当だよ?これからも君といたいな」
「そうじゃなくてですね……」
まったくこの人は………サラッとこういう事しちゃうからなぁ。時々すごい焦る。でも………嬉しいな。
僕は預けてきた雛罌粟さんの身体をそっと抱きしめた。
それが僕に出来る雛罌粟さんの願いへの最大限の答えだった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。