こうして泊まることになった雛罌粟さんと僕は特にすることもなくリビングでゆっくりとしていた。
雛罌粟さんはちょっと緊張しているのか体の動きがぎこちない。
そりゃそうだ、これまで大した仲でもなかった人の家に泊まるんだから緊張もするって。
ちなみに僕もそれに釣られてかちょっと、というかかなり緊張している。
当然ながらこれまでこんな形で人を泊めたことは無かった。だからどうやって接していいのかがよく分からないんだよ。
それに雛罌粟さん綺麗な人だから、そんな人とお泊まりと考えるとなんか背徳感がする。
いや別に何か変なことやろうってわけでもないけどさ、それでも雰囲気がなんとなくね。
僕は隣で座っている雛罌粟さんを見た。
緊張のためか顔は俯いていて、心なしかちょっと赤くなっているようにも見える。
なんだか可愛く思えてきた。頭撫でてみたい。
雛罌粟さんってこういう経験無いのかな?
まったく経験が無い僕が言うのもアレだけど、そこまで珍しい事ではないと思う。
人の家に泊まるだなんて一昔前なら普通にあり得たと思っているんだけどな。
それに大人なら彼氏と同棲とか普通にあるんじゃないか?まぁこれをそんな事と一緒にしていいのかは考えものだけど。
というかあなたが緊張しているとなんだが僕も緊張するから慣れて欲しいな。
まぁよく分からない人の家に泊まることになったら誰でも緊張する。今はそっとしておくかな。
「あの、ちょっといい?」
すると雛罌粟さんがこっちを振り向いてきたので僕は慌てて視線を逸らした。
あんまりジッと見られていたらいい気分じゃないだろ。
「何ですか?」
「その、泊めてくれるのはすごく嬉しいんだけどさ、本当によかったの?迷惑じゃない?」
雛罌粟さんは遠慮がちに聞いてきた。
う〜ん、どうなんだろう?
まぁ目のやり場に困るって意味だとちょっと迷惑っちゃ迷惑だけど、それ以上に一緒にいて落ち着くし別にいいだろ。
ってそんな事言えるわけないか。恥ずかしいわ。
「全然大丈夫ですよ。特に困るようなこともありません」
僕は適当にボヤかして答えた。
「でもさ、ご両親とかに話し通さないといけないんじゃないの?」
あーなるほど、たしかにそういう事もいるんだったな。
「僕の両親はとっくの昔に死んでるんで大丈夫ですよ。この家に住んでいるのは僕だけです」
色々あって僕の両親はもうこの世にはいない。
僕は今父さんの知り合いの人に預けられているような形になっている。
「そ、そうだったの。……ご、ごめんね。嫌なこと聞いちゃって」
「いえ、別にいいですよ。もう何年も前の話ですから」
気遣おうとしてくれた雛罌粟さんを手で止める。あんな昔の事なんてとっくに忘れている。
いや、それは無いか。だから今の僕があるわけだし。
しばらくして二人の間に沈黙が流れる。何話せばいいのか分からないんだよな。
それは雛罌粟さんも同じようで口はパクパクしているけど何を話せばいいのか分からないみたいだ。
「えっと……私の事は気にしなくていいからさ、竜胆くんは自分のやる事やれば?」
そうだなぁ。たしかにやる事はそれなりにあるし、ここはお言葉に甘えておくか。
「それじゃ僕自分の部屋にいるので」
僕はそう言って二階に上がっていった。
「よし、こんなものかな」
僕はヘッドフォンを外して一息ついた。
あの後英表の課題を手早く終わらせて今はゲームをやっていた。
本当は夜にやる予定だったけど他にやる事も無かったし。
そういえば今何時くらいなんだろう?二階に上がってからそれなりに経ったと思ったけどな。
近くにあった時計を見てみるとちょうど六時半だった。おっと結構過ぎてるな。
そろそろ夕ご飯作るかな。
そういえば今日は雛罌粟さんの分も作らないとだな。何作ればいいんだ?
そんな事を考えながら僕は部屋を出た。
すると下から何やらいい匂いがしてきた。
ん?何だ?
僕が一階に降りてみると、リビングには誰もいなかった。そして代わりにキッチンに雛罌粟さんがいた。
さっき乾いたのであろうお店で使っているエプロンを着ている。
お店でしか見ることが出来ない格好を家で見る事になるとは、違和感がすごいな。でもよく似合ってる。
キッチンには作りかけの料理が見えている。いい匂いがしたのはこれが原因か。
「えっと……何、してるんですか?」
僕がなんとなく聞いてみると雛罌粟さんは僕が降りてきた事に気がついたようだ。
「あ、竜胆くん。その、お世話になりっぱなしも悪いから、私も何かしてあげようって思って。それで夕ご飯作ってあげようって思ったの。ついでに自分のもだけど」
あ、なるほどね。
別に気にしなくてよかったのにな。僕がやりたかったから色々やっただけだし。
というか食材はともかくよく調理器具の場所が分かったな。それを探すことから始めたのか。
「そろそろできるからお皿とお箸出しておいてくれない?」
「は、はい、分かりました」
何かよく分からない状況に困惑しつつも僕は夕ご飯の準備をした。
メニューは煮魚とサラダ、それに味噌汁みたいだ。あ、ご飯も炊けてるみたいだな。
へぇいつも食材は適当に買ってたけど、それでもここまでのものが作れるんだな。
料理を並べると僕と雛罌粟さんは席についた。
もう亡くなっているとはいえ捨てる気も起きなかったので、両親が使っていた椅子はまだ残っていたのだ。よかったよかった。
「それじゃ、いただきます」
「うん、召し上がれ」
僕はまず煮魚に手をつけた。
箸でほぐして一口食べてみると、魚の旨味が口いっぱいに広がった。
「あ、美味しい」
思わずそんな声が漏れた。
そういえば家で誰かの作ったものを食べるのなんて何年振りだろうか。親が死んでからだから大体五、六年前かな。
それにしても喫茶店に行って分かっているとはいえ、やっぱり雛罌粟さん料理得意なんだな。
「そう、美味しいみたいでよかった。こういう形で人に作ってあげるのすごい久しぶりだったから自信無くて」
そう言って雛罌粟さんも自分で作った料理を食べ始めた。
それから僕達は他愛無い話をしながら食事をした。
といっても主に雛罌粟さんがお店の事とかを話していて、それに僕が答えるみたいな感じだけどね。
読書のためとはいえ僕はいつも学校では周りの騒音を消すために耳栓をして食事をしている。
けどこの人との会話はむしろ楽しかった。というか聞いていて耳にすんなりと入ってくる話し方だった。
元気ではあるんだけどどこか落ち着いていて、ギャンギャンうるさいクラスの人間みたいに僕に負担のかかる話し方では無かった。
もちろんクラスの人全員がうるさいなんて言うつもりは無いけど、そういう人が多いんだよな。特に女子。
こういう形でなら僕も人と話せるんだな。新しい発見だ。
「君は学校で何か面白い事とか無いの?」
そろそろ食べ終わるかというところで雛罌粟さんが僕に聞いてきた。
学校で、ねぇ。何があったのかな?
「僕は基本的に自分が関係なければ周りと関わらないので、そういうのはありませんかね」
もしかしたら学校ではいつも何か起きているのかもしれないけど、そんな事を気にするくらいなら読書をしている方が僕にとっては有意義だからな。
「そうなの?学校つまらないの?」
う〜ん、よく教師からも聞かれる質問なんだけどな。
「つまらないってわけではないですよ。どちらかというとどうでもいい、ですかね」
学校というのは僕にとって自分の進路を繋ぐ橋みたいなものでしかない。
他にやりたい事のある人が、いつも使っている橋で行われている井戸端会議の内容を気にする人がいるだろうか。
だから僕は必要以上に学校と関わるような事はしていない。
ウチは他所に比べて珍しく部活をしなくてもいい事になっているので、僕はやっていない。
学校で行われるボランティアや希望制の模試、補習なんかもやっていない。
僕にとってそれらは橋の上で寄り道しているみたいなものだ。やっている人がおかしいというわけではないが。
「ふーん、君は変わってるねぇ。大体こういう時って少しでも何か学校に文句言うのに」
「それらはあくまで学校にいる教師や生徒達の問題であり、学校そのものが悪いことなんて極々僅かですからね。それら全てを学校のせいってまとめたくないんです」
個人の問題は個人が受け止めるべきであって、他が共有する事はあっても一括りにまとめられるのは間違ってる。
何かをまとめて評価をするのは簡単な事だけど、されたもののなかには『自分は違う』というものもあるかもしれない。
それなのに同じと判断されるなんて嫌だろう。
「いいねぇ、私も学生の頃に戻りたいよ」
雛罌粟さんがそっと呟いた。
「そうなんですか?僕の学校生活と比べたらあの店での生活の方が楽しそうですけど」
『Cafe Red Poppy』ではそこまで騒がしい客はいない。客の大体が大人だしね。まぁ大人でもうるさい人はうるさいけど。
僕からすれば自分のやるべき事をあのような落ち着いた空間で出来るってのは、結構羨ましい事なんだけど。
「なんかあの頃ってさ、問題も多かったけどみんなエネルギッシュで楽しいっていうのがはっきりと分かったから」
そういうものなのね。僕にはちょっと分からないかな。
「そういえば、雛罌粟さんって学生の頃どんな感じだったんですか?」
「ん?そうだなぁ──」
そんな事を話しながら僕達の夕食は過ぎていく。
最後まで読んでいただきありがとうございました。