雛罌粟さんが出て行ってから、僕はお茶を淹れると東風の前に出した。
「ありがとうございます。」
「えっと………さっきから気になっていたんですが、さっきの人は一体誰ですか?知り合い、なんですよね?」
あ、やっぱり気にはなってたんだ。それならちゃんと説明してあげた方がいいよな。
「雛罌粟 罔象さん。ちょっと前に知り合ったの」
二ヵ月前がちょっとかどうかは分からないけど、そこは気にしないでおくか。
「何かお店がどうとか言ってませんでしたか?」
「あぁ、あの人ここの近くにある喫茶店のマスターなんだよ。僕が倒れたの知って暇な時間に来てくれたってわけ」
「なるほど………って、なんでそんな人と竜胆さんが知り合ったんですか?それも看病してくれるほどの仲に?」
東風が心底不思議そうに聞いてきた。
やっぱりそこは気になるよな。コイツは僕のことを知ってるから、僕が人付き合いが苦手なのも知っている。
そんな僕が知り合い、しかも歳上の大人の知り合いがいる事に驚いているんだろう。普段同級生の知り合いすらいないからな。
なっちゃ悪いかって話だが、この辺は自分でも自覚しているから反論出来ない。
「まぁ…………色々とあってね………」
さすがに雛罌粟さんとの関係を事細かに話すつもりはない。話せるわけないって。
「あっ!もしかして
「違うよ!というかそれ誰にも言ってないだろうな」
そういえばコイツは僕のことを知ってるんだったな。まぁアレに関しては僕の自業自得だから何も言わないけど。
大体関係者だったら昼間からこんな馴れ合いしてないっての。そういう馴れ合いじゃないし。
「言いませんよ。それ以前にあんな事、言ったとしても誰も信じませんって。自分でもしばらくここを離れてたら、ちょっと信じられなくなってましたよ」
それもそうか。それでもどうしても気にしちゃうんだよね。何となくだけど。一応バレちゃマズい事だしさ。
まぁアレに関してはちゃんと口止めしておいたし、東風はそもそも口が固いからな。その辺は信用してもいいだろ。
それから僕達はお茶を飲みながら寛いでいた。なんだか昔に戻ったような感覚だ。
もっとも目の前にいる東風も全てあの頃のままってわけじゃない。こうして見てみると成長したんだな。色々抜けてるところは相変わらずみたいだけど。
それから東風は色んなことを話した。東風が転校先でどんなことがあったのか。楽しかった事や悲しかった事、向こうの学校生活や勉強の事など。
僕は特に話すような事は無かったので、主に東風が話している状態だった。まぁこれも昔と変わらずって感じだ。
「そういえば今さらですけど、アレはまだ続けているんですか?」
東風が少し不安そうな表情で聞いてきた。
「もちろん。というかやめるつもりはない」
「そう、ですか。でも………」
「これが僕が前に進むための唯一の方法なんだ。それに、ここまで来て今さらやめられるわけないだろ」
今の僕が僕であり続けるためにはまだアレが必要だ。
「それは………そうかもしれませんが。無理はしないでくださいね」
「それは保証出来ないかな。そういうものだし」
ついこの前、ちょうど雛罌粟さんと花火大会に行った後もあった。あれくらいはどうって事もなかったけど。
「それよりもお前、親の仕事ってのは分かったけど、ここに戻ってきてよかったのか?そもそもここにいないために引っ越したんだろ?」
「あーその辺はお母さんとも話したんですけどね。いつまで気にしてても仕方ないって。逃げててばかりではダメですから」
えー、そうなるのか?コイツの場合はそういう感覚で考えていいものには思えないんだけど。
「大丈夫なのか?下手すれば………」
「うーん、それはそうですけど…………それでも、まぁ大丈夫ですよ」
おいおい本当かね。なんか嫌な予感しかしないんだけどなぁ。何事もなければいいけど。
「それにあの時と違って、今はもうお母さんも普通に生活出来てますから。問題なく生活は出来ますよ」
「そういう問題じゃないだろうに………」
僕が気にしているのはそういう事じゃない。そもそも仕事の都合で引っ越した時点で大丈夫なのは分かっている。
「そんなに心配しなくても大丈夫ですって。相変わらず変なところで心配性ですね」
何言ってるんだコイツ。僕のことそれなりに知ってるはずだろ。
「そういうんじゃないよ。お前の一件には僕だって関わってる。あの手のものを放っておいて何かあったらそれはそれで問題あるんだ。お前だってそれは分かってるだろ」
「そこは嘘でも『心配してる』って言って欲しかったですよ」
「ハッ、生憎だったな。そんな事をしても僕に価値はない。そんな事をする理由が無いだろ」
意味もない事を一々やるのは好きじゃない。変に取り繕うのも性に合わないからな。
「もう、せっかく久しぶりに会ったんですよ?他にもうちょっと言うことないんですか?」
「ウチの学校の授業について行けるのか、とか?」
「はぁ、もういいですよ。あなたに期待した私が間違ってました」
え〜、これでもかなり気を使った方なんだけどなぁ。めんどくさい。
「そういうところは相変わらずですね。その分だと、学校でも昔と変わらない感じですか?」
「まぁね」
それで苦労することもなくは無いけど、変に気遣って無理する苦労に比べたらなんて事ない。
「でも、私は竜胆さんとまた会えて、嬉しかったですよ」
そう言って東風はにっこりと笑った。あの頃と変わらない、良くも悪くも気の抜ける笑顔だ。
色々あったけど、こういうところは変わらなくて良かったと思う。
「はいはい、分かった分かった」
僕は立ち上がり少し身を乗り出すと、くしゃっと東風の頭を軽く撫でてあげた。
「あ……………頭………」
「ん?あぁ悪い、昔の癖が……」
「いえ、別に………」
僕はすぐに頭から手を退けてやる。コイツの笑顔があんまり変わってないもんだから、つい癖が出てしまった。
昔東風を適当にあしらう時によくやっていた事だ。身長差的に楽なんだよ。後何となく東風って小動物みたいな雰囲気あるから。
「まぁとりあえず、何かアレの関係でゴタが起きたら話せよ。色々面倒事になる前に対処するから」
「ありがとうございます。でもあなたの場合それはちょっとやって欲しくないんですけど。またあんな事に………」
東風の顔が引きつっている。何想像してんだよ。
「あのなぁ、僕はその相手に合わせた対処しかしたことないよ?そんな顔されるいわれはないんだが?」
「アレについては知らないので何とも言えませんが、少なくとも私が見てきたものが合わせられてたとは思えませんが?」
自分の問題とそれと同一視していいのか?なんかちょっと能天気っぽく感じるんだが。
「それはまぁ…………大は小を兼ねるってヤツ?」
「兼ねちゃダメですよ、特にあなたは」
そうか?昔からこうだからな、今さら変えようとは思わない。
「そういうところも変わらず、か。竜胆さん昔とあんまり変わってないからなんだか、昔のこと色々思い出しちゃった」
「そうだな」
「でも私はそれが嬉しかったです。だからこそこうやって竜胆さんと普通に話せることが出来ましたから」
……………そろそろ突っ込んでもいいのかな?さっきからずっと気になっていた。
「あのさ、さっきから聞こうと思ってたんだけど、お前のその………」
僕がそう言って訊こうとした瞬間、東風の持っていたバッグからピロンッと音がした。これはスマホの音か?
「あ、お母さんからだ。竜胆さんに会えたかだって。心配しすぎだよもう」
「いや、お前道迷ってたろ」
東風のお母さん連絡して正解だよ。僕達に会わなければそのまま道をウロウロしてたよ。
「まぁ………いいじゃないですか。『会えたよ』っと」
東風はスマホを打ってメッセージを送った。まったく……………。
「それでは、私はこの辺りで失礼します」
「あぁ、そうか」
東風はスマホをバッグにしまうと椅子から立ち上がった。外はもう夕方だ。すっかり話し込んじゃったか。
「そうだ、今度ウチに来てください。お母さんもあなたに色々言いたいことがあるって言ってましたので」
「いや、そこは必要以上に絡むつもりないから」
問題なく暮らせてるなら、もうあんまり掘り起こさない方がいいだろう。
それに大切なことだったとはいえ、アレだけを特別扱いしたくない。何とかなったならそれでいい。
「相変わらずその辺はキッチリしてますね。竜胆さん、コレだけに関しては真面目ですからね」
「だけってなんだよ。まぁその辺は分けてかないと」
というか東風の場合がレアケースなだけであって、普通はプライベートと被らないはずなんだけどね。
「分かりました。それでは、また明日学校で。ちゃんと体調治してくださいね」
「はいはい、それじゃ」
僕が適当に返すと、東風は笑って帰っていった。
もう高校生だってのにその姿が少し心配になってしまう辺り、まだ小さい頃の東風が忘れられてないのかもな。
あ、聞きたい事聞くの忘れてたな。
最後まで読んでいただきありがとうございました。