翌日。僕はいつも通り学校に行く前に『Cafe Red Poppy』を通っていた。ここに寄ってから学校に行くのも、もうすっかり慣れたものだ。
「すみませーん」
「あ、竜胆君おはよう」
「おはようございます」
中に入ると雛罌粟さんがカウンターの方で開店の準備をしていた。この光景を見られるのが、なんだか特別な感じがして好きなんだよね。
すると雛罌粟さんがカウンターに置いてあったものを持って、僕の方にやってきた。
「はい、お弁当」
「いつもありがとうございます」
僕は差し出されたお弁当を受け取った。最初こそ違和感があったけど、今では僕の生活の大切な一コマだ。それでもいつもありがたいとは思っている。
「いいのいいの。行ってらっしゃい」
「はい、それでは」
受け取ったお弁当をリュックに入れて、僕は『Cafe Red Poppy』を出た。ここで長話することはあまりない。夜ゆっくりと話せるしね。
『Cafe Red Poppy』を出て駅に向かおうと歩き始めた。すると………
「竜胆さーん」
突然後ろから声が聞こえてきた。それは明らかに僕を呼んでいる。
反射的に振り返ってみると、そこにいたのは昨日再会したばかりの東風だった。昨日と同じウチの学校の制服姿だ。
「おはようございます」
「ん、おはよう」
なんだか小学生の頃に戻ったような感覚だな。
あんまり昔のことは覚えてないんだけど、東風と一緒に学校に行くのは当時の習慣みたいなものだったからな。そんなことがフッと頭をよぎった。
まさかまたこうやって一緒にいられることになるなんて思ってなかったからなぁ。正直今でもちょっと戸惑ってる。
東風は僕の方までやってくると、僕の隣に並んで歩き出した。
「今日は学校行くんですね」
「別にいつも行ってるよ」
その言い方だと普段僕が学校サボってるみたいじゃないか。
たしかにどうしても買いたいゲームの発売日や外せないゲームのイベントに参加したい時はズル休みする事も何回かあった。
それでも基本的には行くようにしてるし、というかそうでなかったらわざわざ学校に行くときだけのために耳栓なんて買わないって。
「でも昔何日か休んでませんでしたか?」
「それはそれで別件だよ………お前なら分かってるだろ」
今と違って不慣れな事も多かったからなぁ。時間的な事情で休む必要があったんだよ。
「それはそうですけど、こうやってまた一緒に登校出来るなんて思いませんでしたよ」
「いや、お前の方からこっちに来たんだからそれは僕のセリフだよ。こんな事になるとはね」
あの時別れてこれ以上会うことは無いと思ってたし、それがあの時のコイツのためだと思っていた。
それが今になって一緒に並べる時が来るとは思ってなかったよ。
「私は嬉しいですよ。あの時と違って、今は色々と話したい事がありますから。別れる時に連絡先聞いておけばよかったんですがね」
「あのなぁ………そんな場合じゃなかっただろ」
僕は思わず呆れてしまう。昨日からそうだけど、コイツ引っ越した理由ちゃんと覚えてるのか?
「でもこうやって落ち着いてみると色々考えるものですよ」
「あぁそうかよ」
そんなもんかねぇ。僕はてっきり落ち着いたら昔のことはそこそこ忘れると思うんだが。
「そうですよ。あの時は話せなかった事とか出来なかった事とか、これから竜胆さんとたくさんやりたいですよ」
「それは結構だけど僕を巻き込まないでよ」
昔と違って今は色々と忙しいし、これでも一応趣味に命かけてるんだからさ。
「そんな事言わないでくださいよ。あ、そういえば今年花火大会って行きましたか?昔一緒に行ったじゃないですか」
「ん?まぁ、一応行ったけど………」
「え?そうなんですか?もう行かなくなったのかと思いました」
いや、自分で聞いておいてそれは無いだろうがよ。
「別に不思議な事じゃないだろ。花火大会くらい行くって」
「でもたしか私と行った時に出禁食らってませんでしたか?てっきりもう面倒になって行かなくなったかと」
あぁそういう事。たしかに普通の僕ならそういう事もあるよなぁ。一々気にするのも面倒だしな。
「その確認も含めてだよ。また射的屋から出禁食らったけど」
「竜胆さん……… 前に出禁になってるんですよ?それなら学習しましょうよ」
東風が呆れたような表情を向けてくる。こういうのも懐かしいと思うあたり、僕も昔の事忘れられてないんだよなぁ。
「別にいいだろ。というか雛罌粟さんと同じこと言うなよ」
「? 雛罌粟さんって………昨日の女性ですよね?もしかして、その人と一緒に行ったんですか?」
あ、いけね。ついポロッと言ってしまった。
でもまぁコイツになら隠す事でもないか。昨日雛罌粟さんには会ってるわけだし。
「まぁな。というか雛罌粟さんに誘われたの」
そう言って東風の方を見てみると、東風は僕のことをボーッと見ていた。その目は少し震えているようにも見える。
「あの竜胆さんが………人の誘いを………受けたん、ですか?」
「やかましいわ!色々とあったんだよ」
たしかに昔、人から何かに誘われても全て断ってたけどさ。
「そうですかぁ………昨日は何も変わってないと思ってましたが、それなりに人付き合いするようになったんですね」
「おい、感慨深そうな顔やめろや」
お前は僕のお婆ちゃんか。
「別に人付き合いはそこまで変わってないよ。あの人だからってだけだ」
雛罌粟さんに誘われたからこそ行っただけで、他の人に言われても行かないし、そもそも雛罌粟さん以外に誘われない。
「そう、ですか………」
すると東風はなんとも言えない微妙な顔をして、こっちを見てくる。ん?どうかしたのか?
「あの………その雛罌粟さんと、仲、良いんですか?昨日も一緒にいましたけど」
「え?………ま、まぁ………最近一緒にいる事はあるけど」
しまった、さすがにここまで言ったら気になっちゃうよな。
でもここで馬鹿正直に本当の関係を話すわけにはいかない。というか言えるわけがない。いくら東風でも引きそうだし。
「珍しいですね。竜胆さんが人と仲良くしてるなんて。それも大人ですか………」
「なんだ………その、色々あったんだよ」
どうしよう、雛罌粟さんのことをなんて答えるべきか全く考えてなかった。
今さらだけど、よく考えたら昔馴染みでもない、お隣さんでもない大人の女性と僕が仲良くしてるなんて、東風にとっては違和感しかないよな。
僕が同い年の人でさえ人付き合いが下手なのは、僕の知り合いの中では東風が一番よく知っていることだ。
ここでアレの関係者って言えたら下手に詮索しないんだろうけど、昨日違うって言っちゃったし。
「もしかして、さっきも会ってたんですか?」
「ッ⁉︎ 何でそれを………」
「すみません、たまたまそこの喫茶店から出てくるとこ見えちゃって…………昨日喫茶店のマスターと言ってたので、もしかしたら、って」
あーなるほど、そういえば僕が『Cafe Red Poppy』を出てからすぐに会ったからな。見ててもおかしくないか。
「いや、別にいいよ。大体当たってるし」
こうやって客観的に言われると、僕のやってることがいかにイレギュラーなことがよく分かるな。
普段周りから言われるような事は無いし、そうなってくると僕と雛罌粟さんの中ではもう普通になってるんだよなぁ。
そんな事を話している間に僕達は駅に着いた。僕はいつも通りに電車に乗り込んでいく。
「ほら急げ。あんまり離れるなよ、はぐれるぞ」
僕が無意識にそう言うと、東風が少しムッとした表情になる。
「はぐれないから大丈夫ですよ。というかもう昔の私じゃないんですから、そんなに子供扱いしないでください。私、高校生ですよ」
「あー悪い悪い。ついね」
ダメだな、昔の感覚がまだ抜けてないや。
よく二人でどこか出かけると、東風は高確率で僕とはぐれて迷子になっていた。それを探すのに一苦労だよ。
好奇心旺盛でどこか行ってしまうわけじゃない。絶望的な方向音痴なのだ。
まぁ本人も自覚があったら僕から離れないようにしてたけど、それでも人混みの中だとはぐれるんだよ。
それが面倒だから、東風が近くにいると無意識に近くにいるか確認してしまう。
何年も前の感覚だから無くなってると思ってたけど、あそこまで迷惑かけられたからか嫌でも体に染みついている。
これがずっと一緒にいたら違ってくるんだろうけど、久しぶりに会ったからなぁ。僕の中ではまだ昔の東風のままだ。
別に世話焼きというわけではないと思う。ただ単純に昔の感覚が抜けきれていないのだ。
何か嫌な感覚だなぁ。忘れたはずの事がフツフツと戻ってくるというのは、微妙な気分だ。
電車が出発すると、僕はいつも通り耳栓をつけてラノベを読む。こういった僅かな時間でも趣味に浸れるってのはいいよね。
目的地の駅に到着すると、電車を降りて学校に向かう。
学校に到着すると自分のクラスに入って………って
「まさかお前、僕と同じクラスか?」
僕の後ろをついてくる東風に、僕は思わず聞いてしまった。
「みたいですね。すごい偶然です」
まったくだよ。それなりにクラスあるのに、まさか同じクラスだとは。
なんだか朝から微妙な気分になった僕だった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。