僕はいつも通り席に着くと耳栓をつけ直して読書を始めた。学校では暇な時は基本的に読書をしている。
こうやって耳栓をしていると、周りの声が一切聞こえなくなってくる。はぁ、落ち着くなぁ。
正直電車からずっとつけてたいけど、何度かそれで事故りかけてるもんでね。さすがにそれでつけ続けるわけにはいかない。
休み時間の生徒の話し声、というか叫び声ほどイラつくものはない。一時間以上いたら発狂してもおかしくないね。音量調整機能バグってんのかってくらいだ。
男女関係なく学生ってのは何でこうも騒がしくするのが好きなのか。話すなとは言わないけど大声で叫ぶなよ。
これが小学生とかならまだ仕方ないなで済むけど、周りにいるのは高校生だ。周りの迷惑ってもんを考えろっての。
しかも人によっては教室の中を走り回ったりして、僕の机にぶつかったりしている。次ぶつかったヤツいっぺんシメようか、物理的に。
もちろん全員がそうってわけじゃないけど、そうでない人の声量を補ってるのかってくらいに叫んでいる人の声が大きい。
特に女子は声が高いからかどうしても耳に劈くような感覚になる。猿の鳴き声を五、六倍にして流しているような感覚だ。
そんな騒音とも言えるべき中で落ち着いた読書なんて出来るわけない。出来る人が本当にすごいと思う。
だからこうやって耳栓をして音を遮断するのだ。こうする事で完全に読書に集中出来るし、本の世界に入り込める。
読書にも一区切りがついた頃、視界の端に先生が入ってくるのが見えた。何か言ってるようだけど全く聞こえない。
仕方ない、耳栓はここまでかな。ホームルームで先生の報告とかを逃すと色々面倒だし。
耳栓を外した瞬間に聞こえてくる生徒の話し声に顔をしかめながらも、僕は耳栓を片付ける。一応学校に持ってきていいもんじゃないし。
先生は教卓に持っていた籠を置くと、手をついて話し始めた。
「おーし、それじゃあ今日は昨日言っていた通り席替えするぞ」
その瞬間クラス中からやかましい歓声が上がる。その騒音に僕は思わず耳を塞ぐ。
「うっ!」
耳を通って腹の奥底から吐き気のようなものが込み上げてくる。僕はそれをグッと力んで耐える。
こういう騒音が聞こえるといつもこうなる。耳の奥を捻られたような感覚になるのだ。
マジで次騒音出したら全員シメるぞ。一時間でいいから黙るって事出来ないのか?犬でもいつも鳴いてるわけじゃないってのに。
街中とかでこういう騒がしさは全然いいんだけどな。街での騒がしさは当たり前の範囲の中だ。
でもこの狭い部屋の中でここまでの騒音を出したら周りに迷惑とか考えろよ。
昔ある人にそれ病気じゃないかと言われたが、そうだとしてもこれは無いだろ。普通に考えてもうるさいって。
席替えくらい大人しくすればいいだろ。それとも騒がないと出来ないのか?
「おーい落ち着け。それじゃあ席を描いた紙を前に貼っておくから、早速席変えろ」
先生がそう言うの聞くと、僕はその瞬間を見計らって耳栓をつけ直した。
どう考えてもまたうるさくなるし、これ以上はさすがに耐えられない。
というか先生、もうちょっと注意してくれよ。他所のクラスにも迷惑になるんだし。
僕は席を立ち上がり遠巻きから座席表を見た。どうしても座席表の周りは人混みになるし、そんな中にいたくない。
お、やった今回は窓側の席だ。外の風景でこの騒音が少しでも和らげばいいものだが。
高校の席替えというのは、ただ荷物を持って席を変えるだけだ。
小学生みたいに机に名前とか書いてないし、わざわざ机を移動させる必要はない。
この辺は正直ありがたい。あれってみんなノロノロ移動するからイライラするのよ。
手早く自分の席に着くと、荷物を机の傍のフックにかける。
こうやって外の景色を楽しめる席に行けるってのはありがたいけど、それを抜けば席替えってやる意味あるのか?時間と労力の無駄なように思うんだけど。
まぁ机の私物化を防ぐとか先生にも色々考えがあるからやってるんだろうから、その辺をどうこう言ったりはしないけどさ。
それにしても席替えのたびにあんな騒音出されたら、その内本当に吐きそう。
というか今にも吐きそうだ。水筒の中の氷でも舐めるかな。って水筒バッグの中だ。出すの面倒。
そう思って僕が一息ついていると、僕の机の上に僕の水筒が置かれた。
驚いた僕が置かれた方を向くと、そこにいたのは東風だった。自分の荷物を僕の隣の席に下ろしている。
コイツが隣か。何か今日のクラスが一緒ってのも含めて、変な意味を感じるなぁ。ちょっと怖いぞ。
まぁキーキーうるさい猿が隣よりかは何億倍とマシだ。というか正直ちょっと安心した。コイツはそんなに騒ぐヤツじゃない。
すると東風の口が微妙に動いた。唇の動きからして『大丈夫ですか?』と聞いているのだろう。
東風は僕がこういったうるさいところが苦手な事を知っている。水筒を出してくれたのもそれを察してだろう。
僕は軽く頷くと水筒の中の氷を口に放り込んだ。それを舐めているうちにちょっとずつ気持ち悪さが消えていく。
東風のこういう察しのいいところはさすがだと思う。コイツ結構周りに気を配れるんだよ。
必要以上に話しかけたり揺らしたりもせずに、黙って水筒を出してくれたのもありがたい。今は無駄に体を動かしたくない。
僕の口の中で氷が溶けきる頃には、僕の気分は幾分かマシになっていた。はぁ、何とかなったな。
もう面倒だから今日はこのまま耳栓つけて授業受けようかな。窓側なら右耳だけ隠してりゃ何とかなるだろ。
キーンコーンカーンコーン
四時間目の授業の終了のチャイムが鳴った。ふぅ、疲れたぁ〜。
結局今日の授業は全部耳栓をつけて受けた。こうでもしないと朝からの気持ち悪さで吐きそうだ。
先生の言ってる事は唇の動きを見れば大体分かるから、万が一指名されてもちゃんと対応出来る。
まぁいつも授業は大体スルーしてるけどな。教科書見れば大体分かるし。というか教科書って読めば分かるようにできてるから。
僕は授業の片付けをしてから手を洗って教室に戻る。さてと、お昼にするかな。
いつも通りバッグから、今朝雛罌粟さんから貰ったお弁当を取り出した。後ラノベをっと。
僕はお弁当箱の蓋を開ける。今日はご飯と小さめの焼き魚、それとキュウリの浅漬けとその他ってところだ。
本当に雛罌粟さんのお弁当のバリエーションってすごいよな。そして本当に美味しそうだ。
それじゃあ食べるかな…………って、何だ?
僕はふと隣から視線を感じた。その方に振り向いてみると、そこにいたのは東風だった。僕のお弁当を覗き込んでいる。
僕は嫌々耳栓を外した。周りから聞こえてくる騒音に思わず顔をしかめる。今日はずっと耳栓してようかな。
「何だよ」
「あ、いえ………竜胆さん、いつの間にこんなに料理が得意になったんですか?」
ん?何のこと…………って、あぁそういうことか。
「違うって、これは僕が作ったものじゃないよ」
「え?でも………お弁当作ってくれるような人っていましたっけ?」
あぁ………っと、それもそうか。どうしようかな、まぁ東風になら話しても大丈夫か。
「雛罌粟さんだよ。最近作ってもらってるの」
「雛罌粟さんに………ですか?」
東風は不思議そうな顔をした。そりゃそうだよな。家族でもない人からお弁当作ってもらう事なんて普通あり得ないもんね。
「あー、色々とあってな、雛罌粟さんが作ってくれるんだよ」
「あ、もしかして朝あのお店にいたのって、これを受け取るためだったんですか?」
「まぁそんなところだよ」
本当にこうやって東風にツッコまれると、自分の状況がいかにイレギュラーかがよく分かる。
僕自身はほとんど成り行きみたいなもので、これに関しては困惑はあったけど何の抵抗が無かったからな。
「ふーん、そう、ですか」
「何だよその顔は」
僕は少しだけ口を尖らせた東風にツッコむ。昔はそんな顔見たこと無いぞ。
「いえ、その………あの人と結構仲がいいんですね」
「は?んー………まぁ、そうかな」
大人の人と仲がいいって言われるとちょっと違和感があるな。別にいい事だとは思うんだけどさ。
でもよく考えたら家族でない大人と遊園地行ったり花火大会行ったりは普通しないか。東風が不自然に思うのも無理はない。
「本当にアレの関係者じゃないんですよね?」
「何でそんな人にお弁当作ってもらわなきゃならないんだよ。プライベートでは仲良くしないっての」
それはちょっとおっかないって。
後周りに他の生徒いるんだからその話はするなっての。分からないだろうからいいけど反射的にヒヤヒヤするんだよ。
「竜胆さんがプライベートで人間関係、ですか………」
「何が言いたいんだよ」
たまに失礼なヤツだよな。たしかに自分でも変わったなとは思うけどさ。
「変わった、んですね………」
すると東風は少しだけ暗い顔をした。
「どうかしたのか?」
「いえ、別に………あぁ、耳栓とらせてしまってすみません。もういいですよ」
「お、そうか」
東風と話を終えると、僕は耳栓をつけ直してお弁当を食べ始めた。
最後まで読んでいただきありがとうございました。