「ふぅ、ちょっと買い込んじゃったかな。これなら車で来た方がよかったかも」
私、雛罌粟 罔象は買い物袋を両手に提げて道を歩いていた。外はもう夕方になっている。
今日は近所のスーパーで買いだめをしていた。喫茶店での買い物と家での買い物を含めると、結構な量になってしまう。
いつもはバラバラにしてるんだけど、今日は家の買い物のついでに喫茶店の方で足りないもの買っておこうと思って大きめの買い物袋を持ってスーパーに向かった。
これくらいならわざわざ近所のスーパーまで車を出すことはないかなと思ってあえて歩きで来たけど、思ったより量が多くなっちゃって。その結果がこの大きめの買い物袋二つ分というわけです。
でもここまで来てしまったら歩き以外の選択肢はなかったんだよね。タクシーは拾えなかったし。
もっとも両手が塞がって不便だとは思うけど、元々体力はある方だからそこまで疲れたわけでは無い。
というわけでさっさと帰ってしまおうと、私は急ぎ足で帰路に着いていた。
「うーん、買いたいものは買ったけど上手くいくかなぁ」
歩きながら私はぶつぶつと呟いている。ハタから見たらちょっと変かも。
というのも今日は『Cafe Red Poppy』の新しいメニューを考えてみようと思っているんだよね。材料の買い足しもそのためだ。
私は暇な時にお店のメニューを考えるのが趣味、というかよくやることだ。新しいメニューを考えて実際に作ってみたりするんだよ。
そもそも『Cafe Red Poppy』はそこまでメニューが豊富かと言われると微妙なところだからね。そういう意味でもお店メニューは増やしていきたいし。
前に夜にお店に来た竜胆君にそれとなくどんなメニューがいいか聞いてみたことがあったんだけど、『分かりませんね』って言われちゃった。
相変わらず素直というか何というか………まぁこういうバッサリしたところもいい加減慣れたけど。
あ、そうだ。新作のメニューおかず系のヤツだから、今度竜胆君のお弁当に入れてあげようかな。
それで感想とか貰えれば………よし、決まりだね。
「竜胆君、喜んでくれるかなぁ」
最初は何となくで始めた彼のお弁当作り。でも今となっては私の大切な朝の日課でもある。
彼はそれについて申し訳ないと思っているようだけど、私としては楽しんでいるからむしろありがたいんだよね。
毎日どんなおかずを入れようかなって考えたりするの楽しいんだよね。そしてそれを竜胆君が喜んでくれた時はもっと嬉しい。
実家で家族のために料理を作るのはたまにやっていた事だけど、こっちに来て大切な人のために料理を作るなんて初めてのことだった。
彼がどう思ってくれるのかとか考えるとすごいワクワクして楽しくなる。
それにこれは私と竜胆君の大切な繋がりでもある。
平日はほぼ毎日会っているわけだけど、それもこれも全部理由はお弁当を作ることになっているからだ。
朝お弁当を受け取る時に会って、夜にお弁当箱を返しに来てくれた時に話す。全部お弁当を作ることになったからこその日課なんだよね。
こうやって何かしらの理由をつけないと会いにくいというのは私も竜胆君も同じ。
どうにも恥ずかしいというか、どうしてればいいのか分からなくなっちゃうんだよね。
こういう関係になってちょっとずつ距離は縮まってきたけど、お互い何の理由も無しに会おうとかそこまで近くはなれていない。
でもいつかは………彼と毎回会うたびに私が思っている事でもある。
今は何でもない日はカウンター越しで話すのが精一杯で、それ以上はちょっと………というかかなり恥ずかしい。
何となくこれまで会話以上のことが出来たのは、周りの空気みたいなものがあったからなんだよね。
もちろん彼への気持ちは嘘じゃないし、ちょっと変わってるけど彼とこういう関係になれてすごく嬉しい。
でも恥ずかしいものは恥ずかしいし、彼に迷惑はかけたくない。あんまりグイグイ行ったら引かれそうだし。
そういう距離感は未だによく掴めていない。竜胆君の方から何かしてくれたらいいのにな。
私としてはそういうのは全然してくれて構わない。たまに彼の温もりが恋しくなる時もある。
でも彼が何もしてこないし、無理にするものでもない。彼がもうちょっとガツガツした子だったら、なんて思ったのも一回や二回じゃない。
手を繋ぐくらいなら………大丈夫、なのかな………。今度挑戦してみようっと。
すると目の前の道路を一人の男性が通り過ぎて行った。私はそれを見て思わず息を呑んでしまう。
それはちょうど今考えていた竜胆君だった。
そういえば今は学生の下校時刻、この時間帯に彼とここで会うのも不思議なことじゃない。
それでもこうやって道端で会えたのは嬉しいな。ちょっと運命的なものを感じる。
そうだ、途中まで一緒に帰ろうかな。ついでにちょっとでも距離を縮められたら………。
そう考えた私は彼の方に向かって歩き出そうとした。って、荷物あるからあんまり急げないや。あ、呼んだら振り向いてくれるかな。
「おーい、竜胆………」
彼を呼ぼうとした時、私は視界に入ってきた光景を見て思わず声を止めてしまった。
彼の後ろを追いかけるようにして、一人の女の子が歩いてきたからだ。
それはこの前会った彼の幼なじみ(本人は微妙な反応だった)少女、たしか、東風ちゃんだったかな。
彼女は彼の後について行くようにして歩いていた。一緒に帰ってるんだ。
東風ちゃんと竜胆君は何やらお話しながら帰っている。私はその光景を何とも言えない気分で見ていた。
理由は何となく分かる。彼女と竜胆君の距離感を感じたからだろう。
これまで彼は私といる時以外はいつも一人でいるように見えた。
彼の無表情でちょっと近寄りがたい印象は今でも抜けきってはいない。だってほら、いつもは無表情のままだし。
だからこそふとした瞬間に彼の柔らかい表情が見れた時はすごい嬉しいし、そういう私達の時間は私にとってもかけがえのないものだ。
そんな彼が私以外の人と話しているのだ。この前竜胆君と東風ちゃんが話しているのを見たとはいえ、結構違和感がある。
そんな竜胆君はいつもの無表情ではなく、いくばか柔らかい表情をしていた。それだけでも彼らの距離感がうかがえる。
ああいう表情、私以外にもするんだ。
そう思うとどこか心につっかえるものがあった。本当に僅かだけど、たしかに感じられる。
いやいや、別にあの光景を見て変なことを思う事は無いよね。ただ友達と帰ってるだけだもん。ここで私が二人の間に割り込むのは失礼か。
私はそう自分に言い聞かせて、私は家に帰るべく竜胆君達とは別の方向へと歩き出した。
それから数日後の朝。
私はいつも通り竜胆君のお弁当を作っている。今日は朝からちょっとご機嫌なんだよね。
昨日新作をお弁当に入れたら、竜胆君がとても喜んでくれた。これならお店に出してもいいんじゃないかって!
やっぱり自分の作ったものを人に認めてもらうっていうのはすごく嬉しい。それが大切な人なら尚更だ。
というわけで朝からちょっとご機嫌な私はお弁当を作り終えると、お店の準備をしつつ竜胆君が来るのを待った。
しばらくしてお店の扉がギイッと開いて人が入ってくる。まだお店を開けてないのに入ってくる人は彼しかいない。
「雛罌粟さん、おはようございます」
予想通り入ってきたのは竜胆君だった。いつも通りの制服を着ている。
「おはよう竜胆君。はい、お弁当」
私はカウンターに置いておいたお弁当を竜胆君に手渡した。
「ありがとうございます」
竜胆君はそう言ってお弁当をリュックの中にしまった。
「そういえば、昨日竜胆君が美味しいって言ってくれたあのおかず、今度からお店に出そうと思うの」
「そうですか。あれ本当に美味しかったですから人気出そうですね」
「そうだといいんだけどね」
そもそも新メニューの人気以前に、ウチはそこまでお客さんが多いかと言われると違うような気がする。
「まぁその辺は言っても仕方ないですよ。試さないと分からないこともありますし」
「そうだね。ありがとう」
こうやって彼はたまに私を励ましてくれる。本人はそのつもり無さそうだけど。
「竜胆さーん、行きますよー」
すると向かいの道の方から声が聞こえてきた。ちょっと覗き込んでみると、竜胆君を見つけたのであろう東風ちゃんが手を振っていた。あ、登校も一緒なんだ。
「はいはい分かったから騒ぐな。それじゃあ雛罌粟さん、行ってきます」
「え?………うん、行ってらっしゃい」
竜胆君は軽くお辞儀をすると東風ちゃんの方へと向かっていった。いつもだったらもうちょっとお話出来るんだけどな。
「もう、早くしないと電車遅れますよ。ほら、急ぎますよ!」
そう言って東風ちゃんは竜胆君の腕を掴んで、駅の方まで歩いて行く。
こういう事にお互い躊躇いがないのも同い年の友達だからなのかな?それとも心の距離の問題?
「いや、そんなに急がなくてもいいから!ちょ、引っ張るなっての」
そう言いながらも竜胆君はその手を振り解いたりせずに、そのままついて行く。
そんな事を言いながら駅に向かう二人を、私は微妙な気持ちで見送った。
何となくだけど、私と竜胆君や東風ちゃんの違いというか、それによる結果を見せられたような気分だなぁ。
何かモヤモヤする………いや、何考えてるんだろう。これくらい当たり前だって。でも………
「仕事戻るか」
そう呟いて、私はお店に戻っていった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。