夕食を食べ終えた僕達は、しばらくリビングでゆっくりした後またお風呂に入った。もちろん次は別々でね。
先に入った僕は窓の外を見た。
風はそれなりに収まったとはいえ、まだ雨が酷いな。やっぱり今日帰るのは無理っぽい。
「ふぅ、二回も使わせてもらってごめんね」
僕の後にお風呂に入ってきて出てきた雛罌粟さんが髪をタオルで拭きながら言ってきた。
「いえ、大丈夫ですよ」
僕はそう言ってお風呂上がりの雛罌粟さんを見た。
昼間も見ていたはずなんだけど、あの時はそれ以上に一緒に入った事の方が大きくてあまり気にしていなかった。
拭いている黒髪は多少濡れている事によって艶が増しており、肌もしっとりとしていた。
パジャマは僕のヤツを一着貸している。複数持っててよかったよ。
一応サイズは大丈夫なはずなんだけど、やはり体格差の問題なのか一部キツいところがあるようだ。……主に胸周りが。
僕のパジャマではどうやら雛罌粟さんの綺麗なスタイルを完全に隠す事は出来なかったようだ。
そんな事もあって今の雛罌粟さんは昼間の時よりもとても艶やかだった。目のやり場に困るけど眼福だなぁ。
「? どうかした? こっちずっと見てるけど、私なんか変?」
すると雛罌粟さんがこちらを振り返って怪訝そうに尋ねてきた。
ヤバッ! ちょっとジッと見過ぎたかな。
「い、いえ、何でも無いです!」
僕は急いで雛罌粟さんから目線を逸らした。
いくら綺麗だからといってもさすがにこれは失礼だったな。気をつけないと。
そして二人ともお風呂から出てきて少しした時僕はある問題に気がついた。
雛罌粟さんの寝る場所だ。
昔両親が使っていたベッドはもう捨ててしまっている。椅子とは違い毛布とかの管理が結構面倒だからな。
ウチは元々客が来る事なんか想定していない。だからこの家にある寝るためのものは僕のベッドだけだ。
となると雛罌粟さんはどこで寝ればいいんだ?
どうしよう、泊めるなんて言っておきながらその辺全く考えてなかったな。うわぁ、初歩的なミスだ。
まぁ僕のベッドを使わせてあげればいいか。僕はそうだな……その辺のソファーででも寝るとしよう。
「えっと……それじゃ僕は今日はソファーで寝るので、雛罌粟さんは僕のベッド使ってください」
僕はそう言ってソファーに寝転んだ。
「え⁉︎それは君に悪いよ。私の問題でお邪魔させてもらってるのにそこまでしてもらうのは……」
え〜だから気にしなくていいんだって。
「たまにやってる事なんで大丈夫ですよ。このソファーだってそれなりに大きいですし、寝るには困りませんよ」
「でも君のベッドでしょ? それなのに私が使って君がソファーだなんて、申し訳ないよ」
いやいやそんな事言われてもなぁ。
「けど、この家に他に寝るもの無いですよ?」
というかあったとしても、そんなもの広げるようなスペースはこの家には無いしな。
「だったら私がソファーで寝るわよ。だから竜胆くんは自分のベッドで寝て大丈夫よ」
それは……どうなんだ? 雛罌粟さんをソファーで寝させるのはかなり気が引けるんだけど。
その後も二人で色々と話し合った。
お風呂の時もそうだったけど、何でこんな事で時間を使わなきゃならないんだ。
この人ちょっと遠慮しすぎな気がするな。大人らしいといえばらしいんだけどさ。
そんな事を思いながら僕達は話し合った。
それから一時間後。
そろそろ寝るにはちょうどいい時間になってきた。
今僕と雛罌粟さんは僕の部屋で何で話していた。といってもただの雑談程度だけどさ。
「君の部屋って思ったよりも整理されてるんだね」
「僕ってそんなに整理整頓出来ないイメージですか?」
これでも整理とかはするよ。まあま主に自分の集めてるものは、だけどね。学校のものとかはあまり片付けたりしない。
「なんとなく、だけどね。色々なものが飾ってあるけど、これ趣味?」
雛罌粟さんは僕の部屋にあるラノベやアニメのポスターを見ながら尋ねてきた。
「ほとんど趣味ですよ。アニメとかゲームとか結構好きなんで」
昔から興味があってその時から集めているものもある。
興味があればとことん追求するからな。そりゃコレクションも多くなるよ。
「……あの、これでよかったんですか?」
僕は雛罌粟さんに小声で聞いてみた。色々と問題がある気がするんだけどなぁ。
「ま、まぁ、これがお互いの要望を通したといえば通してるし」
雛罌粟さんは少し緊張気味で答えた。
それはそうなんだけどさ。何でこうなるんだよ。
「けど、だからって……その……一緒に寝るってのはちょっと……」
僕は気まずくなり雛罌粟さんから目線を逸らす。
話し合い結果からすると僕達は一緒に寝ることになってしまった。
あの話し合いてお互いが譲らなかったので、なし崩し的にこうなってしまった。
だから僕達は今、僕の部屋のベッドの上で話している。
「やっぱり、ちょっと恥ずかしい、ですね」
「そ、そういう事は言わないの」
僕の隣で寝ている雛罌粟さんは気まずそうにしながら言った。
だって何言ったらいいのか分からないし。かと言ってこの状況で黙っているのは余計に恥ずかしいし。
「ねぇ、私がいて狭くない?」
「大丈夫ですよ。僕寝相はいい方なんで」
僕は雛罌粟さんの質問に手短に答える。
そうは言っても決して広くない僕のベッドの中で、僕と雛罌粟さんの距離はそこまで遠いものじゃない。
隣で寝ている雛罌粟さんの格好は当然お風呂上がりの時と同じ格好で目のやり場に困る。
しかも今は距離も近いのでたまにいい匂いがする。それが余計に僕を恥ずかしくさせる。
一緒にベッドに入ってから数分経っているが、この空気に慣れる気配が一向にない。
だって見ただけなら否定しようのない同衾だ。そりゃ恥ずかしくもなるって。
しかもついお昼までただの喫茶店の店長と客の関係で、お互いの名前すら知らなかったのに。
しばらく気まずい雰囲気が流れていたが、ふと雛罌粟さんが思い出したように話し始めた。
「その、今日助けてくれてありがとうね」
「今さら何ですか?」
「ほら、今日は色々とあったからちゃんと言えてなかったでしょ? だから言おうと思って。君が助けてくれなかったら怪我とかしてたと思うし、それにここまでしてくれて」
そういえばそうだけど、別に気にしてないから全然構わないんだけどな。
むしろここまでしてきた過程で雛罌粟さんに対してドキドキしていた僕としては、下心があったみたいで申し訳ないし。
「僕の方こそありがとうございます。あの耳栓どうしようか悩んでいたんで」
僕もそういえば言えてなかったと思い、雛罌粟さんにお礼をした。
「お店の落とし物を届けただけだよ、気にしないで」
そうだとしてもこの大雨の中届けるってのは結構すごい事だよ。普通はやらないし。
この人は本当に気遣いが出来る人だ。しかも人のために一生懸命になる事が出来る。
「そうですか。でもこれからはあんな事やめてくださいよ。色々危険なので」
あの台風の中一人で歩いていた雛罌粟さんを思い出すと、どうしても心配になる。
「大丈夫よ、私そんなにヤワじゃないから。気にしなくても……」
「そういう問題じゃないんです」
笑いながら答える雛罌粟さんに僕はちょっと低めの声で言った。
「人のために頑張れるのはいい事だと思いますよ。でもやっぱりあなたには元気でいて欲しいんです。傷ついて欲しくないんです。元気でいつも通りにあの店で僕達みたいな客を待っていて欲しいんです。だからあまり無理しないでくださいよ。あのお店を守れるのはあなたしかいないんですから」
そう言って僕は雛罌粟さんのおでこを軽く小突いた。
しかし僕はそこで不思議に思った。
なんで僕は人の心配でここまでムキになってるんだろう? 何でここまで一生懸命なんだろう?
やっぱり僕があの店にそれなりの愛着を感じてるからかな?
僕は『Cafe Red Poppy』の常連ってわけでもないけど、それでもあの店は僕にとって大切な休憩場だ。というかそれ以外の休憩所は家しかない。
そしてそこにいる雛罌粟さんもなくてはならない存在なんだ。だから彼女にはいつも元気でいて欲しい。
それに多少とはいえ知り合った人が傷つくのを見たくはないかな。
雛罌粟さんは何故か少し呆然としていたが、やがてフッと笑って言った。
「君は……やっぱり優しいね」
「そうですか? 割と普通ですよ」
というかやっぱりってどういう事だ? 前に何かしたっけ?
雛罌粟さんは優しい目で僕を見て言った。
「今日は濡れたり怪我しかけたり色々嫌なこともあったけど、君とこうやってちゃんと知り合えたのは嬉しかったな」
「そうですか……僕もです」
僕は短く答えた。
僕はこの人の色んなことを知れた事を何故か嬉しいと感じていた。そしてもっと知りたいと思った。
そこまで言って結構自分が恥ずかしい事を言ってしまっている事に気がつき、僕はまた雛罌粟さんから視線を逸らした。
雛罌粟さんも僕の行動を見て自分の言ったことを恥ずかしく思ったのか、目を逸らした。
「そ、それじゃ、そろそろ寝ますか?」
「うん、おやすみ」
僕達は目を閉じた。
その日の夜、僕達は奇しくも同じ夢を見た。
それは僕達が初めて会った時の夢だった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。