第64話 ナンパ
段々と肌寒くなってきたなぁ。帰りのSHRを聞きながら、僕はぼんやりと空を見上げた。
つい昨日まで朝は日陰を歩いてくるようにしてたのに、今では少し日向に当たりたい時もある。
時期はもう十一月に入った。夏休みが終わったのがつい最近の事のように感じるのに、もう二か月経ってるとは。
時間が過ぎるのは早いと思い始めたのは、いつ頃からだっただろうか。一息ついている間に二日くらい経っているような感覚だ。
「よし、それじゃあ今日は終わるぞ」
教師の言葉が終わり、解散となる。教室の入り口が混雑する前に急いで廊下に出た。こんなうるさい所に長居なんて出来るかっての。
窓側の席になったのは、授業を受けるときは楽でいいけど、早く教室から出たい時は不便だな。
もっとも外に出てもうるさい事に変わりはないので、僕は耳栓をつけた。これが無きゃやってけないな。
ちゃっちゃと下駄箱に向かうと靴を履き替える。すると後ろから肩を軽く叩かれた。誰がやったのかは大体予想がつく。
振り返ると案の定東風だった。最近のほぼ毎日の光景だからな。
僕は基本的に一度耳栓をつけると、人との会話でも外さない。だってうるさくなるの嫌だし。
それに唇の動き見てれば何言ってるのかは大体分かる。別に騒音を我慢してまで外す必要は無い。
東風の口がパクパク動いている。えっと………『一緒に帰りましょう』だとさ。まぁこれも最近の日課だから予想してたけど。
「構わんよ」
僕がそう言うと東風はそそくさと靴を履き替えた。全く、数年経った今、まさか昔とほぼ同じ光景を見せられるとは。
小学生の時も東風が声をかけてきて、一緒に帰るなんて事はよくあった。高校生になってもあるなんて予想してなかったけど。
僕と東風は下駄箱を出て昇降口に行こうとすると、東風が僕の制服を引っ張ってきた。何だ?
僕はまたしてもパクパク動いている口を見た。
『竜胆さん傘どうしましたか?』
あ、いけね、忘れてたな。今日は雨の可能性があったから持ってきてたんだけど、置いて来ちゃったわ。
いつもなら折りたたみ傘使ってて、バッグに入れてるから忘れようがない。でもこの前壊れちゃったから普通の傘持ってきたんだよね。
仕方ない、明日の朝に降らないとも限らないし、取りに戻るか。
「ちょい取りに行ってくる」
『はい、分かりました』
僕はすぐに三階の教室前に戻る。まったく、こんな所に傘立て設置しないで欲しいんだけどな。戻るだけでも疲れる。
僕はそこから自分の傘を探して取ると、すぐさま下駄箱へと向かう。人が混雑してくると面倒だしな。
鬱蒼とした人混みの中をさっさと切り抜け、下駄箱に戻った僕は再び靴を履き替える。
とりあえず東風を探すか。どうせ東風ならその辺で待ってるだろ。先に行けばいいものを。
僕は東風の方へ向かおうとして、ふと立ち止まった。あれ?アイツどこ行った?
さっきまでいた場所にいると思ってたのに、そこに東風の姿は見られない。帰ったか?
そう思って辺りをキョロキョロと見渡していると、人気の少ない所にいる東風を発見した。あんな所にいたよ。
このまま置いていくっていう手もあるけど、それはそれで後々面倒なので引っ張ってくるか。
校舎が影になって見えてなかったけど、何か複数の男子生徒に話しかけられている。制服についている校章から見て三年生だな。
東風の知り合い、なわけはないか。ハタから見たら間違いなくナンパにしか見えないんだけど。
なんだか話し込んでいるし、面倒そうだから真面目に東風を置いていこうかな?
そう思っていたが、東風の様子を見た僕はちょっとマズいと感じた。
『ねぇ、君あんまり見ない顔だけどもしかして転校生?』
『あ、あの………私、人待ってるので………』
『え〜?いいじゃん。俺らと話そうよ』
東風が引き気味なのに上級生が離そうとしない。どうやら割と本当にナンパみたいだな。それも割と強引な。
周りの生徒も絡まれたくないのか、遠巻きに何人か見てるな。止める気はなさそうだ。
まぁ見てるのも五人いるかいないかだしな。対して向こうはガタイ良さそうだもん。
というか学校でナンパするヤツっているんだな。ちょっと引くぞ。
どうせ東風のことだ。声かけられて無視すりゃいいのに、断れなくてついて行ったんだろう。
男子達に囲まれてしまった東風は、どうすることも出来ずに縮こまっている。表情からして乗り気じゃないのは一目瞭然だ。
何やってるんだよ。あんなのスクールバッグで顔なり急所なりを全力で殴って、大声出せば助かりそうなものだけど。
仕方ない、そもそも僕が待たせたのが原因でもあるわけなんだし、ちょちょっと連れ戻すか。
僕は念のためにスクールバッグを開けておいた、何が起きるか分からないからな。筆箱は………いいや。
ため息を吐きながら僕は東風の方に向かった。何か面倒な事にならなければいいけど。
まぁ極力穏やかに済ませるつもりだ。面倒な事になるのは僕も望むところじゃない。
僕はそっと気配を消しつつ男子生徒達に近づくと、その間から手を伸ばした。
そして東風の腕を掴んで、通り抜けさせるようにこちら側へ引っ張る。
「東風、何やってんだ」
『あ、竜胆さん………』
東風は怯えたような目で僕を見てきた。その身体は僅かに震えている。そんなに怖かったなら助けを呼べよ。まぁ無駄だと思うけど。
「ったく、たった数分大人しく出来ないなら先帰ってろ」
『す、すみません。あの、今そこで声かけられて無理矢理……』
「あぁ、何となく察してるからいいよ」
僕は軽く東風の背中を摩ってやる。さてと、用件は済んだ。さっさと帰るとするか。
僕か東風の手を引いて帰ろうとすると、今度は僕達の行手を阻むように男子生徒達が取り囲んだ。
それを無視して進もうとするとまた阻んでくる。何なんだよめんどくさい。
「退いてくれませんか?」
『お前こそ退けよ。俺らその娘に用があるんだよ』
「だそうだ。どうする?」
僕はわざとらしく東風に聞いてみた。東風は勢いよく首を横に振る。だろうな。
「というわけです。残念ながらナンパは失敗ということですので、女性を誘いたいのでしたら回れ右をして他を当たってください」
僕は穏やかに事を済ませるように、最大限の敬語で話すとその場を離れようとした。
よし、ちゃんと言葉遣いには気をつけたし、これで穏やかに事を済ませられただろ。
そう思って帰ろうとしたのに、上級生達はなかなか通そうとしてくれない。何だよ。
「申し訳ありません、最大限足を広げて退いてくださったのでしょうが、その歩幅が小さいためかそれでは通れませんので。お手数ですがもう少し離れてくださいませんか?」
多少イラッとしたが、ここでキレるのはマズい。僕は努めて丁寧にお願いした。
『おいお前、上級生に対する礼儀がなってないんじゃねぇか?』
あれ?おかしいな。僕なりに最大限の礼儀は尽くしたつもりだったんだが。わざと退かなかったのを黙認したんだぞ?
それとも読唇術に頼ってたから、言いたいことを誤解して受け取ってた?
「おい東風。あの人達はお前をナンパして、僕達を通そうとしていないって事でいいんだよな?」
試しに小声で聞いてみると、東風は小さく頷いた。だよな?
面倒になってきたなぁ。スクールバッグの中に手を伸ばしかけたが、その手を止める。
周りに人もいる。東風だけなら構わないんだが、そうでないなら下手なマネは出来ない。
「そうですか。それは失礼いたしました」
僕は短く会話を切ると別の方向に進んだ。しかしまたしても邪魔をしてくる。
正直無理すれば通れるんだけど、それはそれで面倒事になる。いっその事東風を渡すか?その方が僕には得だ。
まぁ、それが出来てたら最初からしてるか。はぁ………僕って何だかんだで理論的に考えられないんだよね。我ながらウンザリする。
『人の話無視してんじゃねぇよ』
いや、謝ったじゃん。
「ナンパに失敗して感情的になられているようですが。この状況先生方に見つかった場合、あなた方が怒られるというのをご理解していただけているでしょうか?それとも僕の言う事の理解が難しいようでしたら、もう少し噛み砕いてご説明いたしましょうか?」
ちょっとずつ言葉遣いが変になってきたな。でもこんなヤツらにこれ以上の礼儀は不要だろう。
『あ?舐めてんじゃねぇぞ』
真面目に読唇術での捉え方間違えてないよな?いつも使ってるから間違いないはずなんだけど。
これ耳栓外して話した方がいい?それとも僕の話が長いのがイラつくのかな?悪い癖だとは思ってるんだけど。
一応理論的に考えれば、逃げた方がいいって分かるように話したんだけどな。
こうなったら仕方ない。さっさと終わらせるのを優先させるか。
「そうですか。それでは生徒指導の先生がいらっしゃったので、彼を交えて話し合いましょう」
『何だと⁉︎』
僕ばかりに目が向いていたのか、上級生達は本当に先生が来たと思ったようだ。もちろん来てるわけない。
上級生達の目線が僕から離れた隙に、僕は東風を引っ張って全速力で走る。そのまま生徒達の人混みの中に飛び込んだ。
馬鹿だねぇ。人と戦う時は周りの状況を常に確認する。戦う時の常識だぞ。
『あ‼︎おい!どこ行きやがった‼︎』
上級生達が何やら叫んでいるが聞こえないフリだ。同じ服の中に紛れればある程度はバレない。制服って素晴らしい!
まぁバレたとしてもこんな大人数の中なら下手な事は出来ないだろ。
本当は人混みの中なんていたくないが仕方ない。さっさと駅に行こう。
『あ、あの、ありがとうございました』
「別に。何ともないか?」
『はい………』
それならいいか。まったく、こういうトラブル気質なのも相変わらずだな。
「さてと、こんな人混みさっさと抜けるぞ」
「はい………」
この時、東風の表情が暗かったのをもう少し言及してあげるべきだった。それをその時の僕は知らない。
最後まで読んでいただきありがとうございました。