文化祭一日前にして、学校はちょっとしたお祭り気分になっていた。
ただでさえうるさい学校がより一層うるさくなり、僕としてはふざけんなと言いたいところだ。
LHRでも文化祭の準備をする時間が増えてきて、実行委員の指示のもと準備を進めている。
僕は文化祭なんてやろうとやるまいとどちらでもいい。むしろ騒がしくなるならやらない方がいい。
でもそこでやらないと突っぱねるほど僕も子供じゃない。毎度お馴染みの耳栓をつけてそれなりに準備を手伝っている。
文化祭では学年でやる事が決まっている。一年生は受付、二年生は遊び、三年生は食べ物だ。
まぁ単純に考えれば一番準備をしていてやりがいがあるのは二年生だろう。そんなわけでウチのクラスも張り切っている。
やれ内装だのやれクラスTシャツだのって、こういうことに本気になれるみんなはある意味尊敬するね。
そんなめんどくさい準備も一区切りついたところで、今日は解散となった。後は自主的にとか何とか言ってたので遠慮なく帰らせてもらう。
外に出ると周りにいるのは運動部の人達ばかり、どうやら他のクラスでもほとんどの人が残って準備に張り切っているのだろう。もしくは嫌だけど逃げ出せないか。
生憎僕はそういう空気を読むのは苦手だ。それに僕にはクラスや文化祭よりも何億倍も大切なゲームとアニメが待っている。こんなことに割く時間など持ち合わせていない。
さっさと帰るか。そう思って学校を出ようとすると、視界の端に見慣れた人がいた。
東風だな。あんな所で何してるんだ?
すると東風の周りを何人かの女子生徒が囲んでいた。雰囲気からして東風とは正反対の性格みたいだ。学年はまばらだな。
何かつい最近にもこんな光景見た気がするんだが。また何か変なのに絡まれたか?
けど今回はちょっとヤバいかも。剣呑な雰囲気が見てるだけで伝わってくる。
本当はスルーしたいところだけど、この前のこともある。適当に首根っこ引っ張ってつまみ出しとくか。
僕はその場に行くと女子生徒達の間から手を伸ばして、東風の胸ぐらを掴んだ。そのまま引っ張ってこっちに引き寄せる。
『きゃっ!………あ、竜胆さん』
「この前と同じ反応するなよ」
僕は呆れながら東風を囲んでいた女子生徒達を睨んだ。
するとこの前の連中よりかは物分かりが良いようで、東風を一睨みしてから逃げて行った。
「またトラブルかよ。今度は何があったんだ?」
『それは………えっと………もう大丈夫ですから、気にしないでください』
東風はそう言うとその場を離れようとした。どう見ても様子が変だ。何かあったか。
僕は逃げようとした東風の腕を掴んだ。
「ちょっと待てっての。あの様子で大丈夫なわけないだろ。どうしたんだ?というかアイツら誰だ?」
『…………本当に、大丈夫ですから。自分で何とか出来ます』
東風はそれだけ言うと僕の手を振り解いてしまった。何だ?怖いってだけじゃなさそうだけど。
『もう帰るんですよね?私はもう少し残りますので、さようなら』
そう言って東風は校舎の方に行ってしまった。
引き止めるべきだったかな………いや、それはいくら何でも過保護だよな。
アイツだってもう高校生だ。でも………アイツの身体、震えてたな。
まぁとりあえず様子見が一番だな。あれ以上に酷くなるようならちょっと問いただしてみるか。
そう思って僕は学校を出て行った。
「…………という事がありまして、どう思いますか?」
「どうって言われてもねぇ」
僕の質問に雛罌粟さんは困ったような顔をした。
ここは『Cafe Red Poppy』。外はもう暗くなっており、虫の鳴き声が小さく聞こえる。
いつものように『Cafe Red Poppy』にやってきた僕は、雛罌粟さんの淹れてくれたコーヒーを飲みながら今日の事を相談していた。
こんなことしてる辺り僕も気にしてるんだろうな。感情に左右されるなんて面倒なこった。
いつの間にか、この時間が僕の当たり前の憩いの時間になっている。だからこんな話もしてしまうのだろう。
「君から相談なんて珍しい事もあるものだね。………うーん、本人が大丈夫って言うなら放っておいた方がいいとは思うけど」
「やっぱりそうなんですかねぇ」
間延びしたように言ってから、僕はコーヒーを一口飲んだ。うん、今日も美味いなぁ。
東風なりに何か考えているのなら、それを僕が隣からどうこう言うのは迷惑かな。
「それにしても、竜胆君って本当に東風ちゃんの事気にかけているんだね。何か友達ってよりは先輩とかお兄さんって感じがする」
「そう見えるもんですか」
お兄さん、か…………未だに覚えてるもんなんだなぁ。
僕は小さくため息をついた。我ながらちょっと心配しすぎってのは自覚している。
でもやっぱり昔が昔なだけに気にはなってしまう。
東風だって成長してるわけだし、そういうのが良くないってのも分かってる。
けどあの様子、絶対何か面倒な事に巻き込まれただろ。それを察してしまうと、どうしても気になる。
「ねぇ、何でそんなに東風ちゃんの事心配してるの?ただトラブルに巻き込まれやすいからってだけじゃないんでしょ?」
さすがだなぁ。そこまで分かってるんだ。って、これだけ話してたらさすがに分かるか。
「ちょっと昔に色々ありまして。東風の事に踏み込めなくて放っておいたら、一回とんでもないことになるところだった事があったんですよ」
東風は少し問題を抱えたヤツだった。当時の僕は東風と出会った頃からそれが分かってた。
当時僕は自分のことでも色々あった。そのため人の事にあまり踏み込めなくなっていた。
だから東風に何かあったのが分かっても、中々のそれについて聞くような事は無かった。
彼女の気持ちを知らない僕が、介入するなんて間違ってると思っていた。
そのせいで東風が大変なことになった事があったわけだ。
もしあの時、ちゃんと踏み込めてたら東風はあんな目に遭う事は無かったかもしれないのに。
結果として僕は、東風にも彼女の家族にも迷惑をかけてしまった。
それから僕はつい東風の行動を気にしてしまうようになった。でもさすがにしすぎだったか。
「そうなんだ。でも人の事ってどうしても聞きにくいところはあるから、放っておくのが一概に悪いとは思わないけど」
そういうものかな?でもあの様子、東風は何かに怖がっていた。
それなのに無理してまで大丈夫と言ったんだ。何かあるのは間違い無さそうだな。
「まぁ結局は人それぞれなんだし、君なりのやり方でやってみれば?これまでも仲良くやってこれたなら、少なくとも東風ちゃんは君の性格を受け入れてるんでしょ?」
「そうなんですかね?って、すみません。こんなこと話されても困っちゃいますよね」
我ながら情けなくなる。他人との人間関係なんて聞いても、どうしようもないのなんて分かってるのに。
「ううん、何か悩みがあるなら言って欲しいな。私も出来る限り協力するからさ」
「ありがとうございます」
やっぱりこの人は暖かい人だ。他人のために一生懸命になれる。今時珍しい人だと思う。
でもずっとこれに甘えるわけにはいかない。自分の問題なら自分の力で何とかしときたい。
僕はコーヒーを飲み終わると、お会計を済ませて荷物をまとめた。
「それじゃあ僕はこれで。おやすみなさい」
「うん、おやすみなさい」
雛罌粟さんと挨拶をかわすと、僕は『Cafe Red Poppy』を出た。
冷えてきた寒空の下、冷たい風に微睡んでいた意識がリセットされて、目が冴えた。
それでもなんだか面倒そうな予感だけはリセットされることは無かった。
それから数日間、東風は僕と一緒にいるのを避けるようになっていた。
朝は通学路が同じなため会うことがほとんどだが、あんまり話さなくなったし、時には会わない事もあった。
クラスの中でも授業以外で見かける事が少なくなり、どこかに出ているようだった。アイツそんな用事あったのか?
帰りの時も一人で行ってしまったり、学校に残ったりと何やら忙しそうに感じる。
まぁ別にアイツがいなくなったところでどうという事はない。
この前の事は引っかかるけど、アイツにはアイツなりの事情がある。やはり過度な馴れ合いは避けたい。
東風が来る前の生活が戻っただけだ。特に寂しいとかも感じない。
そんなこんなで数日が経ち、いよいよ文化祭も近づいてきた。
この前の期末テストも全て帰ってきたからか、学校内は文化祭一色となってきている。
元々延期されていた文化祭だ。その反動もあるんだろうけど、さすがにげんなりする。
そんな中で僕はある事を思い出していた。前に頼まれていた事を果たさないと。
「東風、ちょっといいか?」
『………はい、何ですか?』
教室の中で、僕は隣にいた東風に声をかけた。なんだか久しぶりに話したような感覚がして、少し不思議な気分だ。
相変わらず僕は耳栓をつけているので、東風がパクパク口を動かしているようにしか見えない。それでも東風の言ってる事はちゃんと分かる。
「前に雛罌粟さんの店に行きたいって言ってただろ?結構前に許可もらってたの忘れてたわ。今日にでも行かないか?」
『今日、ですか。そう、ですね…………今日は親も遅いですし、行きましょう』
お、決まりか。ここ最近の様子から断られると思ってたわ。
「それじゃあ今日六時半、ウチに来て」
『分かりました。あ………私ちょっと用事が………失礼します』
東風はそう言うと荷物を持って教室を出て行った。
「はぁ………まったく」
教室を出て行く東風後ろ姿に、多少の不安を感じてしまった自分に、僕は呆れてため息をついた。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
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