僕は家に帰ると、いつも通りゲームをして時間を過ごした。そんな事をしていれば時間なんてあっという間に過ぎていく。
夕飯も食べ終わり、そうそろそろ六時半だ。そう思ったところで家の呼び鈴が鳴った。
来たな。僕はお弁当箱をバッグの中に入れると玄関に向かった。ドアを開けると、そこにいたのは東風だった。
「お、お待たせしました」
そう言う東風の服はいつもの学生服ではなく、レトロな長袖のワンピースだった。
さすがにこの前のように学生服で来ることは無かったようだ。よかったぁ、あれは夜道だと結構目立つからな。
というか何気に再会してから、初めて東風の私服を見た気がする。
何となく昔とは違う雰囲気が感じられて、それが似合う辺り東風も変わったなと思った。
「それじゃあ行くか。自転車で来たか?」
「はい」
「それなら僕の後ろついて来い」
僕は家を出ると自転車に跨って走り始めた。方向音痴なところがある東風だけど、僕の後ろをついて来る事なら出来るだろ。
それでもやはり心配になり、ちょいちょい後ろを確認しながら『Cafe Red Poppy』に到着した。
僕は自転車から降りると、お店の扉を開けた。東風もその後に続く。チリンと綺麗な音色が僕を優しく出迎えてくれた。
そしてカウンターには雛罌粟さんがコーヒーを淹れて待っていた。最近は来る時間が決まってきたから、それに合わせてくれたんだろう。
「竜胆君、いらっしゃい………って東風ちゃん?」
「どうも。あの、この前連れて来てもいいと言っていたので連れて来たんですが、大丈夫でしたか?」
いきなり連れて来ちゃったからな。朝お弁当貰う時に一応言っておくべきだったか。
「あぁうん、全然大丈夫だよ」
「すみませんね………っておい、入って来いよ」
「あ、はい。失礼します」
初めて入るためか若干緊張していた東風は、扉の前で呆然と店内を眺めていた。僕はそんな東風を店の中に入れてやる。
まぁその気持ちも分からんでも無いがな。初めて来たお店ってのはどうしてもそうなるものだ。
僕はいつも通りお弁当箱を雛罌粟さんに渡すと、カウンターの席に座って、その隣に東風を座らせた。
「お前もコーヒーでいいか?」
「は、はい。よろしくお願いします」
席に着いた後も、東風はキョロキョロと辺りを見渡していた。夜遅くにこうやってお店に来る事自体初めてなんだろう。色々落ち着かないところがあったのかな。
「はい、どうぞ」
しばらくして僕と東風の前にコーヒーが置かれた。僕ほそれを一口飲む。美味いなぁ。
すると、それを見ていた東風も、僕を真似するかのようにコーヒーを飲んだ。
「あ……美味しい、です」
「そう?よかった」
東風の素直な感想に雛罌粟さんは嬉しそうに笑った。東風にもこのコーヒーの美味しさが伝わったようだ。僕はそれを横目で見つつコーヒーを飲んでいる。
「そういえば東風ちゃん。昔の竜胆君ってどんな感じだったの?」
「ちょ、雛罌粟さん⁉︎何聞いてるんですか!」
いきなり変なことを聞き始めた雛罌粟さんに、僕は思わずツッコんだ。せっかくこの前言われなかったと思ったのに!
「え〜いいじゃん。だって君そういう事話してくれないし。この前聞きそびれちゃったからさ」
それは話したくないからだよ!だって単純に恥ずかしいし。小学生の頃は今以上に、ちょっと子供っぽいところもあったし。
すると東風はしばらくの間うーんと考えるようにしていた。って言うのかよ!
「そうですね、今とあんまり変わりませんよ。物静かでいつも一人でいて、人と関わるのを避けてましたね。そのせいで周りの人達から嫌われることも多かったですね」
「へぇ、竜胆君って昔からそんなだったんだ。何か変わった小学生だね」
「そうですね。クラスメイトだけならまだしも、先生からも問題視されてましたから。考えが読めないとか社交的じゃないとか色々言われてましたね」
そうだっけ?東風はよく覚えてるもんだなぁ。僕にとってはどうでもいい事なのですっかり忘れている。
「そんな感じだからかクラスメイトとか上級生に絡まれる事も多かったですね」
「うーん、まぁたしかに小学生相手にこの態度は、衝突しか産まなそうだね」
そうなのかなぁ。僕は理論的に考えたら、ちゃんと納得出来るような事を言うようには心がけてたつもりなんだが。語彙力の問題かな?
「おかげで私も巻き込まれる事がよくありましたね」
東風は苦笑混じりにそう言うと、コーヒーを飲んだ。
「へぇ、他には何かあるの⁉︎」
「そうですね………」
それからは東風が雛罌粟さんに聞かれるがままに、僕の事を教えていた。楽しそうな二人を見てたら止めるに止められない。
もう何なんだよ。何で僕の昔話になってるんだか。まぁ東風も楽しめてるようだから良しとするけど。
最初は連れて来てもいいものかと悩んだけど、今はそれでよかったと思えていた。
ここ数日の暗く沈んだような表情とは違い、今の東風はすごくリラックスしてるような気がする。
色々抱え込んでしまう事の多い東風には、こういった息抜きの場が必要なのかもしれない。
「でもよかったですよ。これで竜胆さんが劇的に変わってたら、それはそれで戸惑っちゃいますから」
「そうなの?とっつきやすくなるのはいいと思うけど?」
「それはそうなんですけどね。…………やっぱり竜胆さんはこれでいいと思うんです。昔のままの竜胆さんが私はいいって思います」
そんなもんなのかねぇ。僕にはちょっとよく分からない。
「あ、そろそろ時間だな。東風、帰るか」
「そうですね。コーヒーごちそうさまでした」
「うん、また来てね」
僕と東風はお会計を済ませると、『Cafe Red Poppy』を出た。
「送っていくか?」
「そうですね。お願いします」
という事で、僕と東風は自転車に乗り夜道を二人で走っていた。
まったく、とんだ暴露会になってしまった。これまでで一番賑やかだったな。
でも、東風の言っていた一言が僕の心に深く残っていた。
昔のままの僕………ねぇ。
非社交性だったり、根暗なところだったり『将来のためだ』とか何とか言ってな。
僕の事を知らないから仕方ないにしても、そんな人達のせいで僕は大人が、というより人が信じられなくなった。
誰も彼もが『気持ちは分かる、でもこれからのために立ち直ろう』なんて言ってきた。
でもだったらお前達は僕と同じ体験をしたのか?同じ事を体験して、同じ事を感じてきたのか?
そうでもないのに、人の気持ちなんて不安定なものが、どうやったら理解出来るのか。
分かりもしないものを分かった事にしてかけた言葉に、一体何の意味があるのか。
もちろん世間一般的に見たら僕が間違ってるのなんて分かってる。
いつまでも過去に囚われずに前を向いて生きる。何なら今でもそう思ってる。そのために今の僕があるのだ。
でもそうしようとするたびに心に出てくるのはささくればかり。
どんなにいい言葉を投げかけられても、それは僕の欲しい、前を向くための言葉じゃない。
そうしていく内に僕は人から心を閉ざしてしまった。
人と人とが分かり合うことは決して無い。
誰一人として同じ人間なんていないのに、他人の事をどうやったら分かり合えるのだろうか。
そんな中で分かち合ったものなんて、ただの妄想だ。そんな仮初めの理解に意味なんてない。
誰からも理解されないから、自分の決めた事は自分でやる。たとえどんな事をしても、自分のために貫き通したい。
理解し合えない人間達の住むこの世界の正しさなんて、誰も分からない。だから自分の正しさは自分で決める。
たとえ世界が否定しても、自分だけは貫き通す。それを否定すれば、それは自分自身を否定することになるから。
だから僕は前を向くのをやめてしまった。下を向いて、這いつくばりながら泥水啜って生きる道を選んだ。
その生き方をあの時の自分が求めているが分かったから。
「なぁ、東風」
そんな事を考えていたら、僕は自然と東風に声をかけていた。
「何ですか?」
「さっき雛罌粟さんに言ったことって本当か?僕が変わらない方がいいって」
「え?もちろんですよ。変わらない竜胆さんがいたからこそ、今の私がいるんですから。変わってばかりがいいとは思えません」
東風はさも当たり前のように言った。これが雛罌粟さんからの言葉だったら、まだ流せた。でもコイツは………
「それは僕のやってる事も含めてか?」
「まぁそうですね。というかこれ以外の竜胆さんを知らないからっていうのもあるんですけどね」
そうだろうな。東風と出会った時から、僕は今の僕とあんまり変わってないように思える。
そうこうしてるうちに、いつの間にか東風は自転車を止めていた。ここが東風の家か。
「あ、そうだ。前にも言ったと思うんですけど、お母さんが竜胆君と話したいそうなのでこのままウチに上がっていきませんか?」
「お前なぁ、それはいいって言っただろ」
「あくまでも竜胆さん個人にって事ですから。それならいいですよね?」
え〜?どうするかな?まぁ僕も色々聞きたい事はあるし、ちょっとくらいなら。
「分かったよ」
「ありがとうございます。って、あれ?お母さんまだ帰ってきてないのかな?」
東風の家の駐車場に本来あるべきであろう車はない。
「今は暇だし、ちょっと待つか?」
「すみません。それじゃあウチに入ってください」
僕は東風の自転車の近くに自分の自転車を止めると、東風に案内されて家の中に入った。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
少しでも読みやすいようにと、所々区切ってみたんですがいかがでしょうか?