「どうぞ、入ってください」
「あぁ、失礼します」
僕は東風に案内されて東風の家に入った。
「お茶………はいいですよね。えっと………私の部屋に行きますか」
「分かった」
僕達はそのまま階段を上がり、東風の部屋に向かった。
東風の部屋はスッキリした部屋で、勉強机とかタンス、ベッドがあるだけで、特に大きな装飾は見られない。
「そういえば、竜胆さんが私の部屋に来るのは昔を含めても初めてでしたね」
「そりゃあの時はお前の家、人を呼べる状態じゃなかっただろ」
「まぁそうですよね」
さすがにあの時の状態じゃ呼ばれても来ようとは思わないって。
昔一回だけ東風の家には来た事があったけど、あの時は遊び目的じゃないし、というかそんな平穏な状況じゃなかったし。
「お母さん遅いなぁ。今日は早めに帰るって言ってたんですけど」
「別にいいよ。時間はある、ちょっとなら待つよ」
それからしばらく僕達は東風の母親の帰宅を待つ事にした。正直帰ろうかとも思ったけど、これからグダグダ伸ばすくらいなら待つ。
「明日から文化祭かぁ………竜胆さんはどこか行ってみたいところありますか?」
ベッドに腰掛けていた東風が聞いてきた。文化祭ねぇ。僕は床に座りながら考えた。
「美術部はちょっと覗いてみるつもり。他はどうでもいいよ」
ウチの学校の美術部はお題を貰ってそれに関する絵を描くみたいな活動をしているらしい。
しかも著作権云々とか無いみたいだから、アニメとか特撮とかゲーム実況者の絵とか結構あるのよ。
やっぱりそういうイラストを間近で見られるってのはいいよね。だから去年も行ってる。
これでも結構気に入っていて、まだスマホで撮った写真を残している。
「そうですか。私も行ってみようかな。ちょっと気になります」
「その前にお前行けるのか?学校の教室の場所覚えてないだろ。即迷子になるよ」
「そんな事………無くは無いですけど」
コイツの方向音痴は絶望的だからな。来て数ヶ月でウチの学校の広い敷地を覚えきれるとは思えない。
「下手に動くと、この前みたいに変な生徒に絡まれるぞ」
まぁこの前は、僕が東風を置き去りにしちゃったのが問題だったんだけどな。
「そう、かもですね」
すると東風は急に元気を無くしてしまった。相変わらず感情の変化が分かりやすい。
やっぱりこの前の一件で何かあったんだな。
「なぁ、そろそろこの前何があったか教えてくれないか?」
「それは………私の問題ですから、竜胆さんが気にする事では………」
「お前が男子にナンパされたのだけでもあり得ないと思ったけど、女子は確実にあり得ない。どうせその二つ関係があるんだろ?それなら僕も関係がある」
コイツが何の理由もなく、学年がまばらな女子生徒から因縁をつけられるような事をするわけない。
まぁ学生の因縁なんて理不尽でなんぼだからなんとも言えないけど。ちなみにこれは実体験。本当に理屈も何もあったもんじゃない。
「………別に竜胆さんが気にするほどでもないですよ」
そこに関係があるのは否定しないか。やっぱり元凶はこの前のナンパなんだな。
「あの状況でそれは無いだろ。それにその様子だとまだ続いてそうだしな」
ここ最近の沈んだ様子を見ればそんな事すぐ分かる。
「本当に………大丈夫です。一人で何とか出来ます………」
あーもう、めんどくさいなぁ。
僕は軽く頭を掻くとその場に立ち上がった。それから東風の方を振り向く。
そして東風の肩を掴むと、ベッドに押し倒した。
「きゃっ⁉︎」
突然押し倒されて抵抗出来なかった東風は、何も出来ずに押し倒される。
僕は何も言わずに東風のふくらはぎに手を置いた。
「え⁉︎ちょ、竜胆さん⁉︎何してるんですか⁉︎」
東風が何やら叫んでいるが、本当は無視して手を進める。
そのまま僕は東風のスカートを軽くめくった。東風の白い太ももが露わになる。
そこには何かにぶつかったような大きなアザがついていた。
「これでも問題無いのかよ」
「あ………」
すると東風はバツが悪そうに顔を背けた。どうせあの女子生徒達につけられたんだろう。
「どうせ右の足首と手首にもあるんだろ。ついたのは一昨日くらいかな」
試しに右腕の袖を捲ってみると、予想通りアザがついていた。
「…………何で?」
「は?そんなもん見りゃ分かる。自転車に乗る時とか歩く時とか雛罌粟さんの所で座る時に、ちょっとピクってしてたからな。痛んだんだろ」
ハンドル握ったり歩いたり座ったりする時には、どうしても痛むものだからな。
「そんな………ちょっとしか見せてないのに」
「判断だけなら数秒あれば充分だ。というか一昨日辺りからそんな感じだったからってのもあるけどな」
学校でもちょっと変なところはあった。軽く足を庇うようにして歩いてたし。
「あのな、お節介かもしれないけどさ。このままにしておくと僕にも飛び火する可能性があるんだよ。さっさと話せや」
一応僕が絡んでるとなると、僕に被害が無いとも限らない。面倒事にならないためにも、早めに対処はしておきたい。
すると東風はふぅと息を吐いた。それから観念したように話し出した。
でも色々と東風の様子がおかしく、話が長引いたためまとめると次のようだ。
①この前の女子生徒達は、東風をナンパしてた男子生徒達の彼女だった。
②男子生徒達がそのナンパの事を声をかけたら馬鹿にされただの抜かして女子生徒達に話したところ、女子生徒達がキレた。
③東風を校舎裏に呼び出して『私の男に色目使うな』などと言いがかりつけて、説教だの馬鹿な事ほざいて暴行を行ったり、金を取られたりした。
④東風の反応が楽しかったのか女子達のイジメは続いて、今では他の無関係の生徒も巻き込んでいじめられている。 以上
「何だそれ………」
僕は思わず絞り出すような声を出した。色々呆れる要素が多すぎる。
そもそも向こうから勝手に声かけてきたんだろうし。別に東風が誘ったわけではない。
というか東風は色目使えるほどの頭は持ってない。それくらい見て分からないものか?
それに女子達は何で東風にキレるんだよ。そこはナンパした彼氏にキレるんじゃないの?それか少なくとも僕に。
それただ東風の事知って、やっかみ半分でいじめたくなっただけだろ。
「馬鹿らしい。てか、それくらいならすぐに言えよ。お前があんまり話さないから、何かすごい深い事かと思ったぞ」
まぁどうせ学生のイジメなんてくだらないものがほとんどだけど、まさかこんな理不尽な事だとは。
「それは………自分で何とかしたかったから………」
「お前やけにそこにこだわるな。何かあったのか?」
それを聞くと、また東風は黙ってしまった。でも次はしばらくして話してくれた。
「その、女子達の中に、私と同じ小学校の人がいたんですよ」
まぁ珍しいことじゃない。
ウチの高校に僕のいた小学校の人は多いと聞いたことがある。そこから近いからなんだろうけど。
「その人に言われたんですよ。………『またアイツに頼るのか』って『一人で何も出来なくて情け無い』って」
は?アイツって………………もしかして。
「僕のことか?」
僕が聞くと東風は無言のまま頷いた。
「んな馬鹿の
「だって本当ですから。いつも竜胆さんに庇って、助けてもらってばかりで、一人じゃ何も出来なかったです。竜胆さんみたいに一人で何とかしたいと思っても、私には何も出来なかった………」
そう言う東風は微かに震えていた。それは今の気持ちを必死に抑えようとしているとしか見えない。
その姿は昔と変わらない。あの頃の東風のままだった。でも正直こんな東風は見たくなかった。
僕と東風の関係を知っている。当時の僕達の状況を考えればソイツは間違いなく、当時から東風をいじめてたヤツなんだろう。
「周りの人達にいじめられた時も………お父さんの時だって、竜胆さんがいなかったら………だから今回、あの人達に『一人で何とかしてみろ』って言われて、やらなきゃって思ったんです。だから、何をされても私は自分の力で………」
ドンッ‼︎
突然耳元で大きな音がして、東風が驚いた事により彼女の声は止まった。
僕はそれが自分が壁を殴った音だと分かるのに、少し時間がかかった。自分がこんな事をするなんて思ってなかったからだ。
それでも、自分の中に湧き上がってきている感情だけは、しっかりと感じ取る事が出来た。
「…………ざけんなよ」
「竜胆さん………」
僕は東風の顔をジッと見た。色んな感情が混じり合った顔だというのはすぐに分かる。
「ふざけんなよ………何でそんなクソみてぇな能書き垂れてるゴミどもに言われなきゃなんねぇんだよ………」
東風はこれまでだってずっと一人で頑張ってきた。そんなの見てればすぐに分かる。
そりゃすぐ泣くし、弱かったり小心だったりで何の解決もした事がなかった。
でもそれは、そこまでの過程でコイツが一回も諦めなかった事の結果といえる。
コイツはどんなに泣いても怯えても、折れて諦めるということは一度もしていない。だから解決はしなくても潰される事なんてなかった。
周りの迷惑になりたくないとか馬鹿な事言って、全部一人で抱え込んでその上で折れずに耐えてきた。
どんなに脅されても殴られても、大切にしてるもののために全力で耐え抜いてきた。だからこうして、何も失わずに今の東風がいるんだと思う。
たしかにコイツの問題を僕が解決したことは多い。
でもそれは東風だけじゃどうしようもないと分かった時、僕が勝手に手を貸してるだけだ。
そうでないとコイツ中々相談しようとしないからな。たまに気にしないと、大きな問題二つ三つ一人で背負ってるなんて事もあった。
それとなく相談した時には、一個人では解決不可なほどに膨れ上がってるなんてザラだった。
諦めが悪くて、人に頼れなくて、弱いの分かってるのに一人で背負って守りたいもののために全力を尽くせるヤツだ。
どんなに辛くても『大丈夫です』って答えるんだよ。出会った時からずっとそうだった。
「今のお前だって家族だって、お前が無理して体張ったから無事にあるんだよ。形に残ってるものを信じないでどうすんだ」
「………でも、いつも竜胆さんに迷惑かけてばかりで………」
「あのな、僕は何の利益も無しに人を庇ったりしない。それはお前だってよく分かってるだろ」
僕はそこまで人のいい人間じゃない。自分に利益のない事なんてするわけない。
いつもコイツに手を貸していたのは、ちゃんと自分の利益になり得る事があったからだ。
学校での憂さ晴らしだったり、ちょっと東風の手を借りたい時とかな。
「いつも言ってただろ。自分の力を見極めて、無理な事があったら周りを利用しろ。お前の周りの人はそのためにいる。それだってちゃんとした力だ」
力が無いのに無理して背負うのだけが強さじゃない。周りの人やものを使って、どんな事でもする。それだって大切な力だ。
「ちょうど学校がうるさくてイライラしてんだよ。憂さ晴らしにちょっと付き合わせろや。それに………」
僕は東風の頭に手を置いた。
「お前は僕の妹なんだろ?めんどくさくても、たまには面倒見ないとな」
そう言って僕は東風の頭を軽く撫でた。東風が本当に辛そうに見えた時によくやってた事だ。
すると東風は震えたような表情で僕を見てきた。その目の端には涙が浮かんでいた。
「竜胆さん………………りん
「うわっと」
東風は叫ぶと僕に腕を伸ばしてきた。そのまま抱きつかれて、僕はベッドに倒れ込んでしまう。
抱きついてきた東風はただただ泣いていた。今まで溜め込んだものを吐き出すかのように。
「りん兄………私ッ………私ッ………」
「あーはいはい、さっき聞いたから。二度も言わんでいいよ」
僕は東風を抱き返すと、首筋を撫でてあげる。コイツこれ好きみたいなんだよね。
ようやく昔の呼び方で呼んでくれたな。これで僕が東風に抱いていた違和感も解消された。
昔と変わらないはずなのに、無理して背伸びしようとしていた。だから不自然に思えたんだ。
だから昔みたいに『りん兄』って呼んでくれて、ちょっと安心した。やっぱりコイツはそんな簡単に変わるヤツじゃない。
昔いつからか、僕がお兄さんみたいだからとかいう理由で、東風は僕のことをそう呼んでいた。一人っ子なのに。
何だそりゃとは思ったけど、訂正するのも面倒だから放置してたら、ついに別れる時までそのままだったというわけだ。
それから僕はしばらくの間、東風の首筋を撫でていた。すると腕の中からスースーと寝息が聞こえてくる。
覗き込んでみると、どうやら東風が泣き疲れて眠ったらしい。変わらないねぇ。
僕は東風から離れようとしたが、東風が抱きついていて離れられない。
そうしているうちに段々と眠たくなってきた。
夜中ってのもあるけど、大きさ的にも体温的にも東風って結構いい抱き枕になるんだよ。
昔からこうやって東風を慰めると、大抵僕も一緒に寝てしまう。それは今も変わらずかぁ。
そう思っている間に、僕の意識は薄れていった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
面白いなぁと思いましたら、ぜひ評価していただきたいなぁ………なんて思ってたり思ってなかったり………