「あぁスリですか。……………ってスリ⁉︎」
一度納得しそうになった東風が、勢いよく僕の方を振り返って叫んだ。うるさいなぁ!耳元で叫ぶなよ!
「どこですか⁉︎」
「目の前、あのキャップ帽してるヤツ」
僕は目の前にいる人を指さした。性別は男、年齢は僕達と変わらなさそうだな。学生かな?
男は近くにいた学生のポケットから財布をスると、何食わぬ顔で過ぎ去っていった。
「大した腕だなぁ」
あぁもうまくスリをやってのけるとは。常習犯と見たな。あれ結構技術いるのよ。
「感心してる場合じゃないですよ!何とかしないと!」
「嫌だよ、ほっとけほっとけ。というかもう見えないじゃん」
男はもう人混みに紛れてしまって、パッと見ただけで見つけるのは無理だな。
探せば見つかりそうだけど、そんな事に時間を割きたくない。
盗んだアイツも充分悪いけど、盗まれた学生も悪いだろ。こんな人混みの中で何て無防備な。
「私追いかけてきます!」
「いや、話聞いてたか………っておい!」
僕が止めようとする前に、東風は人混みをかき分けて探し始めてしまった。
はぁ、めんどくさいヤツだなぁ。もう放っておくか。
そう思ったが、このままにしておいて面倒事にならないわけない。東風のことだ、見つけるまで探しそうだなぁ。
それにアイツはまだ学校の中を完璧に知っているわけではない。絶対迷子になる。それでまた変なヤツに絡まれるのはなぁ。
仕方ない、ちょっくら手を貸すか。…………はぁ、我ながら甘いなぁ。
とりあえず消えてしまった東風に電話かけるか。僕の予想なら………
僕はスマホを取り出すと、東風に電話をかけた。1コールしてすぐに東風が出る。
『りん兄!』
「どうだ、見つかったか?」
『はい!ただ追っているのがバレたようで逃げられてます!』
やっぱりか。東風なら見つけてると思ったよ。
アイツは良くも悪くも人をよく見ていた。いつもは人の顔色を伺うような事しかしないんだけどな。
でもこういう時、ちゃんと特徴を分かっていれば人を見つけるスピードは僕より速い。それが関係あるかどうかは知らん。
ただ何せ潜伏して近づくという事が出来ないのか、あるいはそっちに頭が回らなかったか。とにかく逃げられたみたいだ。
『今校舎裏を走っていってます!』
って事はそのまま持ち逃げするつもりだな。
「分かった。でも盗んだものをその場に落としたら追跡はやめろ。捕まえても証拠がない」
『分かりました!電話はそのままにしますね』
さすが、分かってるな。こういう時はリアルタイムで連絡するのが大切だからな。
それにここで周りの人に声をかけなかったのもある意味ナイスだ。場が混乱して、スリにとって逃げやすい状況になってしまう。
それにある程度距離が開いてると、どうしても見た目で伝えなきゃならなくなる。
でも見た目を変える、あの男なら帽子を取ってしまえば意味がないからな。
こういうのを捕まえるのは、ちゃんと状況を全て把握してるヤツでないと。
というか東風は、僕が協力する前提で動いてたみたいだな。まったく、勝手なヤツだ。
仕方ない、さっさと終わらせよう。
とりあえず東風から逃げてるとなると、どこかで東風を撒こうとするはずだ。
あのやり方から見て相当手慣れてるし、逃げるのも得意だろう。
でも今も東風が追いかけてるとなると、撒き方はスピードじゃなくて何か障害物でって可能性が高い。
でもあんまり大きな音を出すと周りに気づかれる。人混みを使うのは無理があるな。
その辺を踏まえて考えると………あそこだな。
僕は人混みをかき分けると、そこから離れていく。人に騒がれるのは嫌だからバレないように。
目的地に近づくと、走っている男とそれを追いかけている東風を見つけた。
お互いよく頑張るなぁ。男の方は常習犯だとはいえ、東風はよくそれを追いかけ続けられるもんだ。
見ていて面白いから傍観しようと思ったが、本来の目的を思い出し走り出す。
「ほい、そこまでですよ」
僕は男を東風と挟み討ちするように追い込んだ。やっぱり来るならここだよな。
学校のグラウンドの端に追い込んだ僕は、小さな息を吐いた。
スリを追い込んだ僕は、そのまま立ちはだかるように立っていた。まったく、何でこんな事しなきゃならんのか。
「へぇ、まさか先回りされるとは」
茶色のスタジャンを着たスリは面白そうに口笛を吹いた。
キャップ帽の下からは余裕そうな表情が覗いている。この状況でも冷静のようだ。
「どうせこのフェンスを越えて撒くつもりだったんですよね?何となく分かってたんで」
人目につかずになるべく音を立てない。それでいてしつこく追ってくる東風を撒くにはこの手が一番だからな。
ここまで走ってくる中で東風がアクロバティックじゃないのはバレてるし、かたやこの男は逃走にも慣れてる。こういうフェンスを登るのも慣れてるんだろ。
それを考えると、ここを使う可能性が一番高い。校内で振り切るのは音が出るし、確実に人がいない保証がない。少しリスクが高いな。
もちろんグラウンドであろうとも人目につく可能性はあるんだけど、それにしたって校舎からグラウンドまではそれなりに距離がある。
それをパッと見つけられる人も少ないし、見つけても追いつくまでに逃げられる。
「東風もお疲れ。よく追いかけ続けられたな」
「はぁ、はぁ…………はい」
息を切らした東風が、膝に手を当てながら大きく息を吐いている。本当に頑張ったんだな。
「ふぅ、これまで何度かここではスってるけど、追いかけられたのは君たちが初めてですよ。中々に面白い人達だ」
男はため息を吐きながら言った。へぇ、これまでもここでスリしてるのか。というか追いかけられたの初めてって。この学校の人間保身ザルすぎる。
「もしかして、あなた貧民街の人間ですか」
「お、正解。って見りゃ分かりますね」
やっぱりか。スリの常習犯って時点で何となく察してたけどな。まぁ珍しい話じゃない。
この街の外れに貧民街というのがある。普通だと家どころかアパートすらも借りられない人の溜まり場だ。
その大体の人は仕事につけないので、コイツみたいにスリをしたり中にはもっとヤバい仕事をしてるヤツもいる。
もっとも街なんて言われてるけど、そこに近寄るのは住民と借金取りのヤクザくらいなものだ。下手に近寄ると身包み剥がされる。
大抵がホームレスか、こういう犯罪者でも構わないというアパートで住んでいる。
「とりあえず今盗んだ財布だけでも返してくれませんか?でないと後ろにいるアホが結構面倒な事して、それに僕が付き合わせられるんですよ」
「いや、ちゃんと手綱握っといてくださいよ」
それが出来たら苦労はしない。僕が止めても勝手に追いかけちゃうんだからさ。
「けど、こっちも生活がかかってるんでね。悪いですけど返せませんよ。僕にとってこれは生きるための手段なんですよ。平和的に見逃してくれたら手荒な事はしないんですが」
だろうな。コイツだって遊びでやってるわけじゃない。自分の命がかかってるのだ。捕まえようとすれば本気で抵抗するな。
「生きるために害悪となる。視点を変えれば誰でもやってる事です。それに気がつかない馬鹿は死ぬだけ、それがこの世界の真実です」
男は吐き捨てるように言った。僕はそれに少し賛同出来る。
人間は昔から動植物を狩り、自然を開拓して社会を作った。そして周りの人間と争い暮らしを得る。
それだって自然側、争った側、見方を変えれば害悪以外の何者でもない。コイツのスリだって同じようなもんだ。
盗まれた方からしたら害悪なんだろうけど、コイツにとっては生きるための手段に過ぎない。
自分の財布が盗まれるかもしれない。そんな事小学生でも考えられる事だ。
それを忘れて警戒を怠った、この世界に生きるには甘い人間と言わざるを得ない。
生きたいのなら常にそれに対して警戒して、手段を選ばずに対抗しなければならない。
この世界は平和なんかじゃない。それに気がつかずに平和ボケしてるから盗まれた。そう捉える事も出来る。
整った環境しか知らずに、その中での危険性について考えていない。そんな馬鹿に生きる時間なんて与えられない。
それは生きているとは言えない。単なる生きてる『ごっこ』だ。
いつでも自分の身を守ってくれるのは自分しかいない。常に周りを警戒し、人を疑う事が大切なんだ。
そうでなければ、大切なものを失う。
「それは………そうかもしれませんね………」
東風は沈んだ顔をして言った。コイツも色々思うところがあるんだろうな。
「でも、とにかくお金だけでも返してください。せめて今盗んだものだけでも………」
「お断りします」
だろうな。
東風のお願いをあっさりと断った男を見て、僕はため息を吐いた。
「りん兄、どうしましょう」
いや、元はと言えばお前が追いかけたからこうなってるんだろ。
「それじゃあ、僕は失礼しますよ。これでも暇じゃないんで…………って、ん?りん兄?」
逃げる態勢までとっていた男が、姿勢を解いて怪訝そうに僕を見てきた。あ、嫌な予感がする。
「あなた…………もしかして連枷 竜胆、ですか?」
僕は名前を言い当てられて、思わず眉を動かした。はぁ………まぁ予想はしてたけどさ。
「え⁉︎りん兄この人と知り合いなんですか⁉︎」
「んなわけないだろ。この前ちょっとな………」
東風が驚いたように僕を見てくるが、知り合いを追いかけるわけないだろ。この前の見られてたかな。
東風も僕が説明すると納得してくれた。
すると男はクスクスと笑い出した。
「クックック…………へぇ、まさかこの学校の生徒さんだったとは。すごい偶然もあるもんだ………ハッハッハ!そりゃ追い詰められるわけだ!」
んだよ、僕のことをそれなりに知ってるみたいだな。って、大体予想はつくか。
男はひとしきり笑うと、ポケットの中から盗んだであろう財布を取り出して、それを東風に放って渡した。
「はい、返しますよ」
「え⁉︎は、はぁ………って何故?」
「さすがに僕もこの人を敵に回すほど馬鹿じゃない、それだけですよ」
ほぉ、それで退いてくれるのか。ちゃんと自分の実力が分かってるんだろう。まぁ僕もそんなに強かないけど。
「それにしても今の話から察するに、そこのお嬢さんはあなたのこと知ってるみたいですね。何とも思わないんですか?」
男は面白がるようにして聞いた。余計な事聞くなよ。あんまり聞かないようにしてるのに。
「え?………私は別に。それでりん兄の性格が変わるわけでもないし」
「へぇ、普通は止めるか距離取るかしそうなのに」
「………ま、まぁそれがりん兄の道だから。私はりん兄が何してようと仲良くしたいです」
思わぬところで東風の本音を聞いて、僕は何とも言えない気分になっていた。そんな風に思ってたのか。
「そうか………あなた、強い人ですね」
「え?私が?」
男はどこか懐かしむような表情で呟いた。
その言った言葉、僕は何となくその意味が分かる。たしかに、東風は強い。
「アイツにそっくりだ………」
男は小さな声でボソッと呟いた。
「へ?何ですか?」
「いや、別に。あの、それとさっきから気になってたんですが………」
「あぁ分かってますよ。目障りですいませんね」
どうやら男も気がついていたようだ。今は問題無さそうだけどな。
「いえ、そちらが構わないのでしたらいいんですが………それでは」
男はそう言うとフェンスを登って逃げて行った。
「なんか………りん兄によく似た人でしたね」
「僕あんなんか?」
「そっくりです」
そうか?僕は客観的に見るとあんな風か。
「それにしても、ちゃんと返してくれてよかったです」
「それはどうかな?」
僕は東風から財布を取り上げると、中身を開いた。やっぱりな………僕は財布の中を東風に見せる。
「なっ………全部抜き取られてる………」
スった時にもう抜き取ってたんだろ。この財布はどこかに売るつもりだったか、その辺に捨てるつもりだったんだろうな。
「スった時を見なかったお前の負けだな」
「知ってたなら教えてくださいよぉ………」
「興味ない事に口出ししたくないんだよ。いい勉強になったろ。あぁいうのは粘り強いもんだ」
貧民街の人間ってのは、人生を絶望しきった人間か、逆に逞しすぎる人間だ。アイツは後者だな。
そんなヤツが追い詰められたくらいで、ターゲットを諦めるわけない。考えれば分かるだろ。
「さぁ、戻るぞ。財布は適当に職員室にでも預けとけ」
「そういえばりん兄」
取り返した財布を職員室に届け終わり、僕達は校内を回っていた。
東風が馬鹿正直にスリの事を言いそうだったので、引っ込ませて落とし物って事にしたが。
それ言ったら逃した僕達も責められるだろっての。素直すぎるのも考えものだ。
「ん?どうかしたか?」
「さっきあのスリの人と最後話してた『気になってたの』って何ですか?まさか他にもスリがいるとか?」
あぁそれな。そういえば今は………はぁ、戻ってきてるよ。大人しくしてりゃいいのに。
「違うよ。ったく、めんどくさい」
そろそろ本格的に目障りだな。人が多いから適当に忠告だけにしとくか。
「ちょっと来い」
僕は東風の腕を掴んで人混みを掻き分けていく。適当に人気のない所に行って………ここでいいな。
僕はその辺の小石を拾うと、後ろの曲がり角に向けて投げた。
「そろそろ出てきてくれませんか?道が分からないなら教えますから」
そう言うと、曲がり角から数人の男女が出てきた。全員ウチの生徒だ。学年はまばらだな。
校則にギリかかるかかからないかとラインの髪型をしていて、制服も少し崩している。
「あ、あの人達………」
すると東風は顔を引き攣らせて、僕の服を掴んできた。
どうやら女子の方は東風をいじめてたヤツか。男の方はこの前東風をナンパしてたヤツかな?よく覚えてない。
まったく、さっきはスリの言葉に賛同したけど、やっぱり平和は欲しいものだ。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
今回出てきたスリのお話を『小説家になろう』様にて投稿させてもらっています。
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