僕は目の前に立っている学生達を見てため息を吐く。
僕達が綿飴のところにいた時から、ずっと後ろにいたみたいだ。
スリを追いかけてる時はいなかったけど、職員室を出たあたりからまたついて来た。
東風は反射的に僕の服を掴んだが、今はもう離している。
恐怖で息が荒くなりそうなのを必死で抑えているようだ。それでも表情はあんまり良くない。
「東風、無理すんな。ゆっくり深呼吸して、僕から離れるなよ」
「は、はい」
いくら一人で頑張ると言ったって怖いものは怖い。でもそれを頑なに耐えてても余計に怖いだけだ。
「で、さっきから僕達の後ろにいましたけど、何の用ですか?勝手に撮影までしてくれてたみたいですが」
まったく、さっきから鬱陶しいったらありゃしない。
「おいおい何だよ、バレてんじゃん」
「つーか何でそんな事まで知ってんの?キモいんですけど」
早々に失礼なヤツだ事。まぁ僕自身人に礼儀をどうこう言える人間じゃないから、あえて言わないけど。
「りん兄………撮影って………」
「ちょいちょいスマホのシャッター音が聞こえた。聞こえなかったか?」
十メートルくらいしか離れてなかったから、てっきり東風にもちゃんと聞こえてると思ってた。
「いや〜二人が熱いデートしてるもんだから撮ってやろうと思ってよ。面白そうだから何人かに流そうかと思ってんのよ」
そう言って生徒の中の一人がスマホを見せてきた。そこには校内を歩いている僕と東風が写っていた。
撮られてる時点で対処すべきだったか?また面倒になってきたな。
「そんな………消してください!」
「はぁ?うっさい」
「ッ………」
何とか東風が止めようとしたが、気圧されてしまい縮こまってしまった。無理するなっての。
「完全な盗撮だと思うんですが?」
「それが何?ヤバくなったら消せばいいし〜」
馬鹿だな。反射的にそう言いかけたがやめておく。僕だって平和的に終わればそれがベストだ。
それに今この学校にはたくさんの人がいる。今は周りに誰もいなくても、これから来る可能性があるから、目立つ行動は控えたい。
「とりあえずこれ以上はやめてください」
「は?そんなんウチらの勝手でしょ?口出しすんなよ」
めんどくさいなぁ。僕がやめろと言ってやめないとは、頭の中犬未満か。
でもそれが厄介なんだよなぁ。このままってわけにはいかなくなってしまった。
東風が完全に怖がってしまっている。これじゃあ無視って選択肢は無さそうだ。東風のいない所で声をかけるべきだったな。
言えば分かると思っていたからこうしたけど、予想以上の馬鹿に呆れている。
このタイミングで声をかけるのは、ちょっと問題があったみたいだな。
「私になら何してもいいですから、りんに………竜胆さんには迷惑をかけないでください!」
すると僕の隣にいた東風が叫んだ。
コイツ………こんな風に言えるようになったんだな。
「アンタごときがウチらに指図すんなし」
「でも、こんな事していいわけないです!」
「アンタ何様?また躾けてやろうか」
そう言われると、東風は嫌なことを思い出したのか黙ってしまった。それを見て生徒達は笑っている。
つい胸ポケットに手が伸びかけたがグッと堪える。
これ以上話しても意味はなさそうだな。そもそも中身のある会話を求めた時点で間違いだったか。
「東風、先生の所に行くぞ」
とりあえずこれ以上ここにいても、僕達にメリットは無い。
ここは大人の力を利用するか。ちょっと面倒な事になるけど、東風をこのままにしておくのはマズい。
適当に『生徒に盗撮された』とか言って泣きつけば動くだろ。こう言う時のための先生だからな。丸投げよ丸投げ。
それに面倒事を避けるためにも、ここは人混みに戻るべきだ。というかコイツらに構うのが面倒だ。今だけでも無視しとくか。
そう思って僕達はその場から離れようとした。
しかしその前に何人かの生徒が立ち塞がる。
「何無視しようとしてんだよ」
「別に、特にそのような事をした覚えはないのですが」
ここでグダグダ話してても僕達に利益はない。ここはさっさと切り抜けて、先生を使いたい。
「そこのビビってる馬鹿が失礼な態度とってたでしょ。アタシらがその態度治してやるよ」
めちゃくちゃだな。めんどくさい、ここは多少踏み込んででも早めに終わらせるか。
「コイツたしかに馬鹿ですけど、人に無礼働けるような度胸はありませんよ」
「人の男誘うような事して、無礼以外の何者でもないじゃん」
まだそれ引きずってるのかよ。いや、ただの口実か。そんな男と今も一緒にいるわけないし。
「それは経緯がどうであれ、単純にあなたに彼氏を引き止めるだけの魅力が無かった、というだけでは?」
「はぁ?」
女子生徒の一人が僕に詰め寄ってくる。おっと、思ったより沸点低いなぁ。
でも客観的に理屈で考えればそうも捉えられる。東風が何かしたなんて、この女達の視点でしかない。
この女にそれなりの魅力があれば、そもそも誘われてもナンパしようなんて思わないだろう。
「東風にあなた達以上の魅力があった。まぁ一方向からの見方でしかありませんが、少なくとも僕はそう思いますよ」
「りん兄………」
東風が僕の方を見てくる。あ、コイツのいる所で言う事じゃなかったか。恥ずかしい。
でも少なくとも僕は無駄に着飾って強くなってるこの女達よりも、弱くても地の自分を貫ける東風の方がよっぽど魅力的だ。
自分の弱さに蓋をしてそれで表面だけ取り繕うようなヤツは、社会では通用しても生きるのには向いていない。
無駄に繋がりを求めて、それを囲って自分にとっての世界にしてしまう。そんな守りなんて意味がない。
その無駄な強さが視界を狭めて、平和ボケや慢心、偽りの信頼を生む。そしてそれにつけ込まれて本当に強い者に殺される。
同類同士で縄張りを組んで、それで社会のトップに立った。それだけで世界のトップだと気取っているのだ。
どんなに群れて自分達の世界を作っても、外敵の存在を拒絶し続ける者はその敵に食べられる。
群れってのはそんな事のためにあるんじゃない。
自分達の作った世界に閉じこもり、その中のものを絶対と信じて、生物としての『生きる』事を捨てた生物。それが人間だ。
もちろんその中にもいいものはたくさんある。それを否定したくない。
でも周りを見て、自分の弱さの全てを常に実感する事で力は生まれる。その力のない者に、この世界で生きる資格なんてない。
「何言ってんの、カッコつけてて痛いんですけど」
「ウザ、キモいんですけど」
「何必死に言ってんの、ウケる〜」
はぁ、本当にめんどくさい。
僕にとって学校の何が嫌いかって、それは先生や授業じゃない。
それももちろん面倒といえば面倒だけど、それはその学校に入った学生として受け入れるべきものだ。
そうではなく、こういう面倒な生徒がいる事が、僕が学校が嫌いな理由の一つだ。
自分の絶望的な弱さを認めない、理屈で物事を考えられない、すぐ感情的になる。小学校のガキ大将の集まりだ。
すると東風がゆっくりと前に出た。お、おい、出て大丈夫か?
「………さい」
「は?何言ってるか聞こえないんだけ………」
「謝ってください!竜胆さんは………りん兄は、あなた達にそんな事言われるような人じゃないです!」
そう叫んだ東風の声は、これまでで聞いてきた中で一番力強い声だった。
僕はその声に正直驚いた。コイツ、こんなに強くなったんだな。
「アンタ………生意気なんだよ!」
すると女子生徒のリーダーっぽい人が、東風を突き飛ばした。
「きゃっ⁉︎」
「東風!」
僕は転んだ東風に急いで駆け寄った。どうやら転んだ時に擦りむいたようだ。所々擦り傷が出来てる。
僕は東風に手を貸して立ち上がった。他に怪我はないみたいだな。
「さすが
「りょ〜」
そう言うと学生達は人混みの中に消えてしまった。
アイツら………………
僕は学生達が消えた方を睨んだ。僕はそっちへ行こうとする。
「待ってください」
すると東風に腕を掴まれた。僕が何を考えているのか分かったんだろう。
「私は全然大丈夫ですから………部活のブースに行きましょう」
「…………あぁ、分かった」
僕は一つ大きく深呼吸すると、部活のブースに向かった。それでも僕の中はあんまり穏やかじゃない。
「東風、大丈夫か?」
「はい、昔に比べれば全然」
何かそれはそれでダメな気がするけど、まぁいいか。
それから僕達はしばらく部活のブースを見て楽しんでいた。
すると僕は急に軽く肩を叩かれた。
振り返ってみると、そこにいたのは雛罌粟さんだった。
いつものエプロン姿ではなく、大人っぽい色合いの薄手のコートを着ている。
「やぁ、竜胆君、東風ちゃん」
「雛罌粟さん⁉︎来ていたんですか?」
たしかにこの前行こうかなみたいなことは言ってたけど、まさか本当に来てるとは。
「まぁね。本当はすぐに竜胆君と会おうと思ってたんだけど、文芸部の作品読んでたら遅くなっちゃって。いや〜、最近の子って面白いもの書くね!」
そう言う雛罌粟さんの手には、文芸部で無料配布していた作品集があった。
その笑顔に不穏な心がちょっとだけ癒える。相変わらずのいい笑顔だ。
「ねぇ、これから一緒に回らない?この学校案内して欲しいな」
「構いませんよ。いいよな、東風?」
「え?………ま、まぁ………いいですけど」
何で変な魔があったんだ?まぁいいみたいだし、気にしないでおく。
それから僕達三人はしばらく校内をウロウロしていた。ケミニゲームをやったり、作品を見たりして時間を楽しむ。
でも僕の心にはまださっきの事が残っていた…………
東風があそこまで言ったのに、僕は何も出来ていない。そして問題も解決してない。
解決方法はいくつか思いついてるんだけど、まだ材料が足りないんだよね。どうしたものか。
文化祭もそろそろ終盤。
すると僕のスマホがいきなり鳴った。電話かと思ったらメールじゃん。何なんだ?
スマホを開いて見ると、そこには見た事のないアドレスから送られたメールが一通。
これは………とにかく僕はメールを開いてみる。
メールの中身を見て、僕はもう一度驚いた。嘘だろこれ………
「? 竜胆君?どうかしたの?」
雛罌粟さんが不思議そうに聞いてくるが、その言葉も今の僕には届かない。
「クックック…………キャッキャッキャッ!」
僕の口からは自然と笑い声が漏れていた。その声は止まるどころか大きくなっていく。
「り、りん兄、大丈夫ですか?」
東風も心配になったのか声をかけてくる。
「おい、
「はい!」
僕のいつもより低い声に、東風が少しビクッとしながら答えた。お前は慣れてるだろ。
「後の雛罌粟さんの案内、頼めるか?」
「へ?………い、一応、大丈夫、ですが………」
「それじゃあ後は任せた」
そう言って僕は二人から離れる。その頭の中は驚くほど冷静だ。
「ちょ、ちょっと待ってよ!竜胆君どこに行くの?」
「なぁに、ちょっとした野暮用ですよぉ」
「とてもそんな雰囲気に見えないんだけど………」
そうか?これが僕の普通だ。
「り、りん兄………まさか………」
「そんな顔するなよ。いつもの事だろ?雛罌粟さんも、大丈夫ですから。気にしないでください」
けど、この二人にはそれなりにちゃんと話しておくべき、かぁ。
僕は二人の顔の間に自分の顔を突っ込んだ。そして感情を隠す事なく、そっと囁いた。
「あのクソ
「「⁉︎」」
「それじゃあ、後は楽しんで」
僕は手をヒラヒラとさせて廊下を進んでいく。通り過ぎていく人達は、僕になんか目もくれずに笑い合っている。
やっぱり僕ならこうでなきゃ、ねぇ?
最後まで読んでいただきありがとうございました。ぜひ評価、感想等よろしくお願いします。