※この作品はR-18です。

どことなく壊れていて、どことなく甘い生活   作:MC RAT

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第73話 歌

 僕はステージの上を呆然と見ていた。驚きすぎて声が出ない。

 何で…………東風がステージにいるんだよ。いや、今からパフォーマンスするからなんだろうけど、東風がやるのか?

 昔のままのイメージで悪いけど、アイツはそんな事をやるタイプじゃない。そもそも人前に立つのは苦手だったはずだ。

 そんなアイツがステージに?

 僕はもう一度ステージに立っている人を見た。

 ドミノマスクを着けているせいで、素顔はよく分からない。ただ制服から女子生徒なのは分かった。

 校章は外されていて学年は分からないけど、割と低めの背丈。靴も上履きじゃないから分からないな。

 それでも僕にはその人が東風だという事が、ほぼ確信に近い形で分かった。

 特に根拠があるわけではない。いつもの僕ならこんな事で確信を持つことは無いんだけど、今は何故かそれを信じてしまう。

 こうやって離れていても、何となく東風と向き合っているように感じるんだよな。

 それに今僕の周りには東風がいない。それがこっちの観客側じゃなくて、向こうのステージ側にいると思えば納得がいく。

 でも何でだろう。何故こんなにも確信が持てるのか。

 パッと見ただけなら女子生徒だとしか分からない。それにここまで離れているのだ。特定は難しいだろう。

 それでも僕は…………あの姿を見たことがあるような気がする。そしてそれはきっと東風の姿だ。

 僕がぼんやりと考えている内に周りは熱気に包まれていく。

 そりゃそうだよな。誰が来るかも思ったら仮面被った女子高生だもんな。インパクトデカすぎる。

 さっきダンス部がサングラスかけてきただけでワイワイしてたからなぁ。それよりビックリしただろう。

 

 

 そして特に話すこともなく、音楽が流れ始める。

 その音が流れ出した途端、僕は目を見開いた。僕の知っているアニソンだったからだ。

 生憎今の流行とか流行りとかに興味のない僕にとって、この学校で趣味を感じることはほとんど無い。だからこそ美術部の展示がレアだったわけで。

 そんな中で僕の知っているアニソン、しかも僕の昔から一番好きな曲が流れればさすがに驚く。

 他の生徒の中にも知っている人はいたのだろう。主に男子の声が大きくなっている。

 いつもなら僕も体を揺らすところだけど、それ以上に驚きが多い。

 イントロも終わり、謎の少女は歌い始める。

 

 

 僕はその歌声を聴いて、彼女が東風であるとはっきりと分かった。

 アイツは昔から音楽が好きで、よくウチで僕の持ってるCDを聞きたがっていた。まぁほとんどアニソンもしくは特撮ソングだけど。

 その中には何回も聴いて、東風が歌詞を覚えたものもあった。

 そしてその曲を流すと東風が口ずさむんだよな。これが楽しそうに歌うんだよ。たしかこの曲も知ってた気がする。

 その時の歌声の面影が確かに感じられた。普段は聞かないような涼しくも、どこかはっきりと印象に残るような歌声だ。

 この曲は明るいけどゆっくりめの曲で、それが東風の歌声とよく合っている。

 

 

 それと同時に改めて思い出した事もあった。東風の髪型だ。

 今の東風はおさげにしているが、それは引っ越す直前に変えた髪型なんだよね。

 昔のアイツは、ちょうど目の前にいるような感じで、結ばないで流していたっけな。

 もしかしたら僕が目の前の少女を東風だと分かったのも、それが原因かもしれない。なんだかんだで、あの髪型の東風との付き合いが一番長かったわけだし。

 仮面の柄も相まって神秘的な雰囲気すら感じる。人の見た目は変わるもんだ。

 

 

 ガラにもなく色々と昔のことが頭を駆け巡る。あんまりこういうことは無いようにしてるはずなんだけどなぁ。

 昔の思い出に浸っていては前に進めない。だから思い出なんて持たないようにはしていた。

 頭では心掛けていても、ちゃんと残ってるもんなんだなぁ。何だか東風が来てからそれが増えた気がして、ちょっと変な気分だ。

 それでも僕はそれを拒絶することは無かった。流れる歌声とともに、その思い出も頭を流れていく。

 

 

 そういえばアイツと再会して色々あったから、そういうのを感じるようなことは無かったな。

 思い出に縋るのは良くないけど、こうやってちょっと思い出すくらいなら。そう考えてしまう自分を甘いなと思ってしまう。

 でも、コイツとならそういうのもアリかなと思う。他の誰でもない、東風とだからこそ振り返られる。

 僕にとって東風という少女は、そういう存在だ。それは今も昔も変わらないし、それでよかったと思ってしまう自分がいる。

 

 

 他の生徒も、曲を知ってる知らないに限らず、東風の歌声が気に入ったのだろう。今のところ一番の合いの手が聞こえる。

 東風のヤツ、こんな事も出来る様になったんだな。いじめられてたから、昔と変わらず未だに人前は苦手なのかと思った。

 昔は1対1の会話も苦手だったのに、こんな大勢の前で歌えるとは。本当に東風なのかな?

 ずっと隣で歩いてると思ったのに、ちょっと東風が僕を追い越したように感じた。

 今でもいじめられて、勉強も得意じゃなくて、泣いたり弱気になったりもする。とても頼り甲斐があるなんて言えない。

 でも、昔とは決定的に何かが違う。それが何かは分からないけど、僕ならそれは分からなくてもいいやと思う。

 それでも東風には周りのヤツらには無くて、僕が心のどこかで求めていたモノがあった。

 それを求めて、僕はこれまで一緒にいたのかもしれない。なんて言うのは僕らしくないだろうか。

 

 

 僕はさっきのスリの言葉が頭に浮かんだ。

 

 

『あなた、強いんですね』

 

 

 まったくだ。同級生で東風ほど強い人を見たことがない。

 東風の事を何も知らないで弱いだの情け無いだの言うヤツは、自分の世界に閉じこもってるヤツだと思う。

 自分の感じてきたものが絶対だと信じて、その外にある現実を見ようとしない。この世界の裏を知ろうとしない。

 その外に晒された者なら、東風がどれだけ強いヤツか分かる。物理的な強さ以前の、心の強さが。なんて事を僕が言うのは、らしくないかな?

 

 

 曲も最大の盛り上がりを見せて終了した。インパクトだけでここまで盛り上げるのも珍しい。

 思わずじっくりと聴いてしまったなぁ。これは東風には黙っておくか。なんか恥ずかしいわ。

 自分の好きな曲をこうやって聴けるってのは、結構いいものだな。何というか新鮮だ。

 歌い終わった東風は舞台袖に行くことなく残っていた。

 まだ何かあるのかな?まさかアンコールとか?結構恒例になりがちだけど。ってそれなら一旦下がるか。

 

 

『えっと………皆さん、こんにちは。こんな格好で出てきて驚いた方々も多いと思いますが、最後まで聴いていただきありがとうございました』

 さっきまでの神秘的な雰囲気とは打って変わって、正体を知ってる僕からすればただの東風に戻った。

 気の抜けたみんながドッと笑う。その仮面つけるんだったら、もうちょい厳かにやれや。雰囲気台無しだろ。

『その、私は、人前で話したりするのが苦手で………でも今回、どうしてもこの場で歌いたいと思い、出させてもらいました』

 一応今でもダメなんだ。どんな形であれ出来たなら充分だと思うんだけど。

 普通こんな話をしてたら『帰れ』だのなんだの言われそうなもんだけど、みんな東風のギャップに飲まれていて誰も言わない。

 

 

『その理由は………証明です』

 

 

 その東風の話に僕も思わず耳を傾けてしまう。いや、何となく気になるからなんだろうけど。

『私はこの学校に来るまで、ここから遠いところに住んでいました。でもここには大切な友達がいたんです』

 友達、ねぇ。そういうのをこの場で言うのはどうなんだろうか。色んな意味でやめてほしい。

『ちょっと、というかかなり変な人だけど、私に色んなこと教えてくれて、今歌った曲もその人に教えてもらいました』

 やっぱり僕が教えてたのか。どこで教えたんだっけ?たぶん相当前だから覚えてない。

『その人のおかげで、私は今こうやって皆さんの前に立てています。単に教えてもらっただけじゃなく、助けられてきましたから。まぁ、本人はそう思ってないみたいですけど』

 助けただなんて、別にそんなつもりは無いんだけどなぁ。

 僕は基本的に利益で物事を判断する。昔に東風を助ける事が、僕にとって利益があった。ただそれだけの話だ。

 むしろ僕はアイツを傷つけてきた。

 

 

『だからその人に知ってもらいたかったんです。あなたが守ってくれたおかげで、私は今ここにいる。色んなこと教えてくれたおかげで、ほんの少しだけど私は変わり強くなって、この場に立つ事が出来たって』

 

 

 会場はさっきまでの喧騒はどこへやら。みんなが静かに東風の話を聞いていた。それは僕も同じだ。

 

 

『『人と人とは分かり合えない』その私の友達がよく言っていた言葉です。だから私の思いも、たぶんどんなに言っても真の意味で、その人には分かってはもらえません』

 

 

 そうだな。正直ここまで説明されても未だに何で東風が出てるんだって思うもん。何でわざわざそんな面倒な事をやるのかとすら思う。

 東風がここまで僕といようとしてくれる理由も、僕には分からないし分かるつもりもない。そんな事で出した答えなんて偽りなんだから。

 

 

『だからせめて、分かってもらえなくても形で伝わるものだけでも伝えたい。あなたのおかげで私がいるという事実だけでも。気持ちは分からなくても、事実なら分かり合えますから』

 

 

 そう言った東風の姿はどこかカッコよくも見えた。

 たしかに、こんなの見せられたら納得するしかない。

 あんなに小さいと思っていた東風が、あそこまで変わるなんて。

 でもそれをこの場で声に出すのはちょっと違う気がする。というか恥ずかしい。

 それにこの僕の気持ちも分かり合えるか怪しいもんだからな。言うのは心の中にだけにしとくか。

『長々と失礼しました。それでは皆さん、最後まで聴いていただき本当にありがとうございました』

 東風はそう言ってお辞儀をすると、舞台袖に入っていった。会場は拍手や指笛に包まれる。いなくなる瞬間、僕と目があったのは気のせいかな

 まぁ僕はしないけどな。だって意味ないもん。

 

 

 強さの証明?………………んなもん、元から強いって分かってるヤツがしたって意味ないだろ。

 

 

 

 それから閉幕セレモニーは滞りなく進み、無事終了。そこから片付けが始まり、そちらも無事終了。

 となると後は帰るだけだ。僕は荷物をまとめて下駄箱に向かう。

 すると僕は後ろから人の気配がした。振り返ってみると、そこにいたのは東風だった。

『りん兄!帰ろう』

 僕はもう耳栓をつけているから、東風の口の動きで言いたい事を察している。

「いいぞ」

 僕は東風と一緒に校門に向かった。ちらほら出て行く人が見られる。

『そういえばりん兄。今日クラスのみんなが文化祭の後夜祭というか打ち上げをやるそうですが、どうしますか?』

「行かない」

『ですよねぇ』

 当たり前だろ。僕は子供だからな。

 打ち上げとかって元々大人が仕事を達成した時とかにやるものだろ。それを子供が大人のマネをするようになったわけだ。

 そんな背伸びみたいな事はしたくない。それにあぁいうのって大体騒ぐだけだろ。何の生産性も無い上に、そんなうるさい中で僕が耐えられるわけない。

 

 

「それにしても、お前がまさか人前で歌うとはなぁ」

『あ、気がついてくれましたか?』

「まぁな」

 やっぱりあれは東風だったんだな。どうやら東風からは僕がぼんやりと見えていたようだ。

「ただでさえ面倒な立場なのに、何やってんだか」

「だからちゃんと仮面着けたじゃないですか」

 そのせいで余計目立ったがな。何でも仮面は百均で買って、デザインは自分で塗ったんだとか。相変わらずこういう事させるとすごいんだよ。

「あの、どうでしたか?下手じゃ、なかったですか?」

「どうって…………まぁ上手いとは思ったよ。見た目は除いて」

「本当ですか⁉︎ありがとうございます!」

 東風が顔を輝かせて言った。そんなに喜ぶか?最近本当に感情が豊かになったな。

「私の気持ち分かってくれましたか?」

「いや、全く。分からないな」

 そんな事で分かったら苦労しないよ。人の気持ちは本人にしか理解できない。他人に分かりはしない。

 

 

 

 すると突然東風が止まり、後ろを振り返った。

 どうやら誰かに呼ばれたみたいだ。僕も釣られて振り返る。

 そこにいたのは件の東風をいじめていた生徒たちだった。またかよ、というかさっきよりも人増えてない?

 全員ニヤニヤしながら僕達の方を見ている。

『おいおい下校も一緒なんて、ラブラブだなぁ!』

『こんなキモいヤツと一緒にいるとかマジないわ〜』

 目の前の生徒達が茶化してきてるのは、口の動きで何となく分かる。そういうのはアンタ達よ大好きなSNSでやってくれ。

 いつもなら無視するところだけど…………ちょうどいい。

『いい加減にしてください!この人は………グェッ⁉︎』

 僕はまた何か余計なことを言いそうだった東風の首根っこを掴むと、素早く後ろに引っ張った。

 その代わりに僕が前に出る。

「一つ質問を。この前数学の宿題が出たと思いますが、もう済ませましたか?」

『は?アンタ何言ってんの?キモいんですけど』

 何だよ、せっかく人が気を遣おうとしてあげているのに。僕は生徒達の中に首を突っ込むと、小さく囁いた。

 

 

「もし終わってないのでしたら、あなた方全員やる必要ないかもしれませんよ」

 

 

『は?イミフなんですけど…………馬鹿なの?』

 馬鹿、ねぇ。僕は思わず口の端が釣り上がるのを感じた。漏れてくる笑い声を抑えられない。

 

 

「クックック…………フフッ、クスクスッ、ハ─────ッハッハッ‼︎キャッキャッキャッキャッキャッキャッキャッ‼︎イ──────────ッヒヒヒヒッッッ‼︎フヒヒヒヒヒヒッッッ‼︎ケッケッケッケッケッケッケッケッケッ‼︎」

 

 

 僕の笑い声に僕達を囲んでいた生徒だけでなく、東風まで引き気味になっていた。おっと、いけないいけない。

 僕はひとしきり笑い終えると、はぁっと息を吐いた。

「それでは、僕達はこれで。おやすみなさい(・・・・・・・)

 僕はそれだけ言うと東風を連れてその場から離れた。視界の端で先生がこちらに走ってくる様子が見えた。外は暗くなり始めている。

 

 

 それは彼らの、永遠に晴れない漆黒の夜空でもある。




 最後まで読んでいただきありがとうございました。
 もう少し、もう少しだけイチャイチャのないお話にお付き合いください。そして出来れば評価も………
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