「あの、そういえば一つ聞いていいですか?」
僕と東風が雛罌粟さんの出してくれたコーヒーを飲んでいると、東風が僕に尋ねてきた。
さっきまで慌てていた雛罌粟さんも、東風が宥めてさすがに騒いでも仕方ないと思ったのか、落ち着きを取り戻している。
「何だ?」
「今回の犯罪っていつからやろうと思ったんですか?」
「は?どうしたんだ急に?」
コイツがこんな事聞くなんて珍しい。昔は呆れてただけなのに。
「そうだな…………計画自体は文化祭前日に思いついてて、実際やろうとしたのは本当に直前だ。それがどうかしたか?」
「竜胆君………そんな急拵えであんな大事件起こせるんだ。普通数週間はかかると思うんだけど」
雛罌粟さんが顔を引き攣らせて言った。そろそろ慣れてくれないかな?
別にこれくらいならその場で考えれば立ち回れる。やりたい事は頭に浮かんでたわけだし。むしろ今回は杜撰もいいところだ。
「いえ、急に始めた計画にしては随分な情報量集めたな、と。それに情報だけならともかく、あんな映像どうやって手に入れたんですか?これらもりん兄が集めたんですか?」
あーその事か…………やっぱり気になるよな。
どうするかな、この二人になら話しても、いいかな?
「もちろん、って言えたらカッコいいんだけどな…………その前に東風。周りに誰かいないか確かめてくれないか?」
「え?………は、はい」
東風は首を傾げたが、素直に辺りを確認しに行った。少しして戻ってくる。
「誰もいませんでしたよ」
「そうか………それなら、これ見てくれ」
僕はバッグからスマホを取り出すと、サッサと操作していて開いた画面を二人に見せる。
「これは…………流した情報ですか?本当に多いですね」
「どうやったらこんなものを…………って、あれ?竜胆君これって………」
どうやら雛罌粟さんは気がついたようだ。そして東風もハッとする。
「この画面って………メールのだよね?何でわざわざメールに書いたの?メモ帳とかでいいでしょ?」
「いえ、もしかしてこれ………」
「あぁ、今回流した情報、いくつかは人から手に入れたものだ」
もちろん全ての情報が他人頼りなわけではない。半分近くは土壇場で自分で手に入れたものだ。
それに情報は全て僕が流した。会社や大学のパソコンをクラッキングしたのも僕だ。
「どういう事ですか?りん兄がこの手の犯罪で他人の手を借りるなんて珍しいですね」
「というか、その言い方だと竜胆君もしかして結構ヤバい事頻繁にしてるの?」
雛罌粟さんが引いたような目で聞いてくる。答えてあげたいが、今はちょっとスルーだ。
「別に僕が人に依頼して来たものじゃない。勝手に送られてきたんだよ」
「送られてきたってこのメールが?………一体誰から?」
「さぁな。ひと段落した後に調べてみたけど、特定までは出来なかった」
これでもネットを使った人の特定は得意なんだけどな。結構深く潜り込んだけど、手掛かりになりそうなものすらなかった。
「そんな………りん兄が特定出来ないなんて………もしかして、ハッカーか何かですかね?」
「たぶんな。それも相当のやり手だ」
ここまで特定出来ないのも珍しいんだよな。実は今日も調べていた。結果は変わらなかったけど。
僕の実力は置いておいて、少なくとも素人が出来ることじゃない。
それに問題の動画はネットにあるものではなかった。おそらくそのハッカーが盗撮したものだろう。
「でも何でハッカーがこんなイジメ問題に手を出したんでしょうか?それにりん兄の事だってどうやって?」
「それが分かってたら特定出来てるっての。目的が分からないから特定出来ないんだろ」
「まぁりん兄のメールアドレスとかの個人情報とかはともかくとして……………このタイミングでこんな情報をりん兄に渡したって事は………」
「あぁ、コイツは………
すると東風は小さく息を呑んだ。そりゃそうだ、僕も驚いている。
まったく、この前のスリといい………こうも連続で僕のこと知ってる人間が現れるとは。目立つような事をした覚えはないんだよな。
僕がクラッキング出来るような人間、という事を知ってる時点でほぼ間違いないな。
まぁもっとも、この前のスリに比べたら知っててもおかしくないんだけどさ。ハッカーから色んな情報を持ってるはずだし。
「でも、それ以外の可能性って考えられませんか?りん兄の事はともかく、一学校でのイジメをハッカーが感知してるとは思えないんですが」
「それは僕も思ったよ。でもこんな文章送られたんじゃあな」
僕はスマホをスクロールさせて一番上の画面を見せる。そこには短く文章が書かれていた。情報とは無関係だ。
『Liebe Kriminelle Mit Neugier』
「これは………何ですか?英語じゃなさそうですけど」
「ドイツ語だよ。『親愛なる犯罪者へ 好奇心を込めて』って意味だ」
この文面だけを見るなら、そのハッカーは間違いなく僕の事を知って興味本位でこの件に首を突っ込んできた。
「という事はこのハッカーの目的って、イジメの解決じゃなくて、まさか………」
「僕、だろうな。しかも興味半分に」
まったく、何でハッカーが僕なんかに興味を持ったんだか。意図が読めない。
というか文章で完全に揶揄われてるなぁ。やった事関係なしに腹立つ。
「特に報酬を要求されたわけではないんですよね?」
「あぁ、今のところは無い」
ちなみに何で僕が、こんな胡散臭いヤツの情報を使ったかというと、僕が調べていた情報とハッカーの調べていた情報が一部丸被りしてたからだ。
それ以外のものも、僕の知りたかった情報の証拠となるものばかりだった。
と、そこまで話して僕はハッとした。
しまった!雛罌粟さんの前で何話しちゃってんだよ!知られちゃマズいのに!
「あの!これは………その………ッ」
そう言って雛罌粟さんの方を振り向くと、雛罌粟さんは動きを止めてボーッとしていた。
「雛罌粟さん?おーい、雛罌粟さん!」
僕が声をかけると雛罌粟さんはハッとして顔を振った。
「大丈夫ですか?」
「ご、ごめん。クラッキングとかハッカーとか、非現実的すぎる情報が多すぎて頭がフリーズしてた………」
そんなにか………まぁ雛罌粟さんとは、あんまり関係のない話ではありそうだけど。
「というか東風ちゃんは何でそんなに慣れてるの?………まさか、東風ちゃんも竜胆君みたいに………」
「違いますよ。私は昔からりん兄のこういうところを見てきたので慣れてるんです。りん兄昔からこんな感じなので」
まぁ昔は今よりは技術無かったから、そこまでの問題は起きなかったけどな。
「それ慣れて大丈夫なの?」
「言わないでください、自分でもヤバいとは思ってるんです」
そんなに言う?こんな事、世界中じゃ当たり前に起きてる事なんだけどなぁ。
「あ、りん兄、私そろそろ帰らないと」
「ん?そうか」
もうそんな時間だったか。すっかり話し込んじゃったな。僕は立ち上がってお会計を済ませる。
「それじゃあ僕達はこれで。コーヒーご馳走様でした」
「う、うん………あの、竜胆君………本当に大丈夫?気をつけてね?」
それは僕が警察にバレないかって事か?僕そんなに信用無い?
「さすがにそんなヘマしてませんから大丈夫ですよ。おやすみなさい」
たしかに僕は子供で素人だけど、これくらいのことをバレずにやる事は出来る。
僕は苦笑いしながら、東風を連れてお店を出た。
「ふぅ、外も冷えてきましたね」
「あぁ」
街灯が光る夜道を、僕と東風は自転車で走っていた。
「それにしても………数年ぶりに会って丸くなったと思ってましたが、むしろ昔より酷くなりましたね。まさかここまでやるなんて」
「いやいや、そこまで酷いことでも無いだろ」
死人どころか怪我人も出てない。まぁあのいじめてたヤツらが自殺でもするかもしれないけど、そんなの知ったことじゃない。
「それに、そんな事言ったらお前の方がすごいぞ」
「へ?何のことですか?」
東風が僕の方を向いて首を傾げる。あ、知らないんだ。
僕は自転車を止めるとスマホを取り出す。東風もそれに釣られて自転車を止める。
そしてあらかじめ開いておいたサイトを東風に見せる。
それはウチの学校の生徒のSNSだ。僕はその中の動画を見せた。
それは閉幕セレモニーの時の東風、もとい仮面の少女『Dongfeng』だ。
「え⁉︎何ですかこれ⁉︎」
「この生徒がセレモニー中に撮ったんだろ。本来セレモニー中のスマホ使用は禁止だけどな」
ウチの学校の口コミは大きく二つの事で埋め尽くされていた。
一つは僕のクラッキング事件。もう一つがこの仮面の少女だ。
歌唱力の高さや歌う時と話す時のギャップ。そして何より正体不明という神秘性が人気らしい。
歌唱力はともかくギャップって。まぁ変化は大きかったけど。
「ほら、ネットじゃファンクラブまで作られてるみたいだぞ。よかったな」
「それこそ今すぐクラッキングで消してください‼︎」
「嫌だよ、面白そうだし」
たしかにあの場で人気はさらったと思ったけど、まさかここまでとは。ちょっと面白いじゃない。
「というかここまできて、まだ正体バレないのな」
「はぁ………そもそもその事を知ってるのが先生達と生徒会の一部なんですけど。なんか面白がって『秘密にしといてやる』って」
先生もかよ。案外ノリいいのな。
「来年の文化祭の出演も期待されてるぞ。出るのか?」
「出ません‼︎」
なんだよ釣れないな。
「私は別に…………伝えたい事を伝えるために出ただけですから」
「伝えたい事?」
あの仮面のデザインとか?
「私があなたのおかげで、今変われて、幸せな事です」
その言葉に僕は言葉が詰まった。
「…………それは」
「りん兄、まだ
東風にしては珍しく諭すような口調だった。
でも、そんなの………
「そんなの………いいわけないだろ。僕の、僕のせいで………お前は………」
僕がもっと早く対応してれば………東風は、東風の家族は………
「そんなのあの時の私だったら当たり前でしたし、そんなに気にしなくてもいいんですよ」
でも………僕がもっと早くしてれば………
「たしかにもう少し早かったらって思うことはありますよ?でも、それと、ううん、それ以上にりん兄に感謝してます」
東風の言葉を、僕は何も言わずに訊いていた。
「人が、世界が怖かった私に………手を差し伸べてくれて、ずっと守ってくれて………生きる事を教えてくれました」
そんなの、ただの成り行きだ。僕はそんないいヤツじゃない。
「あなたがどう思ってたとしても、私は変わりませんよ。今の私がいるのは………りん兄のおかげです」
「僕は………そんなんじゃ………」
「私の評価ですから、私が決めるんです。だから私は…………り、りん兄の事が………」
すると東風はいきなり口籠ってしまった。街灯に照らされて、東風の顔が赤くなってるのが分かる。
「私は………その………えっと………」
何だ、どうかしたのか?
しばらくの間の後、東風は小さく息を吐いた。
そして東風は僕との距離を一気に縮めると、僕に抱きついてきた。僕は何とかそれを支える。
「嬉しかったです!
僕はその言葉に僅かな違和感を覚えた。昔とは違うような、でもやっぱり変わらないような。
「そうか………お前が決めたなら、僕からはもう言うことは無いな」
僕は東風の頭を軽く撫でた。普通女子は嫌がるって話だったけど、東風は嬉しそうだ。
「これからも、一緒にいてくれますか?」
「そうだな…………まぁ、気が向いたらね」
元々そういう仲だ。それくらいでいい。
「えへへ………ありがとうございます」
そう言って東風はギュッと抱きつく力を少しだけ強めた。
すると東風の胸の辺りから、むにゅっと柔らかい感触が伝わってきた。僕はその感触に思わずドキッとする。
「りん兄?どうかしましたか?」
東風が僕を見上げるようにして聞いてくる。昔と変わらないはずなのに、この感覚は何だ?
「べ、別に、何でも無いよ。それじゃあ僕はこの辺で」
僕は誤魔化すようにして素早く東風を離すと、自転車に跨る。
「あの、りん兄」
僕が出発しようとすると、東風に呼び込められる。
「何?」
「えっと…………その、また明日」
「? あ、あぁ。学校に行けたらな」
よく分からなかったが、僕は適当に返事をして自転車を走らせた。
これがちょっと成長した、僕の妹のお話です。なんてね。最後のは意味不明だが。
暗い部屋の中、パソコンの光だけが辺りを照らす。
そのパソコンに映し出されているのは、蘖高校の個人情報流出事件の記事だ。
「ヒッヒッヒッ………面白半分で渡してみたけど、まさかここまでやるとはな」
パソコンの前に座ってる男はニヤニヤ笑いながら記事を読む。歳は高校生くらい。濁った目つきをして、紫のジャージを着ている。
「連枷 竜胆…………フフッ、面白い人間だ。情報渡してみて正解だったな」
そう言って男はパソコンを操作する。そして出てきたのは、彼がクラッキングで手に入れた連枷 竜胆の情報だ。
「探せばとんでもないのがいるもんだねぇ。本当、大したもんだ。趣味本位とはいえ、クラッキング覚えててよかったよかった」
するとそばに置いてあったスマホが鳴った。どうやら電話のようだ。
「もしもし、父さん?どうかしたの?」
『
それを訊いた男はピューッと口笛を吹いた。
「ありがとう、確認するよ」
『約束だぞ。これで………』
「分かってますって。父さんの浮気も会社の裏金のことも黙っておくよ。その代わり、これからもお金よろしく」
『貴様ッ………』
電話の向こうからあからさまな怒気が漂ってくる。それでも男は余裕の表情だ。
一方的に電話を切ると、ふぅっと息を吐く。それから拳を強く握った。
「お前の教えで、僕は生きる…………見ててくれ」
最後まで読んでいただきありがとうございました。
ちなみに最後に出てきたハッカー、彼のお話も小説家になろう様であげられてもらっています。ぜひ読んで評価等、よろしくお願いします。
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