第77話 予定
寒さも厳しくなってきた十二月後半の夕暮れ。そんな中でも私、雛罌粟 罔象のやる事は変わらない。
今日は金曜日。お店の休み時間なので私は買い物に出掛けていた。
いつも通り車を走らせて、スーパーに向かっている。近場にあると楽でいいね。
今日は買うものは少なめだ。いつも通りにスーパーに入って品を物色する。
平日ではあるけど、スーパーの中はそれなりに混んでいる。
何となく歩いていると、目の前で揺れているポップが目に止まった。そこには大きな文字で『クリスマスセール‼︎』と書かれていた。
私はそれを見てふと立ち止まってしまった。しばらくの間ジーッとそのポップを眺めている。
クリスマス、かぁ。
そういえば後一週間くらいすればクリスマスなんだっけ。大人になるとこういった年間の恒例行事への関心というものは薄まってくる。
もちろんお店の飾り付けとかメニューとかをクリスマス仕様にしたりはする。そういえば明後日辺りに準備を済ませないと。
でも個人的に何かするというのはほとんど無い。
だからいつもはお店の事を考えながら素通りするだけだ。でも今日はそうはいかなかった。
私はその場に立ち尽くして考えた。
毎年クリスマスといえば平日なら仕事をして、休日でも特に何もする事はない。友達と遊びに行ったりはあったけど、それだって毎年じゃないし。
でも今年は竜胆君がいる。
いや、だったら何だと言われたらそれまでなんだけど、やっぱりそれなりに意識はしてしまう。
彼氏、というわけではないけど、それに近い人がいてクリスマスに会おうと思えば会える。
クリスマス、竜胆君と何か出来ないかな。
私はいつも夜に彼と会ってコーヒーを出して、二人きりでいる時間ももちろん好きだ。
彼とは何をするかが大切なんじゃない。私達にとっては二人でいる事に意味があるわけだし。
でもせっかく近くに住んでいて会えるのなら、やっぱりたまにはこういったデートっぽい事もしたいとは思う。
別に大した事はしなくてもいい。二人でちょっとどこかに散歩に行く程度で構わない。
というかそもそも今年のクリスマスは金曜日、ガッツリ平日で私も仕事がある。竜胆君はちょうど次の日から冬休みらしいけどね。
だから夜にちょっと出かけられたらな、なんて思ったりはするわけで。
今日聞いてみようかな?………でも夜中に竜胆君を連れ回すのはちょっと失礼かな?
何分こういう経験がゼロだからなぁ。そもそも選択肢が分からない。
でもなぁ………どうせなら二人でクリスマスを楽しみたい。ってこんな事考えてるのは私だけなんだろうな。
きっと竜胆君はそんなクリスマスに期待していない。私が何も言わなかったらいつも通り過ごそうとするだろうな。
彼はそういうイベントにはあまり食いついてこない。いつも通りのいつもの時間を楽しんでいるように見える。
どこか『当たり前』を求めているように思える。普通ならわざわざ時間を割かないようなところに時間を作ろうとする。
一緒にコーヒー飲むくらいならいつでも出来るのに、それだけは外そうとしない。
竜胆君は私に何を求めているのかな?そんな誰とでも出来そうな事をわざわざ私としたがるのって何でだろう?
私は竜胆君の事をほとんど知らない。昔のことはもちろん、誕生日とか連絡先とか。好きなものだって私の推定だ。
知りたくないと言われれば嘘になるけど、それ以上に私が近づいていいものかと悩んでしまう。
文化祭の時の竜胆君の迫力。仕事柄色んな人見てきたけど、あんな人見たこと無かった。というか見ていいものがどうかって話でもあるんだけど。
東風ちゃんは慣れてるって言ってたし、小学生の頃からあんな感じなのかな?どんな生活してるんだろ。
本人は今もケロッとしているけど、あれは子供のイタズラなんてレベルじゃない。しかもまだ解決してないって、手慣れ過ぎでしょ。
あんな問題に慣れてる高校生って聞いたこと無いし。まぁそこは私が言うことでもない。
というより言って止まるような子なら、法律に止められてる時点でやったりしないだろう。
でも何となく竜胆君はその犯罪に強い意味があるように思える。それは昔にあった事が原因なんだと思う。
きっと竜胆君は私が聞いたら素直に答えてる。でも、だからこそ私は知ろうとしない。
それを聞くには私達の関係は浅すぎる。もっと近くなれるなら、その時に竜胆君から話してくれる。何となくそう思った。
その時が来るなら、その時に私も自分の事を話そう。最初はこんな事言ってどう思われるかと思ったけど、最近は意外とすんなりと受け入れてくれそうと思っている。
そんな事を考えながら私は買い物を済ませると、スーパーを出た。さてと、まだ時間あるなぁ。
「あ、罔象じゃん」
すると後ろから私の名前が呼ばれたような気がした。後ろを振り返ってみると、そこには私のよく知る人がいた。
私と同い年の女性で、ピシッとしたスーツ姿に少し染めている長めの髪をバレッタで留めている。
「
「久しぶり、お店の買い物かい?」
彼女は私の大学の同級生。当時はよく話したり遊びに行ったりしていた。まぁ仕事を始めてからはあんまり会ってなかったけど。
「うん。そっちは仕事帰り?」
「まぁね。その帰りの買い出し」
そういえばこうやって昔の友達と話すなんて初めてだなぁ。仕事してれば会う事は珍しいし。
昔の友達って意外と覚えてるもんなんだなぁ。と言うほど歳は経ってないはずだけど。
それから私達は軽く近況を話したりしていた。犬子も仕事は順調のようだ。
あ、そうだ…………
「ねぇ犬子、ちょっと相談なんだけど」
「ん、何?」
犬子は不思議そうにこっちを見てくる。言うのに少し迷いがあったけど、せっかくなんだし。
「あのさ、犬子って大学の頃彼氏いたよね?」
「うん、まぁもう別れたけど。それが?」
「クリスマスの時って………彼氏と、何してたの?」
たしか犬子が彼氏がいると言っていたのもこの季節だったはずだ。それならクリスマスを一緒に過ごしていてもおかしくない。
「クリスマス?別に話すけど………………あぁ、もしかして今年の参考、とか?」
ニヤニヤした笑顔で核心を突かれて、思わずビクッと跳ねる。いくらなんでも分かりやすかったかな?
でもここで誤魔化しても仕方ない。私はコクっと頷く。
「へぇ、あの罔象が彼氏、ねぇ。大学の時はそんな浮いた話無かったのに」
「ま、まぁね」
あの時は昔の事をまだ引きずってたからなぁ。最近は竜胆君のおかげでマシになったけど。
「それで、クリスマスに何をすればいいのかなって………」
「なるほどねぇ………でも大学生の時の事って参考になるかな?」
「少しでも参考が欲しいから………」
そういうのをネットで調べるという手もあるけど、どうせなら実体験を間近で聞きたい。
「ふーん、でもこういうのって相手の歳によるよ?彼氏って歳上、歳下?」
「歳下、かな」
たぶん犬子が言ってる年齢って精神年齢の事だよね。普通の歳下の理論が竜胆君に通用するかどうか」
「歳下かぁ。大学生?」
「え?…………な、何でそう思うの?」
本来よりも上の年齢を予想されて、つい戸惑ってしまう。
「は?………いや、私達の年齢で付き合うって言ったらそれくらいじゃないの?それより下もあり得なくはないけど」
「………………そ、そう、だよね。うん、大学の……一年生」
つい嘘をついてしまった。そうかぁ、それくらいが普通なんだなぁ。改めて自分がちょっとおかしい事に気がついた。
「というと………十九歳くらいか。結構離れてるね」
すみません、本当は高校生です。しかも高校二年生。何だろう、そんなに離れてないはずなんだけどな。この感じる大きな差は。
やっぱり変なのかな?まぁ竜胆君との関係が変なのは今に始まった事じゃない。
「となるとバーとかは無しだね。軽くデパートとか………って今年のクリスマス平日だから、丸一日は無理か」
しばらく犬子はうーんと考える。やっぱり平日となると遊ぶのは難しいのかな?
日をズラすのは………出来れば避けたい。
「うーん…………そもそもその彼氏ってどんな子?好きなものとか、これまで何してたとか」
たしかにそういうのは踏まえないとだよね。えっと………
「好きなものは、たぶんアニメとか。これまでは………遊園地とか花火大会行ったかな」
「たぶんって………まぁいいや。他には?他のデートとかだとどこ行ったの?」
グイグイ来るね。本当に助けるだけのために聞いてるのかな?何かノッてるような気がするんだけど。
「えっと………お出かけはそれだけだよ」
「え…………それだけ?」
犬子は目を丸くしている。あれ?何かおかしいかな?
「どこか変だった?」
「いや、花火大会行ったって事は付き合い始めたのって夏なんだよね?」
「うん、今年の夏」
そういえば、今月で竜胆君とこんな関係になってから半年くらいが経つわけだ。早いねぇ。
「しかも話の順序的に遊園地行ったのって、花火大会の前?」
「うん、そうだけど」
「という事はそれ以降デートとかは無し?ザッと四ヶ月間」
「あー………そうだね」
そうか、そういえばそうだな。あれから東風ちゃんが現れたりして色々あったからなぁ。すっかり前になったもんだ。
「えっと………結構少ないね」
「元々そういうのにこだわる子じゃないから」
竜胆君の方から何かに誘われた事なんて無いしね。いつも私からだ。
「あ、でも平日はお弁当作ってあげたりしてるし、そのお弁当箱返してもらう時にいつも会ってるよ」
「お、いつもか。その時何してるの?」
「えっと………コーヒー飲んで、ちょっと話して終わり、かな。あ、でもいつも話すわけじゃないよ」
すると犬子は黙ってしまった。え?どうかしたの?
「あのさ、人の恋愛事情にこういうの聞くのはどうかと思うけど………倦怠期?」
「え⁉︎何急に?」
物騒な事言わないでよ!まだ付き合って半年なのに!って、それくらいなら変じゃないのかな?
「いや、だって罔象が彼氏と会うのって、その少しの時間だけなんでしょ?しかも何も話さない時もあるって………倦怠期に聞こえるけど」
「そんなんじゃないって。元々、付き合い始めてからこんな感じなの。そういうのにサッパリした子だから」
まぁ正確には付き合ってないんだけど、それを言うと面倒な事になるからいいや。
「元々って…………ん?もしかしてさ………罔象の彼氏って、よく夜に罔象の店に出入りしてる子?」
「え⁉︎犬子、竜胆君の事知ってるの⁉︎」
「知ってるっていうか………私あの辺よく通るけど、いつも出入りしてるじゃん。割と普通に周りから見えるけど」
まぁ、そうか。別に私の店は隠れ家的な場所じゃないし、夜中に竜胆君が出入りしてればそりゃ目立つって。
「そうか………あのちょっと細身で目つきの悪いすごい子か」
「ん?どういう事?」
細身と目つきはともかくすごいって何?やっぱり知ってるのかな?
「いやね、夜中に出入りしてるなんて不思議だなぁって思って、ちょっと前に罔象の店の近くで見てた事あったのよ」
それ普通にどうなんだ?たしかにハタから見たら変だよね。周りの人は私が一人暮らしなのは知ってるし。
「その時にその彼氏がいきなり外に出てきたと思ったら、バッチリ私と目が合ったんだよ!」
「あれ犬子だったの⁉︎」
ちょっと前に竜胆君がコーヒー飲んでたら、やけに周り気にしてるから何だと思ったら『誰かに見られてるかも』とか言い出した事があった。
明かりがついてるお店に目がいくのは変なことじゃないし、その時は適当に流したけど、まさか本当に犬子が見張ってたとは。
「その時は思いっきり睨まれたから、怖くなって逃げたんだけどさ。結構離れて隠れてたのに、どんな第六感してるの?」
「あー………ちょっとそういうの鋭い子なの」
そういうのは私に聞かれても困る。東風ちゃんなら知ってそうだけど。
「そうかぁ、罔象はあーいう子がタイプか。失礼かもしれないけど、正直私は苦手かな。怖すぎるって。ヤクザかと思った」
もう竜胆君ったら………私の事を心配しての事なんだろうけど、そんなに睨んだの?
普通の子だよ………立場は、たぶん。
「タイプっていうか………あれですごい優しい子なんだよ。無口だけど、私の事大切にしてくれるし、頼りになるし。歳下とは思えないくらいに大人っぽいし………」
そんな竜胆君だからこそ、今こうやって何がしたいかを考えてるんだと思う。大好きな彼とクリスマスを過ごしたい。
これまでの竜胆君の事を考えて、つい口元が緩んでしまう。ほんと、早くちゃんと付き合いたいなぁ。
すると犬子が私の方を面白そうに笑って見てくる。
「なるほどぉ。罔象さんはその彼氏にベタ惚れ、と」
「べ、別にいいじゃん!」
言わないでよぉ。最近自覚して恥ずかしいんだから。私は赤くなった顔を隠す。
「そうか…………それなら真剣に考えないと、だよね。うーん」
それから犬子はまたしばらく考え込んだ。
そして何故か私の方をジロジロ見てきた。え?何?
「あのさ、要はクリスマス気分を楽しみたいんだよね?」
「うん………まぁ」
「それならさ、ちょっとあげたいものがあるんだけど。ウチまで来てくれない?」
え?急にどうしたの?あげたいものって。
「まぁ、いいけど」
それから私達は犬子のアパートまで車で向かった。まだ時間はあるし。
アパートに着いた私は、犬子の部屋に通された。犬子は私を残してどこかに行ってしまった。
少しして犬子が戻ってきた。手には何やら紙袋を持っている。それを私に差し出した。
「はいこれ。クリスマスを味わうならちょうどいいんじゃない?」
私は渡された紙袋の中を覗いた。しかし中身を確認するや否やバッと即座に袋を閉じる。
「こ、これって………!」
「いいでしょ?クリスマス気分は味わえるんじゃない?」
「でもこれはちょっと………」
たしかにクリスマスっぽいけど。さすがに受け取れない。
「いいじゃんいいじゃん。罔象にちょうどいいと思うよ?それに最近の子ってそういうの喜ぶと思うし」
そう言われて私はもう一度袋の中を確認する。これで、竜胆君が………喜ぶ、か。
「そ、そういう事なら………」
「よかった。今年のために買ったのはいいけど、その前に彼氏と別れちゃったから使わなかったの」
そうなんだ。よく使おうと思ったな。
「それじゃあそれで歳下彼氏とのラブラブなクリスマスを楽しんでね〜」
「〜〜〜〜〜〜ッッッ‼︎…………うん」
色々言いたいことはあったけど、とりあえずこれは貰っておこう。私は犬子の部屋を出ると、自分の車に乗った。
貰った紙袋を隣の席に置いて眺める。
二人で初めてのクリスマス…………楽しみたいな。
そう思うと私は車を出した。頭の中に浮かぶのは竜胆君とどんなクリスマスを過ごすか。それ一つだけだった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
ようやく小説の中の季節とリアルの季節が揃いました。