「まったく、何でこうなるかなぁ」
僕はため息を吐きながら寒い帰り道を歩いている。この前から僕はずっとこんな感じだ。
外はもう夕方になっている。帰宅ラッシュにより車の通りが多い。何なら今日はクリスマスだから尚更。
今日は終業式があった。つまり本来なら午前中に終わるはずであり、今こんな時間に出歩いているわけがない。いつもなら家でゲームしてるところだ。
それでも今僕はこうして出歩いている。つまり今日は午後まで学校があったのだ。
本当勘弁して欲しい。ただでさえクリスマスはゲームのイベントだって盛り上がるってのに。今年は午後からずっと参戦しようと思ったのになぁ。まぁ深夜に大体進めたけど。
「りん兄、いつまで言ってるんですか?」
僕の隣を歩いている東風が呆れたように言ってくる。
「そもそも、何で今回午後まで学校があったのか。先生から訊いたでしょう?」
「ん?たしか………文化祭での事件のせいで潰れた授業の補填、だっけか?」
文化祭で起きたクラッキング事件、そのせいで数日間の授業が潰れてしまった。
元々ウチの学校は元々授業日数がギリギリな上に、校舎の改修で休校があり、さらに追い討ちをかけるように今回の事件。
仕方なくここ数日は午前中で帰られるのを午後まで伸ばしているわけだ。
「そうです。他の生徒が文句言うならともかく、事件を起こしたりん兄に関しては自業自得でしょう?」
「ケッ、正論なんざ聞きたかないね。大体騒ぎすぎなんだよ。ここまでなるか?」
「数十人の生徒の人生と学校のメンツが丸々潰れたんですよ………」
まだ言うかよ。知らんよそんなの、それこそ自業自得だ。
別に僕は嘘の情報を流したわけでもないし、やった事だって学校のセキュリティーホールを突いただけ。向こうが上手くやればそもそも防げた事だ。
そういえば結局、あの事件の顛末聞かされてないなぁ。噂だと数人は失意のあまり自殺したとか言ってたけど、興味ないしいいや。
まぁそれも今日までだ。明日からは冬休み!そう思わないとやってられない。
「あ、そうだ。りん兄、今日りん兄の家行ってもいいですか?勉強教えて欲しいんですけど」
「あー………悪いけど今日は無理。これから雛罌粟さんのところに行くから」
時間的には問題無いはずだ。僕はスマホで時間を確認する。
「雛罌粟さんのところって………こんなに早くですか?夕ご飯はどうするんです?」
「雛罌粟さんのところで食べる。何か、今日は一緒に夕ご飯食べようとか言われてな。だから今日は早めに行くの」
この前夜に行った時に言われたことだ。二十五日に一緒に夕ご飯食べようと誘われて、不思議に思いつつも承諾した。
何か緊張してたように見えたけど、何かあったのか?
「クリスマスディナー、みたいな?」
「知るか」
まぁゲームは今日の深夜に進めたから問題無い。意図は分からないけど行ってみよう。
「なるほど………守備がいいですね………」
「は?何のだよ」
東風が何やらボソッと呟いている。何か最近独り言増えたか?
「え?い、いえ。………そうですか。それなら今渡しちゃいますね」
「ん?何の話だ?」
すると東風はスクールバッグの中から、綺麗に包装された箱を取り出した。
「はい、りん兄。メリークリスマス」
そう言って箱を差し出してくる。いわゆるクリスマスプレゼントか。って、え?僕に?
「おぉ、でも僕何もお返しとかないぞ?」
「いいですよ。プレゼントとは言っても、貰ったもの返すだけですから」
返す?何か返されるようなものあげたっけ?
「開けていいか?」
「もちろんです」
僕は東風に渡された箱を開けてみる。
僕は中身を見て思わず動きが止まってしまった。こ、これは………!
「お前………これって………」
僕は箱の中身を呆然と見た。マジか、コイツまだ持っててくれたんだな。しかも昔のままだ。
「私が持ってても仕方ないものですからね。結局向こうで一回も使いませんでしたよ。でも、今のりん兄には必要でしょう?」
「ま、まぁそうかもだけど」
たしかに。代わりは持ってるけど、やっぱりこっちの方がいい。
「ありがとうな」
「いえ、私が持ってても意味ないものですから」
そうか?この前なんてまさに使いどころだったのに。あーいう時のために渡したのに。でもたしかにもう子供っぽいか。
僕はプレゼントをスクールバッグにしまった。
…………また、よろしくな。
「それじゃあ、僕はこれで」
「はい、さようなら」
僕は東風と別れると、『Cafe Red Poppy』に向かった。日も暮れて暗くなり始めている。
僕が『Cafe Red Poppy』に着くと、ちょうど店の扉が開かれてお客さんらしき人が出てきた。
おっと、もしかして早すぎたか?
そう思ってこっそりお店の中を覗くと、そこにお客さんはいなかった。今ので最後か。
「すみません」
「あ、竜胆君。いらっしゃい、ちょうどいいタイミングだね」
やっぱり今ので最後だったんだな。早すぎかと思ったからよかった。
『Cafe Red Poppy』の中はクリスマス仕様となっていて、クリスマスツリーやリースが飾られている。
ちなみに雛罌粟さん自体はいつもの格好だ。ちょっとクリスマス仕様とかにしてみたら面白そうなのに。
でもやっぱりこのエプロン姿が一番好きかな。一緒にいて落ち着く。
「えっと………夕ご飯食べようって話でしたけど」
「うん、どこかテーブルに座ってて」
僕からお弁当箱を受け取ると、雛罌粟さんはキッチンに引っ込んでしまった。
カウンターじゃないのか。ちょっと楽しみになってきたな。僕は近くにあったテーブルに座る。
しばらくして雛罌粟さんが料理を運んできた。
フランスパンに華やかなサラダ、メインは温かそうなビーフシチュー。小さめのカップケーキまである。
料理を運び終えた雛罌粟さんが、エプロンを脱いで僕の向かいに座る。
「えっと、クリスマスっぽい夕ご飯にしてみたけど、どうかな?」
「すごい………美味しそうです」
こんな華やかな夕ご飯は久しぶりだった。両親が亡くなってからは食べてないな。見ているだけで身体が暖まりそうだ。
「そっか………それじゃあ冷めないうちに食べようか」
「はい。いただきます」
「召し上がれ」
僕は手を合わせると、まずは暖かそうなビーフシチューから手をつけた。
スプーンで大きな肉を掬い上げて口に運ぶ。とても柔らかくてホロッと崩れる。肉の旨みが口いっぱいに広がった。
それでいて体の内側から暖められたような感覚がした。じんわりと暖かさが広がっていく。
「あぁ………美味しい」
意識してではなく、思わず口から漏れるような言葉だった。つい口元が緩む。
「そう?よかった、嬉しい」
雛罌粟さんはそう言うとフッと笑った。綺麗な笑顔だなぁ。
「本当は今日、どこかに出かけようと思ったんだけどね。時間的にも私の経験量的にも難しいかなって」
たしかにどこかに出かけようにも、こんな時間からじゃあんまり楽しめないだろう。というかあんまり人混みはちょっとね。
「だからそれなら一緒に夕ご飯を食べようって思ったの。それなら時間も間に合うし、料理なら得意だから」
まぁ無理しても意味ないからな。それなら得意な事で、という事か。
「だから、その………今日は、竜胆君とクリスマスを……楽しみたいなぁって」
雛罌粟さんは少しだけ顔を赤くして言った。目は少しキョロキョロしている。
そういう事だったのか。いきなり一緒に夕ご飯を食べようって言われたから何かと思ったよ。
それから僕達は、他愛無い話をしながら食事を楽しんだ。どの料理もとても美味しかった。
それに元々そんなに食べない僕にはちょうどいい量の食事だったし、ちゃんと考えてくれたんだなぁ。
「その、迷惑じゃなかった?」
「迷惑だなんて。こんなに美味しいご飯食べさせてもらってるんですから、むしろ嬉しいですよ」
クリスマスに好きな人の手料理を食べる。こう見ると割とロマンチックにも見えるし。
「ふふっ、ありがとう」
そういえばこうやって二人で雛罌粟さんの作った夕ご飯を食べるのは、あの雨の日以来だ。もう半年も前になる。
こんなよく分からない関係がここまで続くとはな。不思議な事もあるもんだ。
「そういえば何で制服なの?今日終業式だったんでしょ?それなら普通午前中で学校終わらない?お弁当まで持ってって」
「文化祭での一件で授業が潰れたので、その補充でさっきまで学校でした」
「それはそれは、お疲れ様」
本当だよ。学校内では未だに誰がやったかは知らないから、みんな疑心暗鬼になっている。次は自分なんかじゃないかって。
潰したヤツらが学校内カーストのトップで、そこにあやかってたヤツらがいるんだと。
僕が潰したのはあくまで東風のイジメに関係していたヤツらだからな。取りこぼしがいてもおかしくない。
先生側としても今回の事件は重く受け止めて(何故かイジメではなくクラッキングの方を)対策強化を図るとか。まぁせいぜい頑張ってくれ。
それに加えて校内アンケートとか個人面談もやっている。おかげで授業の多くは自習だった。そこは嬉しい。
潰された連中にいじめられていた人達も分かってきたみたいだけど、ソイツらに聞いても意味はない。唯一知っている東風は黙っててくれてるし。
東風といえば、例の仮面の少女もやはり話題になっていた。面白いことになりそうだな。
そんな事を話しながら食べていると、いつの間にかほとんど食べ終わっていて、残るはカップケーキのみだ。
「そのケーキ、ウチでクリスマス限定で出してるものなんだ。やっぱりクリスマスにケーキは必要でしょ?」
まぁね。と言っても僕もクリスマスケーキなんて中学校の給食以来だ。あれ結構好きだったな。
僕はケーキを掴むとかぶりついた。ふんわりとした生地にしつこすぎない甘さが広がる。
「美味しい、です」
「よかった。竜胆君好きそうだと思ったんだ」
たしかに僕好みの甘さだ。というかちゃんと僕の好み分かっててくれるんだよな。何か嬉しい。
ケーキも食べ終わり、僕は一息つく。
するとお皿を下げた雛罌粟さんがお盆を持ってやって来た。
「はい、いつものコーヒー」
「ありがとうございます」
僕は雛罌粟さんからコーヒーを受け取ると、クッと一口飲む。はぁ………美味しい。
「ねぇ、何で竜胆君はいつもコーヒー飲むために来てくれるの?」
「え?………何ですか急に」
「あ、えっと………その、竜胆君ってこれだけはほとんど欠かさないからさ。何でかなって」
え〜そんな事聞かれてもな。そんなに深く考えたこと無いし。
「何となく………ですかね。雛罌粟さんといるって事が、僕の中だとこれになる………って感じです。後は単純にお弁当箱を渡すついでですね」
僕にとって雛罌粟さんは一緒にいるだけで価値のある人だ。そのための手段、かな。
まぁもっとぶっちゃけると、雛罌粟さんと長くいるための口実とも言える。お互いそんなに会えないし。
本当ならもうちょっと気の利いた事を言うべきかもしれないけど、僕にはそんな口はない。
「迷惑、でしたか?」
「ううん、私も一緒にいれるのってこの時間くらいだし。ただ………私達って何の意味がある関係なのかな、って」
意味、ねぇ。付き合ってるかも怪しい、いつも会ってコーヒー飲むだけ。そんなのに意味があるのか。
「意味は無いと思いますよ。そんなのがあったらこんな関係になってませんから」
お互いのことを好きでもよく知らない、ただ会って、極々たまに身体を重ねる。とても意味を言葉に出来る関係じゃない。
「まぁいいじゃないですか。そんな関係でも続いてるんですし。変に求めても、それこそ無意味ですよ」
「無意味、かぁ。それで続くんだねぇ」
「僕達がそれだけの価値を見出して必要性がある、って事にしときましょうよ。存在するだけの価値はあるって事で」
この世界に価値がない、必要性のないものは存在出来ない。そんなものは時間と共に淘汰される。
それでも続くって事はそれなりに価値があるって事だろ。よく知らんけど。
僕はそんな事を考えてコーヒーを飲み干す。すっかり僕の当たり前の味となってしまっている。
「ご馳走様でした」
「お粗末様でした。カップ下げるね」
「あ、片付け手伝いますよ」
ここまでご馳走してもらって何もしないわけにはいかないし、せめて片付けくらいは。
「いいよ、それより先にお風呂入ってきなよ」
「でも………」
「いいから。流しに二人は狭いし」
それもそうか………何か申し訳ないな。
僕はお風呂場に向かって入浴を済ませる。ふぅ、この時期のお風呂って身体に染みるねぇ。
お風呂からあがってパジャマ………といっても制服しかないけど。それを着て、僕はハタと立ち止まる。
あれ?何で僕、当たり前みたいにお風呂入ったんだ?普通なら帰るところだろ。
そんな事を考えていると、廊下で雛罌粟さんとすれ違った。
「お風呂あがったの?えっと…………それなら、さ。私の部屋で、ちょっと待ってて、くれない?」
「え?別にいいですけど………何かあるんですか?」
「それは………ほら、クリスマスだし」
いや理由になってない。まぁ時間はあるし構わないんだけどさ。
というかその手に持ってる紙袋は何?さっきから何か挙動不審だし。
よく分からないけど、ここで突っ立ってても仕方ない。僕は言われた通りに雛罌粟さんの部屋に向かう。
部屋に入ると何をしていいか分からずに、その場に突っ立った。
人の部屋に一人でいるのってすごい気まずい。どうしよう、ゲームでもしてるか?
そんな事を考えていると、部屋のドアがノックされた。
「あの、竜胆君?入るよ?」
「いや、ここあなたの部屋ですけど」
いよいよ大丈夫かな?すごい心配なんだけど。
心配になった僕がドアを開けようとする前に、雛罌粟さんの方から開けた。
「雛罌粟さんさっきから変ですけど、何かありま………した………か………」
雛罌粟さんの姿を見た瞬間、僕はどんな顔をしていただろうか。
少なくともいつものように落ち着けなくなったのは確かだった。
頭を強く殴られたような衝撃に、僕は息をするのも忘れて、ただ雛罌粟さんを見つめていた。
「えっと………失礼、します?」
自分でも変な事言っている自覚があるのか、雛罌粟さんは挙動不審だった。
露出が多めのサンタコスチュームで現れた雛罌粟さんは、モジモジしながら僕の前に立っていた。
最後まで読んでいただきありがとうございました。