あの後家に戻った僕は、東風のくれた栗きんとんを片手にゲームを進めて、お昼になると家を出た。
荷物は夜中に帰ってきてから準備しておいたが、こんな事をしたのは中学校の修学旅行以来だ。
いつもアニメグッズを爆買いする時に使うリュックに、着替えとか諸々詰めて準備完了だ。
人の家に泊まるのなんて生まれて初めてなわけだが、まぁそこまで大きな荷物はいらないだろ。
日帰りというわけではないので、スマホの充電器やバッテリーは必須だな。その上でスマホの充電を100%にしておく。
家を出た僕は自転車で『Cafe Red Poppy』に向かった。自転車は向こうで止めさせてくれるらしい。
いつも通りのルートで向かうと、お店の前で雛罌粟さんが待っていた。
ハイネックのセーターにロングスカートという服装で、よく似合っていると思う。無駄な装飾品が無いのがいいと思った。
「雛罌粟さん、お待たせしました」
「私もちょうど来たところだよ。それじゃあ行こうか」
「はい、お願いします」
僕達は雛罌粟さんの車に乗ると出発した。雛罌粟さんの車に乗るの、遊園地に行った時以来だなぁ。
「えっと…………竜胆君に私の家族の事って話したことあったっけ?」
「そうですねぇ…………たしか妹さんがいるというのは聞きましたよ」
ほとんどうろ覚えの記憶の中から、何とか引っ張り出せた。よく覚えてないんだよ。
「あ…………妹かぁ」
「何ですかその反応」
見た感じ僕の記憶は正しいようだけど、何かすごい微妙な顔された。え? どうしたの?
「いやね、その妹と竜胆君の相性がなぁと思って。喧嘩にならないといいけど」
相性って。そんな事気にするか?
「別にそんな事しませんって。苦手でも多少なりとも我慢は出来ますから」
僕だって高校生、それくらいの我慢は出来るつもりだ。
「そう? ちょっと生意気で上から目線かもしれないけど、大丈夫?」
「あー…………時と場合によりますね」
そういう感じね。たしかに僕とはあんまり相性良くないかもな。
怒るというよりかは、上から目線なのは落ち着かない。下手に喧嘩売られたら、ちょっと保証は出来ないな。
「向こうが変なことしてこなければ、僕も何もしませんよ」
「出来れば変なことしても受け流してくれると嬉しいな」
「善処します」
そもそも関わらなければいいだけの話だ。最初から仲良くなるつもりもないし。
「まぁ同い年だし、話はもしかしたら合うかもしれないんだけどね」
「へぇ…………って、妹さん高校生なんですか?」
てっきり大人か、若くても大学生かと思ってた。まさか高校生とは。割と歳離れてるんだな。
それから特に会話はなくて、静かな時間が過ぎていった。
前ならちょっと気まずかったけど、今となってはもう慣れた。コーヒー飲みに行く時話さないなんて事ザラだし。
それから一時間ほど経った頃。通ってきた駅の近くの都会らしさとはかけ離れた、いかにも田舎といった感じの町に入っていた。
「竜胆君、着いたよ」
しばらくして雛罌粟さんが声をかけてきた。言われて周りを見てみると、目の前に一軒の家があった。
「お母さんにはもう竜胆君が行くことは話してあるから、遠慮しないで」
よかった、その辺ちょっと心配だったんだよな。やっぱり人と会うのは気を使うから苦手だ。
雛罌粟さんは家の引き戸をガラッと開けた。僕もその後に続く。
「お母さーん、帰ったよー」
雛罌粟さんが玄関で軽く声を張って言うと、奥の方から五十代ほどの一人の女性が出てきた。
「あら、罔象。お帰りなさい」
あぁ、この人が雛罌粟さんのお母さんなんだ。たしかに雛罌粟さんがまんま歳を取ったら、こんな感じになりそう。
「それで…………もしかしてその子が…………」
「うん、私の友達」
「え……あ、連枷 竜胆と、いいます。えっと…………こ、これからお世話になります」
どう挨拶すればいいのか分からなかったので、吃りながらも何とか声を絞り出した。
「そんなにかしこまらなくてもいいのよ?ここで話すのもアレだし、とにかく上がって」
「は、はぁ…………」
なんて返すべきか分からない。どうしたらいいんだ? こう言う経験ないから難しい。
でもそうも言ってられないので、僕は気後れしながらも家に上がり込んだ。
僕達は流されるようにして食卓のテーブルまで案内された。
「その辺適当に座って」
「あ…………はい」
僕は言われるがままに着ていたトレンチコートを脱いで、近くの椅子に座った。雛罌粟さんもその隣に座る。
「はい、お茶どうぞ」
「あ、ありがとう……ございます」
どうしよう、すごい落ち着かない。
そんな僕の考えを他所に、雛罌粟さんのお母さんが僕達と向かい合うようにして座った。
あれ? 雛罌粟さんの妹さんやお父さんはどこにいるんだ? 家から雛罌粟さんのお母さんと僕達以外の気配がない。
「それじゃあ改めまして。私は罔象の母の雛罌粟
「あ、はい。よろしく……お願いします」
別に緊張しているわけではないのに、どうしても言葉が詰まる。どうしても会話の内容より周りへの警戒に意識が向いてしまう。
慣れない環境でいきなり近い距離での会話は、僕を混乱させるには充分だった。
「罔象と仲良くしてくれてるんだって? ありがとうね」
「い、いえ……そんな…………」
こういう会話ってどう答えるのが正解なんだろうか? コミュニケーション能力が低い僕にはよく分からん。
「あっちで罔象はどう? ちゃんとしてるかしら?」
「え? あ…………そ、それは…………はい」
あーこりゃダメだ。どこかで絶対躓く。早く終わらせたい。
「あ、あのさお母さん! そういえば
さっきから挙動不審な僕を見兼ねたのか、雛罌粟さんが助け船を出してくれた。ありがとう。
「ついさっき出かけちゃってねぇ。初詣とか言ってたから、そろそろ帰ってくると思うんだけど」
あぁ、例の妹さんね。今はお出かけ中なんだ。
「そうだ、先にお父さんに挨拶してきちゃいなさい。竜胆君もお部屋用意してあるから、荷物置いてきちゃえば?」
あ、なんだお父さんいるのか。でもさっきから全く気配がしないんだよな。勘鈍ったか?
というか僕の部屋、もうちゃんと用意されてるんだ。泊める気満々じゃないか。
「そうだね。私が案内するから、竜胆君行こう」
「あ、はい」
「竜胆君の部屋は階段上がって左側の一番目ね」
僕は雛罌粟さんの後ろをついて行きながら階段を上った。
「竜胆君大丈夫? お母さん人とお話しするの好きだから」
「あぁ、ちょっと落ち着かないだけなので大丈夫ですよ…………今のところは」
別にストレスとかは溜まっていない。たしかにちょっとおしゃべりだなとは思ったが、周りに警戒してそれどころじゃない。
まぁ無理だったら勝手に帰るだけだ。それまでは気楽に行きたいもんだなぁ。
「はい、ここが君の部屋だと思うよ。まぁ元は私の勉強部屋だけど。荷物置いたら下に行ってて」
「分かりました」
僕は扉を開けて中に入った。すると大きな勉強机が目の前にある。なるほど、たしかに勉強部屋だったんだな。
妹さんと歳が離れてると言っていたし、集中するためにはそういうのが必要だったのかもしれない。
すると部屋の端に布団が畳まれて置いてある事に気がついた。本当、ちゃんとしてるよ。
適当に荷物を置くと、僕は部屋を出て下に降りる。とりあえず食卓に戻るか。
そう思って行こうとした時に、視界の端に映ったリビングに座っている雛罌粟さんの姿が見えた。
お父さんに挨拶とか言ってたけど、その割には声がしない。…………まさか。
すると雛罌粟さんが立ち上がってこっちを振り向いた。僕と完全に目が合う。
「あ、竜胆君。荷物は置き終わったの?」
「は、はい。えっと…………勝手に覗いちゃって、すみません」
「あぁ、いいのいいの。この場所からじゃ仕方ないし」
でもやっぱり悪い事しちゃったな。
さっきまで雛罌粟さんのいた所には、一人の男性の写真と果物が置いてあった。他にも線香や位碑なんかが置いてある。
間違いなくあれは…………
「私のお父さん、もう亡くなってるの」
やっぱりそうか。挨拶ってそういう事ね。
「そう、ですか…………えっと…………」
なんて言うべきなのか分からずに、僕は言葉を失う。
「あぁ気遣わなくていいよ。もうずっと前の話だから」
「は、はい…………」
ダメだなぁ、ここに来てから調子が狂ったままで、まともな対応が出来ない。
「それに…………今は目の前に好きな人がいるもん。竜胆君がいてくれるから、今は幸せだよ」
「あ、え? …………あ、ありがとう、ございます…………」
いきなり恥ずかしい事言われて、僕は俯いてしまった。そういう事をサラッと言わないで欲しい。
「ちょ、そういう反応やめてよ。恥ずかしいの我慢して言ったのに」
「し、仕方ないじゃないですか」
お互い顔赤くなってるんだろうな。そう思っていると、雛罌粟さんが僅かに僕達の距離を縮める。その距離感に心臓が高鳴る。
「き、君はどうなの?」
「え? それは…………さ、察してください」
さすがに言葉に出すのは恥ずかしすぎる。僕にそんな度胸はない。
「私は…………ちゃんと聞きたい」
「うっ…………ぼ、僕は…………」
なんか今日の雛罌粟さん、押し強くないか?いや、無理だろ。今は難しいって。
でもこういう時でもないと言えないし、ここはちゃんと…………
「ぼ、僕は…………あなたの事が…………」
「罔象ー! お茶冷めるよー!」
食卓の方から龗さんの声が聞こえてきた。その声に僕達はビクッとする。
それからしばらくお互いを見つめ合うと、小さくため息を吐く。
「と、とりあえず、お母さんのところ戻ろう。苦手かもしれないけど」
「はっきり言わんでください」
たしかにおしゃべりな人は苦手だけど、まぁ無理だったら逃げればいいだけの話だ。
そう思いながら僕は雛罌粟さんとともに食卓へ戻る。顔の熱も徐々に冷めていった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
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