状況について行けていない僕はどうする事も出来ずに、雛罌粟さんのされるがままになっていた。
僕に囁いてソファーに座らせた雛罌粟さんは、そのまま僕を抱きしめていた。
それが何かを抱擁するというよりかは、何かに縋っているように感じられたのは気のせいだろうか。
そして体を離すと雛罌粟さんは僕の体に手を這わせ始めた。
最初は前に回していた手を肩へ。そこから首や胸へと彼女の手は動いていった。
「……くっ!」
それと同時に僕の耳に雛罌粟さんの吐息がかけられて、その度に僕の体はビクッと震えていた。
何かしなければと思ったが、この状況で僕に出来ることが思いつかなかった。
雛罌粟さんの手がやがて熱くなった僕の頬に添えられた。
そして僕と雛罌粟さんはジッと見つめ合う事となった。
彼女の顔を見て僕はドキッとして息が詰まった。
彼女は泣いていたのだ。
彼女の笑顔は今日までたくさん見てきたけど、泣き顔を見るのは初めてだった。
目の端に涙を浮かべてこっちを見つめる彼女に、僕はどうするべきなのか迷った。
雛罌粟さんは悲しいからこんな事をしているのだろうか? 何があって彼女はここまでやっているのだろうか?
雛罌粟さんは僕を見ながらまた抱きついてきた。今度は後ろじゃなくて前からだった。
座っている僕の右足の太腿に跨いで座って雛罌粟さんは抱きついていた。
再び襲ってきた雛罌粟さんの感触に戸惑っていると、彼女が僕の耳元で泣きそうな声で囁いた。
「お願い、助けて」
え?
僕は言われたことの意味が分からずに困惑していると、彼女が震えている事に気がついた。
そこで僕はようやくハッと我に帰った。
何やってるんだ僕は⁉︎流されてる場合じゃないだろ!
かと言ってこのまますぐに体を離す事も出来ずに、僕はそのまま尋ねた。
「あ、あの、雛罌粟さん大丈夫ですか?」
僕が聞くと雛罌粟さんは少しの間まだ泣きそうな顔をしていたが、そのうちハッとして僕から体を離した。
「ご、ごめんなさい! 私何やって……」
僕から距離をとってオロオロしていた雛罌粟さんは、そのまま玄関から走って出て行こうとした。
「ちょっと待ってください‼︎」
僕は急いで彼女の腕を掴んだ。
ついさっきまで僕を襲っていた人なのは理解していたが、それでも反射的に引き止めてしまった。
雛罌粟さんは僕に止められた事に驚いたようでこっちを振り返った。
その目にはまだ涙が浮かんでいて、今にも泣き出しそうな目でこっちを見ている。
「ごめんね。…………泊めてくれてありがとう」
雛罌粟さんはそう言うと僕の手を振り払って出ていってしまった。
窓の外から雛罌粟さんが走っていく姿が見えた。その姿もすぐに消えてしまう。
出て行った雛罌粟さんを見ながら僕は大きな虚無感に襲われた。
そしてそのまま数分が過ぎた。それでも僕はそこから動かずにボーッとしていた。
何なんだよこれ……何でこんな事に……。
信用出来る人だと思っていた。これからも一緒にいられる人だと思っていたのに。
僕は家の中を見渡した。
もちろん家の中には僕以外には人はおらず、がらんと静かになっている。
住んでいるのは僕一人、いくら見渡したって自分以外の人間がいるわけがない。それが当たり前だ。
それなのに……何でこんなにも寂しく感じられるんだろう?
リビングやキッチン、いつも自分以外にいる人はいない。それが僕の日常だ。
でも、どうしても…………そこには雛罌粟さんがいるんだよ。
気がついたらご飯を作ってくれていて、一緒に話しながら食べて、食べ終わったらリビングで話したりして。
いたのは昨日の昼からついさっきまで。僕がこの家に住んでいる時間に比べたら極々僅かな時間だ。
そんなのすぐに忘れると思ってたのに。まるでこれまでもずっと二人で暮らしてきたみたいにすら思う。
僕は
だから雛罌粟さんと話せた時は本当に驚いた。
何で話せたのかは分からないけど、少なくとも僕の中で彼女は特別な存在になった。
綺麗で明るくて人のために一生懸命になれて、ちょっと抜けてるところもあるけどそれも含めて全て彼女の魅力だ。素晴らしい人だと思う。
そんな雛罌粟さんがあんなに悲しそうな顔をして、僕に縋るように抱きついてきた。
そんな時に僕なんかが何をやってやれたのだろう。
雛罌粟さんが何を抱えているのかは知らないけど、あの人が抱えきれないものを僕なんかが抱えられるのか。
だからいなくなられても仕方がない。そう、仕方がないんだ。
でも…………そうだとしても…………。
僕はそこでさっきまで雛罌粟さんが跨っていた右足の太腿に違和感がある事に気がついた。
そっと手を当ててみると、そこはじんわりと濡れていた。
え? 何で濡れてるんだ?
その濡れているところの匂いを嗅いでみるとクラッとするような不思議な匂いがした。
もしかしてこれって……雛罌粟さんの……。
それが分かった途端に僕の顔は、さっきの比にならないくらいに熱くなった。
もしかしてさっき拭いていたのはこれか? 何でこんなところで。
モヤモヤは増えていく一方で全然収まる気がしない。
忘れようと思っても彼女のことが頭から離れずに忘れられなくなっている。
「…………寝るか」
何もやる気が起きなくなった僕は、自分の部屋で昼寝をすることにした。
「あっ……あっ、あぁっ……あんっ‼︎……んんっ‼︎」
落ち着いた雰囲気の部屋に女性の嬌声だけが響き渡る。
その声の主の雛罌粟 罔象は自室のベッドに寝転んだ状態で、ぼんやりと天井を眺めていた。
Tシャツは肩の辺りまでたくし上げられており、青いブラも今はめくれている。よって白くて丸みを帯びた胸は完全に露わになっていた。
スカートもめくれており、下着が露出している。
右手は自分の胸を揉みしだいていて、左手は下着の中に入れて秘所を撫でている。
竜胆を襲ってしまい彼の家を逃げるように出て行った罔象はがむしゃらに街を走って行った。
とにかく竜胆から逃げたかったからだ。彼の近くにいたら自分がどうなってしまうのか。考えたくもなかったのだ。
そして気がつけば彼女は『Cafe Red Poppy』に着いていた。
この店の二階は彼女の自室になっている。
罔象は部屋に着くや否やエプロンを脱ぎ捨てるとベッドに身を沈めた。
思えば昨日から自分は少しおかしかったのだ。
竜胆に助けられて一緒にお風呂に入ったり食事をしたり、果てには同じベッドで寝ることになった。まるで同棲してるカップルだ。
盛んな高校生ならいつ手を出されてもおかしくない状況だったはずだし、罔象自身もそれは分かっていた。
けれども罔象は自分の意思でそうする事を願ったのだ。お風呂に至っては自分で一緒に入ろうと誘った。
そして驚いたり呆れたり、恥ずかしがったりしている彼をどうしても目で追いかけてしまう。
その追いかけるのを楽しいと思っている自分がいる。
最初は弟みたいなものだと思ってたのに、こうやって一緒にいるうちに自分が彼を異性として見ている事に気付かされた。
理由は分からない。それでも罔象は何となく彼に惹かれていた。一人の女として
最初は何かの勘違いかと思ったが、一日を振り返ってみて間違いないと思った。
そして今朝。ご飯を食べている時にどうしたいかを聞かれて、思わずまだいたいと言ってしまった。
言った直後にヤバいと思った。
こんな二十代後半の女性にまだ家にいたいと言われて喜ぶ高校生がどこにいるのか。
もしかしたら引かれたかもしれないと思った。しかし予想に反して竜胆はあっさりとそれを受け入れた。
何か誤解をしていたのか、それとも適当に答えたのかは分からないが。
そうだとしても受け入れてくれた事は罔象にとってはとても嬉しかった。
だから竜胆が二階に行ってからは彼のことを考えていた。
そんな事を思っているうちに、自分の中で描いていた彼とのビジョンはどんどん膨れ上がっていた。
店長と客だけの関係をやめて、朝は一緒に起きて昼間は二人で色んな所に行ったり自分の作った料理を食べてもらったり。
そして夜になったら朝起きたベッドで深夜までじっくりと可愛がってもらう。
そこまで想像していると自分の体の変化に気がついた。
無意識のうちに自分を慰めていて、それにより下の下着がぐっしょりと濡れてしまっていたのだ。
しかもリビングの床に座っていたため、その床も結構濡れてしまっていた。
シミになるソファーよりかはマシだったけど、どれにせよ放っておくわけにはいかない。
急いで雑巾を探して拭いてしまおうと考えた。
運良く雑巾は簡単に見つかったので早く掃除を……。
そう思っていると、まるで図ったように竜胆が二階から降りてきてしまった。
どうやら罔象が何をしているのかが気になったらしい。
焦った罔象は咄嗟に雑巾掛けをしていたと言ったが、そんなもので竜胆を誤魔化せるはずもなく不審がられてしまった。
逃げるように雑巾を片付けた後、彼に『受け入れる』と言われたことが罔象にとってはとても嬉しかった。
そしてこれまでの自分の感情と彼への想いがぐちゃぐちゃに混じり合ってどうしていいのか分からなくなってしまい、気がつけば彼に抱きついていた。
そして我に帰った罔象は、申し訳なさと恥ずかしさから逃げ出してしまった。
今思えば濡れている下着で彼の足に跨っていたので、もしかしたら彼は自分の秘所が濡れていた事に気がついたのかもしれない。
絶対に……嫌われたよね。
人の家で自慰をしてしまい、その上竜胆を襲ってしまった。嫌われて当然だ。
そう思った瞬間に自分の考えていた事が馬鹿らしくなってしまった。
だからそれを掻き消すように再び秘所を慰めているのだ。決して実現することはなくなった彼との夜を想像して。
そしてその行為はより一層激しくなっていて、そろそろ限界だった。
「あっ、んんっ! い、イク、イク‼︎あっ、あんっ! はぁはぁ、イクッ‼︎んん──────────ッッッ‼︎‼︎」
罔象は軽く潮を吹きながら盛大にイクと脱力してしまった。
自分の愛液まみれの左手を視界の端に捉えながら彼女は意識を手放した。
その目にはまだ涙が浮かんでいた。
最後まで読んでいただきありがとうございました。