雛罌粟さんと別れて家に戻ると、玄関の前に龗さんがいた。
「あれ、竜胆君?罔象と出かけてたんじゃ………」
「あ、実は………」
僕はざっくりと事情を説明した。
「なるほどね。私これからちょっと用事があって出かけるのよ。
「分かりました」
というか朝ご飯の後に電話するとか言ってたから、それからずっとしてる事になるんだけど?それにこのタイミングで降りてくるって。
「遊んでばっかだったりの子だけど、悪い子じゃないから。仲良くしてあげて」
雛罌粟さんと同じこと言われたよ。別に仲良くするつもりはないんだけどな。
それにしても、やっぱり………
「遊んでばっか、ですか」
「そうなの、友達と出かけるとか言っていない事も多いし、なんだか帰りも遅くてね。同い年の竜胆君なら何か分からないかしら」
「いや、僕は何とも」
僕が出来るわけないっての。そんなの聞くなよ。やっぱりこの人ちょっと苦手だ。
それから僕は龗さんと別れると、家の中に入った。えっとリビングで分さんが電話してるんだよな。
玄関の扉を開けると、自分の部屋に向かおうと………して立ち止まった。
およ?声はするけど、電話してる割には静かだな。
人がいるのは何となく分かる。となると二階には行ってないな。
いつもの僕なら気にするような事ではないけど、同じ空間にいる以上そこは気にはなる、もとい警戒してしまう。
僕はリビングへと足を忍ばせていく。そういえばリビングには行ったこと無かったな。リビングの扉をゆっくりと開けた。
するとそこは大きなテレビとこたつが見えた。テレビはついてないな。
そしてそのこたつに
入り口から遠い方にいるからか、僕には気が付かない。
ここまでは龗さんの言った通りだ。しかしそこからは聞いていたのとは違う。
友達と電話をしているはずの
こたつの上にはノートや参考書のようなものが置いてあった。
そして分さんはといえば、とても真剣な表情で机に向かっている。
およそ龗さんが言っていた様子とはかけ離れている光景だった。それでも僕は驚かない。
「えっと………ここは微分使えば良くて………あれ?積分だっけ?えっと…式の傾きが微分……だったよね?だからこれは………」
何かブツブツ呟きながら勉強している分さんの姿を、僕はジッと眺めていた。
うーん、こうなってくると色々気になってくる。それに寒いし………よし。
「これで…どうかな?………って、また違う………な、何でぇ………」
分さんは首を捻りながら悩んでいる。グダグダしてるなぁ。
「うーん、おかしいなぁ。式から間違ってる?でも式はさっきの元にしてるから合ってるはずだし………ん〜?」
僕はしばらくの間その様子を眺めていた。あ、そこもうちょい楽に解けるのに。
よほど集中しているのだろう、僕がいる事については何も言わない。
あーぁ、色々こんがらがってるな。
こりゃダメだ。人の勉強風景を客観的に見るのって、思った以上にもどかしいもんだ。
「あぁ〜もう!どうしたらいいのよ!」
「この式を分解すればいいんじゃないですか?………ほら、ここをこうすれば」
「ん?………あぁ、なるほどね!ありが、と…………ん?」
そこで分さんはピタッと手を止めた。ん?どうかしたのか?
分さんはゆっくりと後ろを振り向く。そして後ろにいた僕とバッチリ目が合った。
分さんの勉強風景が気になったのと、寒かったという事で僕は分さんの後ろにいた。ちょうど日が当たるのよ。
失礼かなとは思ったけど、入ってきても特に何も言われなかったし。
それにもかかわらず分さんは僕の事をジーッと見てくる。ん?何?
それからしばらくして、分さんは顔を引き攣らせた。あ、これ昨日見たわ。
「ッッッ⁉︎⁉︎きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッッ‼︎‼︎」
分さんは昨日とまったく同じ絶叫をあげた。それと同時にこたつから抜け出すと部屋の隅まで四つん這いで這っていく。
うるさッ‼︎僕は咄嗟にポケットの中にある耳栓をつけた。昨日に引き続き耳が壊れる‼︎
この人は絶叫しないと僕に会えないのかよ‼︎というか何をそんなに慌ててるんだ?
『ど、ど、どうしてアンタがここにいるのよ‼︎』
「あ、実は雛罌粟さんに急用が出来まして、僕だけ戻ってきたんです」
口をパクパクさせている分さんの言葉を読み取って、僕は答えた。そうか、その事情話してやらないとだよな。
『あ、あぁそう?………じゃなくて‼︎アンタいつから私の後ろにいたの⁉︎』
「え?龗さんが出て行って少ししてから、ですけど」
何言ってんだ?さっきから普通にいたじゃん。
『そんなに前から⁉︎何か一言言いなさいよ‼︎』
「いや、やけに一生懸命勉強してるから邪魔しちゃ悪いかな、と思いまして」
『え?…………あ!』
僕がそう言うと分さんはハッとして、机の上のものをかき集めて隠すように抱いた。どうした?
それから僕のことをキッと睨んでくる。何?僕また何か悪い事した?
とりあえず静かになったみたいだし、耳栓外すか。
「どうせアタシに勉強なんて似合わないとか思ってるんでしょ?」
少ししてから、分さんが不貞腐れたように言った。何か子供っぽいなぁ。
「え?いや、勉強に似合うってあるんですか?」
「それは………何か見た目っていうか………やっぱりこういうのって出来ないヤツが頑張ってもダサいだけだし。アタシそんなんじゃないし、イメージ違うっていうか……」
たしかにちょっとチャラチャラしか感じからはイメージしにくそうだ。雛罌粟さんも龗さんも遊んでばっかとか言ってたし。
でも………
「でも初めて会った時に普通にアピールしてたじゃないですか」
「は?………別にしてないけど」
「え?そうなんですか?」
あれ?僕は最初から分さんはよく勉強するんだなぁとは思ってたんだが。え?これ僕だけか?
となると…………もしかして僕は大きな勘違いをしていたのでは?
「あの、この家って勉強めちゃくちゃ厳しいとかあります?」
「は?べ、別に普通だと思うけど」
「何だよ‼︎」
僕はガックリと膝をついた。恥ずかしい!僕エライ勘違いしてたじゃん!
「は?アンタ、大丈夫?」
「いえ、全く………」
僕はてっきりこの家めちゃくちゃ厳しいと思ってたんだが!
だってこんなにたくさん勉強してる子に対して『遊んでばっか』とか『悪い方向に』とか言ってんだよ?そりゃそう思うでしょ!
だから雛罌粟さんに『何か悪い方に進んでるような』とか言われた時は、思わず声をあげてしまった。
こんなに頑張ってても悪いって言うんだもん、相当だよと思っていた。
「という事は雛罌粟さん達はあなたの初詣が嘘で、古本屋にでも行ってたのも知らないんですか?」
「ッ⁉︎………し、知ってたの?」
「え?いや……見れば普通に分かりましたよね?」
第一自転車で田舎の神社に行って、止められる場所なんて無い。昨日なら人混みもすごいはずだからな。
雛罌粟さんの友達が歩きでいた事から察せるから、初詣とついでに行った、みたいな可能性も無いだろう。
それに僕と雛罌粟さんは初詣のために南へ向かった。でも分さんが帰ってきた方角は北だ。
僕達とは違う道を来た可能性もあるけど、そんなの荷物見ればすぐ分かる。
初詣だけなら絶対に必要のない大きめのリュック。
中が膨らんでたけど、形的に本なのは丸わかり。大きさも文庫本とか漫画にしては大きそうだったし、雑誌にしては小さいし厚い。
年末年始だから図書館や本屋は開いてなさそうだけど、古本屋とかなら開いてるところもある。それくらいすぐ分かるって。
最初見た時、何でこんな分かりやすい嘘吐いたんだろと思ってたんだけど。だからてっきり龗さん達も分かってるものかと。
となると朝の電話の件も、あれで騙してたつもりだったのか。僕は何かの隠語かな、とすら思ったんだが。
「それに、もし騙すなら手くらいは洗った方がいいですよ?」
僕は分さんの右手を指差した。
「友達と遊んでばっかの人の手は、そんなに黒く汚れないんですよ」
分さんの右手の小指球は真っ黒に汚れていた。長い間鉛筆とかシャーペンとかで書いていると、利き手がこうなるもんだからな。
僕が指摘すると、分さんは手を引っ込めた。最初に会った時もこんなだったからな。
「最初見た時は真面目な人だと思いましたが、それ以上に分かりやすい人ですね」
「う、うるさいわね!………これでも一生懸命なの!私は………ちゃんと勉強して………しなきゃいけないの‼︎」
分さんはどこか思い詰めたような表情で言った。
いや、そこがそもそも変なんだって。何をそんなに必死こいてんだか。
「あなたは人並み以上の勉強が必要な頭だとは思いますが、随分頑張りますね」
単純に雛罌粟さん達が遊びと認識してる時間のほとんどを勉強の時間と仮定すると、相当な時間勉強している事になる。大したもんだ。
「私は………お姉ちゃんやお母さんを、家族を守らないといけないの‼︎」
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