「守るって………雛罌粟さん達が今誰かに守られる対象には見えませんが?」
僕は分さんと向かい合いながら話していた。何してるんだとは思うが、ちょっと気になったので続けることにする。
雛罌粟さんはもちろん、龗さんや分さんだって見るからに普通の家庭だ。誰かに守られないといけないような家庭には見えない。
「それは………その前に、一つ聞いていい?」
「何ですか?」
「アンタはお姉ちゃんの事どう思ってるの?正直に答えて」
その目はこれまでのとは違い、真剣みのある目つきだった。変に誤魔化しても怪しまれるだけだな。
「特別大切にしたい。って答えでいいんですか?生憎、感情を伝えるのが苦手なもので」
本当はもっと伝えたい気持ちはある。でも、今の僕がそれを口に出すのは少し早いと思う。
「まぁ誤解覚悟で言うなら、彼女を傷つけるものは全て処分する、ですかね。僕がそうなら自殺でもしますよ」
そんな事を言ったからか、自分の目つきが意図せず鋭いものになったのを感じた。いつもの癖なんだよ。
「そ、そう………」
それを見た分さんが少しだけ怯んだが、すぐに態勢を立て直す。
「アンタ、昔お姉ちゃんに何があったのかって知ってる?」
「えっと………男女関係で何か問題があったのは知ってます」
それが今の僕と雛罌粟さんをこの関係に至らしめてくれている。お互いの傷によってできた痛みをぶつけ合う関係。
それと同時に僕達は普通に付き合えない原因でもある。別に全然いいんだけどね。
「そう、お姉ちゃんも全部話したわけじゃないんだ。てっきり話したかと思ってたわ」
生憎そこまでの仲では無いんでね。
「聞かないの?」
「そんなの………聞きたくないです」
男女関係って事は、雛罌粟さんの元カレの話、と考えるのが普通だろう。子供っぽいと言われても仕方ないが、そんなの聞きたくない。
「あっそ。その問題が起きたせいでお姉ちゃん、長い間塞ぎ込んじゃって。それに同じ時期にもう一つ、ね」
僕は分さんの目線が、僕から逸れてることに気がついた。その先には雛罌粟さんのお父さんの遺影があった。
「お父さんが死んじゃったの。アタシのせいで」
「………そうですか」
「言及しないの?」
「していい内容ではないでしょう?」
人の亡くなった話なんて言いやすい事じゃない。ましてや赤の他人になんて。
死は悲しいもの。なんて馬鹿みたいな考えだとは思う。死なんてありきたりなのだから。
でも、そんな馬鹿な考えに縋りたい人だっている。それはそれでアリだ。
「僕はあなたの気持ちなんざ知りたくもないんで。だからあなたが話したいと思うなら、話せるところまで話せばいいです」
それから分さんは黙ってしまったが、しばらくして話し出した。
「昔、アタシが小学二年生くらいの時に………お父さんと二人で銀行に行った事があったの……その時に………強盗があって………」
その日は普通の、何でもない日だった。でも突然響き渡った銃声によって、それは一変する。
その時分さんと雛罌粟さんのお父さんはその場にいた事で人質になった。
強盗した人達は銀行のお金を奪うと、さらに人質の身代金まで要求した。
警察も何とかしようとしたらしいが、手慣れていた上にどうも
目の前には既に撃たれて、蜂の巣になっている銀行員が何人も横たわっていた。周りを脅すように絶えず人質に向かって発砲していたようだ。
そして身代金の催促のために、さらに人質の一人を見せしめに殺そうとしたのだ。
その殺す人質に選ばれたのが分さんだった。
銃を突きつけられて怯える分さんを楽しむかのように、強盗犯は引き金を引いた。
その時、雛罌粟さんのお父さんが咄嗟に分さんを庇った。強盗犯はそれでも構わず、二発、三発と次々と銃を撃った。
そして、血塗れになった雛罌粟さんのお父さんは、声も出さずに死んだそうだ。その血は分さんにもべっとりとついていた。
その後も強盗犯は発砲を続けて、どんどん人質は死んでいった。分さんも大怪我を負った。
その強盗犯は目的を果たし、その場から逃げて今も捕まってないらしい。そしてその事件はもう時効になってしまった。
雛罌粟さんの問題が起こりお父さんも亡くなって、この家は崩壊するのでは、という時期もあった。
それでも残された龗さんが何とか娘二人の支えになって、今日まで生活出来ていたらしい。
「なるほどね」
僕は話を聞いて一息ついた。
「これ聞いて普通なんだ」
「吐いた方が良かったですか?」
「人の家なんだけど」
別にそんな特別な話でもない。ありがちといえばありがちだしな。
「お父さんが死んじゃって、それ知ったお母さんも倒れた。お姉ちゃんも落ち込んじゃって、そんなのお構いなしにマスコミの取材は来るし。もうよく分かんなくなっちゃって………」
その時の分さんの目には涙が浮かんでいた。何となく声がうわずっているのも感じる。
「あの分さん、別に無理して話さなくても………」
「うるさいわね!アンタに気遣われる筋合いは無いわよ‼︎」
その時の声は確実に泣いていた。初めて聞くその声は口調こそ強めだが、表情はとても弱々しい。
「それでもお母さんは『
なるほど、だからこれがコイツなりの償い方なんだな。
「はぁ………何でこんな事アンタなんかに話してんだろ………」
分さんは涙を拭って不貞腐れたように俯いた。本当にな。
「だからこんな事を?」
「お姉ちゃんはまだあの事に苦しんでるし、お母さんはアタシ達のためにたくさん無理してた。だから………アタシが頑張らないと。これ以上みんなが苦しまないように」
分さんはそう言ってギュッと拳を握りしめた。
「………本当はちゃんと結果出してお母さんを安心させたい。でも思うように結果が出ないし、これじゃあ余計心配させると思って………」
「それで遊んでるふりを?」
すると分さんは静かに頷いた。たしかに勉強の成果、と言う面では二人とも心配していなかった。
「お母さんもお姉ちゃんも、アタシが幸せにしたい。お父さんが守ってくれたみたいに、今度はアタシが守りたいの」
なるほど、会った時からやけに警戒してたのはそういう事かよ。
何でもそれ以外にも事件のことで来たマスコミや、傷心しているところに漬け込んできたしつこいセールスを追っ払ったりしていたようだ。家族の悪口言ってくるヤツと喧嘩したこともあったらしい。
その度に怪我もしたりして、それも誤魔化していたようだ。
そうか………こんなんでもコイツなりに考えてた事なんだな。面白い。
「けど、そんなの意味あるんですか?」
「………え?」
僕の言葉に分さんは顔を上げた。
「だってそれはあなたが考えた幸せのあり方、ですよね?でもそれが龗さんや雛罌粟さんの幸せと同じだとは限りませんよ?あなたの自己満足かも」
「それは………」
「まぁこれはただの僕の感想なんで、あなたがそれでいいならいいんですけどね」
結局選ぶのは分さんだ。僕にとってはどうでもいい。
「そんなの………分かってるわよ………」
そう言うと分さんはキッと僕の方を睨んできた。浮かんでいた涙が頬をつたっていた。
「じゃあどうしたらいいのよ………アタシだってこんなのに意味がある思ってないわよ‼︎でも………今の自分に何が出来るか分かんないの‼︎アタシはお父さんを殺したの‼︎自分が家族をめちゃくちゃにして、それは償いたい………けどそのために中途半端な自分の力で何していいのか分かんないのよ‼︎………アンタなら、その答え知ってるの⁉︎」
分さんは掴みかかってくるようとヤケになったように叫んだ。
「は?知るわけないじゃないですか」
そう言って僕は自分のクラッシュハットを、俯いている分さんに被せてあげた。
「……何?」
「こっちの方が今は楽かな、と。まぁ僕もですけど。ほら、目線も合いませんし」
関わりのない女性と近距離で話すのは緊張する。
「それと中途半端ってのも当たり前と思いますけどね。僕達の歳なら」
大人ほど社会を知って、物理的に誰かを助けられる存在でもない、かと言って小さい子供のように無邪気に周りを明るくさせられるわけでもない。
そんな僕達が誰かを幸せに出来るわけがない。せいぜい綺麗事を並べるのが関の山だ。本当の傷はそんなのでは治らない。
「それなら………どうすればいいのよ………」
その声から今泣きじゃくっているのは明らかだった。クラッシュハットはその表情を隠す。
「さぁ?人は分かり合えませんからねぇ。あなたの気持ちも僕には分かりません。というかどうでもいいんで」
移り行く人の感情に答えは出ない。その上で人を幸せにするなんて不可能に近い。
「罪は償えませんよ。何したって罪は許されない。大切なのはそれを全部背負って幸せに生きていけるか、だと思いますけどね」
贖罪なんて所詮罪から逃れるための逃げでしかない。本当にその重さを知っているなら、行動一つで償えるなんて甘い考えにはならない。
そんなので周りが分かってくれるわけはないのだから。
その罪に心臓を抉られながらも、その重みを常に感じて生きていけるか。それが大切だ。
「あなたが本当に罪だと感じているなら、その罪を死ぬまで背負って自分が幸せになってみたらいいじゃないですか。自分の幸せなら分かるでしょう?家族の幸せなんて分からないものに縋るのはただ逃げてるだけですよ」
きっと幸せになるたびに『自分が幸せでいいのか』と感じるだろう。
それを『誰かのため』ではなく『自分のためだけの幸せ』と感じて、その重みに耐え続ける。そんなもんだろ。
「アタシに、出来るの?」
「あなたが自分のために頑張って、自分の正しさを見つけて、そのためにどれほどの事が出来るんじゃないですか?」
「正しさのために………どれほどの事が出来るか………」
「分からないなら今のを続けるのもいいんじゃないですか?たとえ逃げでも、それは僕の一方向からの視点でしかない。間違ってると分かってても貫けるなら、アリだとは思いますよ」
まぁそこは人の自由だ。どんな事でも本人が正しいと思うなら、それを止める権利は誰にも無い。
「竜胆………アンタ変わってるね」
「あなたもね。あなたは恐怖を抑えて目的のために色んなことをしてきた。僕はあなたのそういうところは好きですよ。見てて面白い」
おっと、ちょっと話しすぎたな。部屋に戻るか。そう思って僕はリビングを出ようとした。
すると分さんに服の裾を掴まれた。
「? 何ですか?」
僕は思わず振り返った。本当の被せたクラッシュハットのせいで、分さんの表情は分からない。
「………アンタ、勉強出来る方?」
「は?………まぁ、学校で先生にとやかく言われる事は無いくらいには」
その代わりコミュニケーション能力をうるさく言われるが、そんなの右から左よ。興味ない。
「それならさ………勉強、教えてくれない?………アタシのために」
「え?嫌ですよ、面倒な」
それ僕に何の利益があるんだ。
「えぇ〜!いいじゃん、どうせ暇でしょ?後でお昼ごはん作ってあげるからさ」
そういえばまだお昼ごはん食べてなかったっけ。今から出かけて食べるのも嫌だな。外寒いし。
「はぁ………ちょっとだけですよ?」
「うん!」
そう言って分さんは顔を上げた。何故か顔が赤かったが、その笑顔は予想以上に綺麗だった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
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