「……ありがとうございました、すずかさん、アリサさん」
大翔には既に、汗を洗い流す浴室内で既に礼を述べたが、カリムは、大翔の正妻となる二人に対しても、礼を尽くさねばならないと強く誓っている。身なりを整え、インナーを身につけたところで、カリム個人として、二人に感謝を伝えていた。
なお、アリサは朱色、すずかは紫色、カリムは黄色を基調としており、レースや花等の柄が彩られている。何がとは言わないが。
「大翔さまにこうして抱いて頂けたことで、また明日から頑張れそうです。お二人に与えられるべき時間を割いて頂き、本当にありがたく思います」
「毎回、律儀なことね。それに必ず、アタシ達の前で抱かれることも変わりない。別にカリムのことを信用しないわけじゃないから、二人きりでもいいのに」
大翔に足をマッサージされながらのアリサの言葉に、カリムはゆっくりと首を左右に振り、否定の意を示す。
「なりませんわ。私は、大翔さまだけでなく、アリサさんやすずかさんの慈悲の元で、ただの女になる時間を与えられていると自覚しております。大翔さまをお慕いすることをお許し頂き、寵愛を頂くことで、私は空虚を覚えることもなくなり、深く満たされているのですから」
「真面目なことねぇ。あ、そこ、効いて、るから、丁寧にお願い」
受ける側のアリサはリラックスした表情で、カリムの言葉を浅く受け止めていた。少しばかり呆れ顔になったすずかが、代わりに頭を下げる。
「カリムさん、ごめんね。アリサちゃん、プライベートだとどこまでもマイペースなところあるから」
「お気になさらないで下さい。私と同じように制約の多い立場にいながら、自分を貫いているアリサさんの生き方や、思いを貫くすずかさんの在り様に惹かれて、私も変わってみたいと思えたのですから」
「……カリムさん、吹っ切れたもんね。すごく生き生きしてるもん、今」
「ふふ、大翔さまやすずかさん達のお陰ですわ。ただ、戒めなければ、と常に思うようにしているのです。大翔さまは甘えたいと願えば、どこまでも甘えさせてくださいます。あの方は身内とみなした人には、どこまでも優しい方。だからこそ、寵愛を頂く私自身が、節制しなくてはなりません」
「そうだね……ここまで環境が確立しているのに、今でも私が月村を捨てたいと言えば、すぐに私を連れて高跳びしそうだよ、ひろくんは。カリムさんの場合はこちらへ強引に連れてきて、次元封鎖ぐらい平気でやりそう……」
月村とバニングスの企業体は親密な連携を取っており、その中核に大翔が据えられつつある。両家、両企業体のトップがそれを認め、その重圧から逃げない、息女達の婚約者である若き代表を支える体制が、徐々に整ってきているのだ。
すずかやアリサが後継者として一人で家を背負う必要はなくなっており、家の重圧という点では大幅に削減されている。それでも、すずかが家など捨てて、一人の女として生きたいと望めば、大翔は自分を連れて、ミッドチルダなり他の無人世界なり、別世界での暮らしを確立するだろうと、彼女はよく理解している。
「ええ、だからこそ、なおさら私は自分の役割から逃げるわけには参りません。辛くなれば、大翔さまは必ず駆けつけて下さると分かっていますし、グラシア家の後継問題も含めて、私は自分の戦場で戦い抜くのみですわ」
柔和に、その中に確たる芯を秘めて、カリムは微笑む。後継問題についても、カリムやすずか達との間で一夜を共に過ごす日を重ねる中で、結論は出ていた。後はタイミングの話であり、カリムからの急報があればすぐ動こうという算段になっている。
話し合いが出来なければ強行突破する方向性は、アリサやすずかの時と同じ。大翔が覚悟さえ決めていれば、周りの才女達は手段を整えるだけだ。
「カリムぅ、あのシスターさんも含めて、周りが煩くなってると聞いてるけど、まだ大丈夫なの~?」
「問題ありませんわ。いざとなれば、此方への強制転移が出来るイヤリングも外すことはありませんし、シャッハや義弟以外には、戦闘能力は無いままということになっていますから、いくらでも不意はつけますから」
間延びした声のアリサの問いに、至って生真面目な声で答えるカリム。とはいえ、口にする内容は、教会関係者が聞けば衝撃を受けることは間違いない。教会騎士の責務に忠実に、誠実に向き合っている普段の彼女からは、想像しがたい言葉であろう。
「強引に近づいてくる方には、突然『静電気』が身体を走るようですし、言葉での応酬は長年やってきておりますから、慣れていますしね」
既に大翔の手により、カリムの魔改造は完了済。元々、真面目な性格のカリムである。大翔と魔力を巡らせ合うことでリンカーコアの強化及び魔法適正が付与された彼女は、こつこつと秘密の鍛錬を重ね、ベルカ式・ミッド式問わず、基本的な術式は一通り使用可能になっている。個々の性質からか、すずかやアリサのように得意・不得意属性が無い分、突き抜ける力は無くとも、様々な局面への対応力がむしろ高いとも言えた。なにせ、似たような戦い方をする大翔という見本もいるのだから。
すずかやアリサと同じく、物理、魔法、精神も含めて、防御術式を何層にも込めたペンダントも常に身に着けているし、極端に不意を付かれない限り、カリムの安全は高いレベルで確保されていた。
「ああ、『静電気』なら仕方ないわね」
「うん、仕方ないね。『静電気』だもんね」
正しくは無詠唱による、微弱の電撃魔法であるが、そんな種明かしをする必要も無い。大人しくアリサのマッサージを続けていた大翔は、黙したまま、代わって寝台に横になったすずかの肩や腰を揉み解し始めた。なお、微弱の電撃魔法は、マッサージにも活用されている。魔法の無駄遣いも甚だしいとも思える行為だが、大翔が出力制御の練習を兼ねているため、特に誰も指摘はしない。
「ふふ、アリサさん、眠たそう」
「そりゃそうよぉ、毎晩、満足行くまで愛してもらって、髪も身体も丁寧に洗ってもらって、入浴後はアロマオイルも使ってこうして身体のケアしてもらうんだものぉ」
「アリサちゃん、普段は本当に気を張り詰めているから、夜に私達だけになるとどんどん解けていくんだよね」
「そーよー? 大翔やすずか達がいるから、これだけ緩み切っていられるんだからぁ~」
マッサージを続ける大翔の太ももを枕に、アリサはそのままうつらうつらし始める。揉み解す場所を変える時に、受ける側が動くのも変な話だが、すずかも気にせずに体位を変えては、大翔に凝りを解してもらう流れを繰り返していた。
「最初に私、カリムさんは危険だって思ったんだよ。だから、護衛の話も出来れば突っぱねたかったの。この人はひろくんを知れば、きっと吸い寄せられてしまうって」
最後に、大翔から順番に魔力を循環させて、再び彼へ魔力を戻すという作業を行っていく。寝ているアリサも、二人に比べれば循環回数が圧倒的に少ないカリムも、大翔によってリンカーコアが発現、あるいは拡大した人達である。大翔から一定量の魔力を循環させられることで、互いの術式であったり、活用方法に関する手法が共有化されていく。
「温かいですもの、魔力ですら。この包まれる感じを知ってしまうと、ますます離れられなくなりますもの」
温もりすら感じるのは、彼女達のリンカーコアが彼の希少技能『融合』の影響を受けた副効用によるものだが、彼の魔力に想いが込められているからだと、すずかやカリム達は思うようにしていたし、実際、彼らはそれで十分だと思っていた。
「カリムさん、ひろくんと出会う前の私と似てたんだもん。だから、最初の護衛の話をお願いされた時に強く反対したし、アリサちゃんと私も含めて、三人一緒じゃないと護衛を引き受けないと条件もつけたんだよ……」
「あの変身魔法による男装は、また見てみたいと思ってしまいますね。カッコ良かったですもの」
「ひろくんには、ものすごく負担かけてしまうことになっちゃったけどね。護衛の時って、赤ちゃんが出来たって確定した直後だから、指一本触れさせるかって状態だったし」
ベッドの下辺りで既に寝息を立てている、全身黒毛の三つ頭を持つ小さな狼もその際は大活躍をした。地獄の番犬──ケルベロスに扮した大翔たちの使い魔。本当の正体が表向きは闇の書事件で消滅したことになっている、闇の書から分かたれし、暴走し制御不能となっていた防衛プログラム・ナハトヴァール。
闇の書事件の際、様々な要因が重なった結果、防衛プログラムに新たな主として認識された大翔、アリサ、すずかが実質的な管理を担う。なのは達とは別に、本来の事情を知る、管理局上層部のごく一部も、仮にプログラムが再び暴走しても、管理外世界の犠牲であれば構わないと見ているのか、他の深い理由があるのか、現時点では不可侵を決め込んでいる。
「ナハトにも負担掛けちゃったし。でも、本当に小さな攻撃一つ受け付けなかったから、惚れ直しちゃったよ、ひろくん」
戦闘時には身体を巨大化させる、ナハトの禍々しいあの魔力を思い起こせば、カリムは未だに身を震わせてしまうが、急に話を振られて、わたわたと照れ隠しなのか慌てるそぶりを見せる大翔に、大きなあくびを一つ出して、尻尾を軽く揺らしたナハトを見ると、彼らが主人である限り、大丈夫だと思えてくる。
暴走していたプログラムの修復は完全なものではなく、ナハトは周期的に堪えようの無い怒りと苛立ちに襲われる時がある。その際は、忍やユーノ、プレシア等の協力を得た、幾重にも強固な結界が張り巡らされた闘技場で、大翔と全力でぶつかり合い、破壊の限りを尽くそうとする。ガス抜き、とも言えるが、そのたびに大翔は命の危険を感じながら戦うし、どれだけ多忙であろうと、その為の鍛錬も欠かすことはない。
消耗したナハトを沈静化させるのは、すずかとアリサの仕事。消耗しきった大翔とは別に、ナハトへ供給している魔力のバイパスを搾って無力化を図った上で、一人と一匹の治療を行う。なお、介入のタイミングを間違えれば、ナハトは燻りを残したままになり、近日中にもう一度、大翔が命を張ることになるため、重要な役割でもあった。
次回からサポートを宜しく、と言われているカリムである。自分の修練の進行度が、大翔の安全に直結するとあって、日々の鍛錬に手を抜くことはない。
「私やアリサちゃんともバイパスは繋がっているけど、今のひろくんなら、ナハトを一人でも保ってあげられるんだよね。ただ、ひろくんの魔力負担が大きくなり過ぎるし、私やアリサちゃんの魔力は、美味しいってナハトは言うから」
「使い魔が複数の主人を持つ自体、大翔さま達は今までの常識を崩していきますね……ナハトは最近、私にも懐いてくれていますし」
非戦闘時については、変種の小型狼にしか見えない。黒い炎は普通に吐くが。月村家やバニングス家の住人には決して牙を向かないし、餌をもらって嬉しそうに尻尾を振る姿も良く見られている。その枠にカリムも最近、仲間入りを果たせていた。
「うん、そろそろ寝ようか、ひろくん。ナハト、アリサちゃんの腕の中、入ってあげて」
大翔の両側をすずかとカリムで確保するからか、アリサの抱き枕代わりというところだ。特に嫌がるそぶりもなく、ナハトはするりとアリサの懐へと潜り込んで行く。
特に下腹部を冷やさないように、アリサにも掛け毛布をかけ、自分達も毛布を被る。部屋の温度を一定に保つように、科学魔法問わず色んな手段を取っているものの、すずかは母親になる準備を一つ一つ進めていた。
本編に組み込む設定の一部が、すずかさんやカリムさんの口から語られていたり。
さて、次は朝なのです。