汝、隣人を愛せよ 作:ヌケニン
男だと思っていた幼馴染みで親友が実は女だった件(1)
俺、羽瀬川 小鷹には親友が居た。
10年前。親父の転勤でここ遠夜市から引っ越すまでの間、一緒に遊んだ親友「ソラ」。
そして俺は引っ越すことを告げることのできないまま親友と別れることになる。
10年ぶりに戻ってきた遠夜市。
俺は親父のツテで転入した聖クロニカ学園に通っている。
染髪に失敗したようなくすんだ金髪と目つきの悪い外見と転入初日から遅刻したこともあってか、すっかりヤンキー扱いされ友達もつくれなっかった俺は紆余曲折あって隣人部という”友達”を作る部活に所属している。
学園祭で自主映画を作ることに決まった隣人部。その脚本を考えるために俺は実際の映画を見に遠夜市の中心部に来ていた。
サンサンと照り付ける日差しを身に受けながら駅の改札を出る。
確か待ち合わせの場所はここだったよな?
「遅いぞ。小鷹」
振り返ると壁を背に待ち人、隣人部部長の三日月 夜空がそこにいた。
肩口で切りそろえられた艶やかな黒髪を撫でながら、スラっとしたスレンダーなボディラインを隠すような野暮ったい黒色のジャージ上下姿で立っていた。
ジャージって……。ちょっとコンビニ行ってくる、って訳じゃないだろう。男と女が休日に会うんだからって別に期待してた訳でもないが。
「悪い。待ったか?」
「いや、そこまで待ってない。行くぞ」
不愛想な男口調。今日も夜空は平常運転なようだ。
映画館に向けて二人並んで歩く。
夏休み前までは長髪だった夜空のショートカット姿にも、もう見慣れてきた。
そこにはかつての親友「ソラ」の面影がどことなく残っている。
今、隣を歩いている少女こそ10年前の親友「ソラ」だった。男だと思っていた親友は実は女の子だった訳だ。
今でこそ慣れたが気づいた当初は衝撃と混乱が凄かったなぁ。夜空の奴も気づいてたんなら言ってくれればよかったのに……。
「着いたぞ」
目的の映画館「シネマテーク遠夜」へとやって来た。
「で、今日は何を見るんだ?」
「特に決めてない。上映しているものの中から適当に選ぶ」
「そんなんでいいのか?」
「わたしはいつもこんな感じだ」
夜空と二人で上映中映画のポスターの列を眺める。
「これにするか」
白人の男女が見つめ合う広告ポスターの張られた映画。恋愛ものだろう。
……なんか地味だな。
「嫌なのか?」
俺の心の声に気づいたのか夜空がこちらを見ながらたずねる。
「あ、あぁ。いいよ、これで」
「よし、では決まりだな。チケットを買おう」
夜空とチケットを購入すると二人で並んで座席につく。他の観客は見当たらない。
上映前に流れる予告映画を見ながら、隣に座る夜空の横顔を眺める。
女子と映画に来るなんて考えたこともなかったな。
改めてしっかりと見ると夜空の顔立ちは非常に整っている。
普段の言動やエア友達の「トモちゃん」と会話したりする残念な部分が目立って意識していなかったが十分美少女だ。夜空は可愛い系というよりは────。
「美人だよなぁ」
「へぁ⁉ こ、小鷹、いまなんて」
夜空か素っ頓狂な声を上げる。やべッ、声に出てたか⁉
「い、いや! なんでもないぞ!」
「そ、そうか。小鷹、そろそろ始まるようだぞ」
予告映画が終わり照明の光が徐々に落ちていく。
上ずった声で夜空が言うとおり映画が始めるようだ。
気まずい雰囲気を忘れるように俺と夜空は映画に集中した。
「セシボォ~~ン! セシボォォォォンッ!!!!」
「「…………」」
映画が終わり俺と夜空は無言のまま外へと出てきた。
夜空は俯いてプルプルと小さく震えている。
「あー、脚本の参考になったか?」
「なるかバカっ!! ま、まさかあんな破廉恥な内容だとは……」
「だよなぁ……」
あの映画、
「と、ところで小鷹もセシボーンなことをしたいと思うのか? 」
え? え? 夜空の奴今セシボーンなことがしたいのかって言ったか???? あの夜空が?
俺は混乱状態に陥りながら、頭の中でさっきの映画で激しく絡み合っていた男女の姿を思い出す。
男に攻められて「セシボーン」と鳴く女優の顔が夜空へと変わって行く。
や、やばい。
煩悩退散! 煩悩退散ッ!! 鎮まれ俺の息子!
でも、まぁあれだな……。
「そりゃ、俺だってしてみたいに決まってるだろ……」
「ふえぇッ⁉」
耳まで真っ赤に染めた夜空が目を見開いて声を上げる。
また、声にでてたッ⁉
「あッ⁉ い、いやなんでもない! つ、次! 次は何処行くんだ?」
「そそそそうだな! せっかくだからお茶でも飲んでいこう!!」
露骨に話題をそらした俺に夜空も合わせてくれる。
いまだに耳が赤い夜空は近くの喫茶店と反対方向に向かって歩き出す。
「喫茶店は反対だぞ?」
「いや、どうしても確認しておきたい店がある」
俺は迷いなく進んでいく夜空について歩く。
さっきの呟き絶対聞かれたよなぁ……。
俺は恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだった。
夜空に連れられてやってきたのはただの喫茶店ではなかった。猫のいる喫茶店、いわゆる”猫カフェ”だ。
人懐っこい猫たちが自由気ままに過ごしている。
ふにゃぁん、と今まで聞いたこともないようなだらしない声色で猫と戯れる夜空を眺めながらコーヒーをちびちびと飲む。
そう言えば、部室で猫カフェの話題になったときも妙に反応してたな……。
猫と戯れる夜空の顔は見たことが無いくらい柔らかい笑顔を浮かべている。
…………猫と戯れる夜空、可愛いな……。
何だか恥ずかしくなってきて夜空から視線を外した。
それから夜空が猫に満足したのは日が傾き出した夕方ごろだった。
会計を済ませて外に出ると空が茜色に染まっている。
「さて、帰るか」
「そう、だな」
何だか夜空の歯切れが悪い。
「まだ、何かあるのか?」
「い、いや。別にない」
「なら、帰ろうぜ」
駅に向かって一歩を踏み出すと、くいっと袖を掴まれた。
夜空を見れば俯いたまま俺の袖を小さく握っている。
「夜空?」
袖を掴んだ夜空の顔色は見えないが僅かに見える耳は空と同じ色に染まっていた。
「こ、こ小鷹はセ、セ、セシボーンなことがしたいんだよな?」
昼間の出来事を思い出し、心拍数が上がる。
今その話を蒸し返すのかよ!?
「よ、夜空? どうしたんだよ、急に」
「…………」
夜空は無言のまま小さく震える。
袖を掴む手は放してくれない。
セシボーンなこと。つまりは、Hなことをしたいか? と聞かれて健全な男子高校生の答えは決まっている。
今までの関係が全て壊れてしまうかもしれない。それでも、俺は────。
「夜空は、それを聞いてどうしたいんだ?」
そう尋ねた。
ビクリと夜空の肩が跳ねる。
「わ、わた、わたしはッ!」
バッと夜空が顔を上げる。
その顔はリンゴの様に赤く、まなじりには涙が浮かび、瞳は潤んでいる。
そんな夜空の姿を見て心臓がドクリと高鳴る。
「わたしは、小鷹と、セ、セシボーンなことがしたい……」
瞳が俯き、顔が俯き、言葉は尻すぼみになりながらも夜空は、はっきりとそう告げた。
そこからは体が勝手に動いた。
震える夜空をギュッと抱きしめる。
女の子特有の柔らかい感触と甘い香りが脳に焼き付くように広がる。
「可愛すぎるだろ」
夜空の耳元で絞り出るような呟きが漏れる。
「か、かわ、かわわわ!!」
抱きしめられた夜空は潤んだ瞳を見開き、口をパクパクさせながらもゆっくりと俺の腰に手を回した。
密着したことでドクンドクンとお互いの鼓動が伝わってくる。
「夜空」
「こ、小鷹」
少しだけ体を離し見つめ合い、お互いの名前を呼ぶ。
周囲の音が聴こえなくなる。まるで、世界に二人だけのようだ。
夕日に照らされて伸びる影がゆっくりと近づいていき、一つになった。
「よくやった兄ちゃん!!」
「ヒュ~! ヒュ~!」
「リア充爆発しろ」
「おめでと~!」
ッ!?!!!?
突然の拍手と歓声が周囲から沸き上がる。
俺と夜空はバッと弾かれたように距離を取る。
いつの間にか俺たちを囲むように野次馬が出来ていた。
「なッ!? なッ!? なッ!?」
キスするところを人に見られていた羞恥心から顔に熱が集まる。夜空に至っては今にも蒸気が吹き出しそうなくらい赤い。
そう言えばここ歩道だったな、と頭の冷静な部分が思い出す。
恥ずかしくてここにはいられねぇよ!!
俺は未だに壊れたロボットのように口をパクパクさせている夜空の手を掴むと、野次馬から逃げるように走り出した。
「いいぞ兄ちゃん! 男ならしっかりリードしてやれよ!!」
「お幸せに~!」
「リア充爆発しろ」
謎の声援を背中に受けながらその場を離れた。