「あの、もしかして煉獄槇寿郎というのは、お前さんのことかな」
その日、鬼殺隊としての初仕事を終えた槇寿郎は自宅に戻る途中、一人の男に呼び止
められた、身なりからして農夫だろう、背中に籠を背負い、畑仕事の帰りだろうか。
ほっとしたように男は籠を下ろすと何かを取り出した、そして頼まれたんだよと小さな包みを槇寿郎に手渡した。
中を開けると入っていたのは守り袋だ。
最後の日に自分は会いに行かなかった、鬼殺隊の任務、仕事で忙しいからと言って会
わなかったのだ、会いたくなかったわけではない、ただ、どんな言葉をかければ良いの
かわからなかったからだ。
あの人は嫁いだ先で幸せになるだろう、忘れてしまうだろう、それなのに自分を気に
かけて心配してくれている。
(忘れてほしい、自分の事など)
だが、そう思いながらも心の中では反対の事を思ってしまうのだ。
以前は行冥さんと読んでくれていたのだ、だが、時分の前に立ち、わずかに顔を伏せ
た女は目を合わせようともしない、まるで逃げるように顔を伏せたままだ。
ごめんなさいと繰り返す言葉を聞くのが辛い、悲鳴嶼は首を振った、やめてくれとい
いたげに、自分が聞きたい言葉ではないからだ。
「自分に覚悟がないばかりに辛い思い、決断をさせた、だが、それは本意ではない」
大きな傷だらけの両手が、白い手を掴んだ、驚いて顔を上げた女が悲鳴嶼の顔を見た
が、それは一瞬だ。
「忘れて、出会ったこと、好きだと言ったこと、全部、忘れてください」
悲鳴嶼は首を振った、できないと、今まで辛いことがあった、だが、それ以上に出
会ってから、自分は満たされていると感じた日々と思いが強かった。
元柱という人が自分の事をという言葉に悲鳴嶼は視線を向けた、盲目でも見えなくて
もわかる、向けられた視線は痛い、まるで、責めるような怒りにも似た感情が伝わって
くるのだ。
自分が預かる、心配などせず鬼殺隊の仕事に専念しろと言われて悲鳴嶼は言葉を飲み
込んだ、だが、頷く事が、帰る事ができない。
連れて帰る、お館様にも了承は得ていると言っても元柱という男は首を振った。
彼女が承知し、それで行くと頷いたら自分は止めないし連れて行けば良いと、だが、
そうでないなら。
「現役ではない退いた身だ、だがな、勝てるか」
悲鳴嶼は拳を握りしめた、自分とやり合おういうのか、そんな事ができる訳が、視線
を感じて顔を向けると女が見ている、自分を。
鬼退治に出かける時に見送るとき、女は不安そうな顔をしていた、大丈夫、必ず帰ってくる、貴方の居る場所へ戻ってくる、だが、それは絶対という訳ではない。
もしかした死ぬかもしれない、自分は鬼に殺されるかも、だが、それを口にはしな
かった、不安にさせない為にだ、それなのに今の自分を見ている女の顔は、その表情は
苦しいといわんばかりだ。
辛い思いばかりをさせていたのか、いや、違う、笑いあったこともあった筈だ、だ
が、今そのときの事を思い出そうとしてもできない。
待っていてくれとしか言えない自分が、今、このときほど無力で腹正しいと思った事
はなかった。
「父上、お帰りなさい」
まだ、起きていたのかと、槇寿郎は驚いたように息子の顔を見た、最近は自分が稽古
をつけているせいか、顔つきも少し凜々しくなってきたように感じるのは親の欲目だろ
うか。
そんな事を思っていると息子は昼間、客人が来ましたと一言、告げた、その顔が
何故か少し険しく見えるのき気のせいだろうか。
「鱗滝左近次と仰る方です」
丁度、畑から帰ってきた、あの人を見て、驚いたようですという息子の表情と言葉に、槇寿郎は不安を覚えた。
少し読みやすいように、空白スペースを空けてUpしてみました。