「貴方……バカなの?」
悩みに悩んで俺が出した答え。
俺は未来から過去にタイムスリップして、しかも男だったはずの曹操が可愛い女の子になってる異世界に来てたという、トンデモとトンデモを合わせた荒唐無稽な、でもほぼそれで間違いないであろう答えを、この曹操ちゃんはたった一言、バカと切り捨てた。
「分からない分からないと呻いてた不法侵入者が、いきなり私の事を知ってるかのように、一部の人間しか知らない事を語り出して、いきなり自分は未来から来たと言う不審者を切り捨てなかった私に感謝して欲しいわね」
なんだそいつは。1から10まで完全に気持ち悪い不審者じゃないか。
こんな小さくて可愛いのに、そんな意味のわからない輩に絡まれる。なんて不憫な子なんだ。許せない。でも大丈夫!そんな気持ち悪い奴から君を守ってみせる!
……その気持ち悪い奴は、俺だった。
「つくならもっとマシな嘘をつきなさい。相手の心を読む妖術を使ってると言われた方がよっぽど信憑性があるわ。次変な事を言ったら切り殺すわよ」
馬の鞍から下げられていた鞘から剣を引き抜き、俺の首元に添えられる。
青銅の剣。美術館で見た事がある。
美術館に展示されているようなボロボロのでは無く、綺麗で、射し込む太陽の光を反射している。
青銅の剣って元から青いわけじゃないのか。
「何故、そんなに私の周囲に詳しいのかしら?私の何を調べてるの?誰の差し金?」
剣が首に当たる。少し、ほんの少しだけ曹操ちゃんが剣を引く。そのちょっとの動作だけで皮膚が切れ、血が出てきてるのが分かる。
この剣そんなに切れ味いいのかよ!刀か!
曹操ちゃんの目からは脅しではない、と伝わって来る。
本当の殺意と、本当に殺せる道具が、目の前にある。
今まで人から殺意を向けられるどころか、不良にだって絡まれた事の無い現代のもやしっ子が、初めて本気の殺意を向けられているのだ。
怖いに決まってる。体の震えが止まらない。奥歯がガチガチ鳴る。泣き出しそうだ。
爺ちゃんに怒られるのも、剣道の稽古を受けるのも怖かった。
でも、そんな物の比ではない。
この恐怖が、本当に異世界に来たのだと、簡単に自分が殺される世界なんだと、実感させる。
「お、俺は……俺は……嘘をついてない。み、未来から……来た。本当だ」
今出来る精一杯。
傍から見たらなんとも情けない顔をしている事だろう。
それでも、その精一杯をぶつける。
顔を見据える。目を離さない。
これで殺されるなら俺の人生はそこまでだった、という事だろう。
嫌だけど。本当に、本当に死にたくないけど。死ぬならせめて母さん達に謝りたいけど、嘘をついて見逃してもらうより、よっぽど良い。
今ここで死んだら、こんな俺にさせた爺ちゃんの教育のせいだ。
「…………」
曹操ちゃんは眉ひとつ動かさずに俺の目を真っ直ぐに、冷たく、見透かすように見つめる。
どれだけ経っただろう。
永遠とも思える時間。
恐怖にただ汗が溢れ、震える体を必死に押さえつけるだけしか出来ない。
「はぁ……」
曹操ちゃんがため息をついて、剣を降ろす。
少し剣を動かされただけで心底ビビり倒した俺は、その動作に小便をチビりそうになった。
大丈夫。まだチビってない。パンツがちょっと濡れだけだ。
「着いて来なさい」
剣を鞘に戻し馬小屋から出ていく曹操ちゃんを見つめる。
動けなかった。
恐怖から解放され、心臓がバクバクと鳴り、膝が大爆笑する。
殺されるところだった。殺されそうだった。
腰を抜かしながらも立ってられてる自分を褒めてやりたい。
「早く!!」
いつまで経っても動かない俺に痺れをきらせた曹操ちゃんの怒鳴り声。
ふらつきながらもなんとか歩き出して曹操ちゃんの後ろを歩く。
これでまた怒られようものなら次は本当に死ぬかもしれない。
首の痛みが、これは夢ではないと。現実なんだと。告げている。
本当に異世界に来てしまった。いつ、どうやったら帰れるのか。帰ることが出来るのかすらも分からない。
今は、この小さな女の子、曹操ちゃんの後ろを歩くしか、俺に選択肢はなかった。
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「ありがと。私が許可するまでこの部屋には誰も近づけないでちょうだい」
「かしこまりました」
お茶を2つ持ってきた侍女さんに曹操ちゃんがそう告げ、1口お茶を啜る。
ここは曹操ちゃんの部屋らしい。
ここに来るまでに見た部屋よりも大きく、作りも立派で、高価そうな家具が並んでいる。
初めて女の子の部屋に入った。
こんな状況でなければワクワクドキドキしていたのだろうけど、今は別の意味でドキドキしている。
重苦しい空気。
さっきまでこの子に殺されそうになっていて、ここに来るまでに会話は無く、部屋に来てからも静かに時だけが過ぎていく。
自分の前に出された湯呑みを取る事も出来ず、ただ、曹操ちゃんの言葉を待つだけ。
「私は、人を見る目はあると思っているわ」
湯呑みを静かに置きながら静かに話し始めた。
「貴方のさっきの言葉からは、嘘や出任せを言ってるようには感じなかった」
「未来から来た。貴方はそう言ったわね」
「ああ」
「そう。貴方、どこまで私の事を知ってるのかしら」
「大まかな事だけ、としか。俺の時代はここより約1800年後だ。俺は歴史に詳しいわけじゃないから、物語として語られてるこの時代の事を少し知ってるくらいだ」
「1800年。随分と先の話ね」
窓の外を見ながら曹操ちゃんは小さく呟く。
その言葉にはさっきまでの殺意はなく、静かな声だった。
「私がこの先どうなるのか。知ってるのね」
「一応。ただ、現時点で既に俺の知ってる歴史とはかなりかけ離れてる」
「そう。例えば?」
「俺の知ってる曹操は、男だ。さっき君は夏侯惇と夏侯淵をあの子達、って言ったよね。多分その2人も女の子なんだろう。でも、俺の知ってる夏侯惇と夏侯淵は、立派な髭をつけたおっさんだ」
俺の言葉に曹操ちゃんは目を大きく見開いてぱちくりさせる。
そりゃそうだ。曹操ちゃんからしたら自分が女である事は当たり前の事実なんだ。
それを未来から来たとか抜かす男にそんな事を言われたら驚きもするだろう。
「ふ、ふふ、あっはははははははは!私が、私が男で、春蘭と秋蘭が、髭を、あはははははははは」
涙を流しながら大笑いする。
初めて見た笑顔に、やっと俺の心も落ち着きを取り戻せた。
大丈夫。
今は少なくとも、死を心配する必要はない。
一頻り笑い、呼吸が落ち着くのを待つ。
現時点で分かる、俺の知る歴史との最後の相違点。1番の違い。
「そして、俺の知ってる歴史には、俺なんていない」
呼吸を落ち着かせ湯呑みに口をつけ、俺を見る。
「そうでしょうね。未来から過去に行った人間が歴史書に載っていたら、それこそ歴史が破綻しかけないわ」
「貴方。私が挙兵する事を知っていたわね」
「ああ。多分、その辺だろうと思ってほぼ当てずっぽうみたいになっちゃったけど。大陸中で起こってる民の反乱を抑える為に各地の偉い人達が戦ってて、君もそうするつもりなんだよね」
「ええ。まだ兵を募ってる段階だけれどね」
また1口、お茶を啜ってからふぅと息をついて、ゆっくりと告げた。
「貴方、私の配下になりなさい」
「……え?」
「え、じゃないわ。私の配下になれと言ってるの。貴方は歴史を知っている。私の未来を知っている。このまま野に放つのは危険だし、それなら貴方の知識を利用させてもらうわ」
今後曹操と敵対する勢力。
董卓。呂布。袁紹。孫権。劉備。
他にも大勢いる。
そんなとこに俺が行けば、曹操が勝っていたはずの戦争の流れを変えかねない。
そんな危険分子を放っておくよりも、手元に置いておく方が良いだろう。
理にかなってる。
「貴方を私の1番最初の配下にしてあげるわ。そしてこの私の屋敷の1部屋を貴方にあげましょう。文無し行き場なしの貴方に衣食住を提供する。そして貴方は命をかけて私に従う。どう?」
こんな危険分子、いいえと答えれば即殺されるだろう。
もし仮にそうでなかったとしても、外に放り出されたら今の俺にこの世界で生きていく術がない。
断る理由がない。
「ありがたく、そうさせてもらうよ」
「そ。賢明ね。あと、1つ条件を付け加えるわ。今後一切、歴史について喋ってはダメよ」
何故。
未来を知れるのなら、それに越したことはないはずだ。
死ぬかもしれない人を助けられる。負けるはずの戦いを勝てる。出来なかった天下統一を出来る。
なのに何故、そんな便利アイテムを使わないのか。
縛りプレイか?
「この先の歴史を全て、こと細かく知っているの?貴方はさっき大まかな事しか知らないと言ったわね。そんな曖昧な物を教えられても不安材料にしかならないわ。それに、私の道は私の物よ。貴方の世界の歴史通りになんか歩いてやらないわ」
かっこいい
と、思ってしまった。
恐らく年下であろう今日から俺の上司、俺の王になるこの少女の言葉に、心を揺さぶられた。
惚れた、と言った方が分かりやすい。
人として、王として、女性として。
今まで惰性で生きてきた、のらりくらりと生きてきた、将来テキトーな会社に入ってテキトーに生きていくんだろうなと思っていた現代のもやしが。
1人の人に仕える事の意味も分からない現代人が。
この子に。
この人に仕えたい。
心からそう思った。
この人の道を、後ろか横かわからないけど。
同じ道を歩める事が嬉しかった。
体が勝手に頭を下げていた。
本来なら膝をついたりするのかもしれないけど、そんな物俺の体に染み付いてない。
だから、頭を下げるしか出来なかったけど、精一杯の忠誠の証。
「ふふ。良いわ。最初の配下なんですから、私の真名を貴方に預けましょう」
「真名?」
今の一連の会話をぶった斬るなんとも間抜けな声。
聞き慣れない単語だ。
フランチェスカの制服しか俺は今持ってないぞ。どこで売ってるんだ。
「真名って、なに?」
「はぁ?」
今日何度目かのはぁ?をいただいてしまった。
少女説明中
「本当にこことは違うところから来たのね。まぁいいわ。で、その真名を。私の『華琳』という真名を貴方に呼ぶことを許してあげると言うことよ」
なんか、とんでもない物を貰った気がする。
言っちゃえば俺は一般兵だ。
戦闘力も学力もない俺は、下手したらそれ以下だ。
そんな人間が、これから軍を治め、国を治める人の真名を呼ぶ。
プレッシャーが凄い、なんてもんじゃない。
裏切るな。
そういう首輪のような意味も込められているのだろうが、死ぬ気で鍛えて、死ぬ気で勉強して、死ぬ気で着いて来い。でなければ死ぬだけ。
そう聞こえた気がした。
「分かった。華琳。今はまだ何も出来ないちっぽけな人間で、文無しで、この国の事もよく知らない非常識な人間で、力もない。何も無い人間だけど。君の横に立てるような。一緒に歩けるような。そんな人間になってみせるよ。王の期待を裏切るわけにはいかないからね」
言葉にするとなんとも酷い。
でも、こんな酷い俺を認めてくれた。
それが嬉しかった。
「そう。がんばりなさい、一刀」
立ち上がり、手を差し出す。
その手を取って俺も立ち上がり、華琳の目をまっすぐに見る。
その瞳に映る未来を、俺も一緒に見る為に。
死ぬわけにはいかない。死なせるわけにはいかない。
元の世界に帰れるのかどうかは分からない。
でも、この世界で生きていくと決めた。
この子に仕えると決めた。
今まで何も無かった惰性だけの俺の人生が、ようやく動き始めた気がした。
今回の真名の説明のように、原作で何回も言われてる説明はなるたけ省きます。
書くのも面倒ですし、読むのももういいよってなると思うので。